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3-45.頼れる存在

 合コン話が持ち上がったその翌日、遥が沙穂と楓にこの話題を切り出したのは、放課後に訪れた駅前のアーケ―ドにある行きつけのカフェでの事だった。遥は出来る事ならばもっと早くにこの事を二人に相談したかったのだが、万が一他のクラスメイトに聞かれては些か不味い内容も含まれている為に、この時まで我慢していたのだ。

「ねぇ、ヒナとミナは合コンってした事ある…?」

 遥は若干唐突にそんな問い掛けで話を開始させ、これに顔を見合わせた沙穂と楓は揃って神妙な面持ちになった。

「あのさ、あたしらついこの前まで中学生だったじゃない…」

 沙穂が呆れた様子で若干遠回しな否定を口にすると、楓もそれにうんうんと頷いて同意する。

「そうだよー、合コンなんてやったことある訳ないよー」

 今どきは中学生の時分から合コンに興じている様な進んだ子も存在するらしいが、どうやら沙穂と楓に関してはその限りでは無かった様だ。尤も、楓は見た目通りの大人しいタイプであるし、沙穂だって外見の派手さとは裏腹に根はいたって真面目なので、この解答は遥も半ば予想していた範囲の内だった。

「やっぱりそうだよね」

 遥は二人が健全な中学生時代を過ごしていた事に、ほっとして小さな安堵の呟きを洩らす。

「カナちゃんはもしかして合コンやった事あるの?」

 自分よりも実際は年上である遥ならばもしやと、楓はそんな事を思ったのかもしれないがしかし、これはハッキリ言って愚問以外の何物でもない。

「ボクだって合コンなんてやった事無いよ…」

 遥が正直なところを答えると、沙穂と楓は「ですよねー」とでも言いたげな生暖かい笑顔を向けて来る。遥はこれに若干微妙な気分になりながらも、引き続き合コンというテーマについて今度は別の方向性で二人に質問を投げ掛けてみた。

