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3-43.本心と理由

「短いスカート…ボクには似合ってなかった…?」

 賢治にとって、その問い掛けに答える事は、胸の内に秘めている本心を曝け出すにも等しい事だった。

「それは…だな…」

 案の定賢治は遥の質問に即答できず言い淀んでしまっていたが、その煮え切らない様子にしびれを切らした人物が在る。賢治の後ろに控えていた父、児玉だ。

「賢治、男らしくはっきりせんか!」

 児玉はそう言い放ったかと思うと、気後れしている賢治に活を入れるかの様に、背中を大きな平手で強かに打ち付けた。その平手は風船が割れたかの様な衝撃音が遥にもハッキリと聞こえた程に強烈で、賢治はこれに堪らず体勢を崩して前のめりである。

「ってぇな親父!」

 賢治は直ぐに体勢を立て直し、乱暴な父を睨みつけて抗議の声を上げるも、当然そんな事で怯む児玉ではない。

「ちゃんとハルちゃんに応えてやれ」

 これに対しても賢治は引き続き児玉を睨み返しはするが、相手が相手なので些か分が悪い。何より児玉を説き伏せる事が容易でないのは、誰よりも実の息子である賢治が一番よく知っている事だ。

「はぁ…分かったよ…」

 ややあって観念したのか、賢治は深々と息を洩らして遥の方へと向き直る。賢治はそれから実に気まずそうに視線を泳がせつつも、今度は頭ごなしの否定等では無く、ちゃんと遥のした質問の趣旨を違えず、それに即した答えをようやく口にした。

「…似合ってたよ」

 どこか憮然とした口調で吐き捨てるような短い言葉ではあったが、賢治の告げたそれは間違いなく遥の短いスカートを好評する物に他ならない。念願かなってようやく聞けた賢治の感想が好意的な物だった為、遥は胸の内で恋心がパッと華やいでいくのを感じて思わず前のめりになった。

「ほんと!? ほんとに似合ってた!?」

 遥はそれが聞き間違い等ではなかったのだという事を確かめたかったのだがしかし、賢治からすればまさかのアンコールだ。

「お、おい、もう勘弁してくれよ!」

 賢治は身を乗り出して来た遥を元の位置に圧し戻しながら、また実に気まずそうな様子で視線を泳がせる。たった一言告げるだけでもそれなりの覚悟と気力を要した為に、賢治が再びそれを口にする事は大変な労力だ。何より、元同性だった幼馴染を可愛く思っていると告白したも同然なので、賢治がこれを躊躇したのは仕方の無い事である。がしかし、そんな心境故に賢治が取った、どこか余所余所しくすらある態度に、遥は今し方の言葉がもしかしたら本心では無かったのかもしれないと疑心に駆られて、これには思わず不安になってしまった。昨日あれだけ頭ごなしの否定を重ねられている上、賢治は今も自分を真っ直ぐ見ようとはしないので、遥がそんな風に思ってしまったのも無理はない。

「ほんとうは…ちがうの…?」

 伏し目がちになった遥が堪らずその不安を口にすると、今度は賢治の方が身を乗り出して慌てた様子になった。

「ちがわねぇって! 本当に本当だよ!」

 賢治は必死になって本心からそう思っている事を強調してきたが、それだけでは遥の不安を完全に払拭するには至らない。

「ほんとうに…ほんと…?」

 遥は胸前で両手をぎゅっと握り、不安に揺れる瞳で賢治を真っすぐに見据えて、これが最後のつもりで一度同じ質問を投げ掛けた。その姿はまるで祈りを捧げているかのようで、儚げですらあったそんな遥の様子に賢治は思わず息を飲む。賢治はそのまましばし遥から視線を逸らせずにいたが、突然両手で頭を掻きむしったかと思うと、何かが吹っ切れたかの様になった。

「あー! もう、そんな目で見るなよ! 本当にすげぇ似合ってたって! つうか、あんなもん誰が見たって可愛いに決まってんだろ! 実際めちゃくちゃ可愛かったから写メだってしっかり保存済みだよ! なんだったら今直ぐ待ち受けに設定したいくらいだ此畜生!」

 ここへ来て一気に思いのたけをまくしたてた賢治は、最後に若干余計な事まで口走って肩で大きく息を切らす。その余りのぶっちゃけ様に、遥は一瞬唖然となっていたが、徐々に何を言われたのかを理解してゆくと、途端にその顔が真っ赤になっていった。

