表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/219

3-7.告白

「しつれーしまーす」

 これまでの道のりですっかり体力を使い果たしてしまった遥に先立って、沙穂が生徒会室の扉を開け躊躇なく中に踏み込んでゆく。遥も後ろにいる楓に背中を押され、軽くて重いその身体を引きずりながらその後に続いていくと、そこには件のイケメン生徒会長ただ一人だけが待ち構えていた。どうやら他の生徒会役員達は出払っているらしい。

「やぁ、お呼び立てして申し訳ない」

 室内に入って来た女生徒達を一瞥した生徒会長は一瞬驚いた様な表情を見せたが、直ぐに余裕のある微笑みを湛え、それまで座っていた奥の席から立ち上がって遥達三人を歓迎してくれた。

「どうぞ、そちらに座って楽にしてください」

 生徒会長はにこやかな表情で、部屋の中央に据えられた二本の長机を挟んで三脚ずつ配置されたパイプ椅子の一方を手で指し示す。

「それじゃ遠慮なく」

 沙穂が促されるまま奥側の席にと腰を下ろすと、それに続いて遥と楓も順番に並んで座っていった。

「実は昼休みに直接教室に伺おうとしたんですが」

 そんな事を言いながら歩み寄ってきた生徒会長は、机を挟んだ遥の正面の席へと座り、引き続きにこやかな笑顔を見せる。

「ちょっと騒ぎになってしまったので、こうしてわざわざご足労頂いたと言う訳です」

 正対した生徒会長は改めて間近で見ると、元男子である遥ですら思わず感心してしまう程に相当な男前であった。甘いマスクとでも形容すればいいのか、かなり整った顔立ちで、その佇まいは穏やかで余裕があり、優雅さすら漂っている。男味溢れる賢治や爽やかな青羽ともまた違ったタイプのイケメンだ。

「でぇ、要件は何なんです?」

 遥が感心している横で、相対する人物のルックスにも上級生でかつ生徒会長というその身分にも気後れした様子のない沙穂が早速と本題へと切り込んでいく。

「君は遥さんのご友人かな?」

 生徒会長はどこか太々しい沙穂の態度を特に気にした様子もなく、余裕のあるにこやかな笑みを崩さない。

「カナ―…、奏遥のクラスメイトで日南沙穂です」

 求めに応じて沙穂が名乗ると、生徒会長は笑顔のまま一度頷き、今度は楓の方へと視線を移す。

「そちらの君は?」

 問われた楓は不意に向けられた生徒会長の視線に動揺したのか「ひゃ、ひゃい!」と素っ頓狂な声を上げた。

「わ、ワタシも、カナちゃんのクラスメイトで、み、水瀬楓、デス!」

 若干片言で自己紹介する楓に遥は思わず苦笑である。しかしその一方で、遥はこの一連のやり取りの中で一つの違和感を覚えていた。名指しで呼び出されたとは言え、こうして直接会いまみえるのは初めてである筈の生徒会長は、三人やって来た女生徒の中で誰が目当ての人物であるかを初めから分かっていた様なのだ。

「あの…どうしてボクが奏遥だと…?」

 遥が半ば睨みつける様な警戒した視線でその疑問を投げかけると、生徒会長は若干困り顔になって人差し指で自分のこめかみ辺りを数度トントンと叩く。

「逆に聞きますが、貴女は僕の事を覚えていないのですか?」

 質問に質問で返された遥の頭を無数の「?」がひしめき合う。生徒会長の口ぶりはまるでお互い昔から知っているかの様だったが、遥の記憶上は入学式で壇上に立つ彼を目にしたのが最初の事だ。

「うーん…?」

 これほど印象の強い相手であれば一度会ったらそうそう忘れない筈なのだが、いくら考えてもやはり遥には何の心当たりも無い。そんな遥の様子を認めて、生徒会長はまた自分のこめかみを数度指で叩いて一つ頷きを見せる。

「よもや同姓同名の別人だと思っていますか?」

 その奇怪な質問に遥は益々首を傾げさせた。そもそも遥は入学式の演説の際に聞き逃して以来知る機会が無かった為、生徒会長の名前を把握していないのだ。それでも生徒会長があくまで自分の事を知っている前提で話を進めているとなれば、一先ず名前くらいは確認する必要があるだろう。

(ねぇ、生徒会長の名前知ってる?)

