3-46.幕開け
迎えた合コン当日、遥達女子メンバーが待ち合わせに指定された表街駅近くのレジャービル前へと赴くと、そこには既に淳也達男性陣の姿があった。
「お待たせー?」
遥が疑問形で挨拶を送りながら、腕にはめていた青い小振りのスポーツウォッチで時間を確認すれば、時刻は午前九時半を少し回った頃だ。予定していた待ち合わせ時間は午前十時なので、遥達も割と早い到着ではあるが、男性陣はそれよりも更に早い事になる。
「よう遥! 逃げずにちゃんと来たなー!」
ニンマリ笑ってそんな挨拶を返して来る淳也に、遥は少しばかりギョッとしながらこれには思わず苦笑いする。
「できればそうしたかったけどねぇ…」
遥は当日を迎えた今でも、依然としてこのイベントに前向きではなく、出来る事ならばすっぽかしてやろうかと、そんな事をチラリと考えなかった訳では無いのだ。
「おっ、みのりん! 久しぶりだなー! 遥の誕生日以来?」
遥への挨拶も早々に、女の子達の中に見知った顔を見つけた淳也は、美乃梨に向って気安い様子で手を振って呼びかけた。
「淳也さん、おひさしぶりです! あたしが来たからには、少しでも遥ちゃんに妙な真似するそぶりを見せたら只じゃおきませんからね!」
美乃梨は淳也の挨拶に対して、いつものドヤ顔で今日ここに来たのは遥を守る為である事を堂々と宣言する。
「ハハッ! お手柔らかに!」
淳也は合コンを邪魔する気満々ですらある美乃梨の意気込みに怯むことなく、それに軽口で答えると、今度は残りの女子面子である沙穂と楓に向ってもにこやかに挨拶をした。
「こっちの子達は初めましてだね。俺は竹達淳也。今日はよろしく!」
沙穂はこれに様子見の余所行き笑顔を返して、楓の方は緊張した面持ちで所在なさげに視線を泳がせる。
「日南沙穂です。今日はよろしくおねがいします」
「わ、ワタシは、そ、その、水瀬楓…デス! よ、ヨロシクオネガイシマスデス…」
男性陣代表として一通りの挨拶を済ませた淳也は、集まった女の子達をゆっくりと見回して、何やら感慨深げな頷きを見せた。
「いやぁ、こうしてJKとの合コンが実現できるなんて…俺はもう既に感無量だわぁ」
淳也はしみじみとそんな事を呟くが、これは遥からすれば全くもって良く分からない感慨である。そんな欠片ほども共感できない話題を広げたり掘下げたりする事を憚られた遥は、代わりに話題転換も兼ねて別の当たり障りない事を問い掛けてみた。
「えっと…、淳也達早かったんだね。どれくらい前から来てたの?」
遥は問い掛けながら、淳也の後ろで控えている今日の参加メンバーと思しき青年達をチラリと見やる。遥はあくまでも淳也に問い掛けたつもりだったのだが、その視線に気づいたらしい青年一人がこれを好機と思ったのか身を乗り出して来た。
「可愛い女子高生と合コン出来ると思ったら、そりゃぁっもう張り切って早く来ちゃったよね! あ、俺は葛西智一ってんだ! 今日はよろしくな!」
遥の質問に対する解答には余りなっていない軽口と共に自己紹介も織り交ぜて来たその人物は、口と顎に短く整えられた髭をオシャレに生やした堀の深い顔立ちの青年である。類は友を呼ぶのか、テンションの高さは淳也と通じる所があり、見た目の派手さも相まって色々と騒々しい人物だ。
「あっ…えっと…奏遥です…よろしくおねがいします…」
遥は強引に話へ割り込んできた形の葛西智一に若干引きつった顔で一応の返事をするが、その内心では俄かに警戒心が上昇中だった。そして、それを察したかの様に、沙穂と楓がすかさず遥の左右に付いて、更には美乃梨が前面にと立ちはだかる。
