第18話 『恋するあの娘』
久々の更新、ぱーとつー。
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――日本での仕事は初めてということでしたが、実際やってみていかがでしたが?
「最初は緊張しましたけど、スタッフの皆さんが親切にしてくれたのですぐに雰囲気に馴染むことができました。それと可愛いくて素敵な服ばっかりだったので実はかなりテンションが上がってました(笑)」
――撮影中ずっと笑顔だったと聞いていましたが、そういう理由もあったんですね。
「はい。カワイイは正義ですね!」
――ところで、ずばりお聞きしたいのですが、出来栄えへの自信のほどはいかがでしょう?
「うわっ!本当にズバッときましたね!?そうですね、自信は……、かなりあります!というか、インタビュアーさんも見て絶賛してましたよね?」
――おおっとお!?それは言ってはいけないやつですね(笑)
「あれ?そうでしたっけ?(笑)ゴメンナサーイ。ニホンゴ、ヒサシブリダッタカラ」
――いやいやいや、さっき家の中での会話は日本語だって言ってましたよね?
「えー、記憶にございません」
――政治家か!もう、ええわ!
「あはははははは!インタビュアーさん、すごい!ツッコミまでしてくれるなんて!」
(以下、しばらくお笑いネタの雑談が続く)
――コホン。話を戻しまして。確かにわたしも見せてもらいましたが、素晴らしい表情をされていたと思います。撮影に際してなにかコツや秘訣なようなものはありますか?
「コツですか?……うーん、いつもなら『その役割になりきること』だと言うところですけど、今回はスタッフさんたちの協力によるところが大きいかな。『私が知らなかった私を引き出してくれた』というのが本音です」
――そうだったんですね。……あれ?これはもしかしなくてもうちのスタッフたちのハードルが上がっている?
「がんばってくださーい(笑)」
(どこからともなく響いてくる悲鳴)
――今後の目標などはありますか?
「未来のパートナーの隣に堂々と立つことができる自分になることです」
――おやおや?聞き逃せない単語が飛び出してきましたが?
「ふふふ。秘密です」
――残念!いつか明らかになる時がくる……とそれはそれで大騒ぎになりそうですね?
「そうなるように頑張りますね(笑)」
――最後に読者の皆さんへ一言。
「今後は日本での仕事も増えて皆さんのお目に留まることも多くなると思うので、応援よろしくお願いします」
――これからのご活躍を期待しています。本日はどうもありがとうございました。
「ありがとうございました。次のお仕事の依頼、待ってます!(笑)」
(ア、ハイ)
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モデルというよりはタレント――しかもお笑い芸人系――相手のようなインタビューを最後に、シャーロットの仕事は完了となる。
無事に終わったことへの安堵感と開放感からスタジオ内に緩い空気が満ちる中で、雑誌の担当者だけは「絶対に首を縦に振らせてみせますから!紙面もたっぷり確保しますので期待していてください!」と一人気炎を上げていた。
「駆君、ありがとうね」
着替えるためにシャーロットが離れた合間を見計らって、郁は駆に感謝の言葉を告げる。今回の功労者を一人あげるとするならば間違いなく彼になるだろう。スタジオ内にいた関係者全員がそう感じていた。
「うん?別におれは何もしていないよ?」
訂正。駆以外の全員だった。当人はただ撮影の邪魔にならない範囲で、シャーロットの近くにいただけだと捉えていたらしい。現場やサポートする相手が変わっても、自己認識の低さは相変わらずだった。
「それにしても、ファッション雑誌の撮影ってあんな風に色々喋りながらやるものだったんだね」
撮影時の様子を思い返しながら駆が零す。主に撮影スタッフの側からなのだが、基本的に様々な話題を投げかけては対象と雑談をしているところをカメラに収めていく、という流れだった。
「それは撮影スタッフやチーム、それにテーマやコンセプトにもよって変わってくるわね。今回はあのやり方が適していたというだけで、あれほど会話の多い現場は珍しい部類よ」
