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アイドルの弟  作者: 京 高
第一部エピローグ
20/20

第20話 こんなこともあろうかと

 あらかじめ準備されていたのだろう、シャーロットがモデルを務めたファッション雑誌が発売され、彼女の人気が急上昇するや否や、いくつかのゴシップ系週刊誌や新聞によって駆こと山口ツトムとのツーショット写真が世に出回ることとなった。

 星の数とまではいかないにせよ、数多いる新人の中からブレイクするであろう対象を見抜くその眼力と、スクープになりそうな事柄をいち早く嗅ぎつける嗅覚はさすがとすら言える。


「って褒めてる場合じゃないよ、駆君!?」


 一見すると状況が理解できていないのではないかと思えるほど落ち着き払った駆に対して、歩はパニック寸前の取り乱しようである。

 だが、どちらかと言えば異常なのは彼の方であろう。その証拠に新曲とその振り付けの練習に集まっていたグループメンバーたちも概ね歩と似た反応をしていた。


「そうは言われてもさあ……」


 そんな慌てふためく少女たちの様子に駆は苦笑いを浮かべていた。


「こういう時に下手に騒ぐのは火に油を注ぐようなものだから、大人しくしてろって言われてるんだよね」


 誰から?もちろん湊や所属芸能事務所の大人たちからである。

 実は事務所的にはこうなることは既定路線というか、ある程度予測していたことだった。もちろんシャーロットの人気が出ないまま知名度も低ければ何かする必要もなかった。が、駆が撮影時にサポートしていたことを――郁からの許可を得て――湊からリークされると、その可能性は低いだろうと判断されていたのだ。


「うーん、事務所の駆君に対するこの謎の信頼感よ」


 一期生の一人が諦めにも似た調子で口にする。規模ははるかに小さいが、駆が密かに関わることで人気が出るといった現象は自身も体験していることでもある。そのため内心複雑ながらも納得できてしまうのだった。


「SNSで『山口ツトム』名義のアカウントは一個も持ってないからね。そもそも何もできなかったりするんだけど」


 あははと軽く笑う駆だが、芸能人を始め著名人に」インフルエンサーなどなど、猫も杓子もSNSを活用して人気取りに奔走している今日において彼の態度は時に奇異にすら見えてしまうほどだ。

 その理由も「管理が面倒くさい」という身もふたもないもので、本当に現代っ子なのかとツッコまれたことも一度や二度では済まなかったりする。しかし、差し入れの手作りお菓子を盾にされては事務所の誰も強くは言えなくなってしまうのだった。


 ちなみに、歩たちアイドルグループの場合は「あえて私生活等の露出を失くす」ことを方針としているため、個人でのアカウントを持つことは禁止されている。一応グループの公式アカウントはあるのだが、管理は事務所が行っており、メンバーの出演番組やイベントの告知、グッズの紹介などが基本となっていた。


 だからといって歩たちの不安が晴れるものではない。なぜなら現在、騒ぎはその公式アカウントにも飛び火していたためである。

 山口ツトムのアカウントが存在していないこと、歩が彼を実の弟だと公言していることなどから、事務所のホームページなどと一緒に自称インフルエンサー――というかむしろ扇動者(アジテーター)――たちによる非難――という名の攻撃と憂さ晴らし――を行う標的にされていた。


「姉さんやみんなにまで迷惑かけちゃったのは申し訳ないと思ってる。……ただ、そろそろ風向きが変わってくるはずなんだよね」


 駆のその言葉を待っていたかのように、殻や歩を始め何人もの携帯端末が音を立てる。手に取ってみれば、もう一人の話題の中心人物であるシャーロットがSNSに投稿を行ったことを報せるものだった。

 仕事や芸能活動では利用していなくても、プライベートな個人的なアカウントは取得しているのだ。現代っ子詐称疑惑はここに晴らされることとなるのだった。

 余談だが、歩から「駆君を狙う不届きな要注意人物だよ!」と嘯かれていたため、動向を監視、もとい活動を注視するためにメンバーたちもまた彼女のアカウントをフォローしていた。


「ちょっ!?あの子何やってるのよ、こんな時に!?……んん??」


 駆が事務所から言われていたように、当事者が下手に口を出すと騒ぎを余計に大きくしてしまう。歩はそのことを危惧して慌ててSNSを開いたのだが、そこに記されている文面に困惑することになる。


「えーと、『パパラッチが湧くのは有名税だと思って我慢できるワ。ダケド私じゃない他人を私だと偽るのは許せナイ!!』???……どういう意味なんでしょう?」

「そのままの意味だとすると、シャーロットちゃんじゃない写真が混ざっていたということになるけど……?」

「そんなミスあり得ます?」


 別人を誤って掲載してしまっているのだ、ゴシップ系とはいえ事実だとすれば大元の出版社や新聞社の信用問題にまで発展する大問題だ。文字の誤植などとは訳が違い、編集責任者の首が飛びかねない。


