第17話 『気になるあの子』
久しぶりの更新です。
先方とのすれ違いを解消したことでシャーロットの撮影は順調すぎるほど順調に進んだ。
実は「アメリカで活躍する新進気鋭の日系人モデル」と銘打ちながらも、彼女に割かれる紙面はインタビュー記事も含めて多くはなかった。
内容の方もひたすら無難の一言であり、目玉となる写真ですらそこそこ有名なブランドの冬物新作の一つでしかなかったくらいだ。
話し合いの後すぐに仕事にとりかかったことや、齟齬もなく容易に意思の疎通ができたことなどから、大幅に時間を短縮してその日のうちに撮影自体は終わってしまったのだった。
「これで残るはインタビューだけね」
「すっげえ早く終わっちゃったね。このままだと予備も入れたらほとんど丸二日余ることになりそう」
私服に着替えるため奥へと引っ込む娘を見送りながら、安堵のためなのか深く息を吐く郁に駆は軽い調子で話を合わせる。
「数も少なければ衣装も全然大したことないものばかりだもの。どうやらあちらの本命はロッテ自身ではなく、あの子が所属している団体に伝手を作ることだったようね」
「日本じゃなくて海外での撮影を推していたのもそのせいってこと?」
「多分ね。まあ、担当や撮影スタッフの彼女たちにはそんなつもりはさらさらないようだけど」
郁の読みは正鵠を射ており、今回のことを足がかりに海外のモデル団体との縁を繋ごうというのが、雑誌の編集上層部や出版社の意向であった。
むしろ担当者は「こんな一回限りの使い捨てのような扱いはもったいなさ過ぎる!」と言って紙面の増量と衣装の追加を要求していたりする。
そして撮影スタッフの方は言わずもがなで、あの仮CMの時のメンバーが含まれているくらいだ。良いものを作るためなら多少のやらかしくらいは平気で行う頼もしさと危うさを併せ持っていた。
「要望、通るかな?」
「安くないお金を支払って呼んでいるのだもの、時間を無駄にはさせないはずだわ。だから衣装の追加は通るでしょうね」
ページが増えるかどうかはその出来栄え次第といったところだろう、と郁はあたりを付けていた。
またもやその予想は的中し、翌日スタジオを訪れた彼らの前には数倍もの衣装が搬入されていたのだった。
「昨日、あれから編集長に直談判して分捕ってきました!最初は渋っていたんですけど、何枚か撮影したものを見せたら手の平を反すように許可を出してくれましたよ」
ふんす!と鼻息荒く担当者が言う。一方の駆たちはどう返していいものか分からず苦笑いするしかない。
「ゲコクジョーね!面白くなってきたじゃない!」
と当のシャーロットがやる気になっているのが救いか。
「それと、新たに撮影コンセプトも作ってきました。題して『気にあるあの娘』です!」
ストーリー仕立てというほどではないが、撮影する写真に一定のバックストーリーというか物語を付けることになったようだ。当然、昨日の時点ではそんなものは存在すらなかった。
さてそのコンセプトであるが、友だち未満のクラスメイト視点であるとのことだった。シャーロットの何気ない一挙手一投足にもついつい視線を惹き付けられてしまう、といったものにしたいのだとか。
「ワオ!日本のハイスクールの雰囲気が味わえるだなんて素敵だわ!だけど、どうしてフレンド、友だちではないのかしら?」
「シャーロットさんの知名度は日本ではようやく知られ始めた程度です。その点も含めてあえて少し距離を取った関係の方がウケると見ています」
現実にリンクさせるような設定にすることで臨場感を増すといったところか。今だからこそ有効な、今しかできない大胆な作戦だ。
そしてそうした勝負事を好むのが山口家の血なのかもしれない。シャーロットだけではなく郁も同じく、どこか歩を彷彿とさせる獰猛でやる気に満ちた笑みを浮かべていたのだった。
だが、心機一転始まった二日目の撮影は、順調そのものだった前日とは打って変わって苦戦続きとなってしまう。日本の学生という役柄をシャーロットが掴みかねていたためである。
