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3-62.尋常ならざるもの

 至福だった一時のお陰ですっかりその態勢が気に入ってしまった遥は、賢治がホテルの廊下を淀みなく進んでゆく最中もお姫様抱っこを甘んじて受け入れていた。

「ここだな…」

 賢治がボソッと呟いて足を止めたそこは、正しく遥が目的としていた部屋の前で間違いが無い。

「あ、うん…」

 これでお姫様抱っこも終わりかと思うと遥はそれが名残惜しくすらあったがしかし、間もなくそんな事を悠長に思っている場合では無くなった。

「…よしっ」

 誰に言うでも無く一言呟いた賢治は、確かにロックされていた筈の扉をあっさりと開け放ち、遥をお姫様抱っこしたまま部屋の内へと踏み込んでゆく。

「えっ…あれっ…?」

 賢治が響子からルームキーを託されていたなんて事知る由も無かった遥は手品でも見せられたかの様な気分で困惑するも、次の瞬間そんな事はどうでも良くなった。

「ハル…」

 耳元で囁かれた名前、正面に迫っていた大きなベッド、そして、それまでのお姫様扱いが何だったのかと思うくらい乱雑に投げ出されていたその小さな身体。

「へっ…?」

 遥には、何が起こったのか全く分からなかったし、またそれを理解するいとまも一切無かった。それはほんの一秒にも満たない一瞬の出来事で、遥に出来たのはせいぜい反射的にぎゅっと瞳を閉じる事くらいだ。

「かふっ…!」

 為す術も無く背中からベッドに突っ込んだ遥は、肺から押し出された空気と共に殆ど音にならない苦悶の声を洩らす。ベッドは一見ふかふかでとても柔らかそうだったのだが、その見た目とは裏腹に大して衝撃を和らげてはくれなかった。

「ふぁっ…はっ…はっ」

 遥が瞳を閉じたまま浅い呼吸を繰り返して吐き出してしまった酸素を取り戻している間にも状況は更に進んでゆく。

「ハァ…ハァ…!」

 自身の物とは異なるその荒々しい息遣いは、遥の直ぐ耳元から聞こえてきた。

「はわっ?」

 遥はその異様な息遣いにギョッとしつつも、これに付いては誰の物で有るのかは考えるまでも無い。今この部屋にいる人間は二人だけで、自分で無いとすればそれは賢治以外に無いのだ。

「…け、賢治?」

 遥がゆっくり瞼を開けると、最初に見えたのは天井だったが、真横へと目を向ければそこにはやはり賢治の顔がある。賢治の顔がそこにあるという事はつまり、その身体の所在もおのずで、遥はここでようやく我が身に起こった事と、現在置かれている状況を大凡で把握した。

「えっ…と…」

 まず、賢治が自分を投げ出した後、それを追いかける様にして自らもベッドに倒れ込んできた事はおそらく間違いが無いだろう。ふかふかのベッドが衝撃を吸収しきれなかったのは、賢治の体重が同時に加わったからだと考えれば納得だ。そんな出来事の結果として、現在自分がベッドの上で賢治に押し倒されているかの如き態勢になっている事も取りあえずは理解ができた。が、遥に分かったのはここまでで、それ以上の事、つまり賢治が何故このような状況を作り出し、そして何故妙に息を荒げているのかという最も重要な部分が全く分からない。

「賢治、どう…したの? なんで、こんな事…するの…?」

 荒々しい息遣いにおっかなびっくりしながら遥がその意図を問い掛けると、それに反応した賢治はゆっくりと顔上げて、大きく見開いた相貌を真っ赤に血走らせる。

「うっ…は、ハル…ハァ…ハァ…」

 荒々しい呼吸と共に苦し気に名を呟いた賢治は、それまで身体を支えていた手の平をズルっとベッドの上に滑らせた。

「にゃわっ!?」

 賢治の重心が下がった為に、その下敷きになりそうになった遥は思わず変な悲鳴を上げてその身体を固くする。がしかし、その身には何も起こらず、賢治が寸前で持ち堪えたのか二人の間にはまだ幾らか隙間が保たれていた。

