リリスとルナの夏休み 5
「――ランタンのお祭りですか? ええ、ここ数年前に出来た新しいお祭りですね。なんでもランタンを一斉に打ち上げる光景が圧巻だという話が各地に広がったらしく、今や王国中から観光客が押し寄せているんですよ」
食堂にて。ルナと向かい合わせに食卓につき夕食をとっている最中、給仕をするマリアにお祭りのことを聞けば、こう答えが返ってきた。
「へーそれでかな? 今日も昔に比べてやけに湖に人が多くいるように感じたもん」
「そうですね。湖周辺の屋台も出店数が年々増えていますし、お祭り当日となればもっと大勢の人が集まりますよ」
「そっか、どんな感じか楽しみだなぁ~」
そう相槌を打って、わたしはお魚のムニエルを頬張る。
湖で取れたこのお魚は、白身がふっくらしておりほのかな甘味が美味だ。
「う~ん、美味しー!」
あまりの美味しさに目を蕩けさせて味わっていると、じーっと前方からわたしの口元へと視線を感じる。
「…………っ!」
――と、次の瞬間。
ルナのフォークがムニエルにサッと伸びてきたので、とっさにわたしはお皿を覆い隠すように両手で遮った。
「……なんで隠すのさ、リリス」
ルナが不満げに口を尖らせるが、わたしも負けずに言い返す。
「もう! ルナの分もちゃんと用意されてるでしょ! わたしの分まで取っちゃダメッ!」
「えー、だってリリスが食べてる方が美味しそうなんだもん。いつもはそんな風に言わないのに、なんで……」
頬を膨らませてそう言うルナの口が止まる。
何故ならつい今まで給仕をしていた筈のマリアが、わたし達の食卓の前に腕を組んで仁王立ちしていたからだ。
表情こそにこやかだが、その額には青筋が浮かんでおり、明らかに激怒しているのが分かる。
「ルナ様。いつもはさておき、ここでのお食事は人のものを取らず、ご自分のお皿のものをお召し上がりくださいませ。足りなければ、お料理はまだまだありますので」
「…………はい」
〝郷に入れば郷に従え〟
口に出さずとも、そんな言葉がマリアから聞こえた気がする。
やっぱりマリアは怒らせると、とても怖い。
ルナもそう察したのか、素直に頷いて、自分の前に並べられた料理をもくもくと食べ始めた。
* * *
「――それにしても、漁船のエンジンが不調だったことは気になりますね」
夕食を食べ終えた後、食後の紅茶を注ぎながらマリアが憂いを帯びた表情で呟く。
「気になる? ルナの話だと魔法が掛けられてたみたいだけど、ただのイタズラじゃないの?」
淹れてもらった紅茶を飲みながら聞けば、マリアはゆっくりと頷いてポツポツと話し出した。
「ええ。実は似たようなことがここ数日頻発しているんです」
「えっ!? それは大丈夫なの!?」
「はい。幸い大事に至るようなことは起こっていませんが、しかし今後もそうとは限りません。原因が魔法なのならば、このことはすぐにでも旦那様にお知らせして対処しなければ――……」
「待って!!」
「……? お嬢さま?」
突然わたしが叫んだので、マリアが驚いた顔をする。
「ごめん、大声出して。でも魔法が絡んでいるのなら、わたしとルナで解決出来るかも知れない。明日もう一度湖に行って原因を探ってみるから、父様への報告はそれからにしてもらってもいいかな?」
「――――!!」
紅茶を飲んでいる前方のルナと目を合わせ、わたしがそう告げると、何故かマリアがその場でヨロヨロと崩れ落ちた。
「マ、マリア!?」
慌てて側に駆け寄れば、マリアはプルプルと小刻みに震えており、何事かを小さく呟いている。
「……す」
「〝す〟?」
「素晴らしいです!! お嬢さま、すっかりアリスタルフ家の召喚士らしくなられて! マリアは感動致しました!! 奥様もお嬢さまがこんなにご立派になられたと知れば、ますますお喜びになるでしょうね!!!」
ぎゅっと両手を握られ、興奮した様子のマリアにたじたじになるが、しかしさらりと話に出てきた母様に、わたしはピタリと動きを止めた。
「そういえば母様には、わたしが来たことは伝わっているの? 母様は……その、どんな反応だった?」
恐る恐る聞けば、にっこりと笑ってマリアは教えてくれた。
「もちろんご存知ですよ! お嬢さまが帰って来るのを指折り数えてずっと楽しみにされていました。先ほどお元気そうだとお伝えしたら安心なさったようでしたよ。それにルナ様のこともお伝えしたら、それはもうお喜びでした」
「そっか……」
わたしの記憶の中の母様と、マリアの話に出てくる母様は、まるで別人のように重ならない。
記憶の中の母様は、いつだって深い絶望に帯びた目でわたしを見ていた。
そんな母様がわたしのことで喜ぶものなんだろうか?
会えば分かる。
その為に決心してここに帰って来た。
――でも。
未だにわたしは、最後の踏ん切りがつかないままだった――……。




