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アイドルの弟  作者: 京 高
第3章 サプライズは突然に
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第14話 あの人は誰?

 駆に後押しされた楓は、まずステージの先端へと進み観客へと一礼した。そして向かったのはリーダーの歩の隣だ。読み通り瞬時に頭を切り替えた歩は「本気で驚かされちゃったよ」と小さく笑ってから歌に復帰する。

 その頃には宏美たち他の一期生も状況を把握したようで、楓が近づいてくるごとに順次曲に参加していくという流れを作り出していた。


「諦めずにいられたのは♪」

「夢を追いかけられたのは♪」

「君がいてくれたから♪」

 

 三期生や咲良を除いた二期生たちもその流れに乗るようにして、コーラスにダンスにと場を盛り上げていく。一つまた一つと歌声が重なり合っていく様は偶然ながらも効果的な演出となり、観客たちを強く惹きつけていくことになった。


 やがて曲が終わると万雷の拍手が鳴り響く。降り注ぐ音の雨の中、ステージ中央で楓は深々と頭を下げていた。たくさんの感情が込み上げてきて涙腺が決壊しそうになるが気合で我慢だ。歩とアイコンタクトを交わして、座り込んで泣いたままの咲良の元へと向かった。

 視線を合わせるために腰を下ろすと、一番の親友に呼びかける。


「咲良ちゃん、うち、帰ってきたよ」

「楓!かえで……!」

「うわっ!?」

「おおっと!?」


 刹那、弾かれたように咲良が抱き着いてくる。ステージ上なのでそこまでの反応はないだろうと高をくくっていたのが災いして、二人して転がりそうになる。そんな彼女たちを支えたのが残る二期生たちだった。


「観客席の皆さんもお気づきの通りサプライズゲストの登場でした。で、本当なら自己紹介とかをしてもらうはずなんですが、ごらんのとおり咲良ちゃんがマジ泣きしているので少々お待ちください」


 感動の再会を台無しにしかねない歩の容赦のないトークに、笑い声やすすり泣く音などで会場は少しばかり騒がしさを取り戻していく。


「いやあ、でも今回のサプライズは本当に驚かされたね」

「はい。実はわたしたちもサプライズの内容は一切教えられていなかったんですよ」

「心臓が止まるかと思いました……」


 歩の周りに縁たち三期生が集まってきて、サプライズの舞台裏を暴露し始める。


「蓋を開けてみればこうだったけど、三期生のみんなはどんな展開を予想してたかな?」

「わたしは演技指導とかをしてくれている事務所の先輩がきてくれるのかなと思ってました」

「お!なかなか現実的なラインだね。同じ事務所だからお願いしやすいっていうのはあるよね。ギャラも含めて」


 赤裸々な一言に観客席からは笑い声と共に「それ言っちゃダメなやつ!」といったレスポンスも飛んでくる。それで一気に場の空気を掴むと、歩は三期生たちと一緒になって軽いトークで繋いでいく。


「ってそろそろいいんじゃないかな?……現場の宏美さん?咲良ちゃんの様子はどうですか?」

「はい、こちら現場の……、って目の前だから。いつも言ってるけどわたしたちはこれでも一応アイドルなんだからね。お笑い的な話題の振り方は止めなさい」

「宏美さん、話がそれてます!それと歩さんのあれはもう直らないと思います!」


 宏美の受け取ったボールを強奪する勢いで二期生の一人がトークに参加する。割と歯に衣を着せない物言いだ。実はこれには訳がある。困ったことに咲良の涙は未だに止まっていなかったのだ。どうやらこれまで色々と溜め込んでいたものが、直接楓に会ったことで溢れてしまったらしい。

 しかし今はイベントの最中である。長時間観客を放置しておくことなどできない。


「咲良ちゃん、そろそろ泣き止んで?」

「ううう……。無理ぃ。楓に会えたのは嬉しいけど、山口ツトムさんと腕を組んで仲良く出てくるなんて頭がぐちゃぐちゃになっちゃうよお」

「……は?」


 責任を感じての楓の呼びかけはマイクを通したものだった。そしてこれが災いした。楓の声だけでなく咲良の言葉までしっかり拾って会場中に流れてしまったのだ。


「えええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?」


 しばらくの沈黙の後、会場中を驚愕の叫びが埋め尽くしたのだった。



  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~   



 少しだけ時間を遡ってみよう。板尾と別れた駆は自販機コーナーで時間を潰した後、楓の控室となっている衣裳部屋の前へと戻ってきていた。もちろん、グループのメンバーたちと出会わないように慎重に周囲に気を配ったした上でのことだ。


