10話 兄の役目
「あのねお兄様、私ね困ってるの。本当はお父様にお願いすることだけど……」
「そうか。お兄ちゃんに出来ることはあるか」
「あるかも。お兄様はお幾つ?」
「15歳と3ヶ月だ。お前は?」
「私は14歳と11ヶ月よ。ねえ、私達の年齢、近すぎない?」
「俺は悪くないぞ。全部あのクソ親父が悪い」
「ソルタって呼び捨てにしていい?」
「却下だ。下が真似して調子に乗るから」
「駄目なんだぁ。そうじゃなくて、それでね、私のね……うーん……」
「分かった、任せとけ」
「まだ何も言ってないけど!? えっとね、面倒だし、遠くに来てもらわないといけないし、ひょっとしたら命も狙われるかも……」
新しい妹は、分かっていないようだ。
古い妹達ならして欲しいことを先に言う、本当に困っているならお兄ちゃんが断ることなどありえないと知っているから。
何でもないお願いでも、1時間も粘れば3回に1回くらいは通ることも知っているが。
アキュリィの表情と匂いからは、困りごとを聞いて貰えるのか不安だったり遠慮だったりが伝わる。
ソルタは妹の目を見て伝えた。
「あのねアキュリィ、よくお聞き。お兄ちゃんがお前を見捨てることは絶対にない。誰が、何が、相手だろうともだ。お前が大きくなるまで守るのは、父と兄の役目だ。父が居ないなら俺が全力を尽くす。だからね、長いこと放っておいて本当にごめんな、もっとずっと近くで一緒に居てやりたかった。その穴埋めをさせると思って、遠慮なくお兄ちゃんに言いなさい。親父は後でぶん殴ってやるから」
アキュリィは目をぱちくりして、それからちょっと照れて赤くなり、ぐにゃぐにゃになった。
ソルタも気持ちは分かる、当たり前のことでも口に出すのは照れくさかったからだ。
だが大事なことだ、妹の不安は取り除いてやらないといけない。
「えっ……えへへ、うん。ねえ、お兄様って女たらしなの? お父様みたいに」
「なんでそうなる? 全然違うだろ、第一たぶらかす相手もいないよ。村にはおばさんとガキばっかだからな」
「ふーん、そうなんだぁ。お兄様も苦労してるのねえ」
何が嬉しいのか、アキュリィはニコニコの笑顔になって口も滑らかだ。
「私ね、こう見えても王の孫なの。けどね、お祖父様が亡くなってお父様が居なくて、宙に浮いた王族の娘なの。それでね、隣国の君主のね、太っててブサイクで気持ち悪いおっさんと無理やり結婚させられそうなの。30歳も違うのに。だから、お兄様が法定の保護者になってくれたら……。ラーセン、可能よね?」
アキュリィが馬車の側にいる老騎士に尋ねる。
ラーセンと呼ばれた老騎士は、深く頷いて答えた。
「15歳を超えた、実の兄君であれば何の問題もございません。王室評議会も口は出せません、男子兄弟による保護権は父君に次ぐ地位を保証されておりますので」
ふと気になったソルタはラーセンに聞いた。
「お母さんは? アキュリィのお母さんはどうしたの?」
「奥様はご息災でございます。ただその、何と申しますか、貴族や騎士の家というのは、戦いに出る男当主を中心に法規が定められてございます。奥様、テティシア様は救国の大英雄でございます。なので数々の例外的特権がございますが、忌まわしき王室評議会が、姫様の婚姻の主導権は渡せぬと。恐らく相手の陸橋国から金が回っているようでして、まことに申し訳ございません」
つまりこれは、俺の妹に手を出すなと言えば良いのだ。
「分かった、ありがとう。妹は、俺が守る。望まぬ結婚など王族の義務だとしてもやらせない。例え相手の国ごと滅ぼしてもだ」
「やったぁ!」
アキュリィが手を叩いて喜ぶ。
ただ老騎士ラーセンが、血相を変えた。
「お、お待ち下さい! 我が国はまだまだ復興の途上、とても戦などやる余裕はございません! もちろん我らも姫様をあの陸橋国にやるのは反対です。せめて後10年、いや5年もあれば軍も再建出来るのですが」
やる気あるんじゃんと思わずにはいられない。
だが幾ら戦争好きの人類でも、常時戦うわけにはいかない。
「じょ、冗談だよ。それくらいの覚悟で妹を守るってことで」
「そ、そうですか。ならよろしいのですが……」
ソルタ達は、急いでエオステラ国の王都へ行くことになった。
そこで実の兄だと証明するのだ。
アキュリィだけでも、一度村に戻って母さんや妹達に会わせたかったが、それはアキュリィが断った。
「お母様達の関係が分からなくて不安だし、それにここまで私のわがままで連れて来た家の者を置いて自分だけとはいかないわ」とのことだ。
村にはデカイ温泉があるぞと言うと迷っていたが。
帰りは来た道を戻るだけ。
森を抜けるのに3日、そこから妹の母の領地まで2日、王都まで6日。
馬車なら急いで十日余りの旅だ。
だが事件は初日の野営で起こった。
田舎育ちなので森の中が良いと、集団から少し離れて眠っていたソルタの周りを人が囲む。
「静寂」
「魔法光遮断」
二つの魔法がソルタを周囲から切り離す。
「余計な出しゃばりをせねば、死ぬこともなかったろう。何度も警告してやったのに、俺の殺気にすら気付かないとはな。英雄の子は凡俗だったか」
上半身を起こしたソルタの前で、騎士ソンスリオが剣を抜いた。




