表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/219

3-17.計画

 保健室で昼休みを過ごした遥は、午後も教室に復帰する事無く下校時間を迎え、今は沙穂と楓と共に駅前のアーケードにある『メリル』というセルフ式のカフェへとやって来ていた。白を基調とした明るいインテリアでまとめられた店内は、女子高生が姦しくおしゃべりをするには丁度良い雰囲気で、遥達三人が放課後によく利用しているお気に入りの場所だ。尤も今日この店に訪れた目的は、いつもの様に雑談に花を咲かせる為ではなく、今朝遥がこの場所で晃人と会う事を約束した為である。

「遅れて申し訳ありません。急な生徒会の仕事が入ってしまいまして」

 そう言いながら購入したばかりのコーヒーを手に、申し訳なさそうな顔をした晃人が姿を現したのは遥達が店に入ってからニ十分程が経過した頃だった。

「晃人君は生徒会長だもんね、仕方ないよ」

 遅れて来た謝罪に対して労いの言葉を返す遥に、晃人はほっとした表情になって三人の対面へと腰を下ろす。それから晃人はコーヒーに口を付けて一息つけたかと思うと、改まった態度で遥達三人に向って頭を下げて来た。

「先日の件は本当に申し訳ありませんでした」

 先日の件というのは言うまでもなく、一昨日生徒会室で遥の事情が思いがけず明かされてしまった時の事だ。晃人は未だその一件に負い目に感じている様だった。

「あー…、もうそれは良いですって…」

 晃人の謝罪に沙穂が苦笑しながら別段気にしていない事を告げると、楓もそれに頷き同意する。

「塚田先輩おかげでワタシ達前よりもっと仲良しになれました!」

 恥ずかしげもなくそんな事を言う楓の言葉に遥は若干の照れくささを覚えながらも、確かにそれは間違いのない事だと感じて顔をほころばせた。

「本当に晃人君のおかげだよ」

 遥が沙穂と楓から聞いた話によれば、晃人は昨日、遥の本音を何としても聞き届けて欲しいと二人に対して必死に頭を下げ、その為の段取りを整えるべく、美乃梨に話を付けたりと、色々奔走してくれたのだと言う。二人が待機していたカラオケボックスの費用も晃人持ちだと言うのだからその責任感たるや相当な物だ。

「今日はわざわざそれを言うために?」

 遥が今日待ち合わせた用向きについて問い掛けると、晃人は顔を上げ「それも有りますが」と別件がある事を窺わせる。元々恨む気持ちなど無い遥は、忙しい晃人が謝罪の為だけに時間を割いたのだと思うと申し訳ない限りだったので、これには少しホッとした。

「実は一つ遥さんに進言したい事がありまして」

 そう前置きをした晃人は、真剣な面持ちで遥をじっと見つめ、それから僅かに嘆息してかぶりを振る。

「やはり、貴女はとても魅力的だ…」

 何を言うのかと思えば、晃人が悩まし気な表情で口にしたのはそんな言葉だった。

「ちょっ! いきなり何!?」

 晃人から思いもしなかった事を言われた遥は大慌てである。よもや晃人までもが自分の事を異性として意識しているのかと勘ぐって、身構えずには居られない。

「会長さんもまさかのカナ狙い…?」

 遥の疑念を代弁する沙穂の問い掛けに、晃人は苦笑を見せながら左右に首を振ってそれを否定した。

「流石にそんな大それた事は思っていません」

 その言葉に一先ずほっと胸を撫で下ろした遥だったが、次には晃人が「ただ…」と言葉を重ねた為にまた身構えてしまう。

「周りの男達は貴女の事を放っておかないでしょう。僕はそれを警告したかった」

 その言い様に遥達三人は思わず顔を見合わせてしまった。晃人が口にした事は、今まさに遥が直面している問題その物だったのだ。

「あの…実はワタシ達その事を先輩に相談しようと思ってたんですけど…」

 楓が何やら狐につままれた様な顔で申告すると、晃人は一瞬驚きの表情を覗かせたが、直ぐに元のにこやかな笑顔を見せた。

「是非とも伺わせて頂きます」

 晃人の快諾を受けた遥達は互いに目配せをして頷き合う。

「じつは今日―」

 それから遥達は代わる代わる今日起こった出来事を中心に、事の次第を晃人にと説明していった。


「―という訳なんだけど…」

 遥が既にクラスの男子達から異性としての注目を集めている事、それを知って遥は現在、男性不信ならぬ男子生徒不信である事、そしてその問題を解消すべく考案された青羽の提案について。それらを一通り説明し終えた遥はふぅっと息を吐いて自分の目の前に置いてあったオレンジスムージーのストローに口を付ける。

