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3-27.秘めたる想いと報われない想い

 遥の部屋に初対面の大学生と二人取りで残されて気まずいばかりの青羽は、しばし賢治の事を横目でチラチラと窺っていたが、思い出した様な顔になって傍らに置いてあった持参のショルダーバッグを手繰り寄せた。

「べ、勉強…しないと!」

 遥の言いつけを守るべく、逃げるようにしてバッグから勉強用具を取り出しテーブルの上へと広げ始めた青羽だったが、賢治はそれを見守りながらもせっかく訪れた好機を逃しはしない。

「ハルの事、どう思ってるんだ?」

 攻勢を開始した賢治の言葉に、青羽はピタリと手を止めて困惑した表情を覗かせた。

「奏さんとは席が隣で…、良く勉強を見てもらってて…その…すごく…助かってます…」

 青羽は当たり障りのない学校での様子を述べてくるものの、賢治が聞きたかったのは勿論そんな事ではない。

「さっきハルを可愛いって言ってたよな?」

 先程の一幕での発言を賢治が蒸し返すと、青羽は視線を明後日の方へ泳がせながらしどろもどろになった。

「そ、それは…一般論っていうか…、さっきも言いましたけど…奏さんは誰が見ても可愛いと思いますよ…?」

 今の遥が類稀な美少女である事は賢治も認める所だが、だからこそ気を揉まずには居られない。同級生である青羽もそう認識しているとなれば尚の事だ。

「正直に言うが、俺はハルに変な虫が付かないか心配なんだよ」

 小さく息を吐いた賢治が釘を刺すのも兼ねて本音を告げると、青羽は遠慮がちながらも真っすぐに視線を向けて来た。

「それは…大丈夫だと思います…。お二人が付き合ってる事は学校じゃ有名なので…」

 遥に幼馴染でイケメン大学生の彼氏が居るという話しは、今やクラス内に留まらず一年生の間では広く共有されている事柄だ。遥達の思惑通りに成果を上げたあの計画のお陰で、遥にアプローチを掛けようとする男子は今の所現れてはいない。ただ、賢治はそれを知らしめる切っ掛けとなった計画に加担していながらも、そんな事になっているとは露知らず首を傾げさせた。

「俺とハルが付き合ってる? どっから出た話だそりゃ」

 自分の与り知らぬ事柄を前にして賢治が疑問を呈すると、青羽は「えっ」と声を上げて驚きの表情を見せる。

「この前…、奏さんに抱き着かれてましたよね…?」

 遥に抱き着かれる事はここ最近では度々の事ではあるものの、賢治は青羽の知っていそうなその場面が以前学校まで迎えに行った際の事だろうと思い当たり少々渋い顔になった。

「それでか…高校生の想像力は逞しいな」

 遥の思惑を知らぬが故にため息交じりで否定的な発言をした賢治だったが、これに拍子抜けしたのが青羽だ。

「奏さんの彼氏じゃ…無いんですか?」

 狐に化かされた様な顔で不思議そうな顔をする青羽の問い掛けに、賢治は苦々しい表情で眉を潜めて大きく溜息を付く。

「そんなんじゃねぇよ…」

 賢治は立場的に遥と付き合っている事にしておけば、色々と安心できるところではあった筈なのだがしかし、生来の生真面目さから事実ではない事を口にはしなかった。

「じゃぁ…あの…、お二人はどういう関係なんですか…?」

 新たに繰り出された青羽の質問に、賢治は何と答えるべきか少し迷って考えを巡らせる。物心つく以前からずっと一緒に居た無二の親友である遥との関係についてはいくらでも語れるところではあるが、遥が自分の身の上についてどの程度明かしているか賢治には定かで無い為あまり深い話をするわけにもいかない。

「最初に言った通り、隣の家に住む幼馴染って奴だな」

 考えた結果、賢治が既に告げてあった通りの当たり障りない説明をすると、青羽はしばし考えを巡らせてから次なる疑問を投げかけて来た。

「兄妹みたいな感じですか?」

 青羽が辿り着いた結論に、賢治はそれが兄と妹の関係である事を察しながら、これに何と答えるべきかと再び逡巡する。遥は誕生日が三月末の早生まれなので、賢治の方が僅かに年嵩ではあるが、本来の学年は一緒であるしあくまでその関係性は同い年の親友という対等な物だ。賢治は自分を兄貴分だと思った事は無いし、今現在の幼い女の子になってしまった遥を妹の様には思った事も無い。しかし、それを説明するにもやはり複雑な事情明かさねばならず、遥の許可なくそれを語るのは当然憚られるという物だった。