 直接本人に聞くのも少々失礼な気がした遥が、横に座る楓に身を寄せこっそりと耳打ちをすると、楓も遥同様に声を潜め、記憶の糸を辿るように首を傾げさせた。

(確か…つかはら…あきお…さん…だったかな…?)

 楓とて入学式の在校生代表挨拶で一度耳にしただけで、入学式はあのありさまだったので余り確信を持てないでいる様である。

「うーん…」

 楓の解答が正解かどうかは分からないが、取りあえず遥には「つかはらあきお」なる名前の知り合いにはやはり全くもって心当たりが無い。結果的に遥は益々分からなくなって楓と二人して小首を傾げるばかりだ。

「なるほど…」

 遥と楓のヒソヒソ話は実の所丸聞こえだった様で、生徒会長はわずかに苦笑すると一つ咳払いをして一同の注意を引く。

「では改めまして、今期生徒会長の塚田晃人つかだあきとです」

 生徒会長が名乗った正式な名前を「つかだ…あきと…」と独り言の様に繰り返した遥は、何か引っかかる名前だと記憶を探り、そして急速に思い出してはっとなった。

「塚田晃人!?」

 遥は思わず席を立って目の前に座る生徒会長を凝視する。そんな遥の様子に生徒会長はにこやかな笑みを一層ほころばせてゆっくりと頷いた。

「何? 結局知り合いな訳?」

 沙穂の問い掛けに遥はぎこちない動きで左隣に座る友人に顔を向け、またぎこちない動きで頷きそれを肯定する。

「そう…みたい…」

 今まで全く気付かずにいたが、遥は塚田晃人生徒会長の事を少なくとも三年程前から知っていた。塚田は言うまでもなく親しい友人の一人である光彦の名字で、晃人は三人兄弟である光彦の真ん中の弟の名前なのだ。しかし、しかしである、遥の記憶上晃人は可愛い感じのおっとりとした印象の少年で、対して今目の前に座る生徒会長は甘いマスクの優雅な美青年だ。余りにも違いすぎている。

「ほ、本当に晃人君…? 光彦の弟の?」

 俄かには信じがたいと遥が目をまん丸にしていると、晃人はゆったりと微笑み間違いなくそうだと頷きそれを肯定した。

「凡そ三年振りですからね。僕もだいぶ成長しました」

 晃人の口ぶりに三年でここまで人は変わる物なのかと、遥は完全に変わり果てている自分の姿を棚に上げて未だ信じられない思いである。しかし本人がそうだと言うのだからそれを疑ってかかる訳にもいかず、何か急激に力が抜けてぐったりとして椅子に座り直した。

「あっ、そっか、カナちゃん事故で長い事意識不明だったんだよね…」

 事情を漠然と察した楓が納得した様子で呟くと、沙穂も「あぁ」と感嘆の声を上げる。

「で? 三年ぶりだかの再会をしたいが為にカナを呼び出したって訳ですか?」

 沙穂はこれまで自己紹介に終始して未だ晃人が遥を呼び付けた本来の目的を明かしていない事に若干苛立ちを感じているのか、その太々しい態度を一層顕にしていた。

「懐かしむ気持ちは勿論ありますが、要件は別にあります」

 晃人はやはり沙穂の態度に関しては特に気にする様子はなく、他に用向きがある事を示し余裕のある態度で遥達三人を一瞥する。

「ただ…本題に入る前に少し確認しておきたい事があります」

 そう言って晃人は沙穂と楓を交互に見やって手を広げて二人を指し示した。

「ご友人のお二人は、遥さんの事情についてはどの程度ご存知ですか?」

 晃人がそう口にした刹那、遥は心を紙やすりで撫でつけられた様な感覚を覚え、その背中に一筋の冷たい汗が伝う。晃人が二人に何故そんな質問したのか、その意図は分からないがしかし、これは些か不味い状況と言えた。