「二人は合コンやってみたいと思う…?」

 その問い掛けに対して、再び顔を見合わせた沙穂と楓は、先程と同様にまた神妙な面持ちを覗かせる。ただ、それから二人は先程とは違って、それぞれに別々の意見を口にした。

「まぁ、あたしらももう高校生なんだし、合コンくらいはやってもいいのかもね」

 沙穂は高校生という肩書を前提に置いて割と肯定的だったが、対して楓は個人的な気後れから激しく左右に首を振ってそれに拒否反応を示す。

「ワタシは無理! なんかそういうパリピっぽい集まりって絶対場違いだもん!」

 合コンそれ即ちパリピという発想は些か短絡的なのではないかと思いつつも、心情的は遥もどちらかと言えば楓側だった。

「ボクだって、自分が合コンなんて似合わないと思うけど…」

 遥が自身の心境を告げると、楓がこれに不思議そうな顔で首を傾げさせる。

「それじゃぁ、どうして急に合コンの話しなんて…?」

 遠回しだった話の振り方に楓はその趣旨を掴みかねている様だったが、沙穂の方は遥がしようとしている話が何なのか察した様でニヤリと笑った。

「さてはカナ、あんた誰かに合コンやらないかって話を持ち掛けられたんでしょ」

 正しくその通りであった遥は、気まずさから笑顔を引きつらせて、それが正解である事を肯定する。

「うん…、実は昨日二人と分れた後に、昔の友達と偶然会って…」

 遥はそれから、賢治が参加すると思ってそれを承諾してしまった事まで含めて、昨日淳也とした一連のやり取りを二人に語って聞かせていった。


「―という訳で、合コンする事になっちゃったんだけど…」

 遥がこれは困ったといった様子でそう話を締めくくると、沙穂がまず案の定の呆れ顔で溜息を洩らす。

「なっちゃったって…、あんたチョロすぎでしょ」

 遥自身、賢治という餌に釣られてうっかり承諾してしまった自分を安易に過ぎたと大いに反省していた所なので、これには全く返す言葉が無い。

「カナちゃんは、合コンやりたくないんだよね…?」

 それをどう思っているのかという楓の確認に、遥はその通りである事を頷いて示す。

「うん…、できれば断りたいんだけど…」

 遥からすれば、賢治がメンバーに加わらない合コン等という物は、猫の居ない猫カフェも同然で、それに対しては到底前向きに等なれる訳がない。加えて言えば遥は若干の人見知りなので、例え合コンというシチュエーションで無かったとしても、友達の友達という会った事も無い人間と一緒に遊ぶ何て状況は出来れば願い下げなのだ。

「でも…ちょっと断りにくい状況って言うか…」

 淳也に対して、賢治が好きだからとは今更言い出し難い事は勿論だが、それとはまた別に、状況は一層断りを入れ辛い段階にまで進展してしまっていた。

「ほら…、これ」

 遥は証拠にとブレザーのポケットから自分のスマホを取り出し、LIFEの画面を淳也とのやり取りに切り替えて二人の前に提示して見せる。

「どれどれ…?」

 沙穂と楓が揃ってスマホを覗き込んでくると、遥は時系列が分かりやすいようにLIFEの画面を件の事柄について最初に送られて来たメッセージにまでスクロールさせた。

『男子側の参加メンバー決まったぜ!』

 それは、昨日遥が淳也と別れてから、バスに乗って自宅を目指している間に受け取ったメッセージである。それから淳也は昨日の夜から今日の昼に掛けて、合コンの開催に必要な彼是を次々と纏め上げ、後は女子側の都合と要望次第という所まで話を推し進めてしまっていたのだ。

「なんていうか…、この人すごいやる気ねぇ…」

 淳也のメッセージを一通り確認し終えた沙穂は、呆れ返った様子でそんな感想を口にする。合コンを何としても実現させようとする淳也の凄まじい熱意は、リアルタイムでメッセージを受け取っていた遥はより一層強く感じていた事だ。遥がいくら合コンに前向きで無いとは言え、流石ここまでの熱量で挑まれては、友人としてこれを無下にしてしまう事には多少なりとも申し訳なさを覚えずには居られなかった。

「確かにこれは断り辛いね…」

 楓は遥の複雑な心中を察してくれたのか、若干同情のこもった眼差しで苦笑する。

「まー、あたしならバッサリだけど、カナには無理よねぇ…」

 沙穂も遥が友達想いである事は良く知っている為、楓同様その眼差しには同情の色が窺えた。

「あっ…でも…男の人たちみんな結構オシャレでカッコいいよ…?」

 楓は遥のスマホを自分の指でスクロールさせて、淳也が送って来た参加メンバー全員で今日撮影したらしい写真を指差して見せる。淳也が集めたという男性陣は本人を含めて四人で、全員が美容専門学校の仲間らしく、確かに楓が言う様に漏れなくビジュアル的には悪くない。ただ、遥からすれば「だからどうした」といったところで、地味な男の子だった頃の劣等感をくすぐられこそすれ、到底前向きになれる様な要素にはなり得なかった。

「そんな事言われてもなぁ…」

 女の子としての自意識を着々と成長させ、その勢い余って近頃BL漫画なんかにも手をだしている遥ではあるが、恋愛対象と見なしている男性はあくまでも賢治ただ一人だ。

「まー、カナにはもうとびきりイケメンな良い人がいるもんねぇ」

 少しニヤついた顔で賢治の存在を指摘する沙穂の発言に、遥は思わず赤くなってモジモジとしてしまう。沙穂はそんな遥を微笑まし気にしていたが、ふと何か気付いた様子で些か難しい顔をした。

