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3-30.成果とご褒美

 遥の自宅で勉強会が開催されてから数日、高校ではいよいよ中間考査が開始された訳ではあるが、本日は早くもその最終日を迎えていた。もっと言えば、既に全教科を終え四日間に渡った中間考査の全日程を無事終了した後である。

「はぁ、ようやくテスト終わったねぇ!」

 いつもより数時間早いホームルームを終え、帰り支度をしている遥の元に駆け寄って来た楓は、解放感からか実に晴れやかな笑顔を見せていた。

「そだね、ミナは勉強の成果あった?」

 学生であるからには定期考査を避けて通れる謂れも無く、それがやって来て過ぎ去っていくのは当たり前の事として、肝心なのはその出来栄えの方だ。遥は勉強会以来、結局は沙穂に代わって放課後に楓のテスト勉強をかなり密に見て来た為、これは特に気になるところだった。

「えっとぉ…カナちゃんに教えてもらったところは出来た…と思う…」

 楓の返答は少々自信なさげな物ではあったものの、それなりの成果は挙がっているようではある事に遥は一先ずほっと胸を撫で下ろす。流石に遥も全教科の全範囲をくまなくカバーできる程のサポート体制を敷けていた訳では無いが、それでも要点はかなり抑えていた筈なので、楓の言葉を信じるのならばそれなりに期待できるというものだ。

「テスト返って来るの楽しみだねー」

 遥は自身のテスト結果にもそれなりの手ごたえを感じている為、無邪気な笑顔でニコニコとするが、楓の方は目を泳がせて少々引きつった笑みを見せた。

「うぅ…テスト返し怖いよぅ…」

 その出来栄え如何に拘らず、遥の様にテストの結果を楽しみにしている様な者は学生全体で見てもマイノリティな部類であろう。元々勉強が得意ではない楓はといえば、当然マジョリティに身を置く側の人間だ。しかし、そんな楓に追い打ちを掛けるかの如く、自分の帰り支度を整え終えた沙穂が傍までやって来て少々意地の悪い顔を見せた。

「カナにみっちり勉強見てもらったんだから、最低でも平均点は超えてないとねぇ」

 高得点と言わない辺りは優しさを感じなくもないがしかし、一年生一学期の中間考査は総じて平均点が高いのが一般的である。そんな状況下で平均点を超えろと言うのはつまり、高得点を取れと言っているのも同義であった。

「カナちゃぁん…」

 中々に手厳しい沙穂の言葉に楓は若干涙目になりながら、遥の腕にすがり付くようにして救いを求めて来る。遥の見立てではしっかり勉強の成果が出ているのならば、平均点は十分達成できるラインではあるが、楓は手ごたえ以前に苦手意識が先立って自信を持てないでいる様だ。

「大丈夫だよ、ちゃんと勉強したし、それに出来なかったところは復習すればいいよ?」

 仔犬の様な瞳を向けて来る楓に、遥は優しい言葉を掛けながらも、そして次には別段悪意無く更なる追い打ちを掛けていった。

「何だったら、今からでも分からなかったところおさらいする?」

 のほほんとした笑顔でアフターケアも万全である事を示す遥であったが、折角中間考査を終えて勉強漬けの日々から解放されると思っていた楓にとっては中々酷な言葉であろう。

「うぅ…今日はもう勉強の事は忘れてどこか遊びに行こうよぅ…」

 完全に涙目で勘弁してほしい事を具申してくる楓に、さしもの沙穂も同情したのか苦笑を見せつつ遥の肩をポンと叩いた。

「ま、今日くらいは良いんじゃない?」

 楓に泣きつかれ、沙穂には促された遥は少し考えを巡らせてみて、テスト明けの今から勉強というのも確かに少々無粋だったかもしれないと思わないでもない。友達の為になればと思って復習を促してみた遥ではあるが、元々はそこまで勤勉なタイプではないし、遊びに行く提案事態は魅力的である。

「それもそうだね。じゃあ復習はテストが返って来てらにしよっか」

 あくまで問題が先送りになっただけである事に楓はその表情を引きつらせながらも、次には気を持ち直したのか明るい顔をして前向きな姿勢を見せた。

「じゃあさ、折角だから今日は表街の方へ行ってみようよ!」

 楓の口にした「表街」というのは、高校からは電車に乗って一時間程の場所にある遥達の住む地域では一番栄えている都心部の事だ。表街はこの地方の中心部だけあって百貨店やファッションビル、娯楽施設等には事欠かず遊びに行くにはもってこいの場所である。普段は時間的猶予から放課後にはよほどの用が無ければ足を運ばない場所であるが、幸い今日はテストのみの半日授業だった為にその点は問題が無い。