「遥ちゃんに変な事したらあたしたち直ぐに帰りますからね!」
遥には指一本触れさせないという意気込みをここで改めて示した美乃梨は早速の気迫で、葛西智一のみならず男性陣全員に睨みを利かす。そんな美乃梨の啖呵と即座に守備的フォーメーションを造り上げた女子メンバーの見事な連携を前にした葛西智一は、これに気圧されたのか一歩後退して、別の人物へとバトンタッチした。
「中々手ごわいぜ!」
葛西智一からそんな事を言い渡された別の青年は、これに苦笑しつつも一歩前へと進み出るなり、遥達へと向かって人畜無害そうな笑顔を向けて来る。
「僕は鈴村祐樹です。そう構えずに、今日はお互い楽しい日にできたらいいな」
鈴村祐樹と名乗ったその青年は、軽くパーマを当てた緩い茶色の髪と、先に見せた優し気な笑顔の印象も相まって、全体的に柔らかそうな当たりの青年だ。
「俺達三人は同じ美容専門学校に通ってる同期なんだ。まぁ、言ってみれば未来のカリスマ美容師的な感じかな! そんな訳で改めて今日はよろしく!」
淳也は補足する様にそんな少しばかり調子の良い挨拶で一連の自己紹介を締めくくったが、遥は事前に聞いていた人数よりも一人少ない事に気付いて小首を傾げさせた。
「あれ…? もう一人は?」
予定では男性陣の人数は四人だった筈で、だからこそ遥は沙穂と楓だけでなく美乃梨にも話を通して今日この場に参加してもらっているのだ。先日LIFEに送られて来ていた淳也からの写メでも、今いる三人の他にもう一人、アフロヘア―をした中々にインパクトが強い青年が確かに映っていた。
「あぁ、それなんだけど、予定してたもう一人は急な熱でダウンしちまってさぁ」
それは大変気の毒な話ではあるものの、欠員が出たという事は男女の人数が合わなくなったという事だ。このままでは女の子が一人あぶれてしまう事になるが、遥達にとってそれはどうでも良く、それよりも数的有利を得たという事の方が意味合い的には重要だった。
「ご愁傷さまですね!」
美乃梨は全くそれを気に病んでいる様子の無い満面の笑顔で淳也にそう告げると、遥の方へと向き直って、広げた両手で沙穂と楓共々誘導し男性陣との距離を取る。
「これなら、誰かがずっと遥ちゃんについててあげれるね」
男性陣に聞こえない様に小声でそんな事を告げて来た美乃梨は、瞳をキラキラと輝かせて自分こそがその役目には相応しいとでも言いたげだった。
「それは、助かる…かもだけど…」
美乃梨は勿論きっちりとガード役を果たしてはくれるだろうが、そこにはどうにも個人的な欲望が多分に含まれている気がしてならない遥である。
「誰がカナちゃんに付いててあげる?」
楓がその人選について触れてゆくと、美乃梨は主張激しくその場でぴょこぴょこするも、沙穂がそれを見て見ぬふりをしながら冷静な提案をしてきた。
「席替えとかのシャッフルがあるかもだから、誰がカナに付くかはその時のケースバイケースって事で行きましょう」
場を全て自分たちでコントロールできればいいが、必ずしもそうでは無いだろうと言うのが沙穂の想定の様だ。その尤もな意見には美乃梨も納得だった様で、自分がそれを専任できない事に若干しょんぼりとしながらもこれには素直に同意した。
「むぅ…確かにそうだね…それでいこっか」
そんなこんなで、一応の方針がまとまり作戦会議を終えた女子メンバー四人は、円陣を解いて、その間ほったらかしにしていた男性陣の方へと向き直る。
「お待たせしました! 乙女の内緒話終わりです!」
女子メンバーを代表して、今まで密談していた事を大変元気よく堂々と言ってのける美乃梨だ。
「乙女の内緒話とかすげぇ気になるとこだけど―」
