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親父リスペクト


 妹はまた無茶な要求をする。

 軍に入るかは別にして、男子が戦いは嫌だなんて言えるはずがない。

 世界はそれほど優しくない、喰われないためと食うための土地のために戦いは必須なのだ。


「けどなあアキュリィ、お兄ちゃんは男の子なんだぞ?」

「お兄様が女の子なら驚くわよっ! 10年も私を放っておいて、軍隊に行ったらまた10年は帰ってこれないわよ! 無責任だとおもわないのっ!?」

「あー、休みの度に帰ってくるから」

「それで納得する妹が世の中にいるかっ!」


 思いっきり蹴られたが、痛くはない。

 足元まである黒コートは柔軟で動きやすいが、魔法を組み込んだ金属糸で補強されている。


「怪我してないか? 下手に蹴ったりすると折れるぞ」

「なんで優しくするの! 私は怒ってるのに!」

「怒らないの、かわいい顔が台無しだぞ」

「また誤魔化す! 家族を引き離されて怒らないはずないでしょ!!」


 アキュリィから漂うのは深い不安と強い恐怖の匂い。

 14歳といえば子供と大人の中間だが、わがままでも意外と物分りの良いお姫様がこうまで取り乱すとはソルタも想像していなかった。

 どうしたと聞いても、上手く答えられないだろう。

 兄には分かる、妹の思考はぐちゃぐちゃだ。

 もうそれなりの年齢なので、べたべた触ったりしないよう気を付けていたが、奥の手でアキュリィの両脇から掴んで持ち上げる。

 丁度同じ目線の高さまで持ち上げた時に、ソルタは思い出した。


「ああ、そうか。10年前もこんな風に別れたんだ。じーっとこっちを見てて、手を伸ばして、離れてくのが不安でお前は大泣きしてたな。つられてフィーナも、俺も泣いた気がする。悪かったな、もう同じ思いはさせないよ」

「…………覚えてない」

「お前は小さかったからな」

「嘘。4ヶ月しか離れてないでしょ、お兄ちゃんも小さかったはずよ」


 持ち上げた妹が足をぷらぷらとさせながら少し笑顔になった。


「それにしても重くなったなぁ。ぐはっっっ!」


 宙に浮いていた足で、腹部を思い切り蹴飛ばされた。

 今度は漆黒装備一式でも防げない痛恨の物理攻撃だった。


「重くなったんじゃないの! 大きくなったの! 今度重いって言ったらお兄様でも許さないわよっ!?」


 ソルタは無言で妹を落とす。

 やり返さなかった自分を褒めてやりたい、だが許すわけではない。

 後で三回は泣かすと心に決めた。

 やり取りを見ていたラーセンが、二人の伯爵と交渉に入る。


「国軍にはお渡し出来ぬ。元よりエオステラ=ハルスの旗頭として、我らは期待しておったでな。それに、もうテティシア様には戦わせとうない」


 呼吸を整えたソルタも賛成する。


「ねえ、アキュリィのお母さんって、まだ魔物との戦いに出たりするんでしょ? そっちも俺が代わるよ。いい歳なんだし、もう魔王も居ないし、母親に戦わせるのは終わるべきだ。それにさ、母さん達よりは今の俺の方が強いよ」


 ソルタは村の母親達が戦ってるところなど見たことがない。

 少なくとも全く覚えていない。

 もう5年は前から、息子を捕まえようとする母の腕からは自由自在に逃げ切れるので、当然自分の方が強いはずだと確信している。


「ほれ、ソルタ様もああ言っておられる。東部の大森林、北部の魔王軍残党、西部のウンゴール、三方には備えられんが一方だけなら余裕であろう。フンホルト伯にキッケルス伯よ、少し悪巧みをせんかね?」


 老騎士と老伯爵と切れ者の伯爵は、三人で密談を始めた。

 抑止力として西部に欲しい、何なら娘も付けると言った会話が聞こえたが、ソルタと馬車は先に王都の屋敷へと向かうことになった。


 エオステラ=ハルス家の王都屋敷は郊外にあり、それだけで要塞として機能する、王都の出城として造られた広大なものだった。


 ここでも百人近い侍従や使用人がアキュリィを出迎える。

 常駐の騎士も二百人以上居て、ソルタは騎士用の宿舎の一つに放り込まれた。

 妹は頑張ってくれたが、屋敷を差配する侍従長が頑として認めなかった。


「何者であろうと、奥様の許可なしに姫様と同じ屋根の下にお泊めする訳には参りません」とのことだ。


 まあそれは良い、アキュリィとは離れてた方がチャンスが多そうだから。

 しかしテティシアがソルタをどう思っていて、どう扱うのかは未確定なのだ。


 もしも母親同士が喧嘩別れしたのなら、憎いあの女の息子となる可能性はある。

 むしろその可能性の方が高いのではないかとソルタも思う。

 受け入れて貰えるのかは、15歳にとっては夜も眠れぬ不安だ。


 なので、今晩は宿舎に顔を出してくれたミリシャとアリーシアと他7人の女の子と楽しく遊ぶことにした。


「きゃー! ソルタ様が王様よぉ!」

「どんな命令をされるのかしらぁ」


 親父が教えてくれた異世界の遊戯は、この時のためかと得心した。

 妹を相手にやっても余り面白くなかったが今は絶好に楽しい。

 初めて父親を尊敬した一夜になったのだった――。


 翌日の昼過ぎまで寝ていたソルタは叩き起こされた。

 アキュリィが文字通りばんばんと毛布の上から叩く。

 慌てて見渡したが部屋にはソルタが一人きり、ほっとしたとこで妹の声が頭に響く。


「何時まで寝てるの! お母様が帰ってくるのよ! 予定を切り上げてもうすぐ到着するから、お兄様も早く着替えて!」

「………えーっと、漆黒装備でいい?」

「良いわけないでしょ、衣装は用意してあるから! はい、みんな!」


 アキュリィが手を叩くと、ぞろぞろと侍女の大集団が入ってくる。

 よく見れば妹もこれまでと違い、フリルや刺繍の入った豪華な服に変わり、頭にはティアラまで乗せている。


「服くらい自分で着れるよ……」

「駄目よ。お母様次第でお兄様の運命も決まるんだから、一分の隙もなくね」


 着せ替え人形になったソルタは思う。

 見たことない侍女ばかりだけど、みんな可愛いなあと。


 それからしばらくして、かつて魔王を倒した王女の馬車が屋敷へと帰ってきた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 漆黒装備でどこが悪いんじゃああーーー! ロマン溢れてるじゃないかぁーー! がんばれソルタ……
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