「まさか無いとは思うけど、そのイケメンの彼にはこの事相談してないよね?」

 その問い掛けに思わずギョッとした遥は、慌てた様子で頻りに首を縦に振る。

「してないよ! 大体こんな事、賢治に説明できないもん!」

 合コンの開催を承諾するに至った経緯と、後になってそれを中止にしたくなった理由は、そのどちらも遥が胸の内でひっそりと育んでいる賢治に対する恋心故だ。そんな事情を含んだ事柄等は到底説明し得る筈は無く、遥はこの事を賢治には一切話していなかった。

「まぁ、それが賢明よね…」

 沙穂は遥が浅はかな行動を取らなかった事に、ほっとした顔で安堵の溜息を付いたが、その一方でこれに少々不思議そうな顔をしたのが楓だ。

「でも、相談すれば絶対止めに入ってくれるよね? なんか上手い事言えないのかな?」

 楓はスカートの一件から、賢治がそれを許さないだろう事を想像できたのだろう。それを踏まえた上で、遥が秘めている恋心には触れない形で事情を説明すれば良いのではなかろうかと、そんな風に思った様だ。

「うーん…それはちょっと難しいかも…」

 例えば遥が「淳也から合コンに誘われて、強引に押し切られてしまったけど、やっぱりこれを断りたい」とだけ賢治に話したとする。そうすれば賢治は例の「過保護」を発動させて、何としてもそれを阻止しようとするだろう事はまず間違いが無い。それで全てが丸く収まってくれればいいのだが、問題は合コンに対して並みならぬモチベーションを見せている淳也が大人しく黙ってはいないだろうという点だ。

「淳也が余計な事喋っちゃったら、色々と不味いし…」

 それこそ遥が最も強く抱いている危惧で、最悪なのはせっかく胸の内でゆっくり大事に育んでいるその恋心が、何かの拍子で淳也の口から賢治に伝わってしまう事だ。そうなってはもう遥としては目も当てられず、沙穂も恐らくそれを危惧して先程は賢明だとしたのだろう。

 淳也は遥がそれをひた隠しにしている事に勘付いている様なので、流石にわざと喋るような無粋な真似はしないだろうが、物の弾みでという可能性は大いに考えられる。お調子者のムードメーカー件トラブルメーカー、それが淳也なのだ。友人として信頼はしていても、その言動には油断がならないと、遥は常々そう思っている。

「そっかぁ…うん…それならそうだよね…」

 淳也に会った事は無くとも遥が言わんとする事は理解した様で、楓も賢治に相談するという路線は無理があるようだと納得した。

「あのさカナ、直接的に断り難いなら、メンバーが集まらなかったって線はどう?」

 そんな沙穂の提案に、遥はそれならば行けるかもしれないと一筋の光明を見出して、その表情をパッと明るくする。

「試しにそれで送ってみるね」

 善は急げと遥は、早速その旨を伝えるメッセージを作成して淳也に送信した。

『ボク、友達あんまり居ないし、女の子集まらないかも』

 実際にまだそれを試みていない事と、淳也の反応を窺がう意味合いも含めて、遥が送った文面はそんな若干曖昧な物に留まっている。

「送ってみ―」

 遥がメッセージを送信した事を沙穂と楓に告げようとしたその時、スマホが新着メッセージの受信を知らせる軽快な電信を響かせた。

「はやっ!?」

 遥は余りに迅速だったレスポンスに改めて淳也が合コンに相当入れ込んでいる事を感じながら、早速その返信内容を確認してみる。もしかしたら淳也はかなりがっかりしているかもしれないと、若干の申し訳なさを覚え掛けていた遥だったが、内容を目にしてそれどころでは無くなった。

