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4-46.天秤

 真梨香に諭された賢治が屋台を飛び出して行ったのと時をほぼ同じくして、男子高校生グループの中に身を置く青羽にも大きな動きが訪れようとしていた。

 その切っ掛けとなったのは、依然として男所帯のまま夜店巡りを続けていた一行の中で、マサオがふと思い出した様に零した次の様な呟である。

「やっぱ俺…、女の子と一緒に花火見てぇなぁ…」

 遥たちとの連絡を憚られた時点で他に当ても無く、奇跡的な遭遇などにもサッパリ恵まれなかった一行だが、それでもマサオが未だに女っ気を諦めきれていないのは、彼がある意味ではとても健全な男子高校生だからだろうか。

「俺だってそうだけどよぉ…当てが無いんだから仕方ねぇだろぉ…」

 此方も男子高校生らしく女っ気への未練に付いては共感を示しながらも、自分達にはそれを成し得る術がない事を指摘して深々とした溜息をついたのは、マサオのすぐ右側を歩いていた上谷渉だ。

「何で誰も当てがないんだよー、早見みたいに隣の女子と仲良くなっとけよぉ…」

 三人の後ろを歩いていた青羽がこれに少々ギョッとしてしまったのはともかくとして、そう言う中条徹も当てのない一人である為一体全体どの口が言うのかという感である。

「んなこと言っても、俺の隣は右が須藤で左はマサオだろ…?」

「んで俺の左隣はジョー、お前じゃん…?」

 中条徹の言い様に顔を見合わせた上谷渉とマサオが口々に各々の席順について論うと、青羽の右隣を歩いていた新山耕太が三人の方へ身を乗り出しながら、そこへ更なる情報を付け加えた。

「そんでジョーの左隣が…、確か遠藤さんだったような?」

 新山耕太の言う「遠藤さん」とは、青羽絡みの事で何かと遥にキツく当たって来るあの遠藤恵の事で間違いはないが、取りあえずその事は差し当たって重要では無い。

 今は其れよりも、教室内における席の並びが右から須藤隆、上谷渉、マサオ、中条徹、そして遠藤恵という順番であるという事実についてだ。

「ちなみにー、俺の席は右がコータで左がアオバ、そんでその隣が奏ちゃんだよん」

 これは青羽の左を歩いていた最上篤史からの追加情報であり、更に加えて言うならば新山耕太の席は廊下側の端である。つまりそれはどういう事かといえば、要するに今居る面子の中で隣の席が女子なのは青羽と中条徹の二人だけという事だ。

「早見の次にチャンスあったのお前じゃねーかよジョー!」

 正しくどの口がという感じであった中条徹に、上谷渉からは当然の突っ込みが入り、これにはマサオも息を荒げての全力抗議である。

「そうだよ! 遠藤さんなら早見が一緒だって言えば一発だったヤツじゃん!」

 確かにその可能性はかなり高く、それだけに中条徹は最早戦犯扱いもやむを得ない状況であったがしかし、中条徹には中条徹なりの言い分があった。

「そうだけどよぉ…、遠藤さんってさ…話しかけ辛いっつうか…ぶっちゃけ怖くね?」

 少々青い顔をした中条徹が一学期間を費やしても席が隣の遠藤恵と親しくなれなかった理由を端的に述べると、上谷渉とマサオからは揃って「あぁ」と納得の感嘆が上がる。

「まぁ…、確かにそうだな…」

「だな…あれは荷が重いわ…」

 三人がそんな意見の一致を見せたのは、やはり遠藤恵とそのグループが青羽絡みの事で良く遥の陰口を言っている所為だろうか。隣の席である中条徹は特にそういった場面に出くわす機会が多かった事であろうし、それでなくとも遠藤恵たちは割と大っぴらであった為、これは仕方が無いと言えば仕方が無いのかもしれない。

「だろぉ? だから俺だって女子の連絡先知らないのは仕方ないんだよ!」

 別に席が隣の女子に限定しなくとも、他の女子とだって仲良くなれる機会は幾らでもあった筈で、これに関しては一概に仕方がないとは言い難いが、女っ気を欲している面々でそれを指摘できた者は一人も居なかった。

「あぁ、そうだよな…」

「悪かったよジョー…」

 自分達には女の子と花火を楽しめる道理が無かった事を改めて思い知り、今回ばかりはマサオすらもすっかり意気消沈して最早完全にお通夜ムードの一同であったがしかし、そんな中、突如として気勢を吐いたのが新山耕太である。