「駆です。入っても大丈夫ですか?」


 更にノックと声掛けで中の確認も怠らない。芸能業界ではちょっとしたスキャンダルでも致命傷にされてしまうことがある。ラッキースケベなどもってのほかなのだ。


 もっともこれは彼を取り巻く特殊な環境が影響している部分も大きい。幼少期に父親がなくなって以来、家庭では母と姉と女性ばかりだった。そうなると訪れる相手も女性の割合が多くなる。

 加えて大人が指示した通りに動くことができるという、子役としては稀有な才能があったことから撮影現場に出ることが増えていく。結果、芸能業界の危うさを肌に触れて理解することとなり、我が身を守る術として「大袈裟なのでは?」と思われるほどに異性への配慮を行うようになっていったのだった。


 それが巡り巡って「優しい」だとか「紳士的」だとかいった高評価に繋がっていくのだから分からないものである。


「戻ってきたんだ。今開けるよ」


 その言葉が終わるかどうかというタイミングで扉が開く。開けてくれたのは衣装担当の女性だった。彼女がここに居るということは少なくとも着替えは完了しているということだろう。「入って」と促されるままに目隠し代わりに配置された衣装の森を迂回して奥へと進む。

 ちょうどヘアメイクも終わったところだったようで、楓は担当者と一緒に鏡を覗き込んだりそっと触れたりしながらあちこち確認していた。


 しっかりと編んでまとめ上げられた髪は一見するとショートのようでもあり、パンツスタイルとも相まって男装の麗人のようですらある。


「あれ?なんだか随分変わってませんか?」

「似合わないかな?」

「いやいや。カッコイイし綺麗ですよ。ただ、ラフな休日スタイルとか言ってませんでした?」

「私たちも最初はそれでいこうと思っていたんだけど、曲との相性を考えると多少はフォーマルに寄せたお固い感じの衣装の方が合っているだろうってことになったのよ」


 答えてくれたのは手隙になっていた衣装担当のスタッフだ。

 言われてみれば確かに楓の出番となるのは、片方は卒業シーズンを念頭に制作されたものであり、もう一方は目前に迫った新生活への期待と不安をつづったものだ。曲調自体はアップテンポでポップなものだが、それとは裏腹に歌詞は真面目な割合が強い。

 当初案と今の姿のどちらがよりマッチしているのかと問われれば、それは間違いなく後者だろう。


「どうかな?変に引っ張られているところか逆にたるみがあるところはない?」

「えーと……、はい!大丈夫です。ありがとうございました」


 衣装だけでなく髪のセットの方も最終チェックが終わったらしい。思い通りの出来となったのか楓だけでなくスタッフの女性たちも満面の笑顔を浮かべている。


「私らは向こうの様子を見てくるわ」

「楓ちゃんの出演時間まではもう少しあるはずだから、しばらくゆっくりしていて」


 言い残して慌ただしく部屋を出て行く。彼女たちは楓の専属という訳ではないので、こちらの仕事が終われば当然のように忙しい部署に駆り出されることになるのだ。

 唐突に訪れた二人きりの時間に、なんとなく黙り込んでしまう。ふと、衣装や髪形のことをきちんと褒めていなかったことを思い出す。


「えと、さっきも言いましたけど、楓さんすごくカッコイイし綺麗です」


 果たして返ってくるのは照れ隠しの言葉か、それとも開き直った台詞か。


「あ、あり、あり、が、と。……あ、あれ?」


 ところが楓の口から紡がれたのはどちらでもなく、その上青ざめた顔からは相当よろしくない状況であることが見て取れた。


「な、なんだ、か、言葉、うまく、いえな?」

「楓さん、落ち着いて。焦らなくていいです。まだ出番までには時間がありますから」


 すぐさま近付いて膝をつくと、椅子に座った彼女の視線を合わせてゆっくり言う。スタッフたちが居なくなったことがトリガーになって、緊張の度合いが一気に跳ね上がってしまったという辺りか。はからずしも子島の悪い予想が的中してしまった形だ。

 とにもかくにも、少しでも良いので張り詰めた心を解きほぐす必要がある。このままパニックになり感情が制御できなくなってしまうのが一番危険だからである。


 吐く息が浅く荒くなっているので深呼吸は避けた方が無難か。手っ取り早く簡単な手段だけに、もしも失敗してしまうとその反動が大きなものとなってしまう。

 駆が選択したのは掌へのマッサージだった。足の裏と同様に掌にもたくさんのツボがある。が、それらを刺激せずとも、落ち着かせるくらいであれば手を取って軽くふにふにと押してやるだけでも十分な効果が得られることが多いのだ。