「なっ…なっ!? け、賢治…今、ボクの事…か、かわ…可愛いって…えぇ!?」

 それこそは遥が常日頃から、そう思われたいと願ってやまなかった事ではあったものの、いざこうして面と向かって言われてみれば、何やら気恥ずかしくて堪らない。

「ふぇぇ…」

 遥が真っ赤になった頬を両手で押さえてひたすら困惑していると、そこへ賢治はリビングテーブルの上に両手を付いて更に勢い込んで身を乗り出して来た。

「だから俺はあんな恰好で高校に行ってほしく無かったんだよ!」

 賢治は正にそれが短いスカートを認められなかった理由である事をも曝け出して来たが、それについてはやはり遥にとっては良く分からない論法で、これには堪らず首を傾げさせる。

「あっ…えっ…と…?」

 ここまでの話を纏めると、賢治が短いスカートを認めてくれなかったのは、昨夜朱美が示唆していた通り、それを「可愛い」と思ってくれているからだという事までは遥にも分かった。実際に賢治もたった今「だから」とそれを関連付ける発言をしたのでそれは間違い無いがしかし、遥にはどうしても何故そうなるのかがサッパリである。

「ごめん、どゆこと…?」

 結局良く分からなかった遥が思ったままに疑問を投げかけると、賢治はこれには即答できずにまた言い淀んでしまった。

「あー…それは、だな…」

 後ろでは再び児玉が張り手で気合注入の構えだったが、今度はそれが炸裂する前に、賢治は何か閃いた様な顔で自分の手の平をポンと打ち付ける。

「そう! あれだよ! 前に美乃梨が言ってヤツだよ!」

 突然脈絡なく上げられたその名前に遥は若干困惑気味だったが、少しばかり考えを巡らせれば一つ思い当たる事があった。

「えっと…、もしかして、可愛いと襲われるっていう…あれ?」

 それは、所謂「超絶可愛い遥襲われる論」という奴で、些か極端ではあるものの、女の子としての自覚を持って危機管理をすべしという美乃梨が与えてくれた立派な教訓だ。

「そう! それだよ!」

 賢治は遥の心当たりが間違いでは無い事を力強く肯定すると、乗り出していた身を引っ込めて深々とした溜息を付く。

「なら、俺が言いたい事はもう大体分かる…よな?」

 その言い様にまた少しばかり考えを巡らせてみた遥にも、何となくだが賢治の言わんとしている事が見えて来た。短いスカートを「可愛い」と思いながらも認めてくれなかった賢治と美乃梨の教訓。その二つを合わせて考えれば、流石の遥でも答えに辿り着くまでそうは掛からなかった。

「あっ…だからダメって…」

 思い返してみれば、賢治は昨夜、短いスカートを認められない理由の一端として「ハルのためだ」とそう言っている。賢治が秘めている本心については気付きようも無いが、少なくともあれが、自分の身を案じるが故だったのだという事を遥はやっと理解した。

「まぁ…そういう事だ…」

 賢治が若干疲れの見える顔で苦笑交じりに言うと、遥は今までそれに気付けずにいた自身の浅はかさを省みる。誕生日に防犯ブザーをくれたくらいなので、賢治が女の子として不慣れな自分の高校生活を気に掛けてくれている事は遥も承知していた筈だった。それなのに、昨夜はそんな賢治の思い遣りの気持ちを汲み取れず、色々と酷い事を言ったりもしているのだ。

「賢治…昨日は酷い事言ってごめんね…」

 遥は昨夜の態度や罵倒の言葉についての謝罪を述べながらしょんぼりと肩を落とす。賢治が大いに説明不足だったとはいえ、遥も沙穂との友情を押し通そうと頑なになっていた点を否めず、これには少なからず反省を禁じ得なかった。

「いや、俺がうまく説明できなかったのが悪かったんだ。昨日はその…、大学で色々とあった所為で疲れてたからな…、その、いまいち頭が回ってなかったんだよ…」

 賢治が昨夜の説明不足について理由を添えて謝罪してくると、遥は随分と帰りが遅かった事を思い返してこれにも得心がいく。

「そっか…そうだよね…」

 遥はその事も慮れずにいた自分の至らなさを悔いて、益々意気消沈せずには居られない。ここへ来ての落ち込み様に、賢治は僅かに苦笑すると、遥の頭に触れてその少し癖のあるふわふわとした髪を無造作にかき乱した。