「あ、あぶなぁ…」

 押しつぶされなかった事にホッとして一旦は胸をなでおろした遥だったがそれも束の間だ。遥はここで自分の身に別な問題が発生している事に気が付いた。

 恐らくそれは、ベッドの上に投げ出された時にそうなったのだろう。遥の着ているワンピースのスカートは今、太ももの半ばあたりまで豪快にまくれあがってしまっていたのだ。

「賢治、待って、スカートが…」

 スカートが乱れている事に気付いた遥は、その事に付いては別段慌てはしなかった。それ自体は直せばいいだけの話しなので遥にとっては大した問題では無いのだ。ただ、スカートから露わになっている太ももに、何やら妙に固い物が押し当っている事に気付いたとなれば、話は少々別だった。

「あ…ぅ…?」

 太ももをグリグリと圧迫して来ているそれは、固いながらも妙な弾力があって、その上やけに熱を帯びている。女の子になってから半年以上が経過し、今やすっかりその身体も馴染んできていた遥には、一瞬それが何なのか分からなかった。

「これ…って…?」

 遥は分からないながらも何やらそれに類似する感触には覚えがあって、その正体を突き止めるべく自身の記憶を探ってゆく。そして、一度そうすれば、元男の子である遥がその正体を理解するのにはそれ程時間を要さなかった。

「け、賢治!? ちょっ! た、た、たって…!?」

 遥が上ずった声で上げた半ば悲鳴にも近かったその発言は、決して賢治に態勢を改める様に促した物では無い。それは、自分の太ももにグリグリと押し当っているものの正体、つまり賢治の下半身で尋常ならざる事態になっている男たる象徴に対する言及だった。

「…な…な…なっ!?」

 先程は賢治が自分をベッドの上に押し倒した意図に見当もつかなかった遥だが、ここまで来れば流石にそれが何なのかはもう理解できる。遥は今でこそ無垢な幼女だが、かつては我が身にも賢治の尋常ならざるそれと同様の物を備えていたごく普通の健全な男子高校生だ。男である賢治がそれをいきり立たせて、現在女の子である自分をベッドの上に組み伏しているという事はつまりもう、そういった「行為」目的意外に考えようが無かった。

「け、けんじ…ま、まって!?」

 遥は元男子高校生としての知識があるだけに、自分が直面している状況に今更ながら大いなる危機感を覚えずには居られない。賢治が「それ」を求めて来ているという事は、これ以上ないくらいに自分を「異性」として意識してくれたという事なのかもしれないが、いくら何でも色々と段階を飛ばし過だった。

「こ、こんな…い、いきなり…えっ…えぇっ!?」

 賢治に対する恋心や過去の素性はどうあれ、遥は性格的な面で言うと初心で奥手な上、美乃梨に「小学生レベル」と言わしめるくらいには純情だ。であれば、いくら大好きな賢治に求められたからといって、気持ちも確かめ合っていない今の段階でそれに及ぶなんて事はどう頑張っても無理な相談だった。賢治が望んでいる事は、自分が恋心を満たす為に身体を寄せたりするささやかなスキンシップとは全く訳が違うのだ。

「だ、ダメだよ! まだ、早いよぅ!」

 遥は小さな身体を殊更小さく縮こまらせ、持ち前の純情で賢治の劣情を弱々しく拒絶する。だがしかし、賢治はそれを聞き届けずに、猛り狂う尋常ならざるそれをより一層強く押し付けて来た。

「ハァ…ハァ…ハァ…!」

 充血した双眸を爛々とさせて荒々しい呼吸を繰り返す賢治の様子は、遥の目から見ればもう完全に餓えた獣のそれだ。

「ふ、ふぇぇ…」

 遥の口からは堪らず情けない悲鳴が上がって、その大きな瞳にもじんわりと涙を浮かばせる。遥は出来る事なら今直ぐこの場から逃げ出したかったのだが、如何せん余りの事にすっかり腰が抜けて動けなくなっていた。