「えぇい! まだ諦めるには早い! こうなったらナンパだ! ナンパっきゃない!」

 上谷渉ら三人の肩にまとめて腕を回しながら新山耕太が口にしたその提案は、もしかしたら些かの破れかぶれだったのかもしれない。

 一応は彼女持ちだった新山耕太自身はともかくとして、他の面々はといえば、一学期を費やしてもクラスの女子すらとろくに親しくなれなかった非モテ系男子高校生である。

 そんな彼らがナンパを試みるなど無謀も良いところである事は、少しばかり冷静になって考えてみれば誰にだって容易に分かりそうなものだ。

 がしかし、餓えた男子高校生などと言う生き物は冷静さとはほとほと無縁だった様で、一同は見る見るうちに目の色を変えて俄かに活気づいていた。 

「そ、そうか…ナンパ…、ナンパか! その手があった!」

 まるで世紀の大発見でもしたかのように瞳を輝かせる上谷渉が成否を度外視しているとすれば、確かにそれは一つの取り得る手段としては存在してはいる。

「そうだよ! 女の子なんてそこら中にいるじゃないか!」

 こちらは世界の真理に到達したとでも言わんばかりの確信顔を見せる中条徹で、お祭りの会場に女の子が沢山いるという点にだけ着目すれば、確かにこれも間違いではない。

「なんで気が付かなかったんだ! いける! いけるぞ!」

 そして、最後を根拠不在の自信で締めくくったのがマサオであるが、流石にこれは如何なる理屈をひっくり返してみたところで、「確か」な部分を見つけるのは難しそうである。

「いやいや…いけねぇよ…、お前らがナンパって…無理あるだろぉ…」

 後ろで一連のやり取りを聞いていた青羽も思わずの突っ込みを入れてしまっていたが、ひとたび火の付いた男子高校生達の荒ぶるパッションは最早止まりはしない。

「おっしゃっぁ! 行くぞお前ら―!」

 新山耕太が行動開始の号令を掛ければ、拳を高々と突き上げて「おー!」と威勢良く応えた上谷渉ら三人は意気揚々とその後へと続いてゆく。

「ちょっ、お前ら、やめとけってー!」

 青羽が堪らず四人に制止を掛けたのは、どうしてもナンパが成功する様には思えず、無残で惨めな結果だけがありありと想像できたが故の、言ってみれば親切心からだった。

 ただ、どれだけ善意に溢れていようとも、どれだけ思い遣りを込めていようとも、相手が望まぬ親切などというものは得てして余計なお節介に為りがちなものである。

 特に、相手が冷静さとは到底無縁で、尚且つパッションだけは無駄に溢れている男子高校生などという厄介な生き物ともなれば、それはもう猶更だ。

「なんだよーアオッち! ノリわるいぞー!」

 足を止めて振り返って来るなり開口一番に不平を露わにした新山耕太は、まずどう考えても青羽の親切心を汲み取ってくれた訳では無さそうで、そしてそれは続けて振り返って来た他の面々もまた同様であった。

「早見ぃ、お前空気読めよぉ! せっかく良い感じに一致団結してたとこじゃん!」

 これは上谷渉からの抗議だが、こう言われてしまうと根がお人好しで仲間思いでもある青羽は、ついついうっかり申し訳なく思えて来ないでも無い。

「そうだぞ早見! お前だって本当は女の子と花火見たいだろ! 正直になれよ!」

 続けて中条徹がぶつけて来たこの指摘は、それが「ある特定の女の子と」という事であれば、間違いなく青羽は一緒に花火を見たいと心底そう思ってはいる。

「そうだそうだ! その後できればちょっとエロイ展開とかになってほしいだろ!」

 マサオのこれに関してだけは、流石の青羽も素直には同意しかねたが、ともかく友人達がナンパに並々ならぬ期待と情熱を注いでいるという事だけは嫌という程理解できた。

「う、うーん…」

 青羽としては、やはりどうしたってナンパが成功するようには思えず、出来る事ならば思い留まって欲しいと言うのが本当の所ではある。

 ただ、友人達の熱意が理解できてしまっただけに、例え無残で惨めな結果が待ち受けているとしても、それを共にしてこその友達甲斐というやつではないのだろうかと、そんな風にも思わないでは無かった。

 その二つは相反する考え方でありながら、どちらも等しく「友情」に根差したものであり、であれば元来お人好しで仲間思いの青羽がこの場において選びうる結論はもう決まったも同然だ。

「はぁ…しゃーねぇなぁ…」

 結局、友人達の熱意にほだされる形で青羽が渋々ながらも承服すると、一同はそれぞれに力強いガッツポーズやらを見せてドッと歓喜に沸き上がる。

「それでこそアオッちだぜ!」

 そう言ってバシバシと肩を叩いてくる新山耕太は実に良い笑顔で、他の面々の喜び様もそれに負けず劣らずだ。

「早見がいりゃぁ百人力だ!」

「これで勝ったも同然だな!」

「両手に花も夢じゃないぜ!」

 おそらく上谷渉らは、所謂イケメンであり、学校でも女子人気の高い青羽さえ居ればナンパは最早成功したも同然だと、その様に判断したのだろう。ただ、そんな三人の喜び様を前にして少々慌てずにはいられなかったのが勿論当の本人である青羽に他ならない。