「そうねぇ、たまには良いかも。あたし丁度パスカルで夏物見たかったし」

 沙穂がファッションビルに赴きたい旨と共に楓の意見に同意した為、遥もこれには特に異論を挟む事なく素直に同意する。

「じゃあ今日は羽を伸ばそっかー」

 遥の賛同を得られた事で楓は早くもウキウキとした顔になって瞳を輝かせた。

「表街ならワタシ、アニメトイに行きたいなぁ!」

 アニメトイはその名の通りアニメや漫画等のいわゆるオタク関連のグッズを専門に扱っているショップである。如何にも楓らしい希望に遥と沙穂は一瞬顔を見合わせて苦笑するも、二人ともそれを否定して拒む様な事は無かった。

「駅から近いみたいだしまずはそこね。カナは行きたいとこある?」

 スマホを取り出し地図アプリで店舗の場所を確認した沙穂が問い掛けて来ると、遥は表街に行くのであればと自身の希望について考えを巡らせる。

「うーん、ボクは白善書店かなぁ」

 考えた末に大型書店を希望する遥に、沙穂が「オッケー」と頷きスマホを操作するその一方で、楓は少々不思議そうな顔をして首を傾げさせた。

「本だったらアニメトイにも売ってるよ?」

 アニメトイはアニメグッズ専門店という知識しかない遥にとって、それは少々意外な情報である。

「へぇ…そうなんだぁ、じゃあ白善は別に行かなくても良いかな?」

 素直に感嘆する遥であったが、それを耳にした沙穂はスマホから顔を上げ呆れた様子で小さく溜息を付いた。

「カナ…、ミナの言う本って、漫画とかラノベってやつよ?」

 沙穂の言葉に楓がうんうんと頷きを見せると、遥は成程と納得して思わず苦笑である。

「そっか、ボクの欲しい本とはちょっと違うかも」

 遥は漫画を読まない訳では無いが、その多くは賢治や兄の辰巳を経由している物で、少なくとも自身ではそれを積極的に購入する事は殆どない。加えてライトノベルに関して言えば未だかつて読んだ事は無く、遥が読む小説といえばいわゆる文芸書とされる物だ。昨今では一般小説を原作としているアニメや漫画も無い訳では無いので、アニメトイにはそれらが置かれている可能性はあるものの、数も多くはないだろうし、些かの偏りもありそうなので遥の希望を叶えるほどのラインナップでは無いだろう。

「ミナはカナの部屋にあった本棚見たでしょ?」

 沙穂の言葉で楓も勉強会の際に遥の部屋で見た本棚が、分厚いハードカバーで埋まっていた事を思い出した様で、自身の思い違いに気付き少し気恥ずかしそうな顔をした。

「あー…そうだよね…、カナちゃん真面目だもんね…」

 真面目と言われると若干の語弊があり少々心外である遥は、これには少し困った顔で苦笑いである。遥は自身を特別真面目だと思った事は無いし、漫画やライトノベルに積極的でないのは、単純に強く興味を惹かれる様な作品に巡り合う機会に恵まれなかったからだ。

「うーん、じゃあ…、アニメトイでミナのお勧め教えてよ」

 遥の提案にパッと表情を明るくした楓は大きく頷き、嬉々とした表情を見せる。

「あのね! ワタシのお勧めはね―」

 勢いよく今この場で自身の推薦作品について語り始めようとした楓であったが、これは長い話になる事を察した沙穂がそれを慌てて遮った。

「ストップ! ストップ!」

 沙穂に制止され勢いを削がれると共に我へと返った楓は、好きな事柄を前に暴走しそうになっていた自分に気付いて申し訳なさそうにする。

「あっ…ご、ごめんなさい、ワタシついつい…」

 楓の趣味語りは火が付くと口を差し挟む間もないマシンガントークになる事は遥もこれまでの付き合いの上で良く知っている事で、楓自身もそれには自覚がある様だった。ただ、遥は時と場合は弁えて欲しいとは思うものの、それを別段嫌だと思った事は無い。