「さっきミナもちらっと言ってたでしょ、大きな事故に遭って長い事意識不明で、今年の三月にやっと退院したって、カナからはそう聞いてますよ」

 沙穂が聞かされているままの話を晃人に向って告げると、遥の胸の内で罪悪感が鎌首をもたげ、その顔から一気に血の気が失せてゆく。

「成程、大枠はご存知な様ですね」

 晃人は沙穂の申告に納得した様だったがしかし、その正面で遥は到底平静では居られなかった。晃人は事故以前から面識のある相手で有る為、当然自分の素性を知っている。おそらく兄の光彦か弟の智輝に聞いて事のあらましも把握している筈だ。先程三人やってきた女生徒の中で誰が目当ての人物であるか察していたのもその為だろう。それに引き替え、沙穂と楓には断片的にしか事情を明かさなかったせいで、二人は肝心な情報を欠いているのだ。

「さて…であれば…」

 焦りを募らせる遥を他所に、晃人が一つ頷きを見せて、いよいよ本題へと入ろうとする。晃人が一体何の話をするつもりなのかは分からないが、このまま互いの認識が食い違った状態で話が進行していけば、遥にとってはいよいよもって不味い状況だ。

「あ、あの!」

 話し始めようとした晃人を遮るようにしたその咄嗟の発言に、その場にいた全員の視線が一斉に集中する。ただそれは、この場で最も危機的立場にあった遥にではく、その右隣に座る楓にだった。

「…なんでしょうか?」

 晃人が少々驚いた様子で問い掛けると、楓はあからさまに緊張した様子で俯き、しどろもどろになってしまう。

「わ、ワタシ…あの…」

 言葉に詰まりながらも戸惑いがちに発言を続ける楓はおずおずと顔を上げ、晃人、沙穂、そして遥と順に見回し、意を決した様にその表情を一層固くした。

「…カナちゃんが…昔は男の子だった事…、ワタシ…知って…ます…」

 それは、その場にいた誰しもにとって、余りにも思いがけない告白だった。

「えっ…?」

 一体何故、そんな疑問すら覚える余裕もなく、遥の思考は真っ白に染まっていく。これまでのある意味順調で平穏だった高校生活が、その屋台骨からして一気に崩れ去った瞬間だった。

「はっ…?」

 放心状態に陥った遥の左隣で沙穂が不信の声と共に立ち上がる。

「ミナ、あんた何言ってんの? カナが昔は男? いや、意味わかんないし…!」

 普段あまり物事に動じない沙穂も、余りに突拍子もない話に動揺を隠せない様子だった。小さく可憐で愛らしい遥が実は男だった等という話は、事情を知らなければ沙穂でなくたって耳を疑う話しだっただろう。

「…その話は、一体どこから…?」

 突然だった告白に、これまで一貫して余裕のある態度だった晃人も、流石に今は戸惑いを見せていた。

「あ、あの…、ワタシ…カナちゃんから事故の話を聞いた後…、ちょっと気になって…それで、昔のニュースをネットで検索してみたんです…」

 その言葉に遥ははっとなる。パソコンやネット関連に疎い遥には、そんな公の形で自分に関する記録が残っている事は全くの想定外だった。遥はせいぜい新聞の地方欄に小さく取り上げられたかもしれないくらいにしか思っておらず、三年余りも前になるその記事が今更人目に触れる事は無いと考えていたのだ。しかし時代は情報化社会。世間がIT革命だと騒ぎ立ててからもう随分と時が経ち、今や小学生ですらスマホを持ってネットを使う世の中である。