淳也は女の子達の密談内容には若干の興味を見せつつも、今はそれを深くは追及してこず、その代わりに軽く掲げた手のひらで何やら自分の左隣を示して見せた。
「取り敢えず先に紹介するよ。熱でダウンした奴の代打ってことで急遽来てもらったジンさんだ」
淳也が示したその先には、見れば確かに先程までは居なかった男性が一人増えている。メッシュの入ったアシンメトリーの短髪と、どことなく陰のある瞳が印象的な中々の男前だが、それよりも特徴的だったのはその佇まいから醸し出されている妙にアダルティな雰囲気だ。色気すら漂っているその雰囲気に当てられたのか、楓などはこれに一瞬で釘付けとなって半ば惚けてしまっていた程である。
「ジンさんは俺がバイトしてるサロンの店長なんだ」
淳也がしたその説明から、この人物が雰囲気だけではなく実際にこの場にいる他の誰よりも歳上である事が窺えた。大人っぽい子供やその逆もまた然りなので、この人物が醸し出すその雰囲気を年齢感だけで片付けるのは早計かもしれないが、ひとまずそれは今追求すべき事ではないだろう。そんな事よりも遥達にとって重大だったのは、欠員になったと思っていた四人目がこうしてちゃっかりと別に用意されていた事に付いてだった。
「淳也さん騙しましたね!?」
美乃梨が真っ先にこれを抗議すると、淳也は非難される理由が分からないと言った様子できょとんとした顔で肩をすくめさせる。
「人聞き悪いなぁ、俺は四人目が来ないとは一言も言ってないぜ?」
言われてみればそれは確かにその通りで、淳也は「予定していたもう一人は急な熱でダウンした」としか言っていない。
「それに、説明の途中で内緒話始めちゃったのはみのりん達だろ?」
密談を開始させた張本人である美乃梨はこれには強く反論できず、その隙を逃さなかった淳也が続けて畳み掛けてくる。
「だいたい、元々四:四の予定だったんだし、別に問題ないっしょ?」
そう言われていてしまっては元も子もなく、遥達はもうこれに関しては単に自分達が勘違いして先走っただけだと納得して、大人しく引き下がるより他ない。
「ぐぬぬっ」
それでも美乃梨が何か言いたげに口を尖らせていると、これまで一連やり取りをただ黙って静観していた件の「ジンさん」が若干申し訳なさそうに口を開いた。
「もしかして…、僕は来ない方が良かったのかな…?」
できればそうして欲しかったというのが遥達の本音であることは間違いなかったがしかし、流石にそんな失礼な事を初対面の相手に対して言える訳もない。
「人数が合わないならどうしようって、あたしたちちょっと困ってたところだったんでー、来てくださってよかったですー」
沙穂がすかさずよそ行きの笑顔で上手く言い繕うと、「ジンさん」はそれをすんなりと信じたようで納得した顔で頷きを見せる。
「そうか…、ならいいけど…、あー…僕は、伊澤仁…、二十六歳、職業は美容師です」
ついでにといった感じでこのタイミングで自己紹介もしてきたジンさんこと伊澤仁は、どことなく所在無さげで、その様子は先の男性陣とは全く異なるテンション感だった。急遽の代打を引き受けたのはいいものの、自分だけ明らかに年齢層が異なっている上に、余り歓迎されていない様子であった事もやはり気にしているのかもしれない。
「ジンさんは今日店に入るのが夕方からだって聞いたから、それまでの間って事で少し無理言って来てもらったんだ」
淳也は遥達にそう補足してから、次には伊澤仁に対して女の子達を一人ずつ手で示しながら順番に紹介してゆく。