ジャパニメーション好きな父親の影響もあって彼女もまた多くの日本のアニメを視聴している。その中には当然のように学園物の作品も含まれていたのだが、それがかえって仇になってしまっていた。
シャーロットの失敗はただ一つ、自身をそれらのアニメに登場する主人公たちに近づけ過ぎてしまったことだ。ヒーローやヒロインは良くも悪くも作中における特別な存在だ。しかしそれは逆に言えば異端であるとも言える。
彼女の立ち位置的に多少の特別感は必要ではあるものの、大物感やキラキラオーラが過剰になればたちまち読者からの共感を得られなくなってしまうのだ。
五度目のリテイクも失敗となったところで、シャーロットの混乱は頂点に達してしまう。
「グヌヌヌヌヌ……」
あっという間にイメージの一致をみた昨日とは異なり、一向に溝が埋まる様子がないことに撮影スタッフたちもまた困惑していた。
「あらら。あの子ったら完全にドツボにはまっちゃったわね」
「アドバイスとかしてあげないの?」
「私にモデルの経験なんてないもの。的外れなことを言って余計に混乱させるのがオチね!」
「いや、そんな自信満々に言われても困るんだけど……」
「私なんかよりも駆君、山口ツトムの方がいいアドバイスができるんじゃないかしら。ということで、ここは任せたわよ!」
「いきなりの無茶振り?……上手くいかなくても責任は持てないよ」
ぶつぶつと文句を口にしながらも、駆は休憩中のシャーロットへと近付いていく。
悲しいかな、歩によって常日頃から躾けられている彼は、身内からの無茶振りを断れない体質になってしまっているのだった。
「……ロッテ!」
「ウヌヌヌヌ……、痛ああ!?」
眉間にしわを寄せて唸るシャーロットの脳天に、ズビシッ!とチョップを喰らわせる。
「いきなり何するのよ!?」
「それはこっちの台詞。これから異世界召喚される訳でも、いきなり異能力者同士のバトルに巻き込まれる訳でもないんだから、そんな只者じゃない雰囲気を出してどうするのさ」
「え?……あ」
指摘されてようやくアニメの主人公たちを無意識に真似ていたことに気が付く。
「分かったならリセットさせる。ほら、深呼吸。吸って―、吐いて―」
「すうぅー、はあぁー」
突然の暴挙?にもだが、駆から言われるがまま行動するシャーロットの姿に、密かに見守っていたスタッフたちは目を見開いて驚いていた。
モデルに限らず人前に出ることを生業としている人々の多くは、自分なりのルーティーンなり意識の切り替え方法を持っているためだ。
「続けてはい。吸って―、吐いてー。吸って―、吐いてー」
「すうぅー、はあぁー。すうぅー、はあぁー」
「その調子、その調子。吸って吸って吐いて―。吸って吸って吐いてー」
「ヒッ、ヒッ、フー。ヒッ、ヒッ、フー。ってなんでラマーズ法やねん!?」
金髪美少女の口から胡散臭い関西弁が飛び出したかと思えば、同時にビシッ!とツッコミも決まる。もはや様式美とすら言えそうなコテコテでベタベタなやり取りに場の空気が凍り付く。
もっとも、たくさんの日本製アニメを履修済みのシャーロットとそれに幼い頃から付き合っていた駆にとっては、こうしたお約束的なやり取りこそ平常運転だ。すぐに普段のペースを取り戻した彼女は、周囲の変化をものともせずに雰囲気づくりに再チャレンジしていた。
「……ウーン、こんな感じ?」
すると途端に、今度は人を寄せ付けないキラキラオーラが消え去り、人懐っこい笑みが現れるように。
さすがは国を越えて名前が聞こえてくるだけはある。問題点が理解できればたちまちに修正をしてみせたのだった。
「あっ!シャーロットさん、それよそれ!いい感じだわ。悪いけれどすぐに撮影に入ってもらってもいいかしら?」
我に返った撮影スタッフのリーダーが慌てて近寄ってきて、撮影の再開を打診する。
「もちろんです。こちらこそお待たせしてゴメンナサイ」
「それじゃあ、おれはまたあっちに引っ込んでおく――」
「あ、駆君もそのまま残ってもらっていいかな?フレーム外にいる誰かと談笑しているような場面も欲しいのよ。私たちの誰かでもいいんだけど、気奢頃のしれた相手の方がシャーロットさんもやりやすいでしょう?」