「それで、この記事見つけて…」

 ブレザーのポケットから自分のスマホを取り出した楓は一つのネットニュースを開き、その場にいる全員の目に入る様にとそれを机の上に置いた。

「…小学生を庇った男子高校生が信号無視の大型トレーラーに轢かれて意識不明の重体…、被害者…奏遥(十五)…日付は…四年前の十二月…!?」

 沙穂は楓のスマホを食い入るようにして見つめ、そこに記されていた情報を一通り読み終えると、いつも気だるげな瞳を大きく見開いて驚愕を露にする。

「それから…これ…」

 楓は沙穂が記事内容を読み終えたのを認めて、記事の下にリンクされていた関連ニュースの一つをタップする。

「…事故で身体を失った高校生に国内三例目となる完全再生医療を実施…」

 その記事に目を通した沙穂は次に「再生医療の恩恵とリスク」と題されたトピックスをタップし、それから再生医療関連のいくつかの記事を読み進めて行った。

「ちょっ…と…、これ…」

 大凡の事情を把握したのか沙穂はスマホから顔を上げて遥の方を凝視する。沙穂から困惑の視線を向けられた遥はそれを直視できず、俯きただ膝の上で拳を固く握りしめた。願わくば沙穂と楓に真実を告げられればと、そう苦悩し続けていた遥だったが、いざこうして事実が明らかにされた今、罪悪感は消えるどこか確定的な物へと変貌し胸をきつく締めあげるばかりだ。

「…ごめん…ね」

 俯いた遥がぽつりと謝罪の言葉を漏らすと沙穂は楓の方へと視線を移す。

「ミナも…どうして黙ってたの…」

 問い掛けられた楓は、今更になって自分の発言が巻き起こしてしまった混乱の大きさを悔いる様に、今にも泣き出しそうな顔で俯いてしまった。

「カナちゃんが言わなかったから…今まで黙ってたけど…」

 それは楓なりに事のデリケートさを鑑みた上での判断だったのだろう。

「で、でも…今言わないと…、生徒会長さんが…」

 そして、第三者の口からそれがもたらされそうになった今、お人好しの楓にはそれを黙秘し続ける事など到底できはしなかったのだ。

「…そっか」

 力なく呟いた沙穂はゆらりと席を離れ、ふらふらとした足取りでそのまま生徒会室の入口へと進んでゆく。

「待ってください、話はまだ…!」

 晃人が慌てて呼び止めるも、沙穂はそれに耳を貸そうとはしなかった。

「ヒナちゃん!」

 楓が席から立ち上がってその憔悴しきった背中に声を掛けると、沙穂は一瞬だけチラリと振り向いて酷く寂しげに弱々しい笑顔を見せる。

「あたし…、先に帰るわ…」

 それだけ言い残すと沙穂は扉を開け、遥と楓を置いて一人生徒会室から立ち去って行った。

「か、カナちゃん…どうしよう…ワタシ…ワタシ…」

 今にも泣きだしそうな楓と、今し方目の当たりにした沙穂の物悲しそうだった表情に、遥の心が急激に凍えていく。もう、無理だ。心のどこかから聞こえて来たそんな囁きに誘われて、遥は力なく乾いた笑みをこぼす。

「ミナは…ヒナと一緒にいてあげて…」

 それは、遥が凍える心で導き出した断絶を告げる言葉だった。事実が明かされた今、例えそれが予め事情を知っていた楓であっても、自分はもう二人とは一緒にいられない。胸の内で確定的になった罪悪感が遥にそう告げていた。

「で、でも…カナちゃん…!」

 楓は沙穂の立ち去った扉と遥を忙しなく見やって、酷く困惑した面持ちでその場で足踏みをする。二人の友人を思いやって自身の行動を決めかねている楓の様子を認めた遥は、最後になるであろう友達としての笑顔を作って極めて穏やかな口調でその道筋を示した。

「ボクは独りでも大丈夫だよ…だから沙穂の所に行って…」

 その笑顔と、その言葉に織り込まれた真意が楓に伝わったかどうかは分からない。しかしそれでも楓はようやく自分がどうすべきか決断した様で、一言「ごめんなさい」と言い残し遥を置いて生徒会室を飛び出していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