「さっきから一番元気な娘が花房美乃梨ちゃんで、こっちの眼鏡っ娘が水瀬楓ちゃん、それから一番大人っぽい娘が日南沙穂ちゃん、で、真ん中のちっこいのやつが奏遥」
遥はこの紹介に自分だけぞんざいなのではないかと、少々物申したい気分だったが、自ら名乗る手間が省けたので、これについては不問とした。
「ふむ…」
淳也から一通りの紹介を受けて、その順番通りに女子メンバーを目で追って行った伊澤仁は、最後に紹介された遥の前でそのまま視線をピタリと止めて、怪訝な顔で眉を潜めさせる。
「全員女子高生って聞いてたけど…」
伊澤仁はそこまで口にして結局はその先を言葉にしなかったが、それでも言わんとする事はその場に居た誰しもに明白であった。合コンメンバー一同も伊澤仁に釣られるようにして、思わず遥の愛らしくも幼いその姿へと一斉に視線を向ける。
「うっ…ボク…、ちゃんと女子高生…だもん…」
遥は自分に集まる視線の意味を察してこれに憮然とした面持ちで抗議するも、実際問題、その肉体はまごう事無き幼女なので、制服を着ていなければそこに説得力は皆無だ。特に今日の遥はリボンがあしらわれた赤いチェック柄のジャンパースカートを身につけており、その愛らしい装いが殊更に幼女感を引き立てていた。因みにそのジャンパースカートは、一緒に出掛けるからという理由で早朝から家に押しかけて来た美乃梨がチョイスした物だ。
「えっと…カナちゃん、気にする事無いよ?」
遥に気を使った楓が慰めの言葉を掛けて来ると、沙穂の方は少しばかり呆れた様子で面倒臭そうにヨシヨシと頭を撫でてくる。
「そうよー、気にしたって背は伸びないわよー」
子供をあやすようにする沙穂は若干面白半分で、流石の遥もこれには頬を膨らませて不機嫌顔だ。それは三人の間では比較的よく見られる仲のいい友達ならではのおふざけだったが、それとは知らずに焦ったのが元々居た男性陣の二人だった。彼らにとって遥は本日の主賓と言っても過言ではなく、その麗しの姫君が御機嫌斜めともなれば当然これは捨て置けない状況だ。
「い、いやぁ、なんていうか、実物は写真の何倍も可愛いよね!」
鈴村祐樹がフォローのつもりかそんな感想を述べれば、葛西智一もこれに力強く同意する。
「マジでこんな可愛い女子高生犯罪クラスだぜ!」
今の流れでそんな事を言われても、遥には「ものすごく幼女だ」と言われている様にしか聞こえず、全くもって嬉しくもなんともない。
「遥ちゃんはちっちゃくて超絶可愛いけどちゃんと合法だよ!」
美乃梨のそれは、葛西智一が口にした「犯罪クラス」という発言に対しての反論なのかもしれないが、ちっちゃいはかなり余計である。
「いいよもうっ!」
フォロー虚しく遥は完全にヘソを曲げてしまい、男性陣はこれにますます焦りを見せたがしかし、そんな中でも淳也だけはこれを全く意に介していなかった。
「よしっ! とりあえず全員集まったし早速始めようぜ! 最初はボーリングな!」
淳也はお気楽な様子でそう宣言するなり、遥の後ろへと回り込んでその背中を押して、眼前のレジャービル内へと向かって歩き出す。
「ちょっ! 淳也勝手に話を進めないでよ!」
遥は強引な淳也に抗議をするも、ただ、このままここで不毛な女子高生幼女問答をしていても仕方がない事だけは確かだ。
「もー! 自分で歩くから押さないで!」
遥はやはり今でも合コンには相変わらず前向きでは無かったが、ここまで来てしまったものは仕方がないと半ば諦め自分の足で淳也に付いて歩き出す。淳也とそれに促される形で遥が率先して歩き出した為、ほかの男性陣と女の子達もそれに付き従い、かくして合コンはいよいよ本格的にその幕を開ける事となった。