「まぁ、お互い様って事で、もういいじゃないか」

 その言葉と、頭に触れる賢治の大きな手の感触に遥の気持ちは幾分か和らいで、これに小さく頷きを返す。

「うん…、賢治がそう言ってくれるなら…」

 スカート問題にも決着が付き、疑問だった事も解消され、賢治がこの件についてはもう言いっこなしだと言うのであれば、遥としてももう何も言う事は無い。

「はぁ…」

 今度こそ全てが解決した事で、気持ちの緩んだ遥はソファーの上で自分の膝を手繰り寄せて安堵の溜息を付く。昨日からの事を思い返せば、色々と反省点も多いが、終わってみれば何も悪い事ばかりでも無い。それどころか、賢治に「可愛い」と言ってもらえ事は、遥にとってかなりの大収穫だ。

「ふふっ…」

 その事を思い返して、隠しきれなかった嬉しさのあまり遥が思わず小さく笑みをこぼすと、賢治はこれに気付いて大変微妙な表情になった。

「ハル…何か気持ち悪いぞ…」

 その一言で自分がだらしないにやけ顔になっていた事に気付いた遥は、慌てて両頬を抑えながら口を尖らせる。

「気持ち悪いとかひどいなぁ、さっきは可愛いって言ってくれたのにー」

 遥は照れ隠しのつもりでそう言ったのだが、これは思いの他効き目があった様で、賢治はあからさまにその表情を引きつらせた。

「なっ…! お、お前…」

 これを目にした遥は気恥ずかしさをちょっとした悪戯心で包み隠して、賢治の方へと身を乗り出しながらその愛らしい顔に小悪魔じみた笑みを覗かせる。

「ねぇ賢治、さっき可愛いボクの写真を待ち受けにしたいって言ってたよねぇ」

 遥から先程勢いに任せて口走ってしまった事をあげつらわれた賢治は、これには堪らず今日一番の気まずい顔でかなりのしどろもどろだ。

「い、いや…それは…その…一般論っていうか…それくらい良かったって言うか…」

 余り弁解できていないその弁明に調子づいた遥は、リビングテーブルに手を付きながら一層賢治の方へと身を乗り出して、その小悪魔振りに拍車をかける。

「何だったら本当に待ち受けにしても良いんだよ?」

 遥は駄目押しとばかりに攻勢をかけて行ったがしかし、そのまま大人しくやられている賢治ではなかった。

「ハル…お前言ったな…」

 それまで押される一方だった賢治は、そう呟くなり突然ズボンのポケットから自分のスマホを取り出して遥の眼前にと掲げ上げる。

「へっ…?」

 その予想外だった唐突な行動に遥が一瞬の呆気に取られている隙に、賢治のスマホはカシャリと疑似的なシャッター音を響かせた。

「んじゃ、早速待ち受けにさせてもらうわ」

 賢治は慣れた手つきでスマホを手早く操作してから、口角を吊り上げた笑みと共に遥の方へと画面を向けて来る。そこでは、ビスクドールさながらのゴスロリ衣装を身に纏った遥の姿を収めた写真が、その宣言通り早速待ち受け画像にと設定されていた。

「あぁー!」

 制服姿ならまだしも、コスプレ紛いのゴスロリ衣装となると話は全く別である。スカート問題について話し合っている最中は一時その事から気がそれてはいたものの、未だにその恰好が恥ずかしい事には変わりがないのだ。

「それはやめてー!」

 遥は慌てて賢治のスマホを奪い取ろうとしたがしかし、当然それは容易い事では無い。賢治が立ち上がってちょっと高い位置にスマホを掲げるだけで、遥にはもうお手上げだ。

「今直ぐ消して―!」

 遥もソファーから立ち上がってスマホを奪取すべくぴょんぴょんと飛び跳ねるが、賢治はそれを難なく躱しながらニヤリと笑って勝ち誇る。

「当分このままにしておくよ」

 これに遥は一段と焦ってスマホを取り上げるべく迫ったものの、賢治はその様子すらも次々と写真に収めてゆく余裕振りだ。

「あー! また撮った!」

 非難の声を上げながら、遥は懸命になって追い縋るが、賢治はやはりこれを軽々と躱してスマホに触れさせない。

「もー! 賢治じっとしててよ!」

 遥がムキになる為、賢治のスマホを巡る二人の攻防は、いつ終わるとも知れない熾烈な戦いへと発展していたが、それは昨夜スカートを巡って争っていた時のそれとはまるで違う物だ。特に遥はスマホを奪い取ろうと必死になりながらも、その胸の内にはもう怒りや憤りは一切なく、今ではただ恋心の花が色鮮やかに瑞々しく咲き乱れていた。

 因みに、朱美と児玉も今は二人が只じゃれ合っている物と見なして、これには介入してこなかった為に、結局遥が賢治からスマホを奪い取れずじまいだった事は一つの余談である。

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