「あー…まぁ…そんな所かもな…」

 事情を詳しく話す訳にもいかない賢治の曖昧な肯定に、青羽は納得がいったのか感心した様子で少しばかりの笑顔を覗かせる。

「奏さんの事、大事にしてるんですね」

 その言葉に賢治が今度は力強い肯定の頷きを返すと、青羽は突然「あっ」と声を上げて何やらはっとした表情になった。

「何だ…?」

 その態度を怪訝に思った賢治の問い掛けに、青羽は即応せず一人でブツブツと何かを呟いていたかと思うと、不意に確信を持った表情で実に爽やかな笑顔を見せる。

「俺少し勘違いしてたみたいですけど、学校の連中にはそのままお二人は付き合っている事にしておきますよ!」

 この時になって青羽はようやく気が付いたのだ。校内では半ば常識となりつつあった遥と賢治が付き合っているという認識は、外ならぬ自分が提案した事柄が成し遂げられた結果であると。今までそれに気付いていなかったのは少々間の抜けた話だが、人を疑って掛からない青羽の善良な性格故かもしれない。

 事情を察した青羽は一人納得顔でにこにことするがしかし、賢治にしてみればこれまでの話の流れから行くと余りにも不可解で、意味が分からず唯々困惑であった。

「…何でそうなった?」

 賢治が当然の様に疑問を投げかけても、青羽は引き続き爽やかな笑顔でぐっと拳を握って実に前向きな様子を見せる。

「さっき言ってたじゃないですか、奏さんに変な虫が付かないか心配だって」

 その言葉で青羽の言わんとしている事を理解した賢治は、意図している所には大変賛同できる物がありつつもそれを手放しで認める事は出来なかった。

「ハルの為にはその方が良いって事は分かるが…」

 賢治から見れば、青羽だって遥に言い寄るかもしれない者の一人で、言ってみれば今はその代表格の様な認識でいるのだ。そんな青羽からの提案を言葉通り素直に受け取れる筈もない。

「君は…それでライバルを排除できるって訳か?」

 賢治が疑心の眼差しを向けると青羽はぎょっとした顔になって慌ててかぶりを振った。

「俺そんなつもりじゃ―」

 賢治に言われた事を否定しようとした青羽であったが、途中で言葉を止め突如はっとした表情になる。それから青羽は、なにか思案する様に顎に指を当てて目を伏せていたかと思うと、ややあって突如気落ちした様子になってがっくりと肩を落とした。

「すいません…ちょっとは思ってたかもしれません…」

 考えた末にそう結論付けた青羽は、それから顔を上げて自嘲気味な笑みを見せる。

「けど、大丈夫ですよ…俺、奏さんにはもう振られてるも同然なんで…」

 寂し気な表情で思わぬ独白する青羽に、賢治は眉を潜めてこれには再び困惑だ。

「どういう事だ…?」

 その問い掛けに青羽は力ない笑みで、事の成り行きを賢治へと打ち明け始めた。

「実はちょっと前に奏さんが男子を凄い怖がった事があって、それで俺、男避けになれればと思って、付き合ってるフリをしないか提案したんです」

 そこで言葉を止めた青羽は大きく溜息を付いて、若干の気まずさと寂し気な様子で少しばかり遠い目をする。

「その時俺、奏さんからフリでも無理だってバッサリ拒否られてるんですよ…」

 事の次第を説明された賢治は、自分の居ない高校で遥の身に起きた出来事には複雑な感情を抱きながらも、少しばかりの疑問を持って眉間に手を当てがい難しい顔になった。

「それは別に振られた訳じゃないんじゃないか…?」

 賢治の疑問を受けて青羽は力ない笑みを浮かべて左右に首を振る。

「そう…なんですけど、でも、あれがちゃんとした告白だったとしても、結果は多分同じですよ…」

 何故青羽がその結論に至ったのか賢治には定かでは無いが、男の子としての自意識を未だ残している遥が、意識レベルでは同性である相手からの告白を受け入れないだろう事だけは想像に難くない。賢治自身未だ秘めている想いを遥に告げられていないのもその為なのだ。

「まぁ…話は分かったが…君は…ハルが好きって事で良いのか…?」

 一番大本の最も重要な議題へと立ち返った賢治だったが、その視線からはいつの間にか最初の頃にあった様な鋭さは既に失われていた。

「えっ…と…」

 意外にも穏やかな口調だったその問い掛けに、青羽は僅かな驚きと戸惑いを垣間見せつつも、正面から賢治を見据えて真っすぐな眼差しを見せる。

「俺は…たぶん…奏さんが好きです」

 最初はためらいがちだった青羽の言葉は、その確信に至るころには何の淀みも無く、その眼差しと同じどこまでも真っ直ぐな物になっていた。

「それは、異性としてか?」

 回答を得た賢治は真っ向から青羽を見返し、真剣な面持ちで最も重要な質問を投げ掛ける。青羽はその問い掛けに今度はためらう事無く、明瞭な言葉で即座にそれを肯定した。

「はい、奏さんの事を女の子として好きです」

 その言葉で最終確認を終えた賢治は青羽から視線を外し、宙を見上げて大きく息を吐く。青羽の回答は賢治がもっとも危惧していた事ではあったものの、だからといってこの目の前にいる少年をどうこうしてやろう等という気は最早到底抱けないでいた。青羽は言うなれば、既に失恋状態なのだ。その上で本心を聞き出してしまった事に若干の罪悪感を覚えこそすれ、そこへ更に追い打ちを掛けられるほど賢治は辛辣な性格をしてはいない。

