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4-43.今更な理由と特別な理由

 遥たち三人は青羽ら男子グループが自分たちとは合流しない方向で勝手に話を纏めていた頃合いに、ようやっと堤防を越えて花火大会の会場に辿り着いていた。

「ふわぁ…!」

 普段はただ広いだけで何も無い河川敷に延々と連なる夜店の列と、小さな遥の限られた視界を覆いつくさんばかりの人、人、人。

 友達同士、カップル、家族連れ、老若男女問わず、ありとあらゆる幅広い層の人々で溢れかえっているその光景は、ただただ圧巻の一言だった。

「すごっ…!」

 予想していたよりはるかに大規模で大盛況な会場の様子に、遥の口からはついつい些か語弊力を欠いた感激の声がこぼれ出る。

「ヒナ、ミナ、すごいよ! 人が一杯だよ! なにコレお祭り!?」

 正しくその通り、お祭り以外の何物でも無い訳だが、遥にとってその光景は思わずそんな頓珍漢な事を言ってしまうくらいには感動的だったのだ。

「ホント、思ってたより賑わってんのねぇ、ちょっとビックリかも」

 遥ほどでは無いにしろ、沙穂もまたお祭りの規模感に感心した様子を見せ、三人の中で唯一この花火大会を何度か経験している楓だけは少しばかり得意げな顔になっていた。

「ふふーん、結構すごいでしょ! なんか毎年来場者数も増えてるみたいだよー」

 勿論それは楓の功績などでは全く無いが、地元で開催されている盛大なお祭りがちょっと誇らしくなる気持ちは遥にも分からないでは無い。

 自分の住んでいる街にこんな素敵お祭りがあると知った今、遥だってそれはもう調子よく地元愛に目覚めたりしもするというものだ。

「ねぇねぇ! 花火までまだちょっと時間あるし、夜店まわろうよ!」

 地元を大いに見直すと共に俄かにテンションの上がった遥が無邪気な笑顔で左右に目配せをすると、沙穂と楓はその様子を微笑まし気にしながら揃って頷きを返してくる。

「オッケー、今日は思いっ切り楽しんじゃう約束だしね!」

「お祭りっていったら、やっぱり出店はかかせないよね!」

 二人の同意を得られた遥は一層の笑顔を花咲かせながら、早速とばかりに先陣を切って人混みを進んで行こうとしたがしかし、それについては沙穂と楓から同時にストップが掛かった。

「カナ、ちょいまちっ!」

「まって、カナちゃん!」

 二人から制止された遥が足を止めて何事かと小首を傾げさせながら振り返ると、沙穂と楓は何やら少しばかりの苦笑いを浮かべながらそれぞれに手を差し出して来る。

「ほら、もっかい手つなご」

「はぐれるといけないから」

 つまり二人は、この人混みで遥が迷子になってしまわない様にと気を回してくれている訳だが、遥からすればこれは少しばかりの不名誉だ。

 遥はここへ辿り着くまでにも二人と手を繋いで歩いて来てはいたものの、其れと此れとでは意味合いも大分違う。

「むー…、ボク、小さい子供じゃないんだけどぉ…」

 等と頬を膨らませながら抗議してみる遥ではあるが、ちんまりとした幼女以外の何者でも無い外見とそれに違わない愛らしい拗ね顔でそんな事を言っても、そこに説得力が生まれる筈は当然ない。

「いや、まぁ…うん…、あー、ほら、この人混みじゃ小さいとか以前の問題よ?」

 沙穂がたった今思い付いた様に、この状況では身体の大きさが問題なのでは無いとすると、楓もそれについては頷きを見せて同意を示す。

「そうだよー、別にカナちゃんが小っちゃいからって訳じゃないよー」

 遥は楓が述べて来たフォローのつもりと思しきその言い様には何やら引っかかる部分がありつつも、沙穂の言う事に一理ある事は正直認めざるを得ない。

 実際この人混みでは、どこぞの幼馴染やどっかのお祖父ちゃんくらいの上背があるのならともかく、ちんまりとした自分は元より、体格的には「普通の女の子」でしかない沙穂と楓だって、一度紛れてしまうと簡単に見つけられないだろう事は遥にも容易に想像がつく。