「非常時ってことで、許してくださいね」

「あ、え?」

「そのままでいいですよ。マッサージだから楽にしてて」


 そのまま無言で手のひらを触り続けていると、徐々にだが楓の呼吸は落ち着きを取り戻していくのだった。だがこれは一時的な応急処置でしかない。もう少し根本的な解決を図らなければ本番に差し障ってしまう。


「辛いでしょうけど正直に答えて。楓さんはステージに出るのが怖い?」


 葛藤のためか長い沈黙の後で小さく頭が縦に動く。ショックではないと言えば嘘になるが、これは都合の悪いことでも目を逸らさずに認められるだけの冷静さが残っていることの証明でもあった。それならばより詳細に原因をつきとめることもできるかもしれない。


「何が怖いの?大勢の人の前に出ること?」


 今度は小さくだが首が横に振られる。観客の前に立つことはプレッシャーではないようだ。ステージに上がることができると分かったのは一歩前進と言えるだろう。


「失敗すること?……それとも、また、怪我をすること?」


 核心に近付いたのか楓の肩がピクリと跳ねる。緊張の原因は怪我への恐怖にあったようだ。とはいえ、それは練習の時も同じだったはず。今になってこの場で症状が現れたことを考えると、それに関連した何かがあるのではないか。


 ふと、練習の時の会話を思い出す。そう、確か楓はこういったのだ。


「今でもみんなと一緒に居られないくなった時のことを夢に見て飛び起きることがある……」


 知らず知らずのうちに声に出してしまっていたようで、こちらに向けられていた顔には驚愕が張り付いていた。間違いない。彼女が恐れているもの、それは孤独だ。

 手っ取り早い解決策としてはグループのメンバー全員、もしくは一部に楓のことを知らせることか。一緒にステージへと上がってもらえば不安はなくなるはずだ。ただし、サプライズの効果は激減することになるのでイベントが失敗となる可能性も考えておかなくてはいけないだろう。


 観客の前に出ることはプレッシャーにならない。であればメンバーのみんながいるステージにさえ立ってしまえば何とかなるのではないか。

 問題は彼女たちにバトンを渡すまでだ。子島たち裏方のスタッフが一緒では場が白けてしまう。よって舞台袖までがせいぜいだろう。確実さを考えるならばステージ上にまで進んでおきたい。そうなると恰好もそうだがメンバーたちのステージでの動きについても理解していないと危険だ。


「そんな都合のいいやつが居る訳が――」


 ない、と言おうとした瞬間、楓の肩越しの鏡に映る人影が見えた。童顔で低身長なその人物であれば衣装とメイク次第で観客の目を一時的になら誤魔化せるかもしれない。しかも幸か不幸か楓もパンツスタイルだ。


「だあー!フォローとサポートをするって決めたんだ。最後までやってやるよ!」


 浮かんだ案が実行化可能なのか、駆は急いであちこちへと連絡を付けていくのだった。



  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~   



 しかしまさかその結果、観客席だけでなくステージ上までもが大混乱に陥るとは予想だにしなかった。


「かっ……、ツトム君が!?」

「えっ?楓さんと一緒に居たさっきの人?……えっ!?」

「わたしの弟は妹だった?」

「歩さん?しっかりしてください!?」


 いや、むしろこちらの方が重篤かもしれない。このままだとコンサートイベントが台無しになってしまう。子島たちの脳裏に最悪なシナリオが浮かんだ時にそれは起きた。


『ちゃんとコンサートができない人には、今後おやつの差し入れはしません』 


 ステージの奥、ちょうど駆たちが出てきた扉の上あたりに据え付けられていた大型モニターに、そんな一文が表示されたのだ。


「ごめんなさい!」


 それを見るや否やステージに居た全員が、それこそ楓や泣いていた咲良までもが一斉に頭を下げたのである。そして何事もなかったかのように楓の紹介といったトークが始まり、更には楓が一緒のもう一曲が披露されて、無事に?サプライズは終了と相成った。

 その後エンディングには再び楓が登場することになり、コンサートイベントとしても盛況のままフィナーレを迎えることとなるのだった。


 当然だが中途半端になった説明や不可思議な演出に対して、疑問に思ったり釈然としなかったり困惑したりする観客たちも少なくはなかった。

 が、例の「ごめんなさい!」のあまりの揃いっぷりに、そこまでの一連の流れ全てがサプライズとして仕込まれたネタ――ただし、咲良の号泣だけは予定外――だったのだとファンの間では認識されるようになっていく。


 なお、歩たちグループのメンバーはことある毎にそれを否定していたのだが、「そういうことになっている」的な芸能業界特有の分かっている感によって有耶無耶にされてしまうのだった。


 そんなこんなで、コンサートイベント以降しばらくの間は、


「なんか納得できないー!!」


 とグループの誰かが叫ぶ声が毎日のように事務所に響いていたとかいなかったとか。


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