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アイドルの弟  作者: 京 高
第3章 サプライズは突然に
12/20

第12話 サプライズの仕掛人

 コンサートイベントの当日。小さなミスはあれどトラブルが発生することもなく予定を消化していく。歩と咲良の「いつものやり取り」も縁と宏美が参戦したことでドタバタ劇が派手になり、大ウケして終わった。

 そして全体の半分を超えた頃には、グループメンバーも観客(ファン)もサプライズのことなどすっかり忘れ去っていた。


「――という訳で今日もわたしの、わ・た・し・の!ためにお弁当を作ってくれた、ってちょっとお!?まだ弟自慢(MC)の途中なんですがっ!?」


 歩のトークをぶった切るように次の曲がイントロが流れはじめて会場に笑い声が広がる。ここまでは予定通りなのだが、リハーサルと異なっていることが一点だけあった。

 ステージ奥に設置されていた観音開きの扉――上座と下座に続く三つ目の出入り口として使用されていた――にスポットライトが当てられていたのだ。メンバーの全員がステージ上に出ていたにもかかわらず。


 内心で困惑しながらも笑顔のまま歩たちはそれぞれのポジションへと移動していく。そして、いざ歌い出しとなった時にメンバー以外の歌声が会場に響き渡る。

 何事かと振り返った歩たちが見たのは、スポットライトに照らされた大きく開かれた扉とスモーク越しの二人の人物の(シルエット)だった。



  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~  -~-  ~-~   



 時間は遡り、歩の言葉にメンバーたちが練習に励んでいた頃。駆はとある人物と会おうとしていた。住宅街にある喫茶店、その奥まったテーブル席で目当ての女性を見つける。


「ごめんなさい。お待たせしました」

「ううん。うちも少し前に着いたばかりだから。こちらこそ遠出させちゃってごめんね」

「いえいえ。いい感じのお店を教えてもらえましたからね。来た甲斐がありました」


 向かいの席に着くとアイスコーヒー、ではなくフレッシュオレンジジュースを注文する。駅から数百メートル歩いて来たため、甘味と酸味の両方が欲しくなったのだ。決してコーヒーが飲めない訳ではない。

 そんな一連の行動にくすくすと小さな笑い声が上がる。顔を上げてみれば肩口まである栗色の髪が揺れていた。


「ごめんね。高校生になったって聞いてたから、もっと気取ったものを注文すると思ったんだ」

「今更取り繕うのもなんだかなと思って。ガキの頃のカッコ悪いところもたくさん見られてますし」

「確かに子どもではあったけど、カッコ悪くはなかったよ」


 とりあえずは慰めの言葉として受け取っておくことにする。その後、注文したオレンジジュースがやってきたことでいったん会話はストップ。女性の方は既にアイスレモンティーを注文済みだったようで、大振りのグラスに入ったそれが一緒に運ばれてきたのだった。

 そしてお互いに喉を潤してから本題に入る。


「まず一個確認させてください。楓さんが今度のコンサートイベントのサプライズ、ってことでいいんですよね?」

「うん。そういうことだね」


 はにかみながら頷く楓と呼ばれた女性。これまでのやり取りからも分かるように、駆とは顔見知り以上の仲である。

 それもそのはずで彼女、兵藤楓(ひょうどう かえで)こそ怪我でグループを脱退することになった歩たちアイドルグループの元二期生なのだ。一時は日常生活にも支障が出るほどだったのだが、リハビリと本人の努力によって驚異的な回復を見せていた。

 なお、脱退はしたがグループのメンバーたちを始め駆や子島達とも連絡を取り続けていた。なんなら直接顔を合わせたことのない三期制の面々とも仲良しだったりする。


「メールとかでかなり良くなったとは聞いてましたけど、無理してません?」


 駆が心配するのはもっともだった。今回のサプライズは応援のVTRを流すようなものではなく、コンサートの真っ最中に飛び入りしてしまおうというものだったからだ。しかも一体誰が言い出したのか、一緒にパフォーマンスを披露する流れになっているという。

 怪我をしたのはレッスン中だったとはいえ、トラウマが刺激されて当時のことがフラッシュバックしてしまう危険すらある。


 また、これは大勢の前でステージに立つということを意味していた。ただでさえ前述の不安があるというのに、アイドル活動にもブランクがある彼女をその場に立たせるのは挑戦(チャレンジ)の枠を超えているのではないかと思えるのだった。


「駆君が心配するのは分かるよ。でもこれはうちから言い出したことだから」

「楓さんから?おれも子島さんから聞いたのはこの前のことなんでその辺のいきさつは知らないんですよ。詳しく教えてもらってもいいですか」


 楓の話をまとめるとこうだ。彼女がメンバーたちと連絡を取り合っているのは先に記した通りだが、その雑談に近いやり取りの中には春頃のゆかりの怪我の一件も含まれていた。そのやり取りの中で特に二期生以前のメンバーたちが楓の怪我のことを未だに引きずっているのだと思い知らされてしまった。