「うー…、まぁ、そうだよね、そう言う事なら…仕方ない…かな…」

 これはあくまでも「三人」がはぐれない為なのだと、そんな風に自分を納得させた遥は、渋々ながらもようやく沙穂と楓がそれぞれに差し出して来ていた手を取った。

「よろしい」

 遥が手を繋いだ事を認め、左手側で沙穂が満足げに薄っすらとした笑みを見せれば、反対の右手側では楓も嬉しそうにニコニコとする。

「これで安心だね」

 確かにそれはそうなのだとしても、やはり友達二人に左右から手を繋がれているその構図には少しばかり微妙な気分がぬぐえない遥だ。

 何より、いざこうして改まった形で手を繋いでみると、遥は今更ながらの妙な気恥しさすらも覚えずにはいられない。

「あー…ね、ねぇ…、やっぱりコレ、何かちょっと恥ずかしい…かも…」

 遥がさっきまでより僅かに表面温度が上がった気のする顔を若干俯かせながら思った事を素直に述べてみると、その頭の上で沙穂と楓は何やら神妙な面持ちで顔を見合わせる。

「いやだから、子供扱いとかじゃなくて、普通にはぐれない様にしとこって事よ?」

 それについては納得した筈なのでは無いかと沙穂は今一度諭してくるも、遥が今回訴えたかった「恥ずかしさ」とは今までの子供扱い云々に関する事では無かった。

「やっ…それは、分かったんだけど…そうじゃなくって…」

 勿論、遥としては子供扱いの件についても若干有耶無耶にされていただけに依然として少々思う所がありはする。ただ、今はそれ以上に、どうしても気になって、思わず「恥ずかしさ」を訴えずにはいられなかった程の問題が遥にはあるのだ。

「あ、あのね…えっと…そのぉ…何て言うかね…」

 何やら言いにくそうにモジモジとする遥の顔に微かな赤みがさして見えたのは、決して会場中に吊るされている提灯の明かりに照らされている所為ばかりでは無い。

「ボク、あんまりこんなふうに女の子と手…繋いだ事なくて!」

 最早自分でも自覚できるくらい赤くなっている顔を一層俯かせながら思い切って「恥ずかしい」理由を端的に明かしてみた遥であったがしかし、沙穂と楓がこれに思わずポカンとしてまったのは言わずもがなである。

「「はぁ…?」」

 沙穂と楓からすれば、遥が恥ずかしがっていた理由は余りにも予想の斜め上で、これには素っ頓狂な声を見事にハモらせもした。

「い、いやいや! 待ってよカナ、ここに来るまでにも、あたしら散々手繋いで歩いてたじゃない!」

 その時の遥には恥ずかしがっている様子などは欠片も見られなかった為、沙穂は全くもって意味が分からないといった感じで、頻りに目をしばたかせる。

「それは…そうなんだけどぉ…」

 引き続き赤い顔でモジモジとする遥の要領を得ないその返答に、楓の方も沙穂と同じく全く意味が分からないといった様子で心底不思議そうな顔をした。

「ねぇカナちゃん、ワタシたち今日だけじゃなくて今までも結構手繋いでるよね?」

 確かにその通り、遥は今日に限らず、過去何度となく二人と手を繋いできているのだから、沙穂と楓からすればそれは正しく「今更」すぎる話しだったに違いない。

「それも…そうなんだけどぉ…」

 相変わらずその返答は全くもって要領を得なかったが、別に沙穂と楓を困らせたい訳でも無かった遥は、恥を忍びながらも何故そんな事を思ったのかを説明する。

「で、でもね…今まではほら…何か特別な理由とかが…あったでしょ?」

 例えばそれは、遥が何か大きな問題にぶつかって「特別」落ち込んでいたり、「特別」気後れしたりしていた時。もしくは、今日がそうだった様に、遥からは良く分からないながらも、沙穂と楓に何か「特別」思う所があった時。

 今までの例からいけば、二人が手を繋いでくるのは、そういった何らかの「特別な理由」があった時と遥の中では相場が決まっていたのだ。

「特別な理由ねぇ…? んー…まぁ…言われてみれば…そうなのかも?」

 沙穂は完全にピンと来てはいない様子ながらも、何となくは思い当たる節が有った様で、遥の少々漠然としていた訴えに対して一応の頷きを見せる。

「あー、確かにワタシ達って、あんまり意味も無く手を繋いだりはしない…かも?」

 楓の方も沙穂と同じ様に一応は肯定的な反応を見せた事により、一先ず遥の言わんとしている所は大枠でなら二人に伝わった様だった。

「で、でしょ? だからこんなふうに特別な理由も無く、ただ普通に手を繋ぐって今までには無かったから!」

 今回も「はぐれない様にする」というちゃんとした理由があった上で手を繋いでいる訳だが、遥から言わせてもらえばその理由は余りにも「普通」すぎたのである。

 そして手を繋ぐ理由が「普通」であるとどうして恥ずかしくなってしまうのかと言えば、それについてはとても簡単だった。

「えぇと…、つまりカナちゃんは、今まで女の子と普通に手を繋いだ事が無かったから、特別な理由が無いと変に意識しちゃうって事…?」

 正しくその通りであった遥はこれまでよりも三割増しで赤くなった顔で楓をチラリと見上げながら無言でコクコクと頻りに頷きを見せる。

「はー…なるほどねぇ…」

 遥の頷きを認めた沙穂は感心した様な呆れた様な微妙な顔で感嘆を洩らすが、もしこのやり取りを傍で聞いている者がいたとしたら、一体全体何の事やらと言う感じだったかもしれない。

