戦場の謎
夜道で五百の騎行、ソルタの隣を走るソリュオンがずるずると遅れ始めた。
ソルタは一角馬のプニルに乗る、大きさも安定感も名のある騎士が羨むほどの名馬で、夜道でも怖さは全く感じない。
だがソリュオンは馬の背にしがみつき、馬も走り難そうにしていた。
「プニル、隣と距離をつめて。ソリュオン、替わるよ。馬を交換しよう、今だけだぞ?」
「う、うん、ありがとうソルタくん。乗馬は苦手で……」
プニルが寄せると馬は道の端で素直に止まる。
お前、得意なものがあるのかよと、ソルタでも言いたくなるくらいソリュオンは冴えない男子だ。
腕は細く肩幅は狭く、膝までの長衣に薄い胸甲と浅い兜だけで重そうにしていて、プニルに乗るのさえ手こずる。
「足を俺の手に乗せて、大丈夫、プニルは賢いからどすんと乗っても平気だ。ちょっとケツを押すぞ?」
「きゃん!」
ソルタの耳に、奇妙な叫び声が届いた。
思わず敵襲かと周りを見渡したが、どう考えても今お尻を押し上げてやった男子から出たとしか思えない。
「ご、ごめんね、ソルタくん。変な声出して……」
「あ、ああ。いやいいんだ……」
頭が混乱したままソルタは馬に乗り、ソリュオンを乗せたプニルに付いていく。
後ろから見ると、襟足から伸びたソリュオンの長い髪がはっきりと見えた。
アンデッドの集団は直ぐに補足した。
遅れて着いたソルタとソリュオンを見つけたリヒテットは、何か言いたそうだったが言わない。
勝手に喋って良い立場ではないとわきまえているのだ。
王国でも屈指の大貴族の嫡男リヒテットでも、軍で与えられた役割は部下が居ない魔導騎兵でしかない。
この大部隊には、王の直臣とそれに仕える陪臣身分の者もいるが、軍では軍の任命が優先される。
小隊中隊大隊の長から幕僚将帥と、宮中序列を無視した編成が行われ全員が異論なく従う。
これも騎士校で共通した戦術を学んでいるから出来ること。
リヒテットの実家、ロワエオス公家からも多くの騎士が参加しているが、彼らは自分の上官の命令に従う。
ただし部隊が劣勢壊滅し、指揮系統も糞もないとなれば、彼らは若様だけを探し連れて逃げるだろう。
効率的な運用をして攻勢に強いが、敗勢になれば脆いというのがエオステラ国軍。
だからなのか、ゼルタス含む士官達は慎重に敵を見極めていて、その時間を使ってソルタは最前列へと割り込んだ。
「ほお……数は多い、人型のでかいのが二体。角三本の魔獣のミイラが一体、人型以外の骨も結構いるな」
「あれは、死の士官と死の軍曹だよ、ソルタくん。片方は魔法でしか、もう一方は物理攻撃でしか止めを刺せないってやっかいな上級アンデッドだよ」
直ぐ後ろを付いてきたソリュオンが詳しく語った。
よく見ると、顎が細く目が大きく睫毛が長く、男にしてはかわいい顔をしているなとソルタは思ってしまった。
「お、おう、詳しいんだな」
「ボクは体を動かすのはさっぱりだけど、図鑑や戦記を読むのが好きで……。実は読んで知った魔物を見ると名前が浮かぶんだ。たぶんこれがボクの固有能力、あまり役に立たないけどね」
「それは……普通に凄いじゃないか! 親父がよく言ってたよ、敵を知ることこそが勝利への近道だって。弱点とかは分からないのか?」
「ごめんね。そこまで便利では……役立たずでごめんなさい……」
「待て! 謝るな! そんな目でこっちを見るな!」
小柄で華奢な年下男子に悲しそうな目をさせると、とても悪いことをした気になってしまう。
ソルタが助けを求めて見回すと、同じ隊の仲間八人がやってくる。
少年十人で敵集団のことをあれこれと評論し、恐らく数は四千から五千だが、こちらは見下ろす丘の上で、騎兵で突撃するには絶好と言う意見になった。
「やるのかな?」
「夜だしやらないんじゃない?」
「というか勝てるの?」
初陣の少年ばかりでは結論が出ないので、ソルタは思い切ってゼルタスに聞くことにした。
「ゼルタス! あ、いや総隊長殿!」
「あー……いや、ゼルタスで良いぞ。なんだ?」
「戦う?」
「少し待て。ソルタ、敵を見てみろ。俺達に気付いているが真っ直ぐ南下してるだろう? あれはそういう命令を受けて、統率されて動いている。普通のアンデッドなら、生きた人間を見つければバラバラと近寄ってくるからな。大型の二体、指揮官を倒さないと話にならん。まあ夜に慌ててやることではない」