「成程、遥さんには既にパートナーが存在していると、周囲にそう見せかけるのは確かにある程度の予防策になりそうですね」

 話を聞き終えた晃人は青羽が提案したプランの有用性を認めてくれたがしかし、問題点はやはりその相手役を誰にするかだ。

「塚田先輩は誰か良い人に心当たりありませんか…?」

 説明を終えて一息つけている遥に代わって楓が問い掛けると、晃人はにっこり微笑み自信ありげな頷きを見せた。

「それでしたら僕はこれ以上ない適任者を知っています」

 その言葉に遥達三人から同時に「えっ」と驚きの声が上がる。尋ねておいて何ではあるのだが、自分達で散々考えても見つけられなかった候補者を、学年の違う晃人は適任と断言できる程の当てがあると言うのだ。正直意外としか言いようがない。

「あっ…、もしかして…智輝君…?」

 遥が一度は思いつきながらも候補から外した名前を上げると、晃人は苦笑しながら左右に首を振ってそれを否定する。

「悪くはないですが、弟には少々荷が重いでしょうね」

 現状学内で遥と接点があり、かつ晃人が知っていそうな男子生徒は智輝くらいしかいない筈なのだがしかし、晃人の心当たりはそれでは無いと言う。智輝では無いとするのならば、遥にはもう晃人の心当たりに皆目見当がつかない。

「そうすると…後はカナが知らない会長さんの知合い…とか…?」

 眉をひそめる沙穂の言葉に遥はビクッと身を震わせ顔を青ざめさせる。

「そ、それはちょっと…」

 遥としてはいくら晃人の推薦とはいえ、会った事も無い男を紹介された日には堪った物ではない。それは場合によっては余り交流のないクラスの男子達よりも質が悪いまである。

「そう心配なさらずとも、遥さんの良く知る人です」

 晃人は遥の不安を宥める様にそう前置きをすると、次には遥がこれまで敢えて候補に挙げて来なかった名前を口にした。

「僕は紬先輩が適任者だと思いますよ」

 確信に満ちた晃人の発言に、沙穂と楓は「あぁ」と感嘆の声を上げるが、その真ん中で遥の顔がみるみる内に赤になってゆく。

「だ、だめだめ! 賢治はだめだよ!」

 勿論遥は恋人役と聞いてその名前を思い浮かべなかった訳ではないがしかし、賢治は今正に絶賛片思い中の本命ど真ん中の相手だ。奥手も良い所な遥がそんな相手に「ちょっと恋人になってよ、フリでいいから」等とお願いできる筈もない。それが出来るのであれば、遥はとっくにちゃんと自分が女の子として好きである事を賢治に伝えられている。

「紬先輩と遥さんは気の置けない仲だと聞いていますが?」

 事情を関知しないが故に、嫌がる理由が分からないと不思議そうな顔をして首を傾げさせる晃人の疑問に、遥は堪らずしどろもどろになってしまう。

「だ、だって、賢治は…そ、その…ほ、ほら…高校に居ないし…」

 本当に好きな人だからとは恥ずかしくて到底言える筈もない。遥は代わりに当初青羽が想定した傍でガードするという役目が賢治では果たせないのではないかと示唆してみたが、これを晃人は「問題ありません」とバッサリ切り捨てる。

「遥さんには恋人がいると周囲に認識させるだけでも効果は十分期待できますので、相手役を学内の人間に絞る必要性はそれ程無いかと。それに架空の設定である事を周囲に知られるリスクを抑えられるというメリットもありますね」

 そんな大変尤もな晃人の説明に沙穂と楓はいたく感心した様子で「なるほどー」と納得すること頻りで、遥としてもこれには正直返す言葉が無い。

「で、でもぉ…」

 反論の余地を失った遥がそれでも承服できずに赤い顔で俯き加減になってしまうと、沙穂がニッと笑って肩に腕を回してきた。

「いいじゃん、フリでもあの人とラブい関係になれるんだよ?」

 沙穂に続いて楓はどこかうっとりした表情になり、まるで夢見る少女の様に眼鏡の奥で瞳を煌めかせる。

「フリから発展する真実の恋…! 少女漫画だと王道だねぇ…」

 少女漫画に精通していない遥にはそれが本当に王道かどうかは判断しかねるところだが、直球で「だいすき」と言っても意に介さなかったあの鈍感な賢治に限って言えば、そんな展開は全く期待できる筈もない。