「は、ハ…る…ぅっ…」

 賢治が絞り出すような声で唸りながら、尋常ならざるそれを今まで以上に強く押し付けて来ると、遥はいよいよもってより具体的な身の危険を覚えて戦慄する。

「ひ、ひぇ…」

 太ももに押し当る賢治のそれは恐ろしいまでに猛々しく、片や自分の身体は第二次性徴すらも迎えていないほんの小さな幼女だ。その二つが物理的かつ局所的に交わるなんて事は、それこそがまごう事なき尋常ならざる事態というやつだった。

「け、けんじ…お、おちついて…!? む、むり…だから!」

 気持ちや段階以前に、もっと根本的な問題としてそれが到底不可能だと感じた遥は、益々今ここで純潔を捧げる訳には行かなくなったがしかし、完全にすくみ上っていて最早指先すらもまともに動かせない。結局、逃げ出す事も抗う事もままならなかった遥に出来た事は、賢治が思い留まってくれるよう必死になって呼びかける事だけだった。

「ボク、せ、生理もまだだからぁ…!」

 必死になる余り遥が半ば叫ぶようにして赤裸々に謳い上げたそれは、勿論ある種の「安全」を保証する物では無い。それは、自身の未成熟さをもって賢治の倫理観に訴えかける遥にできた精一杯にして唯一の抵抗だった。

「え、えっちは…まだ、むり…だからぁ…!」

 最後にか細い声でその訴えをより具体的にした遥は、それしか成す術が無かったとはいえ、堪らず恥ずかしくなって顔と言わず首筋まで真っ赤に染め上げる。

「うぅ…」

 事と場合と相手によっては遥の訴えは完全に逆効果だったかもしれないし、真っ赤になって身体を縮こまらせるその様子も見方によっては実に扇情的だ。ただ幸いにも遥の想いが通じたのか、賢治はベッドの上に両掌を付き直して、尋常ならざるソレ共々重々しそうに身体を持ち上げた。

「ハァ…ハァ…す、すまん…」

 賢治の呼吸は依然として荒々しく、相貌も相変わらず爛々と血走ってはいたが、口にしたのは間違いなく謝罪の言葉だ。

「あっ…け、けん…じ…」

 遥はそれを賢治が自身の訴えを聞き届けてくれたからこその謝罪だと思って安堵しかけたがしかし、そこから先の展開は文字通りに急転直下だった。

「もう…限界…だ…」

 賢治が絞り出すようにそう呟いた次の瞬間、せっかく持ち上げた筈の身体が勢いよく遥に向かって迫りくる。

「むーっ!?  むーっ!」

 結局、遥の必死な訴えは聞き届けられず、賢治はその呟き通りに我慢の「限界」を迎えて、遂に本能と欲望を剥き出しにして襲い掛かって来た。

 という訳では無く、遥がくぐもった苦悶の声を上げたのも、行為に及ぼうとする賢治に必死の抵抗を試みたからでは無い。

「んむぅーっ! むぅーっ!」

 端的に状況を説明すれば、遥は今完全に賢治の下敷きになっていて、単にその加重に耐えかねてもがいているだけの事だった。

 これだけではまだ遥の貞操は依然として危機的状況にある様にも思えるがしかし、次のような物が聞こえて来たとなればそれはもうただの杞憂である。

「すぅ…すぅ…」

 遥の直ぐ耳元で聞こえてきたそれは、先程までの荒々しかった呼吸が嘘の様な安定した周期で繰り返される賢治の安らかなる息遣い。

「むーっ!?」

 遥は目まぐるしい状況の変化に付いていけずに混乱の極みだったが、何が起こっているのかを理解するまではそれ程かからなかった。

「ぷはっ…!」

 遥は身体と身体の間に何とか自分の腕を割り込ませて呼吸を確保すると、状況を確認すべく首を振って真横に目を向ける。その先には穏やかな息遣いに違わぬ賢治の安らかな寝顔があって、これでもう遥かには何が起こったのかは瞭然だった。

