第19話 増していく不安
一応書いておきますが、この作品はフィクションです。
登場する全ては作者の妄想の産物です。
時間は巻き戻りシャーロットが雑誌の仕事を終えた日のことだ。
「……は?」
「……あ?」
顔を合わせた瞬間、硬直する二人。ただし、一方は居るはずがないと思っていた人物に出会ってしまったためであり、もう片方は見られたくない状況だったからと理由は大きく異なっていたのだが。
「んにゃー!?どうしてロッテが家に!?」
先に再起動を果たしたのは帰宅したばかりの歩だった。鞄を床に落としたままズビシッ!と指さす失礼千万な姿は、とてもではないがアイドルには見えない。
「あ、姉さんおかえり。ホテル代もバカにならないだろうからって、休暇中はうちに泊まるように母さんが言ったんだって。まあ、おれも今日聞いたんだけどさ」
唐揚げが山盛りになった大皿――二皿目――を持った駆がキッチンから現れると、何事もなかったように状況を説明し始める。
元々シャーロットと郁の親子は、今回の仕事の後はしばらく日本で休暇の予定だった。そこで湊がその間自宅に泊まるように勧めていたのだ。歩たちが知らなかったのはサプライズという訳ではなく、単なる伝え忘れだった。
ちなみにシャーロットが硬直したのは、既に運ばれていた一皿目から唐揚げをつまみ食いしようとしたところをバッチリ目撃されてしまったからである。
それから三十分後、客間で夫と連絡を取り合っていた郁と無事に残業なしで帰宅できた湊を加えて、山口家の夕食がスタートする。
献立は白米にナスとキュウリにトマトの三種の夏野菜を使った冷や汁仕立てのさっぱり味噌汁、そして大量の唐揚げ。「シャーロットたちが泊まることを知らなかったから準備が間に合わなかった」とは駆の弁である。
そんな夕食の場は騒がしさに満ちていた。中心となっているのは言わずもがななこの二人、歩とシャーロットだ。
「あり得ないし!駆君が作った唐揚げにレモン汁なんて余計なものをぶっかけるなんて、食への冒涜よ!」
「食べ物の好みはそれぞれなんでしょう!他人の分にまでレモン汁をぶっかける訳じゃないんだから、文句を言われる筋合いはないわ!」
お互いの活動の自慢に始まり、日常生活のあれやこれやに移り、今は唐揚げのレモン汁論争へと移行していた。
「この騒々しさを見ると、日本に帰ってきたんだと実感するわあ」
「お義姉さん……、さすがにそれはどうかと」
意に介さないどころか二人の言い争いを肴にして箸を進める郁に、湊が苦笑を浮かべる。
とはいえ、彼女もまたこの賑やかな状況を楽しんでいた。この春から歩のアイドル業が本格化したことで、家族団らんからはすっかり遠のいてしまっていたためだ。
それに、度が過ぎる前に場を諫めてくれるストッパーが居ることも彼女たちの安心感を高めていた。
「二人とも、そのくらいにしないと唐揚げ没収するよ?あと、若い女性が汁とかぶっかけるとか言わない」
駆の一声でヒートアップしていたやり取りが一瞬で鎮静化する。二人とも惚れた弱み以上に胃袋を掴まれている相手には逆らうことができないのだった。
「休暇中はどう過ごすつもりなの?」
「駆に案内してもらって久しぶりにこの近くを回るつもりよ」
「え?」
「はあ!?駆君は私と一緒に過ごすんですけど?」
「歩には大学の集中講義が終わったらすぐにテレビやラジオのお仕事が入ってるわよ」
「なんで!?」
「あなたがどんどん仕事を入れてくれと言ったからでしょう」
スケジュールをド忘れしている様子の娘に、湊が淡々と告げる。グループのリーダーを務めている関係上、彼女でなければ務まらない仕事も少なくはないのだ。
「そうだった!数カ月前のわたしのおバカ―!」
「ふ、ふん!落ち着きのない歩らしいわね!」
現状は学生と二足の草鞋を履いている状態だが、アイドル業を主軸にすると決めたのは歩自身である。よって誰にも文句を言うことができないのだった。
そして挑発的な物言いをしながらもどこか残念そうにしているシャーロット。顔を合わせれば口喧嘩スレスレの丁々発止なやり取りをする間柄だが、久方ぶりの来日ということもあって一緒にいられる時間が少ないのは寂しいようだ。
そんな娘たちの様子を横目でチラ見しながら、ほっこりする保護者たちである。