周りの大人達も、同意である分かったかね若者よという風に頷いている。
そこへ探索に出していた小隊が戻ってきた、馬の鞍の後ろには死体を一つ乗せて。
「北側で回収しました。胸部に一撃で即死。まあ死の士官か死の軍曹か、大物と鉢合わせになったのでしょう。運が無いですが楽な死に方ですな」
一瞬だけ兵の死体に目を閉じて哀悼したゼルタスが、死体を布でくるむように命じて続ける。
「よし、最低限の目的は果たしたか。あの集団は明日全軍で追う、一晩でかなり南下されるから夜明け前には出るぞ。そのつもりでな」
応諾の掛け声が上る前に、ソルタは割り込んだ。
「死の軍曹は倒せる。多分一撃だ、やらせてくれない?」
「……ん? 功を焦るのは良くないぞ。あれは通常なら、攻城兵器でも使って叩く敵だ」
「けど、せっかくここまで北上してきたのに? 指揮官級さえ居なければ、骸骨の五千くらい直ぐ片付くでしょ?」
ゼルタスは渋い顔をしたが、目には好奇心が浮かんでいる。
ソルタの能力を見てみたいはずだ、手持ちの札はめくっておきたいものだから。
「よし、やってみろ」
許可が出たが周りからは一気に反対意見が出た。
「ゼルタス殿、無謀ですぞ!」
「出来るわけがない、この距離からあれを倒せるなら苦労はせぬ」
「敵集団を真夜中に野営地までおびき寄せるだけです、命令の撤回を!」
ソルタはプニルを呼び寄せ、背に積んでいた短い投げ槍を掴む、ソルションはまだその背に乗ったまま。
さらにリヒテットも呼び、死の士官に止めを刺せと伝えておく。
今からやるのは、ソルタも初めての全力物理攻撃、どれほどの威力があるのかやってみないと分からない。
なので助走を付けて投げた槍を加速魔法陣八枚で最大加速する、軽く音速の十倍は出るはずだ。
空気が弾ける音がして、一瞬だけ光り、胸部が消滅した死の軍曹の二つになって倒れる。
想定外だったのは槍の行方、当たって爆発して周囲を巻き込むと思ったが遙か先まで直進して地面に大穴を開けた。
「駄目だ、次!」
ソルタが差し出した右手に、ソリュオンが次の槍を渡す。
良い連携で、ソルタは嬉しくなった。
再び最大加速で死の士官を狙う、死の士官は手近なスケルトンを捕まえて盾にしたが、そんな物は構わずに槍は直進する。
ただし死の士官は派手に吹き飛んだが、崩壊しなかった。
「魔法だ、やれっ!」とソルタよりも先にゼルタスが叫ぶ。
リヒテットと他の数名による一斉魔法攻撃、距離は三百メートル余りで、着弾まで約9秒。
ようやく上半身を起こした死の士官に全て直撃した。
「倒した!」
誰かが絶叫し、続いて角笛が鳴り全騎が抜剣して手綱を絞る。
さらに照明用の光弾が全隊から次々に上がっていく、魔法も使える騎士のみで構成された部隊は単独で完結して強い。
最後に、ソルタは三本目の槍を三本角の魔獣のミイラに放つ。
角度を上手く調整したそれは、周囲に居たかなりの数のアンデッドを巻き込んだ。
数十騎に別れた騎兵が、五千の敵を包み込むように躍動する。
残りは雑魚ばかり、五百人が一人あたり十も倒せば終わる。
「凄いね、ソルタくん! 指揮官級を瞬殺するなんて、ソルタくんのお父上の勇者様が王都防衛戦の時にやったのと同じだよ!? 本当に凄くて、恰好良かったよ!」
ソリュオンが褒める、素直に褒める奴はいい奴だとソルタも知っている。
この少年とは仲良くやれそうだった。
野営地に戻ると、司令部から酒の樽が出た。
翌朝の追撃がなくなった上に、指揮官級含む五千を殲滅の大勝利だ。
周囲が盛り上がる中で、ソルタを含む九人が車座で頭を寄せ合っている。
慣れぬ騎乗で疲れたソリュオンだけがもう寝ていた。
「第一回、小隊会議を始めます」
成り行き上、ソルタが司会を務める。
「議題は、ソリュオンのことだ。あいつ、本当に男か?」
「……お前も気付いた?」
「いや、とても可愛い男の子ってだけかも知れん」
「誰か一緒に小便か水浴びしてないのか?」
「やめろよ! 俺はあいつと同じテントだぞ、寝れなくなるだろ……」
会議は深夜に及んだが、本人が言うまで聞かないと先送りされた。
この国の男は、議論が苦手なのだ――。