「彼女が確認できたということは週刊誌のオンライン版かしら?」

「あ、これ使ってもいいか聞いてきます!」


 宏美の思い付きに咲良が部屋を飛び出していく。レッスンルームには動きを撮影するカメラだけでなく、撮影した動画を見るための機材一式も揃っていてネットへの接続も可能なのだ


「やれやれ、駆君だけじゃなく皆にも大人しくしていてもらいたいんだけどな」


 咲良と、そして本日も事務所に入り浸っていたらしい楓に引きずられてやってきたのは、グループのマネージャーの一人でもある板尾だった。どうやらここは大人の出番だと判断されたらしい。

 微妙に腰が引けているのは若い少女たちばかりが集まっている場所に引き込まれたからだろうか。


「週刊誌のオンライン版だね。ちょっと待っていてくれよ」


 そして彼が付いてきた時点で使用許可は下りていたようで。手慣れた調子で必要な機材だけ電源を入れていく。

 またしても余談だが、迅速に情報を仕入れることができるように大手新聞社からゴシップ系の雑誌に至るまで、芸能系を取り扱っているメディアのオンラインサイトには事務所が――とある個人名義で――会員登録をしていたりする。


「このサイトの……、この記事か」


 メンバーたちが固唾をのんで大型ディスプレイを見入る中、板尾が該当する記事を見つけてそのページへと飛ぶ。

 色々と書き連ねてある記事本文は無視して写真を拡大する。


「……駆さんですよね?」

「隣はシャーロットちゃん、よね?」


 写っていたのは紛れもなく駆とシャーロット、だったのだがお腹を抱える勢いで大爆笑をしているという妙なものだった。なお、縦の比率がやけに長いので、携帯端末を使って本人たちには無断でこっそり撮影されたものだと思われる。


「あ、これネタ系のシャツを見つけて大笑いした時のやつだ」

「なんでそんな状況に!?」


 ブランドものではない服も見てみたいという要望を受けて、地元にある商業施設に案内したのだ。その時偶然にも店頭に処分品として面白プリントのシャツが多数並べられていたのだった。


「爆笑しちゃった拍子に帽子が落ちて、隠してた髪が見えちゃったみたい」

「ああ、最低限レベルだけど変装はしてたのね。できればマスクも……、夏の暑さの中だと無理か」

「辛うじてサングラスは無事だけど、この髪だもんねえ。十分目立っちゃったのか」


 一昔前に比べると髪の脱色や染色は劇的に良くなり、自然な風合いが出るようになってはいる。だが、それでもやはり生まれ持った者と比較するとその軍配は明らかであることが多い。

 それ以外の写真もフードコートで複数の軽食をシェアする様子だったり、ゲームセンターで縫いぐるみに目を輝かせていたりというものばかりで。


「甘酸っぺえ……」

「なんていうか、これぞお忍びデートって感じですね……」

「いいなあ……」


 シャーロットの中途半端な変装とも相まって、まるでドラマのワンシーンのようになってしまっていたのだった。あまりにもハマり過ぎていて、板尾などは辟易としてしまったほどである。

 また、何人かが羨ましそうに呟いていたのだが、幸か不幸か駆には届くことはなかったのだった。


「くううう……。私が一生懸命お仕事に励んでいた時に、あのメス猫は駆君と楽しみだったなんて!」

「歩、コアなファンの人たちですらドン引きする顔になってるわよー」

「あと、メス猫とかお楽しみとか言わない」


 一方、嫉妬全開で唸る歩に辛辣な台詞が飛ぶ。同期の気安さもあるが、アイドルが浮かべていい表情ではなくなっていたのだから仕方がない。


「お?ここから様子が変わったな」


 切り替わった写真はこれまでのものとは一変して屋外、しかも夜なのか全体に薄暗く画質も荒くなっていた。


「タクシーから降りてきたところをお出迎え?」

「服装も随分と変わってますよ」


 それまでも肌の露出は抑えめはあったのだが、色合いや生地の風合いなどはいかにも夏服という様相だった。ところがこちらは一目で何枚もの服を重ね着をしていることが明らかだ。つまり、撮影された季節が大きく異なっているのである。


