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竜の洗礼


「第四回、小隊会議を始めます」

「まだやるの?」

「結論出るまでやるんだよ! 会議は手段じゃない目的だ!」


 仲間の言葉にソルタは深く頷く、会議をしているだけで問題が解決した気分になるから不思議だ。

 しかも会議さえしてしまえば誰も責任を取らずに済むのだ。


「人類は会議をする為に生まれたのかもしれない……」

「おおっ、哲学ぅ! ソルタ、お前賢いな!」

「よせやい」


 八人の少年が真面目な顔を突き合わせる。

 一人はソリュオンと共に司令部へと命令受領に出かけたところ。

 戦いは順調、さらに4日をかけて北へ西へとアンデッド軍を押し込みつつ、戦果は指揮官級を3体と3万体以上で、戦死者は二名から増えていない。

 よって少年たちは思う存分ふざけていられる。

 そういえばと、ソルタは口を開いた。


「プニルが、あいつあれでも一角馬(ユニコーン)なんだけど、ソリュオンを乗せるの嫌がらないんだよ。まあ乙女以外絶対に乗せないってわけじゃないが、妹達と遊ぶのが好きだし」

「ソルタの妹ってかわいい?」

「ブスだよ」

「嘘だぞ、アキュリィ姫はくっそかわいいぞ」

「リヒテット、脳みそどころか目玉までゾンビになったか? お前の妹の方が美形だろ。見た時ちょっとびっくりしたもん」

「何処がだよ、あんなスケルトンの親戚みたいなの」

「いいなあ、俺兄弟いねえし……」


 そこから妹が欲しい、いや居ない方が良いと議論して会議は終わった。

 命令を受け取った二人が戻ってきたのだ。


「偵察任務、しかもボクらだけへの命令だよ。やっと認められたのかな」


 ソリュオンが嬉しそうに命令書をぴらぴらと見せる。

 だが何故この少年は小指が立ってるのだろうかと、ソルタは不思議に思う。

 第五回の議題は決まった。


「そんなの大半はソルタのお陰だろ、こいつの火力ちょっとおかしいぞ」

「よせやい、そんなに褒めるなよ。本当のことだけど」

「謙遜しろよ!」

「戦場でそんな面倒なことしねえよ! けど、お前らのお陰も少しはあるぞ?」

 

