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真実を告げる女神


「さあさ、坊ちゃま、お出かけでございますよ」


 ソルタの周りは、姫様付きの若い侍女達でなく、奥様付きのベテランで固められていた。

 40年前は美女だったと自称する、テティシアの幼少期の面倒も見ていたという侍女が、ソルタの着替えを手伝おうとする。


「いいよ、自分で着替えるから」

「そうは言っても、結構面倒ですわよ。それに御髪も直さないと」

「寝癖、ついてる?」

「それはもうばっちりと。座って下さいね、お湯で温めますから」


 なんとなくソルタは馴染んでいた。

 元々ベテラン侍女達は、姫様――テティシア――を連れ出して、孕ませた挙げ句に婚姻もせずに放置している勇者ガンタルドのことを良く思ってないが、ソルタにきつく当たることはなかった。

 むしろ騒がしくなったお屋敷を喜んでるようで、ソルタに必要な物や知識をしっかりと準備してくれる。


「本日向かわれるのはですね、女神エーテリアル様の神殿で出自を確かめる儀式ですよ。奥院で行われる秘儀ですから、それなりの格好が必要なのです」

「へぇー、秘儀って?」

「それは内緒です。そもそも母と子のための秘儀ですから、言いふらしたりしたら駄目ですよ?」

「分かった」


 母親の倍くらいの年齢の女性にはつい素直になっていた。

 それに意外なことに物分りも良く、心ききたる老女は言う。


「よいですか、坊ちゃま。もし一人に絞るのなら、このババが奥様や姫様のお部屋から離れたとこに別室を用意して差し上げます。家中の娘ならそっと坊ちゃまのお近くにも置きますので、それとなくお伝え下さいね。ただし一人に絞るのならですよ、お父上のようになってはいけません」


 もちろんソルタは親父のようになるつもりはないが、このお屋敷には可愛い女の子が多くとても一人に絞れそうにはなかった――。



 女神エーテリアルの神殿に向かう馬車の中、三人は白を基調に派手すぎない服を着ている。

 アキュリィのテンションは高い、母と兄に挟まれて楽しくて仕方がないといった様子だ。


「ねえねえ、お兄様! 神殿で何があるか知ってる?」

「なんかの奥義だっけ?」

「違うわよ! 何で必殺技を繰り出すのよ! 母親と子供を守る秘術らしいわよ、楽しみね!」


 ソルタには想像もつかない、神殿さえ一度も行ったことがないのに。

 ただしソルタが母から受け継いだ癒やしの力は、女神エーテリアルによって地上にもたらされたと伝わっている。

 一度くらいお礼を言っても罰は当たらないだろう。


 神殿では男の神官長がテティシアを迎える。

 この国では、ソルタにとって五人目の母の威光と人気は絶大らしい、神官長が先導する王女を見ると男性は帽子を取って胸に当てて女性は優雅に膝を折る。

 その後ろをソルタとアキュリィが並んで歩くと、囁き声が聞こえてくる。


「若姫様のお隣は……?」

「まさかご婚礼の相手か……?」


 これはまずいとソルタは三歩下がって付いてくことにした。

 なんでよと言いたげにアキュリィが手を伸ばすが叩き落とす。


「なんだ違うのか……」


 勘違いは解けたようであった、妹とお似合いねなどと言われたら屈辱でしかない。

 神殿の奥まで進むと、神官長は大きな扉の前で脇に逸れて言った。


「これより先は母と子しか入れませぬ。そちらの若君ですが、事情があるなら女神様がお通し下さるでしょう」


 何とも曖昧だが、女神が決めるなら仕方がない。

 ゆっくりと自動で開く扉を見ながら、ソルタはそう思った。

 ここは間違いなく神殿や聖地と言えるほどの光に満ちていた。


「ソルタ、アキュリィ、さあ行くわよ」


 テティシアでも緊張してる様子で、大きく息を呑んでから光の部屋に踏み込む。

 続いてアキュリィがすんなりと入り、最後にソルタも無事に入れた。

 光に慣れると、左右と正面に石造りの椅子があり左と右には老婆が座っていた。

 王女テティシアが両者に一礼してから挨拶をする。


「先代の聖女様に、先々代の聖女様、ご無沙汰しております」

「よく来たね、テティシア王女。ご無沙汰もなにもあんたに洗礼して以来だから、覚えちゃおらんだろう」


 比較的若い方の老婆が笑って言った。

 もう一人の老婆は目を閉じていて生きてるのかも怪しいほどだったが、突然目を見開いてソルタを見据えた。


「ああん? こりゃテティシアや、そこのはあの馬鹿娘の息子かね?」

「はい……そうです。レアーレイの息子です」

「かぁー! 修行の途中で逃げ出したと思ったら、子供が出来たから聖女は辞退しますと手紙だけ寄越しおって! そしたら今度は息子だけ寄越したんかいっ!」

「先々代の聖女様、申し訳ありません……」


 産みの母親の代わりに乳をくれた母親が謝っている。

 これは自分も謝るべきかとソルタは思ったが、先々代の聖女が手招きで呼んだ。


「近くへおいで、足が萎えて動けんのよ。もっと、手が届くとこまでさ」


 怒られる覚悟で近づいたソルタの顔を先々代の聖女がぺたぺたと撫でる。

 とても優しく確かめるような触り方だった。


「目が見えないの?」

「見えなくても分かるよ、あの子の魔力をよく受け継いどる。しかも顔立ちにも面影があるねえ……」


 しばらく触られるままにしていたソルタに、先々代の聖女が話しかける。


「あの子は、お前さんの母親はな、死の魔王に対抗すべく生まれた少女じゃ。あと五年も修行をすれば史上最高の聖女として送り出すことも出来たが、その間に死ぬ何百万の命に耐えきれず、未熟なまま出て行ってしもうた。馬鹿なことをと嘆いたものじゃが、お前さんの母は正しかった。レアーに会ったら伝えておくれ、ようやったと……」


 先々代の聖女の腕から力が抜け、もう見えぬ目が閉じる。


「ちょ、ちょっと、婆ちゃん!? え?」


 先々代の目がくわっと開く。


「わしゃお前さんの祖母ではないぞ。聖女は代々未婚じゃ。ただしいい歳でな、少し眠る」


 先代の聖女がブランケットを持って来て先々代の膝にかける。


「先代様は、もう一日に起きてても数時間なの。ソルタ殿、貴方に会えるのを楽しみにしてたのよ。さあ秘儀を済ませてしまいましょうか」


 秘儀は簡単に終わった。

 一枚の光る紙にソルタとアキュリィが同時に手を当てると、二人の名前と生年月日と両親の名前が浮き出てくる。


 父の欄は全く同じ、ギガガイガ・ガンタルドという厳つい名前で、二人は実の兄妹だと女神に証明された。

 光の部屋からの去り際、先代の聖女からもソルタに伝言があった。


「お母さんに伝えておいてね。長く空位だった聖女だけど、新しい候補が見つかったと」


 馬車に戻ったソルタは、気になっていたことをテティシアに聞いた。

 

「ねえ母ちゃん、なんであれが秘儀なの? ただの便利にしか思えなかったけど」

「いいことソルタ、世の中にはね父親が知らない方が良いこともあるの。あれが、誰でも簡単に出来るとなると、困る女性も多いのよ。絶対に口外したら駄目よ」


 未知だが恐ろしい深淵を覗き込んだ気がして、ソルタは身震いをする。

 テティシアは真剣な顔を緩めると、光る紙を手にして言った。


「さあ、これを持って王宮に乗り込むわよ」

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