思い違いをしてはいけないので、慌てて訂正を入れておく。撮影と言われて誰もがイメージするだろう、表情やポーズを作ってパシャリ、というやり方の方が一般的なのである。
シャーロット及び駆には秘密にされていたが、二日目の午後以降『気になるあの子』から『恋するあの娘』へと――現場の独断で――コンセプトが変更されていた。
それまでの撮れていたものの傾向から、自然に目的の表情を引き出すためには駆を側に配置し、更には会話させることだとスタッフたちは見抜いていたのだった。
つまり途切れることなく続けられていた雑談の本当のターゲットは駆だったのだ。
「ふふ。さすがにこの子もそこまでは見抜けていなかったか」
普段は鋭敏なほどに勘の良い甥っ子の抜けた部分に少しホッとする。そういえば事故で早逝してしまった実の弟、進にもそんな抜けている部分があったな、と思い出す。
「まあ、駆君ほど気遣いができるような奴じゃなかったけど」
続けて心の中で密かに「家族を残して死ぬだなんて!」と悪態を吐く。
……ただまあ、折よく盛夏に帰国できたのだ。お盆の墓参りくらいはしてやるかと考える郁なのだった。
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「これが、例のブツなのね……」
数か月後、事務所の視聴室の長机に腰かけ、顔の前で手を組んだいわゆるゲンドウのポーズで歩は重苦しい雰囲気を発していた。
そんな彼女の前にはシャーロットの特集が組まれたファッション雑誌が置かれていた。ちなみに、歩が自費で購入した私物である。
「へえ。やっぱり従姉妹同士なだけあって、どことなく歩さんに顔立ちとかが似てますね」
「金髪に碧眼かあ。こうして見ると染めたりカラーコンタクトを入れたものとは全然違うわ」
「違和感が全くありませんよね。日本人顔というかアジア系の顔つきなのに不思議だなあ」
それをグループのメンバーたちが後ろから覗き込んでいた。
「それで、歩は何が気に食わないのかしら?」
メンバーたちが褒めるごとに不機嫌指数が上昇していた歩に、少し離れた位置から宏美が声をかける。
「表紙にまで起用されてたなんて聞いてない!!」
「きゃっ!?」
「ひゃっ!?」
「び、びっくりしたあ……」
ガタン!と音を立てて立ち上がる様子に、近くにいた主に三期生たちが飛び上がらんばかりに驚く。
こうなることを予想していたのだろう、よくよく見れば宏美以外の一期生メンバーたちも皆離れた場所に陣取っていた。付き合いが長いだけあって、歩の行動パターンを熟知していたというところか。
さて、歩の剣幕はともかくとして。なんとシャーロットは件の雑誌に登場した号の表紙までも飾ってしまっていたのだった。特集が組まれた紙面の数も多く、ほとんど無名の新人としては破格の扱いである。
「ぐぬぬぬぬ……。「絶対にびっくりして腰を抜かすから!」なんて偉そうに言ってたのはこういうことだったのか!」
「……微妙に言い回しが古風ですね?」
「普段は家族相手にしか日本語を使っていないらしいから、そのせいなのかも」
「あとはアニメの影響かしら?」
と考察を重ねるメンバーたち。
なお、歩の似ていない声真似はスルーである。更に余談だが、地声自体は似通っているので下手に意識しない方が似ていたりする。
「まあ、確かにビックリはしたわ」
「まさか表紙までゲットしちゃうとは」
「この雑誌、専属に近い形でモデルを何人も囲っていることで有名だものね。だから滅多に外部の人間を表紙に起用することはないはずなのに」
一回爆発したことで危険は去ったと判断したのか、宏美たちが近づいてくるのを恨みがましく見る三期生たち。だが、一期生たちの会話内容が業界情報だったことから、すぐに聞き入ってしまう。
相手が知りたいだろう情報を先に提示することで、抱えた負の感情を霧散させる高騰テクニック?である。駆あたりが聞いていれば、さすがは一期生だとチョイスされた内容に感心しきりになったことだろう。
なお、表立っては語られないだけで、業界内ではそこそこ以上に知られている事情なので話してしまっても問題はない。
「それだけシャーロットちゃんの仕事がパーフェクトだったってことかな」
「アメリカのモデル団体に忖度したのかもしれないわよ?」