「なっ、なななな!まさか私が知らないうちにまた来日してたの!?」


 密かに逢引きしていたと勘違いした姉が、某有名絵画のようなポーズで叫ぶ。もっとも件の絵画の中央に描かれている人物は、実は叫んでいなかったりするのだが。

 それはともかく、シャーロットは夏以降にも来日していたのか?答えはノーである。


「そんな訳ないでしょ。というかそこに写ってるのロッテじゃないから」

「え!?」


 一歩引いたところから見ていた駆による冷静な突っ込みに、一同は画面に釘付けになる。


「んん?暗い上に小さくてよく分かんないなあ」

「板尾さん!もっとアップにして!」

「ちょっと待って……。いや、次の写真を見た方が早いか」


 そして街灯の下を仲良く並んで歩く男女の姿がディスプレイに大写しになる。男の方は駆だ。相変わらず変装のへの字もない普段通りの姿である。

 一方で女の側は、大きめのベレー帽に髪を押し込んだ上にサングラスをかけるという軽めの変装をしている。が、この場にいる者たちであればシャルロットではないことは一目瞭然だった。


「歩じゃん!?」

「ズルいです!姉であることを利用して抜け駆けするなんて!」

「ズルくないし!というかここ最近は駆君に迎えに来てもらったことなんてないわよ!」


 途端に「これは一体どういうこと?」だとギャンギャン騒ぎ始めるメンバーたち。対して歩も心当たりがないと反論する。


「姉さんが正解。この写真が撮られたのは半年以上も前のことだよ」

「半年?……あ、もしかして春先にあった盗撮事件の!?」


 駆が出したヒントに歩の記憶が掘り起こされる。だが、その言い方が良くなかった。


「盗撮!?盗撮事件ってどういうこと!?」

「そんな話、聞いてないんだけど!?」

「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて!盗撮事件って言っても最終的には未遂で防げたから!犯人も現行犯逮捕してもらったし」


 当時のことを記憶を探りながら話していけば、メンバーたちもそれどころではなかったことを思い出す。なにせ一歩間違えればグループ存続の危機だったかもしれないのだ。

 その当事者であった縁などは恐縮し切りとなってしまった。


「事情は分かった、けどさ……。どうしてその時の写真が出回っちゃってるのよ?」

「それは盗撮犯だった人にお願いして、こことかに送ってもらったからだよ」

「はいいいい!?」


 こともなさげに答える駆に歩を含む少女たち全員が驚いて目を見開く。


 いきさつはこうだ。ファッション雑誌の撮影に駆が同行していたこと、その後の休暇中に二人で出歩いていたことを知った事務所はシャルロットの人気と知名度が爆上がりすると予測。更にその後に発生するかもしれない今回の事件へと対抗するための手を打っていた。

 それが歩と駆の盗撮された写真で、司法取引といった大仰なものではないが、盗撮をなかったことにする代わりに犯人だった男に当時の写真を――歩をシャーロットと偽って――ゴシップ系雑誌者や新聞社の複数へと送りつけさせたのである。


「俺もついさっき聞かされたんだけどね。大筋のシナリオを書いたのは(かあさん)で、郁おばさんも了承済みだってさ。多分今頃はシャーロットもおばさんから説明を受けているんじゃないかな。従姉妹同士で顔立ちとか雰囲気が似てるから行けるだろうとは思ってたけど、バレるかどうかは賭けの部分も大きかったみたいだよ」


 なお、写真の元データは事務所が厳重に管理している。


「うはあ。さすがは湊さんだわ」

「お母さん……。巻き込むなら先に教えておいてよ……」


 型破りな離れ業をお見舞いする先輩に、板尾は敏腕マネージャーだった頃の片鱗を垣間見た気がして恐れ慄く。その傍らで娘である歩は、予想外の方向から突撃されて巻き込まれる形となったことにがっくりと肩を落とすのだった。


「あの、駆さんもさっきまでその話を聞かされてはいなかったんですよね?その割にはずっと落ち着いていたようですけど?」

「発売日にたまたまコンビニで立ち読みして、その写真を見てたんだよね。だから何か裏があるんだろうなと思って」

「あ、そう、だったんですか……」


 慌てた様子もなく平然と答える駆にメンバーたちは地味に衝撃を受けつつ、この洞察力と冷静さは到底真似できるものではないと早々に諦めるのだった。


 その後、グループのファンたちを中心に件の写真の人物はシャーロットではなく歩ではないかという推測が出回り、それに応じる形で駆の分も含めて事務所が「当社に所属するタレントの写真を無断使用した」とする非難の声明を発表し、さらに追い打ちをかけるようにシャーロット側と合同で三人が血縁関係にあることを公表した。

 これによってスキャンダル方面の噂は瞬く間に強制消火された。


 その一方で商業施設内での隠し撮り写真の方は駆、シャーロット共に心からの感情が素直に表情に現れていると好評を得ることに。そのためネット中心にしばらくの間各所で散見されたのだった。


「という訳で山口ツトムにもたんまりお仕事の依頼がきているのよ」

「……どうしても断れないやつだけお願いします。それと、おれは指示されたことしかやれませんからね」


 こうして、シャーロットとの再会により駆の生活に少しばかりの変化が生まれることになる。


一旦今話で【第一部 完!】とさせていただきます。

また、続きが書けるように頑張ります。

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