「け、賢治? ね、寝ちゃった…の?」

 遥が恐る恐る問い掛けて見ても、賢治からは何のレスポンスも無く、健やかな寝息を繰り返すばかりでどう見ても完全に夢の中である。

「えっ…? えぇ…?」

 遥はそれまで尋常ならざる様子だった賢治が突如意識を手放してしまった事には大いに困惑しつつも、ただそうなった原因には少しばかりの心当たりがあった。

「…賢治、実は…酔ってた…の?」

 今日が二十歳の誕生日で飲酒解禁だった賢治は、食事の際にかなりのハイペースでそれこそ浴びる程ワインを飲んでいる。顔色や呂律、足取りといった表面上には全くそんな兆候は見られなかったが、飲んでいた量を考えれば酔っていたとしても何ら不思議はない。何より、先程までの賢治は正しく正気の沙汰とは思えなかったし、限界を訴えて突如眠ってしまったのも、それが酔い潰れた瞬間だったとすれば色々と納得だ。

「あっ…だから賢治はあんなに苦しそうだったんだ…」

 先程までの餓えた獣さながらだった賢治の様子を振り返った遥は、荒々しい呼吸と血走っていた相貌が酔っ払いに見られる典型症状である事にも思い当たる。遥はお酒が飲めないのでそれは物の本で得ていた実体験を伴わない只の知識でしかなかったが、賢治が酔っていたとする根拠としては十分だった。

「そうだよ…、賢治は酔ってたんだ…それなら…」

 遥は賢治が酔っていた事を確信すると、次にはこれまでの出来事も本当にそれが目に見えていた通りの物だったのかも疑わしくなってくる。

「こ、これが…こうなってるのも…そのせい…?」

 遥の言う「これ」とは言うまでもなく、再び太ももに押し当っている主張激しい賢治の尋常ならざる「それ」の事だ。遥は飲酒と「それ」の関係性については知識が無かったものの、これに付いては別の方向性から解決の糸口を見出す事が出来た。

「こういうのって…何て言ったっけ…朝…じゃないから…夜…勃ち…?」

 遥はそれを自分で口にしておきながら、何やら気恥ずかしくなってしまい思わず顔を赤らめる。そんな遥の初心な反応はともかくとして、言わんとしているのは詰まり、賢治のそれは本人の意識やそれこそ性的興奮とは一切関係なく、只の「現象」としてそうなっていたのではないかという事だ。

「うん…、これはきっと、そういうのだ…!」

 確かにそれはまま起こり得る事だったし、実際に賢治の意識が無い今もそうならば、遥の中ではそれが只の「現象」である信憑性は必要充分だった。

「それなら…賢治は別に…え、えっちな事は…考えてなくて…えっと…」

 それが尋常ならざる事になっているのには何の他意も無かったのだと早々に結論付けた遥は、次に賢治がそれを押し付けて来るに至った一連の流れにも新たな解釈が必要になってくる。

「うーん…」

 普通に考えれば男が女をベッドに押し倒してそれを突き付けて来る理由にはいくらもバリエーションが無いものの、遥は少し考えて一つの可能性に思い至った。

「あっ…賢治は眠かった訳だし…それなら当然ベッドで寝たかった…よね…?」

 遥は賢治が眠ってしまったというその紛れも無い事実に着目して、そこから逆算的に仮説を立て行く。

「なら…、ベッドに倒れたつもりの賢治と、ボクの落っこちた場所が重なっちゃっただけなのかも…」

 賢治はただ寝床を求めてベッドへダイブしただけで、自分に覆いかぶさるような態勢になったのは偶然の事故だったのかもしれないというのが遥かの導き出した推論だ。

「きっとそうだよ…だって、賢治はボクに気付いて、つぶさない様に頑張ってくれてた気がするもん…」

 結果的には賢治が「限界」を迎えて結局今はその下敷きだが、遥はその様に物事を考えると場違いにもちょっぴり嬉しくなってくる。

「けんじ…、やさしい…!」

 賢治が酔いや眠気に耐えながら自分の身を気遣ってくれていたのだとすれば、遥の恋心は幾分も華やいで直前まであった危機感や恐怖心なんかはあっという間にどこ吹く風だ。

「そっか…そういう事だったんだぁ…!」

 持ち前の理屈っぽさや、恋する故のお花畑思考でこれまでの出来事を全く別の事柄として再構築する事に成功した遥は、それが公然の事実であるかのように心底ほっとした顔で安堵する。