 遥たち三人は絵面的に見れば、小さな妹をお祭りに連れてきてあげたお姉ちゃん二人の図か、ものすごく大目に見てもちょっと珍しい年の離れた同性の友達がせいぜいである。

 年かさのお姉さん二人に手を繋いでもらっている幼女なんてものは微笑ましい以外の何物でも無く実にしっくりきている感すらあったし、多種多様な人々で溢れかえっている花火大会の会場においては、女の子が同性の友達と手を繋いでいる姿なんて物もそこかしこで散見されるさして珍しい物でも無いのだ。

 案外、沙穂と楓すらも感覚的には、遥と手を繋ぐという行為をそんな具合の極ありふれた自然な事柄として捉えていたのかもしれない。

 ただそこはそれ、今やすっかり女の子が板について来ているとはいえ、遥はやはり何だかんだ言っても元男の子なのである。しかも遥は、美乃梨をして「小学生レベル」と言わしめる程度には初心で奥手な情けないくらいのピュアボーイだったのだ。

 そんな遥がひとたび女の子と手を繋ぐという行為を意識してしまえば、例え相手が沙穂と楓であっても、変に気恥ずかしくなってしまうのは半ば仕方が無かった事なのである。否むしろ、相手が沙穂と楓であるからこそ、遥としては最早「気恥ずかしい」を通り越して、「気まずい」感じすらもあった。

「今更…おかしいって…思う…?」

 恥ずかしいやら気まずいやら情けないやらで遥が若干の涙目で問い掛けると、沙穂と楓はそれぞれに少々困った顔で苦笑する。

「いや、まぁ…正直すっごい今更感はあるかもねぇ…」

「だねぇ…カナちゃん、普段はもう普通に女の子だし」

 二人がそう思うのは、遥がこれまで女の子であらんとして積み重ねて来た努力が報われている証拠なのかもしれないが、やはりそれはまだまだ発展途上だと言わざるを得ない。

「うぅ…だってしょうがないんだもん! 女の子と手なんか繋いだら普通はドキドキしちゃうでしょ!」

 そう言っている今も繋がれたままでいる二人の手をブンブンと上下にやりながら遥が遥なりの理屈で不可抗力を訴えると、沙穂と楓は三度その頭上で顔を見合わせる。

「ねぇミナ、何この可愛い生き物」

「うん、何かすごく愛おしいよね」

 沙穂と楓は自分たちの間でジタバタとしている遥を大変微笑まし気にして、あまつさえ繋いでいた手を今まで以上にしっかりと握りしめた。

「ふひゃっ!?」

 自分の小さな手を強く握っていながらも、あくまでもやんわり柔らかい沙穂と楓の手は、紛れもない女の子の感触であり、遥は堪らずへんてこな悲鳴をあげもする。

「ふ、二人ともボクの話聞いてた!?」

 あわよくば手を繋ぐ以外の方法で何かはぐれない対策を講じられればと思っていた遥であるが、この様子ではどうにも沙穂と楓にそんなつもりは毛頭無さそうだ。

「聞いてた聞いてた、だから今はちゃんと『特別な理由』で繋いでるのよ?」

 そう言って沙穂が少しばかり悪戯っぽく笑うと、その反対側で楓が今日一番の笑顔で心底嬉しそうにニコニコとする。

「うんうん、これはワタシたちがカナちゃんを大好きな気持ちの現れだよ!」

 確かにそう言われてしまうと遥の理屈から言っても、それはこれまでの例に漏れない「特別な理由」があっての行為というやつに該当してしまっていた。

「ふ、ふぇぇ…」

 もしここで何か手を繋ぐ以外にはぐれない様にする方法を提案できれば、遥にはまだ二人を説得できるチャンスがあったかもしれないが、そんな物はそうそう都合よく思いつくはずもない。

「こ、これは…、なんかちがうよぉ…」

 等と苦し紛れに訴えてみたところで、もはや良い笑顔を見せるばかりの沙穂と楓が繋いだ手を放してくれる気配は無さそうで、結局のところ遥はこのまま三人仲良く手を繋いで夜店を回る以外なさそうであった。

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