「お店についてからね?」

 遥がニッコリ微笑みかけると、楓も明るい表情になって大きくそれに頷きを見せた。

「うん!」

 話がひと段落して、それぞれの行きたい場所も確認できた事で、三人は早速と表街へ繰り出そうと行動を開始する。しかし三人が仲良く連れ立って教室を出て行こうとした所で、扉近くの席で談笑していた男子生徒の輪に居た青羽がこれに気付き声を掛けて来た。

「あっ、奏さん、おかげでテストばっちりだったよ!」

 爽やかな笑顔で勉強会の成果があった事を報告してくる青羽に、遥も小さく笑みを返して責務をちゃんと果たせた様である事には一安心である。

「良かったー」

 青羽は結局、放課後の勉強会には参加する事が無かったので、遥は自宅で開いた勉強会だけで事足りたのだろうかと、少々心配していたのだ。しかし、それは杞憂だったようで、本人が自信ありと言うのであれば遥としても言う事は無い。これで青羽に対する借りも無事清算できた筈で、責務も真っ当出来たというものだ。

「奏さん本当にありがとう! じゃあまた!」

 青羽の用向きはテストに関する報告だけであった様で、軽く手を振り爽やかに笑って別れの挨拶を送って来る。

「うん、またー」

 遥も青羽に挨拶を返すと、沙穂と楓と共に今度こそ教室を後にしようとしたがしかし、これをその場に居合わせていた最上篤史が呼び止めて来た。

「俺達この後カラオケ行くんだけど奏ちゃん達も一緒にどう?」

 この意外な誘いに遥は少々びっくりしてしまったが、それ以上に驚きを見せ、慌てすらしたのが横でそれを聞いていた青羽だ。

「おまっ、いきなり何言い出すんだよ!」

 賢治に対して学校では自分が遥を守ると誓った青羽にしてみれば、沙穂と楓が付いているとはいえ、男子達の輪に遥を入れるのは到底賛成できない事であろう。しかしそんな青羽の事情を最上篤史が知っている筈もなく、これには不思議そうな顔をするばかりだ。

「えー、アオバは奏ちゃんに勉強見てもらったんでしょ? お返しに接待しないとー」

 遥が勉強会を開催したのは青羽に対するお礼だったので、これにお返しとなると妙な話であるが、要は只の口実である。

「えっ…それは…そう…なのか…?」

 しかし意外と単純なのか青羽はまんまと最上篤史の口車に乗せられ、少し考えを巡らせてから、遥の方へと向いて少しばかり申し訳なさそうな顔を見せた。

「えっと…そういう事みたいだけど…、奏さん達が良ければ…どう…かな? あっ、勿論俺の奢りって事で…」

 奢りという言葉に男子達は歓喜の声を上げるが、青羽は遥達だけである事を示してこれを直ぐさま鎮静化させる。そんな無邪気な男子達はともかくとして、最上篤史からだけでなく青羽からも改めて誘いを受けた遥は、これをどうした物かと少々困ってしまった。

 勉強を共にしたとはいえ青羽は依然として「危近リスト」の殿堂入りであるし、この場に居合わせる男子達の中には殆ど喋った事の無い者も何人かいる。沙穂と楓が一緒とは言えそんな面子では気乗りしないというのが遥の正直なところだ。それともう一つ、遥にとってはカラオケというその内容も少しばかり問題があった。

 事故によって三年間休眠状態だった遥は、ここ最近の流行歌を知らないし、元々歌自体が得意では無い。更に言えば遥は今の身体になってからリハビリの発声練習で簡単な童謡を歌った際に、その余りにも幼女然とした歌声に自身で戦慄した記憶がある為、より一層歌に対しては後ろ向きであった。そんな理由から遥は選択の芸術科目でも、音楽を避けて美術を取っている程だ。

「奏ちゃんもさ、勉強頑張ったアオバにご褒美上げると思って、たまには付き合ってくれても良いと思うんだよねー」

 一方にはお礼と言いもう一方にはご褒美と称して、相当に調子のいい最上篤史であるが、根が素直な遥はこれには思わず考え込んでしまう。青羽が勉強を頑張った事は実際にその指導に当たった遥には分からなくもない話なので、確かに何らかの見返りがあっても良いのではないだろうかと、そんな風に考えを誘導されてしまっていた。

