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漆黒の戦士


『レアーレイ号』は巡洋艦と言うよりも武装輸送船で、動力は魔法を使った水流推進。

 帆柱がないので甲板が広い、また緊急出港なので貨客も少なく、剣の訓練をするだけのスペースがある。

 ソルタは、ラーセンを含む老騎士3人に剣の基本を叩き込まれていた。


「剣は振って止める、そして戻す。振り切ると足を切りますぞ」

「刃筋を合わせること。これがなければただの棒ですからな」

「苦し紛れに内から外に振らない、体ががら空きで守れません」


 ソルタにとって学ぶのは楽しい。

 これまで教師といった存在とは無縁だったからだ。

 みっちり八時間ほど基礎を習い、先に老騎士達がバテたところで訓練は終わった。


 ソルタの格好は白地に紺のラインと縁取りの水兵服。

 訓練の前、ごそごそと持ち物を漁ったソルタは完璧な装備をして妹のところへと自慢しにいった。


 下から、黒いトンガリブーツ、黒ズボン、沢山の道具を収めることができる太い革のベルト、てかてかの黒シャツ、足元まである黒いコート、胸まで覆う黒マント、指先が出るグローブ、黒のゴーグルに黒いバンダナ。


 全て特殊な能力を持っている、伝説級や神器級の装備であったのに妹から泣いて抗議された。


「お願いだからそれだけはやめて! 居るのよ! 騎士校にも全身真っ黒にしてくる男子が何人も! それを見て女子はくすくす笑ってるの! お兄様がそんな格好するなら縁を切るわ! お願い、いい子にするからそれだけはやめて……ぐすっ……」


 まさかの本気泣きで、アキュリィに付いて来た若い侍女と女中の二十人ほども同じような反応だった。

 母より年上の女官達だけが「格好良いですわね」と言ってくれたので素直に諦めが付いたのだが。


 水兵服の袖で汗まみれの顔を拭っていると、女子が十人ばかりタオルを持ってきてくれる。


「なんじゃ、嬢ちゃん達よ。年寄りにも優しくしてくれんかのう」


 公主官房統括審議監ラーセン卿の催促に、ミリシャを含めた侍女が渋々と老騎士達にタオルを差し入れる。


 侍女はアキュリィに直接仕える騎士身分の娘で、女中は家事をする雇われの平民の娘だそうだ。

 本来は隔絶した身分差があるのだが、壊滅的な人的被害を被ったエオステラ国では身分の縛りがかなり緩くなった。


 実際に、新設のエオステラ王立海軍では士官の半数以上が平民出身。

 陸軍も一新され、領主と騎士が家臣を率いる封建軍から兵科単位の編成へと移行の真っ最中だそうだ。

 あと十年もすれば軍の再建はできるが、今は東の魔王軍残党と西のウンゴール国と同時に相手は出来ない。


「わたしが我慢すれば戦いになったりしない?」


 実情を理解しているアキュリィから聞かれたので、ソルタは断言しておいた。


「関係ないな。弱った国がさらに苦境にあれば攻めるのが隣国ってものだ。アキュリィは口実の一つにされたかも知れないけど、女の子一人のために戦争などしないよ。お前はそこまで自分がかわいいと思ってるのか?」