そう言ってリーダーは一人がシャーロットにだけ見えるようにこっそりウィンクをする。
「そ、そうですね!カケルが近くにいてくれるならやりやすいかな!でも無理にとは言わないけど……」
後押しされたことで素直に想いを伝えるも、後半失速してしまうシャーロット。だが、それは金髪美少女の上目遣いという破壊力抜群の攻撃を誘発することになる。
巻き込まれる形となった撮影スタッフたちが腰砕けになりそうになる中、メインターゲットだった駆はというと……、平然としていた。
姉である歩を始めアイドルグループのメンバーたちと日頃から接している彼は、幸か不幸かそうしたグッとくる仕草や可愛らしい仕草に耐性ができてしまっていたのだ。まあ、内心はそれなりにドキドキしていたりするのだが。
「別に無理じゃないけど……。えっと、確認なんですけど、ちらりとも写ったりしないんですよね?」
「え、ええ。駆君にいてもらうのは完全に枠の外になるわ」
「それなら了解です。郁おばさん、シャーロットのマネージャーにも伝えときます」
スタスタと小走りにかけていく後ろ姿を見ながら、「ぐぬぬ……」とシャーロットが小さく呻く。
「え、ええ……?あれをノーリアクションで流しちゃうの?……とりあえずその、がんばってね」
「はい。ガンバリマス……」
どうフォローしていいのか分からない感満載の応援の言葉に、シャーロットもまた抑揚のない声で返すのが精一杯となるのだった。
そんな一幕があったものの、以降は前日に匹敵する怒涛の勢いで撮影は進んでいく。すぐそばに駆を配置したことでそれまで以上にシャーロットも余分な肩の力が抜けて、良い意味で自然体で等身大の姿を写し取ることができたのだった。
しかし、それが新たな問題を生むことになる。
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「出来自体は申し分ないんですが、これだと最悪コンセプトから外れることになりそうなんですよ……」
昼休み、シャーロットたちが休憩室で手配されていた弁当を食べている間に、撮影スタッフのリーダーは担当者に撮れた画の中でも特に見栄えが良いものをピックアップして見せていた。
「はい。仰る通りすごくいい感じだと思います、けど……」
タブレットの表面をタップして次々と画像を確認していく。
そこに在ったのはどれも一人の恋する少女の姿だった。
「まさかここまで露骨に出てしまうだなんて……。一応確認なんですけど、これ以外のものとなると……」
「悪くはないですよ。私たち全員が視て及第点を出せるくらいではあります。でも、こちらの表情と比較すれば数段は落ちますね」
「そんなにですか……」
意図せずに良い写真が撮れる。それはままあることだ。時には扱いが難しいものになってしまうこともあったが、ここまで極端なものとなると誰も彼も未経験だった。
「皆さんの意見は?」
「全員一致でこっちを推してますね。引き続き彼に協力してもらえるなら、この後も同レベルの画が撮れると思いますよ」
駆が同席していたのは、様々な要因が絡み合った正に偶然の産物だ。つまり、このチャンスは今回限りになってしまう可能性が高い。
幸いにもシャーロットが所属する団体には、日本の一部のアイドルグループにある恋愛禁止の規約のようなものはない。恋する表情を前面に押し出したとしても、非難や賠償請求が行われることはないだろう。
「……分かりました。それでいきましょう。ただし、このことはマネージャーであるシャーロットさんの母親にだけ伝えることにします」
「変に意識させては元も子もありませんからね。賛成です」
説明を受けた郁も最初こそ怪訝に眉を吹染めたものの実際の画を見て即座に快諾し、本人の知らないところでコンセプトの変更が決定することになったのだった。
そして数か月後、シャーロットの特集記事を組んだファッション雑誌は発売と同時に大きな反響を呼ぶことになる。
明日もう一話更新します。