「…どうする?」

 遥自身はこの誘いを出来れば遠慮したいと思いつつも、結局は判断しかねて堪らず沙穂と楓に意見を求めるべく二人へと目配せを送った。

「どうしよう…?」

 遥から目配せを受けた楓は一瞬青羽の方をチラリと見やりながらも、聞かれた言葉をオウム返しにして困り顔である。こうなると決定権は残された一人へと委ねるしかなく、二人は同時にその残された一人である沙穂へと視線を向けた。

「ヒナはどう思う?」

「ヒナちゃん、どうしよう?」

 二人から同時に問われて、これに沙穂はお決まりの様に小さく溜息を付いて、いつもの呆れ顔だ。

「あんた達ねぇ…」

 若干の愚痴を洩らしつつも、決定権を託された沙穂は、二人の表情を窺ってから男子達の方へと向き直った。

「悪いけど、あたしらはパス」

 沙穂の回答に男子達からは一斉に不平の声が上がり、それを代表して意見すべく一人の男子生徒が身を乗り出して来る。当然の様に男子の輪に居た新山耕太だ。

「いーじゃんかー、一緒に行こうよー、俺達みんなカナッちには優しくするからさー」

 沙穂が遥に気を回していると察したのか、新山耕太はそんな事を言ってくるがしかし、そうであるのならば名指ししてしまっているこれについては失言も良い所である。遥に興味津々であると白状しているも同然なのだ。勘の良い沙穂は当然として、流石の遥でもこれには自分が興味の対象になっている事に気付かない訳が無い。自分には彼氏が居るという情報操作に依る防衛ラインが有る今、以前のようなパニックに陥る様な事は無かったが、それでも遥は男子達に対して再び些かの不信感を抱かずには居られなかった。

「ボク達…もう予定決まってるから…」

 遥が警戒を強め僅かに怯えた眼差しと共に断りを入れると、最上敦史が肩をすくめながら眉尻を下げてへらへらとした笑顔を見せる。

「そんな怖がらないでよー、俺たち奏ちゃん達と友達になりたいだけ何だから」

 その言葉に男子達は口々に賛同の声を上げて遥を何とか懐柔しようとするが、友達を増やす事も遥としてはできれば遠慮したい事柄だ。

「みんな可愛いカナっちと仲良くなりたいんだよー」

 最上敦史に続いて、新山耕太が先程の失言を挽回しようと身を乗り出してきたが、またしても少しばかり余計な事を言ってしまっている。遥は一層警戒の構えで、他の男子達は二度目の失言をした新山耕太に冷ややかな視線を送るばかりだ。

「他の子…誘ってあげて…」

 遥が一歩後退って殊更遠慮の態度を見せると、新山耕太は尚も食い下がろうとしたがしかし、すかさず間に割って入った青羽がそれをさせなかった。

「嫌なら全然無理に付き合う必要ないから!」

 これに男子達からはまた不平の声が上がるも、青羽は自分の使命を果たすべく強固な態度を取る。

「お前らうるさいよ! 奏さん、俺達の事は気にしなくていいから!」

 青羽の妙に必死な所が少々気掛かりな遥ではあるが、最早男子達と一緒にカラオケ等到底考えられない以上、その進言を受け入れる以外に選択肢はない。

「…ごめんね、早見君」

 遥は軽く頭を下げて青羽に対して一応の謝罪を入れると、依然として不平の声を上げている他の男子達には目もくれず教室の扉の方へと向き直った。

「ヒナ、ミナ、行こっ!」

 沙穂と楓を促した遥は最後に一瞬だけチラリと振り返って、青羽に感謝の念を送りつつも、その好意を無駄にしない為にもそそくさと教室の扉を抜け、昇降口へと向かって歩き出す。

「早見くん…大丈夫かな…?」

 遠ざかる教室の方からは青羽を非難する男子達の声が聞こえて来ていた為、横を歩く楓は心配そうにするが、反対を歩く沙穂の方は少しばかり渋い顔を見せていた。

「また早見に借り一つねぇ…」

 その言葉で早くも期末試験に向けた次なる勉強会の計画を立てざるを得ない遥である。

 因みに、新山耕太も最上篤史の誘導を台無しにした罪によって、青羽と共に断罪の対象であったが、これに関しては完全に自業自得と言えるため同情の余地等全くありはしなかった。

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