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5-11.お願い

 女子高生として、補習以外で初めてまともに参加する体育の授業を明日に控えたその日の夜、沙穂が提案してくれた方策だけではどうにも安心しきれなかった遥は、他にも何か打てる手は無いものかと一人悶々と考えてみた末に、「ある事」を思い付いて賢治の部屋へと赴いていた。

「賢治!」

 ノックも無しに扉を開け放って賢治の部屋へと踏み入った遥は、何か特別な理由でも無ければ、そのまま定位置のベッドまで行ってちょこんと腰を落ち着けるのがいつもの行動パターンだ。が、もちろん今日は特別な理由があってやって来ている為、遥は定位置のベッドへは向かわずに、ノートパソコンを広げて机に向かっていた賢治のすぐ真後ろにまで歩み寄った。

「あのね賢治! ちょっとお願いがあるだけど!」

 普段はどちらかといえば比較的のんびりとした所のある遥だが、今回は思いついた「ある事」をさっさと済ませてしまいたかった事もあって、賢治が向き直るのも待たずに早速の本題へと入る。

「なんだ、どうした?」

 ここでようやくゆっくりと椅子を回して向き直って来た賢治は、遥が突然部屋に入って来た事は元より、その唐突な「お願い」にも全く動じていない様子で、この辺りは流石勝手知ったる幼馴染といったところだろうか。

「えっとね! ボク、明日、体育の授業があって―」

 賢治の求めに応じて、一応は事情の説明から入った遥であるが、やはり少なからず気が急いていたのだろう。本来であれば、もっと順を追って説明すべき所を、遥は肝心なところを全部すっ飛ばして、導入から結論にまで話を一気に持って行ってしまった。

「だから賢治、え、エッチな本! 見せて!」

 一つ断っておくと、遥は別に明日の体育が嫌すぎて現実逃避したくなったとか、まして頭がどうにかなってしまったとかではない。

 これは遥が遥なりに、明日の体育に向けて何か打てる手は無い物かと物凄く一生懸命に考えてみた末に思い付いたとても真面目な「お願い」なのである。

 ただ、其処へ至った経緯を全て端折ってしまった所為で、賢治からすれば、何が「だから」で、どうしてそうなったのか、その一切合切がさっぱり意味不明であり、これにはもう完全に目が点になっていた。

「…………はっ?」

 若干長めの沈黙を経てから、賢治がようやく示せた反応が素っ頓狂なたったの一語であったのも無理からぬ話であろう。

 いくら元同性で本当は同年代の幼馴染とはいえ、今の遥は愛らしい幼女の見た目であり、尚且つ賢治にとっては密かに想いを寄せている好きな娘だ。

 それがいきなり、藪から棒に「エッチな本を見せろ」等というとんでもない要求をして来たとなれば、それはもう目だって点になるし、素っ頓狂な声しか上げれなくて然るべきである。そもそも遥は昔から性方面に奥手だった為、男の子時代にだってこんな要求をしてきた事は無いのだ。

「えっと…だから、賢治が持ってる、え、エッチな本を…見せて…ほしいんだけど…」

 反応が今ひとつ芳しくなかった為か、改めて今一度の「お願い」をしてきた遥がここへきて今さら恥ずかしそうにしている所も賢治からしたらまた中々に質が悪い。

 ほんのりと頬を赤らめたとびきり愛らしい美少女が、恥ずかしそうな上目遣いでこちらを見やりながら「エッチな本が見たい」等と要求して来ているのだ。

「……す、すまん、ちょっと…いや、かなり…意味が分からない」

 ともすれば正気の沙汰とは思えない状況に正しく正気を失いそうだった賢治は、堪らず片手で自身の顔を覆いながらやっと言葉としても大いなる困惑と疑問を露わにした。

「えっ? 意味…?」

 賢治からすればそれは当然の困惑と疑問ではあったものの、遥にとってはどうにも少しばかり予想外だった様で、これには何やら困った顔で小首を傾げさせてしまう。

「意味って…言われても…、んんー…?」

 これで「特に意味は無いけど」、なんて話になった日には、それこそ賢治にとってはいよいよもって正気の沙汰では無いが、勿論、遥の「お願い」にはちゃんとした意味があるのだ。ただ、説明をダイナミックに端折ってしまった所為で賢治には伝わっていないだけで、遥がその事に気が付いたのは、五分間ほどたっぷり考え込んだ後にようやくだった。

「あっ! そっかゴメン! あのね、ボク、体育の時は女の子と一緒に着替えなきゃでしょ? だからちょっとでも女の子の裸を見慣れておきたくて!」

 という事であり、それで「エッチな本」というのは些か飛躍している感はあるが、当初の突拍子も無さからすれば、その程度の事は「まぁ、遥だしな」で納得できないでも無かった賢治は、事の次第についても取りあえずは大凡で納得だ。

「そ、そうか…そういう事か…」

 一応は正気の沙汰と言ってもいい範疇だったその理由に賢治がホッと胸を撫で下ろしていたその一方で、肝心の遥はといえば、明日に控える体育に想いを馳せて憂鬱を募らせてしまったのか、俄かにその表情を暗くして俯き加減になっていた。

「うん…、こんな事頼めるの、賢治しかいなくって…」

 確かに、それが誰にでも気軽に頼めるような「お願い」でない事は間違いがなく、その上で遥がこうして自分を頼ってくれた事それ自体は、賢治にとってある種本望ですらあったかもしれない。ただ、そうは言っても、賢治にだって出来る事と出来ない事はあって、それで行けば今回の「エッチな本を見せて欲しい」という遥お願いは、分類するなら間違いなく後者だった。