ちなみに、こちらも久しぶりの再会に酒を解禁していたのだが、唐揚げの消費と反比例するようにテーブルの上にはビールの空き缶が大量設置されていくのだった。
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「ということがあって、あろうことかあの泥棒猫は夏の間ずっと家に入り浸っていて、見せつけるみたいに私の駆君と一緒に方々へお出かけしていたのよ!」
そして時間軸は現在へ。憤懣やるかたないといった調子で夏の記憶を語る歩は、さながら断罪イベントのようである。
「え、ええー……」
「なるほど。だからシャーロットちゃんの仕事ぶりにも辛口評価なのね」
「ついでに一時微妙に不機嫌だったのも、それが理由だったという訳ですか」
「あはははははは!小っさ!歩ちゃん、器が小さすぎだよー!」
一方の周りはというと、幼い頃から知っている気安い関係もあって爆笑している先輩女優はさておき、断罪イベントは断罪イベントでも悪役令嬢ものの聴衆よろしく、冷ややかで呆れた反応となっていた。
私怨が入りまくった結果なのだからさもありなん。とはいえ、歩の話も決して適当に聞き流されていた訳ではない。
「ねえ、今の話の通りならヤバくない?」
「駆君とシャーロットちゃんが一緒に行動……。間違いなく目立つわね」
「どこを出歩いたのかにもよるけど、盗撮されていた可能性は否定できないかな」
駆も基本的に整った顔立ちであり目立つ存在だ。にもかかわらず地元では歩の弟という立ち位置が確立しているために騒がれたことがほとんどない。ここに自身への低評価が加わり、外出する際にも変装などはしたことがなかった。
実際堂々としていることが功を奏したのか、「もしかして山口ツトムではないか?」と思われても、他人の空似だろうと勝手に解釈されることが多かった。
だが、それは単独でいる場合の話だ。隣に同格かそれ以上のシャーロットが居るとなれば、二人の相乗効果によって注目度合いは数倍から下手をすれば数十倍へと跳ね上がることになる。
ましてや雑誌に掲載されたような『恋する表情』――歩いわく『メス顔』――を浮かべていたとなれば、生半可な変装ではかえって耳目を集める結果となっただろう。魔が差してこっそりと盗撮してしまった人がいたとしてもおかしくはない。
「でも、それって夏の話なんですよね?」
「あ、それ私も思いました。もしも盗撮されていたなら、ゴシップ系の週刊誌とかSNSとかで話題になっていたんじゃないですか?」
三期生がおずおずと質問すると、二期生の一人も疑問を口にする。
「それはね、その時点ではまだシャーロットちゃんは知る人ぞ知るレベルでの認知度しかなかったからよ」
それに対して先輩女優が解説を始める。同じ事務所の仲間内だけだというのに、わざわざスチャッと眼鏡をかけて教師を装うという手の込みようである。
「姐さん?なんでダテ眼鏡なんて持ってるんですか?」
「ふふ。女優たるもの役作りに使えそうな小物は常備しているものよ」
「はわわわわ……!」
「しゅ、しゅごい……」
歩のツッコミにも悪乗りして妖艶な雰囲気を醸し出す。その様子に二期生以下の年少のメンバーはドギマギしてしまう。
「続けるわね。なんでもかんでも写真を撮ってきてはスキャンダルに仕立て上げているようだけど、あれでゴシップ週刊誌にも守るべきラインがあるの。『対象が有名人であること』と『話題性があること』の二つね」
もちろんこれは職業倫理といった崇高な代物ではなく。
「一番の理由は、そうでなければ売れないから。例えば一般人同士の不倫なんて、関係者を除けば詳しく知りたいと思う人はまずいないでしょう?」
問いかける妖艶女教師こと先輩女優に、コクコクと首を縦に振るアイドルグループメンバーたち。
仮にこの場に第三者が入ってきたならば、集団でのコントか何かの練習でもしていると勘違いしたかもしれない。
「今日そのファッション雑誌が発売されたことで、彼女の知名度は爆発的に広まっていくことになるでしょうね。だからもしもその手の写真が世に出回るとすれば、これからということになるわ。宏美ちゃんたちはそれを危惧しているのよ」
「そうだったのか!?」と驚きと尊敬が入り混じる顔を向けてくる後輩たちに、一期生たちはコクリと頷く。事実彼女たちがああだこうだと話し合っている間にも、シャーロットは読者を中心に着実に人気を得ており、SNSのトレンドやキーワードの上位に名前が登場し始めていた。