「やっぱり無理だよぉ…」

 顔を赤くする遥とそれをはやし立てる沙穂と楓、そんな三人のやり取りを見ていた晃人は「成程」と納得した顔で頷きを見せた。

「大体事情は呑み込めました」

 そう言った晃人はスッと人差し指を立て、まるで謀を企てる亮介さながらに、ニヤリと口元を歪ませ少しばかり悪い顔を覗かせる。

「では、紬先輩には事情を明かさず協力してもらいましょう」

 その意外な発言に遥は思わず困惑せずには居られない。左右を見れば沙穂と楓も同様に晃人の意図が今一理解できていないのかしきりに首を傾げていた。

「そんな事できるんですか…?」

 困惑を隠し得ない楓の問い掛けに、晃人は「勿論です」と自信満々に応え、また少し悪い顔になる。

「先程も言いましたが、要は周りに認識させれば良いだけですからね」

 その言い様に遥は晃人のやろうとしている事が何となくだが見えて来た。正確な所は詳しく確認してみなければ分からないが、ともあれ賢治に直接恋人役の打診をしなくても良いのであれば、遥としては何の憂いもない。

「そういう事なら…うん…」

 ようやく恋人役の人選に納得した遥の様子に、晃人はにこやかな笑顔で頷くと、傍らに置いてあった通学鞄から生徒手帳とペンを取り出し、ブレザーの胸ポケットにぶら下がっていた眼鏡を装着した。

「それでは詳細を詰めましょう」

 それから晃人は計画を確実な物とすべく、遥達三人に必要な事柄を確認して、それを元に段取りを纏めてゆく。晃人は生徒会の活動でこういった事には慣れているのか、遥達の疑問や不安を逐一取り除きながら、実に整然と計画を練り上げていった。


「―と、まあ当日はこんな段取りで大丈夫でしょう」

 一通り計画を煮詰め終わって晃人が満足げに微笑み掛けて来ると、遥達はそれに頷きを返し問題がない事を肯定する。晃人の立てた作戦はこれならば確か目的を果たせそうだという高い期待感があった。

「流石生徒会長、ただのスカしたイケメンじゃないわねぇ…」

 本人を前にして実に失礼極まりない沙穂の言い様に、楓が少々慌てた様子で「ヒナちゃん…」とそれを嗜める。

「お役に立てて良かったです」

 当の晃人は沙穂の態度を別段気にした様子もなくにこやかに応えていたが、ふと腕にしていた革ベルトのアナログ時計をチラリとみやって席から立ちあがった。

「申し訳ない、僕はそろそろ予備校に向かう時間です」

 三年生で大学受験を控えている晃人は、今し方遥達の為に頭脳労働をしてくれたばかりだというのに、これからさらに脳のブドウ糖を消費しに行くらしい。一年生でお気楽な立場である遥達としては頭の下がる話だ。

「晃人君、今日は色々ありがとう、勉強頑張ってね」

 遥が笑顔で感謝と労いの言葉を掛けると、晃人は眼鏡を外して王子様然とした実に優美な微笑みを見せた。

「愛らしい貴女を独占できるのであれば僕が恋人役でもよかったですね」

 そんな事を言いながら、晃人はまるでそうするのがさも当たり前であるかのように、遥の顎に指を掛けてスッと顔を近付けて来る。

「うにゃっ!?」

 余りに突拍子もなかったその言動に遥はかなり焦って思わず変な声を洩らし、横で見ていた沙穂と楓は唯々唖然だ。

「まぁ、冗談ですけどね」

 下級生三人の反応を楽しむ様に、朗らかに笑って手を引っ込める晃人だったが、その王子様然としたビジュアルと堂に入った所作は余りにもハマりすぎていて、些か洒落になっていない。流石に元男の子である遥はそれにときめいたりする事は無かったものの、変な汗をかいたことだけは確かである。

「それでは失礼します」

 愕然とする遥達を尻目に、晃人は満足げな笑みと一礼を残して、予備校へ向かうべく三人の前から悠然とした足取りで立ち去って行った。

「びっ…くりしたぁ…」

 晃人の背中を見送った遥は、大きく息を吐いて力なく椅子にもたれ掛かる。

「なんか…色々すごいね…」

 楓が率直な感想をぽつりと漏らすと、遥と沙穂もそれに頷くこと頻りだ。

「とりあえず、あたしらも帰ろっか…」

 何か毒気が抜かれた様子でいる沙穂の一言で、遥達三人も今日のところは解散となり、家路についた遥は道中、晃人が最後に見せた王子様的言動の妙な余韻を感じて、理解の及ばない世界観に終始首を傾げさせたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