「まぁ…話は分かったんだが…うぅむ…」

 これでもし 遥が今でも男の子だったなら、賢治は親友のちょっと遅めな性への関心を微笑ましくすら思って、特に何の抵抗も無くその要求にも答えてやれただろう。だが、遥が女の子になってしまった今となっては、主に賢治の心情的な面から、そう言う訳には到底行く筈も無い。

「あ…もしかして、賢治はそういうの持ってない…のかな?」

 賢治が事情には納得しつつも中々色よい返事をしてくれない為、遥はそんな可能性について考えてみたのだろうが、残念ながら賢治だってれっきとした「男」なのだ。

「まぁ…持ってない事も…ないが…」

 持っていない事にしておけば、遥は諦めたかもしれない所を、馬鹿正直に答えてしまっている辺りは、賢治の生真面目な性格ゆえだろうか。

「なら! 見せてくれるくらいは別に良いでしょ?」

 遥は親友が「エッチな本」を持っているという事実に何やら表情を輝かせ、あまつさえ如何にも簡単そうに「くらい」等と言うが、勿論、賢治からすればそれは「くらい」で済ませられる様な生易しい話では無い。

 何しろ、男にとって自分の所持しているエッチな本というものは、間違いなく自身の好み、もっと言えば「性癖」に準じた物なのである。そして賢治は、そんな物を好きな女の子に見せたいと思えるほど性に対して達観してはいないのだ。

「い、いやぁ…、つ、つうか! エロ本くらい自分で持ってないのかよ! ハルだって、まぁ…男…、だった…訳だし…」

 賢治はそれを苦し紛れによる若干の話題逸らしとして口にしながらも、言ってみてからその答えは聞かずとも明らかであった事に直ぐに気が付いた。

「えぇ? 持ってる訳ないよぉ、持ってたら賢治にこんなこと頼まないし…」

 それは大変に尤もな話であり、更に遥はもう一つ、自分がそういった物を所持していない明確な理由を付け加えて来る。

「だいたい、そういのって十八禁でしょ? ボクが男だったのって十五までだよ?」

 言われてみればこれまた至極尤もな話であり、これには賢治も返す言葉が無い。

「…あぁ…うん、だよな」

 十八禁という制限が世間一般でどれほど厳守されているかは若干議論の余地が有るとしても、事、遥に限っては完全に納得頻りの賢治である。

「あっ、でもボク、今はもう十九だし、わざわざ賢治に見せてもらわなくても自分で買えばいいのかも!」

 年齢の話が出た処で、そんな根本的な解決方法がある事に気が付いてパッと表情を明るくした遥であるがしかし、これにギョッとせざるを得なかったのが勿論賢治だ。

「い、いやいや! それは何か色々と問題がないか!? 大体、お前その見た目じゃ売ってもらえないだろ!」

 実のところ、賢治の言う「色々な問題」は殆どが印象面の話で、特に何か具体的な拘束力のある話では無かったものの、見た目の事を論ったのが功を奏したのか、遥を思い直させる事には一応成功していた。

「あー…そっかぁ、言われてみればそうだねぇ…」

 自分のちんまりとした身体を見下ろしながら遥がシュンとなってしまったのは賢治としても少々心苦しい処ではありつつも、あのままエッチな本を買いに行かれるよりは何倍もマシで、それには取りあえずホッと一安心である。

 ただ勿論、明日の体育に備えてエッチな本で女の子の裸に慣れておきたいという遥の目的が果たされていない以上、賢治が真に安心するにはまだ幾らも早かった。

「ねぇ、賢治ぃ…」

 自力でソレを入手できないとなれば、遥が今一度賢治を頼るのは当然の帰結であり、改めて何がどうとは言わなかったものの、ちょっと遠慮がちな愛らしい上目遣いがそれ以上に雄弁である。

「うっ…そ、そんな目で見られても…だな…」

 そうは言いつつも、ここうなってしまうと最早「うん」と頷いてしまうまでは秒読みに入ったも同然であったがしかし、その刹那、賢治は土壇場になって物凄く単純な解決法があった事にハタと気が付いた。

「そ、そうだハル! ネット! ネットだよ! 女の裸なんてネットで検索したら幾らだって見れるぞ!」

 そう、遥の目的はあくまでもの女の子の裸を見慣れておく事なのだから、何もそれは賢治が持っている「エッチな本」でなければならない理由なんてどこにも無かったのだ。そしてネットであれば、見た目幼女の遥でも誰に憚る事無く思う存分、好きなだけソレを堪能できるという寸法であった。

「あっ、そっか! ボク、ネットでそういうの見た事無かったから気付かなかった!」

 それは何ともはや大変に健全な話しで、きっと遥はそのあたりでも律儀に「十八禁」を守って来たのであろう。

「お、おう…、Goggleで『エロ画像』とかって検索すりゃ出て来るから…」

 流石の遥でもそれくらいの事は分かっているだろうとは思いつつも、賢治が念の為に大雑把なやり方について解説しておいたのは、万が一にもこの場で実演させられては堪ったものではないと思ったからだ。

「わかった! ありがと賢治! さっそく帰ってやってみるね!」

 そう言い放った遥は、これからネットでいかがわしい画像漁りをする人間とは到底思えない大変愛らしい笑顔を残して意気揚々要と自宅へと戻って行った。

「はぁ…ったく、勘弁してくれよ…」

 一人になった賢治が思わずの深々とした溜息をついてしまったのは言わずもがなだが、とりあえず遥に自分の性癖を知られずに済んだ事はまず何よりではあっただろう。

 ただ、遥がこれから自分の部屋で十八禁サイト巡りをするのかと思うと、それはそれで何やらなんとも言えない複雑な気持ちにならないでも無い賢治ではあった。

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― 新着の感想 ―
[一言] エロ画像を見て更に別方面へ悪化させる方に1ペリカw もう抜本的に改善するしかない気がするw
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