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エオステラ式交渉術


 ソルタとリヒテットはこそこそと話していたが、アキュリィと公爵令嬢は挨拶を交わしたきりで沈黙。

 余り仲が良くないようだったが、ソルタに出来ることは何もない。


 女の子同士の仲を取り持つなど15歳の男子には不可能だ、いっそ竜とでも戦った方がましというもの。

 だがそこへ近づく男が一人、軍務大臣の息子だった。


「王女殿下、公女閣下、2年前の王陛下の誕生祭以来になるかと思いますが、オスフェルト家のゼルタスです。益々お美しくなられて、どなたかと戸惑ってしまいました。しばらく国を離れておりましたが、生まれ育った祖国こそ最も美しいと思い知りました」


 歯の浮くような台詞を堂々と吐く貴公子、年齢は二十代半ばか、背はソルタよりも高く、短く整えた髪と日焼けした肌、筋肉はバランス良くついて若くて格好良い騎士様を想像しろと言われたら二番目に出てきそうな奴だった。


 二人の令嬢が声を揃え笑顔で「ごきげんよう」と挨拶を返す。

 こいつは敵だなとソルタは判断した。

 隣を見るとリヒテットも同じ感想を持ったようで、軍務大臣の息子ゼルタスを睨んでいる。

 二人の視線に気付いたゼルタスは、ゆっくりとソルタとリヒテットに近づいてきた。


「ロワエオス家のリヒテット殿に、ギガガイガ殿のご子息、ソルタ殿か。オスフェルト家、リステン子爵ゼルタスだ。気軽にゼルタスと呼んでくれ」


 無言のソルタとリヒテットを見ると、ゼルタスは声をひそめた。


「おいおい、そう怖い顔をしないでくれ。俺は君等ほど強くないんだ。それにだ、俺はこれだと思った女性は二人きりで褒める。人前で褒めたら落とし難くなるからな。七カ国を旅した俺の経験だ、ためになるぞ?」

「え、けどまず二人きりになるのが……」

「ほう、ソルタくん、良い質問だ。まあ君等が女性に縁がないとは思えないが、寄ってくるのは侍女や女中など身近な者ばかりではないかね?」


 15歳の男子は揃って頷く。


「ふむ、戦いもそうだが、守るよりも攻める方が難しい。誰も自分を知らぬ土地で女性を口説きベッドを共にするには、多少の知識と経験、そして技術が要る。長くなるが聞くかね?」

「はいっ!」


 15歳の男子は揃って返事をした。

 三人の様子を伺っていたアキュリィと公爵令嬢は「男ってバカね」と言いながら離れて行った。

 まだぎこちないが、二人きりでも何とか会話が続くようだった。


 ソルタがゼルタスを師匠と仰ごうと決めた頃、王の入室が告げられて全員が起立して待つ。

 王の席があり隣が王妃、右手側にテティシアを先頭に女性が並び、左手側に軍務大臣を先頭に男達が並ぶ。

 机と椅子もあったが入室したエオステラ王は、立ったままで左手側に尋ねた。


「決めたか?」

「はい。恐れながら、陛下より重責を賜りながら無用な混乱を招き宸襟を騒がせ奉るは臣の不徳と致すところ、謹んで軍務の臣職を返上致したく」

「同じく、財務の臣職を返上奉ります」

「うむ。是非に及ばずだが、両公のこれまでの働きを忘れたわけではない。辞して後、些事は一切問わぬが、これを見よ」


 王が合図すると控えていた侍臣が机に大きな地図を並べる。

 地図に幾つかの木像と数字が書かれた板を置いてゆく、木像と板はエオステラ王国の北東部に集中していた。

 ソルタにも想像がつく、木像の一つは道化師の姿をしていて、そこに置かれた板には五十万の数字が書かれていた。


「最新の王国東部、妹に任せた領地の状況だ。魔王軍の残党は八十万を超えた。ハルス伯と東方辺境公とセーム侯を兼ねる我が妹テティシアはこれを迎え討つ。討つのだが……将軍が足りんでな」