「よ、よかったぁ…」

 全ては只の希望的観測で、突っ込みどころは幾らでもあったが、遥はもうそれこそが唯一無二の真実である事を信じて疑おうとはしなかった。遥にとっては例えそれがどれだけ荒唐無稽な物だったとしても、賢治が自分を性的な目的で襲おうとしたなんて事よりかは何倍も真実味があったのだ。

 良いか悪いかは別として、遥はそれだけ賢治の事を信頼していたし、それに加えてもう一つ、自身の推論を信じるに足る一つの確信もあった。

「そりゃそうだよね…賢治はボクの事…そんな風には見てくれてないもんね…」

 遥が若干ししょんぼりとした様子で洩らしたこれこそが、自身の推論を真実足らしめている最大の要因である。遥の新解釈は一見ご都合主義の欺瞞に満ちた実に楽観的な物だったが、実の所それはある意味究極のネガティブ思考だった。

 賢治との恋における遥のネガティブは、何時だって「幼女の自分は賢治にとって魅力的な異性足り得ない」というその一点に集約されているのだ。そんな遥のネガティブに掛かれば「綺麗だ」と言ってもらえていた事もそれは今日の装いに限った話しであったし、賢治が飲酒以前から自分に劣情を抱いていたなんて事はそれこそ夢にも思わない事だった。

「はぁ…とにかく何も無くてよかったぁ…」

 持ち前のネガティブ思考で遥は若干複雑な心境になりつつも、結果的には賢治が行為に及ばなかったという紛れも無い事実と、自身の貞操が無事である事を改めて安堵する。賢治との恋路を思えば、この顛末やその行く末に付いては方々議論の余地はあるものの、今の遥にとっては「何事も無かった」という真実が存在している事がとにかく大切だった。

「はふぅ…」

 そんなこんなで大いなる欺瞞が有りつつも、一先ず心身共に健全を保って事なきを得た遥ではあったのだがしかし、どうしても処理できなかった問題が幾つかある。

「賢治…重いなぁ…」

 賢治がすっかり脱力して全体重を預けて来ている所為で、非力な上に相変わらず腰が抜けてしまっている遥はそこから独力で抜け出せずにいた。それともう一つ、賢治と共にこの部屋へやって来たそもそもの目的が未だ果たせずじまいである。

「プレゼント、どうしよう…」

 それに加えて最後にもう一つ、遥の太ももには、依然として本人の意思とは関係なくやたらと元気な賢治の尋常ならざるそれが尚も主張激しく押し当っているままだった。

「あぅぅ…」

 例え只の「現象」なのだとしても、それは時々独自の意志を持った生き物の様にドクリと脈打つので、遥としては大変心臓に悪い事この上ない。とは言え、どう頑張っても遥にはそこから抜け出す術が無く、いずれの問題も賢治が何かの拍子に上から退いてくれるその時までひたすら待ち続けるより他なかった。

「ふぇぇ…」

 結局、寝相の良い賢治は寝返りどころか身じろぎすらも中々せず、遥が自由の身になったのはそれから一時間程が経過してからの事である。遥はその間ずっと賢治のアレに晒されて続けていたので、解放されるや否や真っ赤な顔で一目散になってホテルから立ち去って行った事は言うまでもない。

 因みに、プレゼントは後日に手渡しとなって、遥はその際に賢治が当日の記憶を食事の中盤頃から失っている事を知って心底ほっとしたのだった。

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