『俺的には残念だけど、最悪お前一人だけでも良いよ。誕生日会の時に撮ったお前の写メ見せたら皆すげー食いつきだったからさ』

 その返信が色々と突っ込みどころ満載な事はさて置き、どうあっても合コンが中止にはならないと言う事実を突きつけられた遥はこれに堪らず茫然だ。

「その様子じゃあんまり結果は芳しく無かったみたいね…」

 芳しくないどころか、遥からすればもうこれは最低以外の何物でもない。

「合コンは絶対中止にならないみたい…」

 説明する気力も失った遥がスマホを机に置いて返信内容を見せると、それを目にした沙穂と楓は顔を見合わせ今日三度目の神妙な顔つきになった。

「カナちゃん、このままだと、まさかの逆ハーレムだねぇ…」

 楓は遥対複数の男子というその構図を、少女漫画に良くある憧れのシチュエーションになぞらえながらも、その口調と表情には多分な憐れみが含まれている。

「で…、どうすんのこれ…?」

 沙穂のこちらも大いに憐れみをたたえながらのそんな問い掛けに、遥はすがるような眼差しで目の前の友達二人を交互に見やった。

「えっと…協力…してくれる…?」

 中止になる見込みは無く、断る事もままならないとなれば、遥に出来る事はもうそれを如何に無難な形へと持っていけるかだけだ。逆ハーレムなんて状況はもっての外なので、それを回避するには沙穂と楓にもこれに参加してもらう以外なかった。

「まぁ、あたしは別に良いけど」

 元々合コンに肯定的だった沙穂は自分が参加する事は吝かでは無いとしながら、それに否定的だった楓の方へと視線を送る。

「…えっ? あっ…カナちゃんの為だったらワタシだって協力するよ!」

 沙穂から目配せを受けた楓は、少し戸惑いはしたものの、最終的には自身の気後れよりも遥との友情を取って、合コンに対して前向きな意気込みを見せた。

「ありがとう! ふたりともだいすきー!」

 沙穂と楓が参加してくれるのであれば遥としては百人力を得たも同然だ。表情を明るくした遥がその喜びを感謝の言葉と共に露わにすると、沙穂はそれを微笑まし気にしてやんわりと頭を撫でて来る。

「あー、よしよし」

 そのあやす様な調子を別段嫌がりもせず、遥が二人と友達で本当に良かったと心から思っていると、そんな折に楓が何やら小首を傾げさせた。

「あと一人、どうするの?」

 沙穂と楓が加わってくれた事ですっかり直近の問題が解決した気になっていた遥だったが、言われてみれば四人いるらしい男性陣に対して女子メンバーはまだ三人だ。遥一人でも決行すると言われているので、数を合わせる義務は全く無いものの、より無難な形を求めるのであれば、やはりそこは対等な人数を揃えるに越した事は無いだろう。

「あー…うーん…」

 どうしようかと少しばかり悩んでみた遥だったが、元々考えるまでも無く、沙穂と楓以外に頼れる女の子の友達は後一人しかいなかった。

「うん…美乃梨に頼んでみる…」

 同じ学校の女子高生という縛りに拘らなければ、もう一人だけ心当たりはあるものの、その人物は現在高校受験を控えた中学三年生だ。いくらなんでもそんな人物を合コンに引っ張りだすような真似をしようと思う程遥は常識を見失ってはいない。何より万が一活火山を抱えた彼女の父親にそんな話が知れた日にはただでは済まされないので、どの道遥はそれを選択肢には入れられなかった。

「美乃梨が駄目だった場合は…また考えよう…」

 その際はもう沙穂や楓の友達か、クラスメイトの誰かという遥とは余り親しくは無い者に当たるしかない。ただ幸いな事に、遥が『淳也に騙されて合コンする事になったから助けて』という内容でメッセージを送ると、美乃梨はこれに二つ返事で協力を約束してくれた。

『遥ちゃんは絶対あたしが守るからね! 男なんかには指一本触らせないんだから!』

 美乃梨が送って来た返信内容はそんな文面で、その相変わらずのスタンスに遥は思わず苦笑いだ。ただ、今回に限って言えば、そんな美乃梨が大変頼もしい限りである事もまた事実だった。

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