 王が言葉を区切ると、暗い顔をしていた元大臣が顔を上げた。


「お任せくだされ!」

「是非それがしにも! 奇遇にも、戦の準備は出来ております!」


 大臣を首になって即座に戦場送り、ソルタの感覚では懲罰ではなかろうかと思うのだが、二人の公爵の顔は何故か明るい。

 ソルタの右隣に立っていたゼルタスもほっと安堵の息を吐いてから、半歩進み出て言った。


「陛下、父の名誉を回復する機会を与えて下さったこと、感謝申し上げます。なれば私めも出陣したく」

「リステン子爵、そなたも行ってくれるか。ならば期待させて貰うぞ。王家からは、近衛の第二と第四を出す。王立海軍を全て輸送にあてる。国の全軍は出せん、西にも備える必要があるからな」


 アキュリィの婚約では、だらだらと話し合った挙げ句に結論を出せず、遂に内乱一歩手前までいったくせに、戦うと決まるとやたら決断力がある。

 ソルタは以前に聞いたことを思い出す、この国の男どもは議論が苦手でいっそ殴り合ってから話し合う方が上手くいくと。

 何処の戦闘部族だと思うしかないが、ソルタの左隣の少年、喧嘩をしてから仲良くなったリヒテットも半歩前に出た。


「陛下! 自分も従軍したくあります!」


 だがこの訴えに王は即答しなかった。


「リヒテットであったか、そなたの勇気は褒めよう。ロワエオス公よ、そちが後で決めよ」


 既に二十歳を超えて子爵位も持つ一人前の騎士であるゼルタスと、未だ騎士校も出ていないリヒテットの差だった。

 半歩戻ったリヒテットがソルタにささやく。


「なあ、お前は行くんだろ?」

「そりゃあな。母ちゃんだけ行かせるわけにはいかない」

「頼むよ、お前からもテティシア様に言ってくれ」

「無茶言うなよ、やだよ友達を戦場に連れてくなんて」

「友達が戦場に行って一人で残る方が嫌だ。なあ駄目なら一生恨むぞ?」


 ソルタは黙った。

 無言で立っている二人の少年の前で、次々に戦略が決まっていく。

 いつの間にか部屋には、宰相に騎士団長や数人の大臣が加わり、もうソルタが何かをする必要はなくなっていた。



 会議から二日後、王都を進発する騎兵の集団があった。

 その数はおよそ三千、率いるのはリステン子爵ゼルタス。

 この二十八歳の青年は、十五年前に魔王戦争に参加、終戦前には指揮官としての片鱗を見せ始め、戦後も南方の残存魔王軍と戦って武名を挙げた王国の期待の星。

 ゼルタスが、指揮官に必須の良く通る声で訓示する。


「我々の目的は一刻も早くエオステラ=ハルス領に辿り着き、分散しつつある敵集団を叩いて一つにまとめることだ! つまり、はぐれた小集団を叩いて回る弱いものいじめだ。速力が武器になる、馬は大事にしろ。尻の皮が剥けたら俺のとこへ来い、膏薬をべっとり塗ってやる」


 男達の半分ほどは苦笑いして、半分ほどは声をあげて笑った。

 誰かが叫んだ。


「隊長にケツを差し出すと、それだけでは済みそうにないですなあ。夜の武名は聞いておりますぞ!」

「おう、一晩に三つでも四つでも相手してやるから、遠慮なく尻を出せ。ではお前だ、先頭を許す」


 叫んだ騎士が指名された。

 次がゼルタスと首脳陣、その後ろにソルタ、横にはリヒテット。

 三千の騎兵の後ろには、乗り換え用に六千の馬を連れた従者が続く。

 冬の間に終わらせなければ、春にはウンゴールの侵攻がほぼ確定とされていた。


 出発の前、ソルタは別行動を取るテティシア母さんに尋ねていた。

「これ、そんなに早く終るの?」と。

 母はにっこりと笑って返した。

「平気よ、十分な援軍を呼んであるから。無理はしないでね? あー本当に心配、やっぱり一緒に行く?」


 ソルタは全力で断った。

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