15話 お金の使い方その1
「ということで、お兄様にお金の使い方を教えます」
妹のくせに生意気だ。
だが仕方がない、ソルタはお金を使ったことがない。
アキュリィの隣で、ミリシャが大きくため息をついた。
「姫様も、ご自分で貨幣を使ったことはございませんよね?」
「見たことはあるもの。お買い物をしたこともあるわよ」
「金貨以外を見たことがございますか。買い物はあれとこれと言えば、後で屋敷に届きますからね」
「……金色以外のお金があるの?」
困ったものだ、アキュリィは相当に甘やかされて育ったようだ。
兄としてびしっと言わねばならない。
「お前は、外でプニルに乗ってろ。俺はミリシャさんに習うから」
ここ数日の馬車移動で、ソルタとミリシャは仲良くなった。
二人きりで話もした。
先日遂に、妹が少し離れた隙に話しかけたのだ。
「……あ、あの、何時も妹がお世話になってます」
手を口元に当ててから、くすりっと笑った美人は笑顔で答えてくれた。
「まあ、そんなことを気にしていらしたの? お世話といえば、私はテティシア様にずっとお世話になってますから。それに、ソルタ様のご両親様にも」
「え?」
「わたしの両親と一族、他にも多くの皆々の仇をとっていただきました。本当にありがとうございます。お陰で私は、心を過去に囚われることもなく前を向いて生きてゆけます」
「いや……僕は何もしてないので……」
少し重い空気になったが、憂いを帯びた女性の瞳はとても美しく、ソルタの視線が吸い込まれる。
十分に見つめる時間があった後、ミリシャがぱっと表情を変えて笑顔になった。
「こんな辛気臭い話は必要ないですね。けれど、二人きりになった時に是非お伝えしようと思っていましたの。また二人きりになれる機会があるかしら?」
『それはもう何時でも喜んで!』
頭に浮かんだ語句を叫ぼうとした時、アキュリィが戻ってきた。
なんて間が悪い生き物だろう、後で泣かしてやると心に誓ったのだった。
丁度良いので妹を馬車から出すべく、あっちへ行ってろと手で追い払う。
兄の為に犠牲になるべきだ。
「いやよ! 私だけ除け者なんて絶対に嫌!」
「はいはい、そんな事はしませんよ。ご兄妹で詳しくなりましょうね」
アキュリィをなだめたミリシャが、広く開いた胸元から紐に繋がれた鍵をゆっくりと取り出す。
それから馬車の座席下にあった隠し扉から幾つかの小袋を取り出して、テーブルに広げる。
金色で丸い物が何十枚と出てきた。
「へえ、これが金貨ってやつか。意外と小さいな」
「これは交易金貨、または共通金貨や軍用通貨と呼ばれるもので、個人で使うことは余りありません」
ソルタは一つ手に取るが、想像以上に重い。
軽くて硬い武具に使う金属とは全然違う。
人差し指と親指で固定して、馬車の壁に向かって弾くと、魔法が無くても突き刺さった。
この大きさでこの重さなら実用に耐えそうだった。
「おー、お兄様すごい」
アキュリィはパチパチと拍手をしてくれたが、突然ミリシャに怒られた。
「なっ、なにを! そんなことに使っては駄目です! これ1枚で家族が一ヶ月は暮らせるんですから! いいですか、ちょっとお二人共お座りなさい。お金と言うのはとても大事なんです。これがないが為に死ぬこともあるんです。そもそも我が家が使うお金は税といって……」
ソルタは、初めて女の子に叱られた。
そしてお金の大事さ、王侯貴族が使うお金が何処からくるか、その為にどれだけの義務を負うのかをみっちりと叩き込まれた。
兄妹で二人揃って「無駄使いはしません」と宣言し、ようやく解放して貰えたのだ。
ただし、金貨は貰えなかったが銀貨を30枚ほど貰った。
道中の街で、ソルタは一人で市中へ出る。
この辺りは一度は住民が全滅し、魔王の討伐後に人が戻って出来た新しい街だ。
なにか買いたいと思うが、無駄遣いはしないと約束した。
露天売りで焼いてる肉なら買って良いと思うが勇気が出ない。
ふらふらと歩き回っていると、活気のある通りに出た。
道の両脇からは喧騒と酒の匂いがして、街を造っている工人や職人や商人などが集まっている。
「酒は……多分駄目だな。というか妹にも怒られそうだ……」
足早に通り過ぎようとすると、一つの路地が目に止まった。
かなりの人数が揉めている、しかも一方はがらの悪い男達でもう一方は女性ばかりだ。
喧嘩か揉め事か、だが何か違和感があった。
「てめえらが安売りするからだろが!」
「こっちはちゃんと許可取って正規に営業してんだよ!」
などの怒鳴り声が聞こえてくる。
しばらく見ていると、男の一人が女性の髪の毛を掴んだ。
殴りはしなかったが、顔を近づけて更に威嚇している。
ソルタは路地に入り、気付かれるように足音を立てて近づくと、直ぐに男の一味から鋭い視線を向けられた。
「兄ちゃん、何処に行く? この店は休業中だ、他をあたりな」
近づくと違和感の正体がようやく分かる、髪の毛を掴まれている女の正体がだ。
「アルプズ、出てきて」
呼び出した悪魔は、指輪からでなく後ろの暗がりから歩いて出てきてくれた。
ソルタに凄んでいた男が一瞬びくっとする。
「な、なんでい二人組だったのかよ」
男を無視してソルタは聞いた。
「アルプズ、あれは?」
悪魔はお辞儀するようにソルタの耳に近づくと、小声で答えた。
「わたくしと同じですな。種族も近いかと」