「ちょっ、ちょっと待った! しゃーないとは言ったけど、まさか全部俺にやらせるつもりか!? 俺、知らない女の子になんて上手く声かけらんないぞ!?」

 場の空気には迎合したものの、女の子慣れしている訳でも無い青羽からすればそれは当然の抗議であったが、幸いにも友人達は少々キョトンとしながらも実に事も無げだった。

「あー大丈夫大丈夫、アオッちは俺らのちょい後ろに立っててくれるだけで良いから」

 新山耕太が青羽のすべき事を簡潔に述べれば、他の面々も口々に「そうそう」と同様の意を示す。

「元からお前にナンパが出来るとは思ってないって」

「早見って、喋るとちょいちょい残念な感じあるし」

「おまえに期待してるのはそのイケメン顔だけだ!」

 何か好き放題言われている感じがしないでも無い青羽だが、要するに女の子をひっかける為の釣り餌的な役割を期待されているのだという事だけは取りあえず分かった。

「そっか…まぁ…女の子に声かけなくていいなら…それでいいよ…」

 少々の物申したいところは有りながらも、青羽が良いんだか悪いんだか分からないその役回りも含めて今一度承服した事で、ついに男子高校生たちは動き出す。

「おっしゃー! そんじゃ今度こそ行くぞ野郎ども―!」

 新山耕太が改めての号令をかけると、上谷渉らも再び「おー!」と応え、青羽も一応は「おー…」と控えめに呼応するも、内心では少々早まった気がしないでは無かった。

 そんな具合に、実力を以て女っ気を得るべく行動を開始した男子高校生達であり、これはこれで一つの大きな動きと言っても差し支えの無い出来事ではあるのだが、青羽にとってのそれが訪れたのは正しくこの直後の事である。

(ねぇねぇ、アオバさ、無理に付き合わなくてもいいんじゃない? 何だったら、はぐれたふりでもして抜けちゃえば?)

 獲物を求めて先陣を切って行った新山耕太とその後に続く上谷渉らのやや後方を青羽と共に並んで歩いていた最上篤史がごく小さな声で耳打ちしてきたそれは、余りにも思い掛けない唐突に過ぎる進言だった。

「え、えぇ…?」

 席順についての追加情報をもたらして以降、適当な相槌を打つ程度に終始して殆どまともに発言していなかった最上篤史の唐突過ぎる耳打ちに、青羽は当然の様に堪らずの困惑をせずにはいられなかったが、当の最上篤史はそれに構わずいつものニヤケ顔で今一度の耳打ちをしてくる。

(そんでさ、奏ちゃんと連絡とって、一緒に花火見てきなよ)

 確かにそれは、青羽が何よりも望んで止まない事ではあったかもしれない。

 確かに最上篤史は、遥の事で何かと妙な気を回してくる事が今までにも度々あった。

 だが、これこそは正しく唐突にも程がある進言であり、それだけに青羽は困惑を通り越してもう只々愕然と頻りだ。

「―!? …―!?」

 愕然とするあまり、青羽が即座に返せた反応はといえば、目を白黒させながら金魚の様に口をパクパクとさせるのが精々であった。

(奏ちゃんと花火、見たいんでしょ?)

 その問い掛けに対する答えは考えるまでも無く「イエス」ではあるとしても、青羽には一つどうしても分からない事がある。

「あ、篤史…お前…何で…?」

 困惑冷めやらぬ中、青羽がようやく何とか口に出来たその疑問は些か要領を欠いてはいたが、その意図は正しく伝わったのか、最上篤史は不意に少しばかりの真顔になった。

(そりゃぁ、応援してるからっしょ)

 そう言って青羽の胸元を拳でトンっと叩いた最上篤史は、ともすれば到底らしくもない穏やかな笑顔で目を細めさせる。

「篤史…」

 もし、最上篤史がいつもみたいにただ面白がっているだけだったなら、青羽もいつも通りしどろもどろになりながら、適当なごまかしでこの話を有耶無耶にしていただろう。

 だが、最上篤史が示してくれたそれは、面白がっているどころか紛れもない「友情」に他ならず、ならばこれには真っ向から応えられるのが青羽という少年だ。

 そして、最上篤史のそれを友情とするのであれば、青羽が決断を迷う理由もどこにも有りはしなかった。

「…分かった! 俺…行くよ!」

 きっと、ただ友情に推されてというだけだったなら、青羽はこれ程素早くは決断で来ていなかっただろう。何せ青羽はつい先程、友情を理由に新山耕太たちのナンパに参加表明したばかりなのだ。

 形はどうあれ、友達想いの青羽にとって、二つの友情を天秤にかけるなんて事は決して容易い事では無かったし、事実それだけならば今頃はまだグズグズしていたに違いない。

 しかしそれでも青羽が決断を迷わなかったのは、傾き難いその天秤にもう一つ、何物にも代えがたい大切な想いが加わったからだった。

(コータ達には上手く言っとくし、ナンパも俺が良い感じにしとくよん)

 それだけ聞ければ青羽にはいよいよもって迷う必要性はどこにも有りはしない。最上篤史がすでにいつも通りのニヤケ顔だった事だけは少々気掛かりではあったとしても、上手くやると言ったその言葉がそれなりに信じられる事を青羽は知っていた。

「篤史、さんきゅー!」

 それだけを言い残すと、青羽は友人達に背を向けて一人走り出す。最上篤史が示してくれた「友情」と、そして何より遥に対する「恋心」をその胸に抱えて。

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