「まだ私たちのコンサートのことが話題に上っていた頃だったから、駆君も一応帽子とダテ眼鏡くらいの変装はしてた気もするけど……」
「それくらいだと逆効果にしかならないねー」
歩のフォローも即座に否定されてしまう。もっともその通りだと感じていたのか、苦笑いを浮かべるのみである。
ちなみに女教師役は終わりなのか、先輩女優もダテ眼鏡を外し口調も普段ののんびりペースに戻っていた。
「……駆君、本気で自分からはモブオーラしか出ていないと思ってるから」
「駆さんがモブなら私なんてモブ以下の単発エキストラになっちゃうんですけど……」
主人公とすれ違うような役ならまだマシで、対戦相手の応援団のような大勢の引き画固定のエキストラだと、もはや横縞服のあの人を探せ状態となってしまう。
「気遣いや空気を読むレベルは異様に高いのに、どうしてああなっちゃったんだろう?」
「あー、それは私たち大人の責任もあるかなー……」
「大人の責任?……ま、まさか!!」
「アイドルなんだから下ネタ方面の発言は控えようかー」
「うぐっ!?」
先に釘を刺されてしまい、言葉に詰まる歩。同時に「本当に下ネタだったのか」とメンバーたちからの呆れた視線が突き刺さる。
「ちゃ、ちゃうねん!これはコウメーの巧妙な罠で――」
「はいはい、歩がムッツリなだけよね」
「はうっ!?」
言い訳をしようとするも、即付き合いの長い一期生からおざなりに扱われて轟沈するのだった。少女たちのやり取りが一段落したところで、先輩女優が本題に入る。
「今になってみれば完全に余計なお世話でしかなかったんだけどねー。駆君、小さい頃からあんまりにも簡単に指示された通りのことができちゃうから、天狗になってしまわないか心配になったんだよー」
ラノベであれば『コピー』や『完全再現』といった能力は十分にチートの部類に入ることが多いだろう。だがその一方で、主人公以外が保持者の場合は力に溺れて自滅してしまうケースも多いのだ。それ以外だと物語の中盤で発生する主人公サイドの強化イベント、その噛ませ犬にされるのが精々といったところか。
更に言えばリアルでも、若くして才能を発現させた者が似た展開に陥ることは少なくない。
在りし日の大人たちが心配になるのも、ある意味当然のことだった。
「上には上がいることを教えるために、私たちだけじゃなく当時の大御所の人たちの演技なんかも見学させたんだよー。そしたらあの子、言われた通り、指示された通りできるだけじゃ所詮は二流。その上でオンリーワンの個性を表現できて初めて一流だと思い込んじゃったんだよねー」
その言葉に歩を始めメンバー全員の顔が引きつる。まだまだ聞きかじり程度だが彼女たちもまた役者としての訓練を受け始めた身だ。言いたいことは分かるしその通りだと理解できてしまう。
だが、同時にそれは役者としての極致でもあるのだ。果たして、どれだけの人がそれだけのものを演じられているだろうか?
また、キャリアを積んでいく上で演者らしい演技、つまりは『はまり役』が生じてくる。これが曲者で製作者側からは当たり率の高い安牌として、視聴者側からはファン的な心理が作用してそれが求められるようになってしまう。そしてレッテルのように張り付き、時には影を落とし続けることになるのだ。
「駆君がチョイ役とか端役しか受けないのは、はまり役を作らないため?」
「そういう心理がないとは言えないと思う、のだけど駆君だからなー。あの子意外と現状維持を好む傾向があるからなー。そのくせ他人の応援は全力でするっていうねー」
「ああ……」
全員思い当たる節があるのか、苦笑いで頷くメンバーたち。いや、歩だけは自分以上に駆のことを把握している様子にぐぬぐぬ唸っていた。小さな頃から世話になって慕っている相手ではあるが、これはこれというやつなのだろう。
そしてそれから数日後、彼女たちの危惧が正しかったと証明するように、シャーロットと駆のツーショット写真が世に出回り始めることとなる。
前書きでも書いた通り、本編でのあれやこれやは全部作者の妄想です。
いないとは思いますが、決して真に受けたりはしないように注意してください。