 ソルタも何度か全力で魔法を使って分かったことがある、自分の魔力にも限界があったのだと。

 魔法陣八枚での最大加速だと魔力がごそりと減る。

 一日に打てるのはせいぜい3回、頑張っても4回といったところ。

 七枚使用なら使用回数が二倍にはなるのだが、数千体という集団相手では決め手にならず、周りで戦ってくれる仲間が必要になる。

 魔力にも体力にも、尽きる時があるのだと知った。

 ところでとソルタは尋ねる。


「俺、本陣を離れても良いの?」


 これまでの大物、指揮官級は全てソルタが倒すか削るかしていた。

 ゼルタスは出し惜しむことはせず、常に最大火力を投入する。


「良いらしいよ。朝の偵察で、周囲にデカイ敵が居ないのは確認したって」

「なんだよ、安全だから出してくれるだけか」


 ソルタ達は少しがっかりしながら出発することになった。

 全隊の中でも特に若いのを集めた小隊は嫌でも目立ち、動くだけでも注目を集める。

 小隊は真ん中にソリュオンを隠すようにして移動する、三千人の男の中に放り込まれた男装少女ならば守ってあげねばとの騎士道精神からだ。


 仮造りの駐屯地を出ると、決まりを破って十騎は横一杯に広がって進む。

 それぞれ適当な話をしながら、まるでピクニックにでも行くかのよう。

 同じ飯を食って同じ地面で寝て、隣で戦い命を預け合う中で別れがたい絆が生まれていた。


 陽が傾くまで北上したが、何の異常もなかった。

 時折、地面に耳を付けて斥候兵の真似をしてみたが、伝わって来るものはない。


「流石に片付いたか。明日は西に進むのだろうな、順調ならあと五日もすれば目的地だなぁ……」


 リヒテットが感傷深そうに呟いた。

 部隊の目的は、敵主力の右翼を削りながら、味方が集結してる決戦の地へ合流すること。

 敵の主力、腐乱の道化師(デスピエロ)は一目散に南下し、テティシア領に建設した要塞に向かいつつあった。

 避けたり迂回する気など一切ない、ただ遊び相手を求めるかのように一直線に。

 決戦の要塞に入れば、ゼルタスが率いる遊撃部隊は解散だ。

 ソルタも何となく、呟く風に言った。


「そうか、この隊もあとちょっとか……」

「なんだ寂しいのか?」


 直ぐにからかいが飛んできた。

 ソルタは黙ったまま、手にした槍の石突でやり返そうとしたが、その瞬間に恐怖に囚われた。

 恐怖は一瞬で消えたが、恐ろしい存在に見つかったのだと確信した。


「何かいる……いや、来るぞ! 何処だ!?」


 ソルタに遅れて九人も気づいたようで、急に手綱を引かれた馬が暴れだす。

 ぶるると鳴いて、プニルが上に乗るソルタに教えてくれた。


「空からだ、誰か見えるか!? こいつはやばいぞ」

「あそこだ!」


 探知魔法が得意な仲間の一人が茜色の空を指差し、ソルタも確認する。

 通信要員のシルクレイが既に本隊へと連絡を始めていた。

 黒い皮膚から赤い肉が見えるドラゴンが、翼を広げ高空から降りてくる。


「ソルタくん、ドラゴンゾンビだ! 名前も見える、北の極竜(ボラリス)って!」


 解析役のソリュオンが教えてくれた名前は、ソルタも書物で読んだことがあるもの、極北の大氷河に住むという伝説の竜。


「魔法陣展開、最大加速! 耳をふさげ! 全力で飛ばすぞ!」


 プニルを走らせて勢いを付けた投げ槍は、これまでで最高速度を出した。

 凄まじい衝撃波と轟音をまとって飛翔したが、ドラゴンゾンビはあっさりと射線から逃げた。

 ソルタの加速魔法にも弱点はある、赤く光る魔法陣が向いている方向に飛ぶのでそこを見切られると、超高速もあいまって修正が出来ない。

 だが外すのを予想してなかった訳ではない、当たれば良いが当たらずとも。


「そうだこっちだ。お前の相手は俺だ。”妨害(ジャマー)”解除、”対魔法防壁(アンチマジックウォール)”、”魔力短時増強(オーグメンター)”、”不夜城”、”限界旅程”」


 探知阻害を切り、北の極竜(ボラリス)に見つかりやすくする。

 短期戦用の魔力限界突破と、身体能力強化を使い、一気に決める。

 あれは駄目だとソルタには分かった、全員で戦えば自分以外は死んでしまうと。


「親父は超古竜の長老をねじ伏せたそうだ、あれより強いって事はないだろう。プニル頼む、付き合ってくれ」


 拍車をかけるまでもなく、黒い一角馬は地表付近まで降りたドラゴンに向かって突進した。

 ソルタが静止するまでもなく、仲間達は立ち竦んでいる。

 初めてゾンビとは言え竜を見たのだ、当然であるし、ソルタにとっても有り難かった。

 守りながら戦う自信はないが、一対一なら勝つ自信もある。


 ただソルタはちょっと後悔していた。

 今着ているのは、漆黒装備ではないのだ。

 母テティシアが用意してくれたハイハードミスリルをベースにした正騎士の鎧に近いもの。

 ソルタの騎士姿を見たアキュリィの喜びは格別で、飛びついてお兄ちゃん大好きと言うほどだった。

 防御力では遜色ないものだが、漆黒の少年騎士がドラゴン退治の伝説はお預けになってしまった。


「行くぞ! どうせゾンビだ、火には弱いだろう。”白色輝星(シリウス)”」


 両手に乗るサイズだが絶対温度で五千度を超える、ソルタが使える最高熱量の魔法を放つ。

 魔法は遅いが多少の誘導なら可能で、しかも至近弾でも肉を焼く。


 ――だが、北の極竜(ボラリス)は、ソルタの魔法に反応して腐った顎を開いた。

 舌はとっくに朽ち落ちた口からは、竜のブレスが放たれた――。

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