誰かの言葉に歩は内心で冷や汗を流す。シャーロットのマネージャーでもある郁から、雑誌編集部の上層や出版社の意向がまさにそれだと感じらたことを伝え聞いていたためだ。
もちろん、いくら従姉妹とはいえグループとは無関係な人間の仕事のあれやこれやをメンバーたちに話すような愚は犯していない。にもかかわらず近しい答えを引き当てて見せる仲間たちに戦慄せざるを得ない。
「あの……、どうせなら中も見てみませんか?」
三期生を代表して、縁がおずおずと手を挙げる。歩と日常的に駆を巡ってのバトルを行ってきたことで、自らの意見を口にできる良い意味でのずぶとさを獲得しつつあるようだ。
「み、見るわ。見ますともさ!」
「いや、動揺し過ぎでしょ……」
宏美の苦笑交じりのツッコミもテンパった歩には届かない。パラパラとページを捲りながら誰に言うでもなく呟いていた。
「まあ、あんなでも従姉妹ですから?ちゃんと仕事をこなせたのか心配になっただけだし?」
明らかな自分への言い訳に、苦笑いが部屋中へと感染する。
だが、該当のページへと到達したと同時に、緩んだ空気は一変することになる。
「にゃんじゃこりゃあ!?!?」
ドンガラッシャン!と椅子を蹴倒して歩が再び立ち上がる。
予期せぬ二度目に、しかも一回目とは雲泥の差の大爆発に部屋にいたメンバー全員が悲鳴を上げることに。ただし、そこはアイドルグループである。揃って庇護欲をそそる可愛らしいものであったと付け加えておく。
「くぉらー!何を騒いでるかー!!」
だが、少々うるさすぎだった――主に歩が――らしい。騒ぎを聞きつけてやってきた先輩女優によって、こんこんと説教を受ける羽目になるのだった。
「それで、原因は何かなー?」
「あ、これです」
シャーロットが表紙を飾る雑誌を咲良が手渡す。歩以外にも数人のメンバーたちが購入しており、部屋に持ち込んでいたのだった。
「あー、これかー。元々たくさん前情報を発表する雑誌じゃなかったけど、今回は特に情報が出てこないって最近話題になっていたやつだねー」
購買意欲を刺激する方法を乱暴に大別すると、情報を公開するか、それとも秘匿するのかの二つとなる。
近年ではSNS等の発達により予期せぬところからの流出も起きやすく、あえて情報を――ある程度は――公開することを是とする場合が多い。
「そうか。世間一般だとそういう扱いですよね」
「えーと、これ言っちゃっていいの?」
「うん?どしたー?」
「姐さん、これ私の従姉妹です」
彼女であれば誰彼と漏らすような真似はしないという信頼の下、歩は騒ぎの大元となっている事情を話す。秘密にしたまま説明できる自信がなかっただけとも言う。
「なんと!世間は狭いねー。でも、それと今の騒ぎとどう関係があるのかなー?」
「はっ!そ、そうだった!これ!これ見てくださいよ!」
ババッとシャーロットの特集ページを開くと、先輩女優と一緒にメンバーたちもそれを覗き込む。
その反応は大きく二つに分かれた。
「へー。いい感じに撮れてるねー」
「すっごい素敵な表情」
「こんなのリアルで遭遇したら、間違いなく見惚れちゃうわ」
一つは先輩女優を始め、素直に称賛の言葉を紡いだもの。世間一般の評価としてはこちらが主流だろう。それほど紙面の彼女は魅力たっぷりに切り取られていた。
「違う、そうじゃない!こいつのメス顔が問題なの!」
「『恋するあの娘』?ってもしかして!?」
「……歩の反応的にそういうことなんでしょうね」
「この視線の先に駆さんがいた!?」
しかしその一方で、舞台裏を察せてしまった特定方面にだけは勘の鋭い何人かは難しい顔だ。そして歩の縁者ならば当然とばかりに、駆以外の誰かである可能性は除外されていた。
「キー!この泥棒猫!」
「ぶはっ!そんな台詞ドロドロな昼ドラ感を再現したネットドラマでも言わないよー。あははははは!」
どこまでもコメディー寄りな歩のリアクションに先輩女優が爆笑する。
その声に引かれて視聴室には大勢が集まってきてしまい……。シャーロットの顔と名前――ついでに歩や駆との縁戚関係――はその日のうちに事務所中に知れ渡ることになるのだった。
これにて四章完結です。
まだいくつか構想は残っているので、続きはのんびりとお待ちください。