「悪かったな…変な事聞いて」

 賢治が嘆息交じりで詫びを入れると、青羽は少し驚いた顔をして左右に首を振った。

「い、いえ! 心配になるのは当たり前だと思います。でも俺、さっきも言った通り奏さんには振られてる様な物なので、大丈夫です!」

 大丈夫という言葉とは裏腹の失恋宣言に賢治は何やら居た堪れない気分になって思わず苦笑する。遥に好意を寄せている事は手放しで歓迎できる事では無いが、それ以上に想いを告げたところで報われないだろうと言う青羽に自分の姿が重ならないでもなかったのだ。

「どうしてハルだったんだ? 君は女の子にモテそうだが…」

 その想いを咎める代わりに賢治が若干の興味本位から問い掛けると、青羽は少し考えてから気恥ずかしそうな笑顔を見せた。

「俺、歳の近い姉が二人いるんですけど…、昔から結構虐げられてたって言うか、おもちゃにされてて、そのせいで基本的に女の子全般がちょっと苦手で…」

 そこで一旦話を区切った青羽は、賢治が口を差し挟まないのを認めて、自身の心情を確かめる様にまた少し考えを巡らせ発言を再開する。

「何て言うか…、うまく言えないんですけど、奏さんは話してみるとあんまり女の子っぽくないって言うか…、他の女の子とは違う感じがして…それで…ですかね…?」

 青羽の答えは少々意外な物ではあったが、賢治からすれば大いに納得できる事ではあった。理由は違えど女の子に苦手意識を持っている賢治自身、そんな自分にとっても元男の子である今の遥は、気兼ねなく接することが出来る、言ってみれば理想的な性質を持った女の子である事を薄々感じていたのだ。青羽は遥の来歴を知っている訳では無いだろうが、遥の内面的な部分に惹かれたのだというその答えには少し好感が持てないでもない。

「あ、あのっ!」

 遥に惹かれた理由に納得した賢治が黙って感心していると、その沈黙を何か勘違いしたのか青羽は若干慌てた様子になった。

「でも俺! もう振られてるも同然だし、奏さんとどうこうなりたいとかは無くて、ただ奏さんの助けになれたらって、それだけなんです! 気持ちも伝える気はないです!」

 何があっても遥を傍で支えて行こうと誓っている賢治は、青羽の口にした想いを前に益々シンパシーを感じずには入れられない。ただ、あくまで遥の準備が整うのを待っている形である賢治に対して、失恋を自覚している青羽のそれは希望など無いより過酷な選択に他ならなかった。

「キミはそれで良いのか…?」

 同情を禁じ得なかった賢治の問い掛けに青羽は少し間を持ってから、悲壮感など欠片も無い実に爽やかな笑顔を見せる。

「好きな人が幸せなら、それが一番じゃないですか」

 余りにも真っ直ぐで眩しい程だった青羽の言葉に、賢治はもう完全に毒気を抜かれてしまい、思わず脱力して苦笑する。

「君は…何と言うか…良い奴だな…」

 賢治が嘆息交じりに若干の呆れ顔を見せると、青羽は微妙な表情になりながら苦笑を返して来た。

「良く…言われます…」

 それから青羽は一度大きく溜息を付いて、真っ直ぐに賢治を見据えて再び真剣な面持ちになる。

「紬さん、学校では俺が奏さんを陰ながら守ります! だから安心してください!」

 諦めているとは言え好意を秘めている人物に遥を任せて良い物かどうかは、些か微妙な所ではあるが、少なくとも青羽が善良な人間である事だけは賢治にも最早疑い様がない。

「そうだな…、それじゃあ何かあったら俺にも知らせてくれ…」

 最終的に賢治は報告を求めるという形で若干の釘を刺すに留まり、青羽の秘めている報われないであろう好意そのものはもうこの際良しとする事にした。青羽が遥を傷つけるような人間でない事には疑う余地が無く、遥が学校に居る間の事には関知できないのは確かであるとなれば、内部に協力者を作っておくことは悪い話ではないと思ったのだ。

「奏さんに何かあればすぐに連絡します!」

 青羽はその約束を違えぬ様、早速連絡先を交換すべくジャケットのポケットに収めていたスマホを取り出し、賢治の方へと向かって差し出してきた。

「頼んだぞ」

 賢治も自分で言い出した事であるからにはそれに応えるのは当然の流れで、自分のスマホを手に取り、青羽のスマホへと近付け無線通信で番号とアドレスを交換し合う。遥を想いながら見守る会とでもいうべき、二人の協力体制が生まれた瞬間だ。

 連絡先の交換を終えて、どちらともなく自然と頷きを交わした賢治と青羽の表情は共に穏やかで、最初の頃にあった緊張感や気まずさはもうどこにもない。沙穂と楓を迎えに行っていた遥の帰還を知らせる女の子三人の姦しい話声が外から聞こえて来たのは、丁度そんな頃の事であった。

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