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お金は舞い降りた


「アキュリィ、ちょっと来て。頼みがあるんだ」


 妹に対して下手に出るのは余り良くない。

 お願いだか命令だかよく分からない言い方で、何となく従わせるのが一番早い。

 

「なあに? もうお小遣いはあげないわよ、無駄使いするし」


 先に釘を刺されてしまう。

 領内へと戻り、ふわふわの黒銀色の髪を揺らす妹は少し強気だ。

 もう風呂に入っていない匂いはしない。


 母のテティシアは白銀色の髪だそうで、父が黒髪なので混ざって濃くなった。

 ソルタの髪も母レアーの明るいブラウンから濃いめのブラウンになった。

 両親の形質は、髪色瞳色だけでなく種族特徴なども、程よく混ざることが多い。


「別にそんな事は言ってないだろ……俺の小遣いは良いからさあ、出して欲しいカネがあるんだけど?」

「えーけど出すって言っても私のお金じゃないし、何に使うの?」


 ソルタは使いみちを話す、時々アキュリィの機嫌も取りながら、女の子は優しほうが良いなあと露骨に誘導して、何とか「新しい代官に頼んでみる」との言質を取り付ける。


 前の代官だったアルバレヒトは、牢獄で自死した。

 自然毒と魔法毒を混ぜた劇薬を使った服毒死だった。


 ただの汚職なら死ぬこともないのだが、牢獄で書いた遺言の中に、一通の書状の在り処を示す文言があり、調べたところウンゴール公国からの内通の誘いだった。

 アルバレヒトは、内通に応じるつもりはなかったが報告を怠った責任を取ると書き残し、家臣達への寛大な処置を求めていた。

 当主が自裁すれば家族や家臣は見逃すのが騎士のならいだそうで、家は取り潰されるがこれ以上の死人は出ないだろう。


 だが内通の誘いは、戦争の準備と同義。

 アキュリィに付いていた高官達は忙しく走り回り、ソルタは暇をしていた。

 流石にこの状況で、街中へと遊びに行く気にはならないのだ……。


 さらにもう一日滞在し、屋敷にいた若いメイド達と仲良くなったところで、ソルタは馬上の人となる。

 離れるのは惜しい、メイド達はソルタが何を話しても「さすがですね! 知らないわもっと教えて。すごいのね! せっかく出会えたのに。そうなんですね!」と高反応。

 ソルタは大いに自信を付けることになった。


 元からアキュリィに付いていた上級騎士達が手勢を呼び寄せ、さらに近隣に領地を持つ騎士が異変を聞いては駆けつけ、一団は七百人を超える軍勢になっていた。

 全てがアキュリィの護衛のためだ。


 街を出る時に、ソルタは一軒の建物の前で馬を止める。

 大きな建物で看板には『冒険者組合』と書いてあった。

 建物の一番目立つ所に、真新しい張り紙があり、そこにはこう書いてあった。



 告

 民の安寧を守る冒険者に対し、エオステラ=ハルス家は以下の報奨を約す

 戦いで亡くなった者の家族には相応の弔慰金を与える

 戦いで傷ついた者には一時金と癒えるまでの支援

 治癒師治療師の雇用と治療薬(ポーション)の購入に対する補助

 武具装備等の購入に対する補助

 この告知は全ての冒険者及び討伐者に順次適用される

 名

 アキュリィ・イリエス・エオステラ=ハルス



 張り紙を読みきったソルタに馬車の窓から妹が話しかける。


「ねえお兄様、お母様のお許しもなしに勝手に署名しちゃったわよ。もう取り消せないわ。皆がこれは良い考えだって言うからやっちゃったけど、お母様に怒られたら一緒に怒られてよね? お兄様のお願いだから聞いたのよ?」


 ソルタは手袋を外して、丁度いい高さにある妹の頭を偉い偉いと撫でる。


「怒られたら怒られた時だ。それに、これは多分良いお金の使い方だ。だから大丈夫だと思うよ」

「ふーん、なら良いけど」


 アキュリィがにこっと笑う。

 さて進むかとプニルの手綱を取ったソルタは異変に気付く、七百人の騎士と兵士が兄妹の姿を注視していた。


「ばかっ! このアホ妹! 外でお兄様とか呼びかけるんじゃない!」

「なっ!? 私の頭を撫でたら何事だってなるのは当たり前でしょ、この馬鹿兄貴!」


 10年ぶりの兄妹喧嘩は、衆人監視の中で行われた。


 それからの道中、ソルタは多くの騎士と挨拶を交わすことになった。

 公然の秘密とはこのとこである。

 やはり好意的なのは戦時を知るベテラン騎士だが、若い騎士にも一目置かれ始めた。

 要因は、ウンベルトという戦士に一対一で勝ったこと。

 生まれ育ち関係なく、強い奴は評価するという気風がこの東の国にはあった。

 魔物や他種族との最前線、それらと戦いながら領土を拡げたという東方諸国ならではのものらしい。


 もう一つ注目を集めたのが、黒い一角馬(ユニコーン)のプニル。

 騎士に取って馬は最も重要な財産で、生死を預ける相棒なのだ。

 ある騎士が話しかけて来た。


「ソルタ殿、大変ぶしつけなのですが、その馬の種を頂けませんか? 丁度ここは我が家の領土で、今年空胎で終わりそうな牝馬がおるのですよ。もちろん謝礼はお支払いします」


 もう秋で日も短くなり、牝馬がその気になるか分からないが、それでも構わないと言ったので申し出を受けることにした。

 種付けが終わったプニルは、大変誇らしげであった。


「まさかお前に先を越されるとはなぁ……」


 嘆くしかないソルタだったが、貰った謝礼はなんと交易金貨1枚。

 しかも仔が無事に生まれれば更に倍を支払うという。

 それからというもの、プニルへの種付け依頼が殺到し、次の春は百頭以上の予約が入った。


 初めて自分で、いや相棒が稼いだお金を握りしめてソルタは誓う。

 これで女の子がいる店に行こうと、だが。


「お兄様、出して」

「な、なにを?」

「プニルの種付け料よ。プニルの食費にすれば半月分にもならないらしいわ。それにお兄様にお金を持たせると、ろくな使い方しないでしょ?」


 再び無一文に戻ったソルタは、エオステラ王国テティシア王女領の首都へと入る。

 人口十万余だが更に余裕を持たせた巨大な城塞都市、人類最前線の一大拠点であった。

そして飛び去った

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