 元気よく怒ってくれると思ったが、妹はぷくっと頬を膨らませただけだった……。



 軍艦『レアーレイ号』は王都に近い桟橋に着く。

 ここから王都外縁にあるテティシア領の居城までは一息だ。

 今回は護衛が少ない、随行六十人の大半が女官達で残りは領主テティシアに現状の報告をする役人団。

 上級の騎士は3人しかいない。

 ただ王国内を領主の娘が動くだけならば、これでも多い。


 居城への丁度中間の地点で事は起こった。

 馬車に乗るソルタにも、ラーセンが叫ぶ声が聞こえる。


「何処の者か、所属を問う! こちらはアキュリィ殿下の馬車なるぞ!」


 しばらくしてもう一度。


「フンホルト伯に、キッケルス伯か! 貴公らが何故ここに? しかもこのような……」


 馬車の屋根にある天窓を押し上げて、ソルタはそっと様子を見る。

 感じ取っていたよりも数が多い、道を塞いでさらに左右と、武装兵が一千人はいる。

 中央の貴族らしき男が答える。


「ラーセン卿、久しいな。大戦以来といったところか。卿の奮戦ぶりはよく覚えているぞ、あの頃は皆で肩を並べて戦ったものだ」

「アキュリィ殿下の馬車なるぞ、何故お止めするか!?」


 ラーセンも既に敵意を感じ取っているようだった。

 貴族は馬に乗ったままで話す。


「アキュリィ殿下を我が屋敷にご招待し、お守り致したく。騒擾(そうじょう)する者供がおるようだが、お輿入れ前の大切な御身。このフンホルトが身命を賭して守護仕る」

「お断り申し上げる。姫様にご婚礼ご婚約の話はござらぬ。御身は我らエオステラ=ハルスの臣がお守り申し上げるゆえ、引き取られよ」


 出番が来るなとソルタにも分かった。

 馬車に引っ込んでから、アキュリィに聞く。


「フンホルト伯とキッケルス伯って知ってる?」

「王国西部に土地を持つ伯爵よ。ウンゴールからの移民貴族だけど、もううちの国に来て300年は経つのに……」

「そうか、分かった。まあ西部なら、戦場になりかねないからな。手加減する理由にはならないけど」


 ソルタは剣と荷物を引っ張り出す。

 武装した騎士と兵士が一千人だ、幾ら何でも素手で戦える相手ではない。


「まさかっ! ねえ、お兄様やめて! お願いよ!」


 妹の頼みとすがる両手を振り切り、ソルタは再び外を伺う。

 流石に火や弓はないが、槍が並んだ後ろには魔法部隊がいて、騎兵が側面から後方に回り込もうとしていた。

 フンホルト伯が勧告した。


「殿下の誕生日まで当家にて滞在いただくだけである。誰も傷つけたりはせぬ、従われよ。ラーセン卿よ、お主もだ」

「ふん、従うと思うてか。わしを甘くみたなフンホルト伯」


 ラーセンの抜剣に、エオステラ=ハルス家で剣を持つ全ての者が剣を抜いた。


「御者よ! わしらの後に続いて突っ切れ! 城まで全力で飛ばせよ!」


 御者が馬にムチを入れようとした所で、ソルタは馬車の屋根に飛び出て止めた。


「待て、待つんだ。女の子ばかりが五台の馬車に乗って、一台でも転倒したら大事だ。顔に傷でも残ったらどうする? 綺麗に掃除するまで止まって待ってろ」


 黒ずくめの完全装備は気合が入る、アキュリィが半泣きになったけど知ったことではない。

 馬車の屋根に仁王立ちで、ソルタは配下を呼ぶ。


「アルプズ、カーボン、出ろ。車列の両翼を守れ。プニル、後方の馬は全て任せる。一騎も近づけるな」


 言うや早いが、プニルの角から雷撃が飛んだ。

 この雷撃魔法は、人にも効くが馬にはさらに効く。

 馬の最上位種たる一角馬(ユニコーン)への恐怖と服従を鞭になって叩き込むの

だ。

 後ろに回り込もうとしていた騎兵の馬が、一瞬で棹立ちになるかあらぬ方向へと駆け出し始めた。


 アルプズも瞳がぐるっと一回転して魔族の金色に変わり黒い翼を拡げた。

 黒猫のカーボンは影が伸びるように体が長くなってから膨らみ、普段の数百倍の妖猫へと変わる。


 それからソルタは、右手に金色の丸い物体を掴む。

 勿体ないが仕方がない、他に手頃なものがなかったのだ。

 手にした金貨の数は、敵の魔導師部隊より少し多いだけの数があった。

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