 そして自分に何かできることはないかと悩んでいたところに、折よくコンサートイベントでのサプライズの話が舞い込んできたのだった。


「話の流れは分かりました。でも、ステージに上がるまではしなくてもいいんじゃないですか?」

「駆君さ、うちからの応援メッセージが届いたからって、みんなが吹っ切れると思う?」

「……………………思、わないです」


 嘘をつくべきかと迷った末、駆は結局本心を吐き出した。それこそ普段からメッセージアプリ等での交流があるのだ。楓の現状くらいは分かっているだろう。


「……本当は結構前から歩けるだけじゃなくて、走ったり踊ったりもできるくらいにまで回復していたんだよね」

「そうだったんですか!?」


 初耳の情報に駆は目を丸くして問い返す。頷くことで肯定を示す楓だったが、明るいニュースの割にその表情はさえない。


「走るのは全力疾走は無理でもランニングくらいならできるようになったんだ。でも……」

「踊る方は順調とは言えないんですね?」

「うん。……一応ボックスとか基礎的なステップはできるようになったんだけどさ」


 本番中と練習中という違いはあるが、楓が怪我をするまでの流れは縁の時と似通っていた。要はもっと上手く、もっと綺麗に、もっと正確に、もっともっともっと!と自分を追い詰め過ぎてしまったのだ。

 ダンスのリハビリの成果が(かんば)しくないのは、この時の記憶あ脳裏にこびり付いてしまっているからだろう。むしろ心因性のハンディキャップを背負いながら、よくぞそこまでできるようになったものである。


「本当に、本っ当に無理してませんか?」

「大丈夫だってば。少し合わない間に過保護になってない?」


 トラウマを乗り越えようと、無意識に無茶をしているのではないかと心配になる。そんな駆の態度に、当の楓はけらけらと笑っていた。


「でも、それはそれで安心できるかな。……駆君、うちの歌とダンスのコーチになってくれないかな。期間はコンサートイベントの日までで、目標は当日踊る予定の二曲をマスターすること」

「それをやっても問題ないと言い切れるくらいには回復しているんですよね?」

「うん。主治医の先生からもリハビリ担当の看護師さんからもお墨付きさ」

「場所はどうするんですか?もう決まってる?」

「うちが通っている病院のリハビリルームを貸してもらえることになってる。機材が置かれていないスペースだけでも事務所のレッスンルームくらいはあるから広さ的には十分だと思う」


 楓から参加予定の二曲を聞き振り付けを思い出す。どちらも二期生メンバー中心の楽曲であり、基点となる立ち位置からの移動はそれほど多くなかったはずだ。彼女の言う通りレッスンルームほどの広さがあるならば、数人が一緒に踊ったとしてもまだ余裕があるだろう。


「ただ、条件として監視を兼ねた職員の人たちが見学しに来ることになりそうなんだよね……」


 一体何があったのやら。若干遠い目をする楓とは裏腹に、駆はありがたいと思っていた。コーチを引き受けた場合には当然無理はさせないつもりだが、予想外の事態が起こらないとも限らない。医療の専門的な知識を持つ人たちに近くに居てもらえれば、適切なタイミングで止めてもらえるだろう。

 加えて、見学してもらえることで人の目に慣れる練習にもなる。例え数人だったとしても、いきなり大観衆の前に放り出されるよりかははるかにマシだ。


「情報規制をしっかりとしてもらえるなら、おれから言うことは何もないです」


 駆にまで話が下りてきたくらいだ。事務所の大人たちによって既に細かいところまで話が詰められた後だと思われる。


「ありがとう。……うちもみんなもそろそろ前に進まなくちゃね」


 その言葉には強い決意が込められているように感じられたのだった。

 こうして駆はコンサートイベントまでの期間、楓のコーチをすることになった。事務所へと顔を出す機会が減ったことで歩に寂しがられたり歩に拗ねられたり歩に駄々をこねられたり、数人からは浮気男に対するようなお小言を頂いたりもしたが、いずれも何とか回避して期間限定の職務に邁進するのだった。


「サプライズですけど、いくつかパターンを考えておいた方がいいと思うんです。まず目標にしている、ステージに乱入して一曲踊りきってからネタ晴らしに自己紹介といったMCを挟んで、その後みんなと一緒にもう一曲パフォーマンスを披露してから退場というパターン。次に乱入する曲を歌って踊る映像と応援メッセージをを流してもらうやつ、最後に応援メッセージだけのもの、といった具合です」

「その三択だと、うちの仕上がり次第でどれになるかが決まるってこと?」


 楓からの質問に駆は首肯することで答える。


「当たりです。で、その仕上がり具合を先生たちに判断してもらうのはどうかなって考えてます。おれたちだとどうしても「せっかくここまでやったんだから!」と思っちゃいますからね」

「駆君でもそうなんだ。ちょっと意外」

「そうですか?まあ、いいや。とにかく無理してまた怪我をしたり失敗しちゃった利したら元も子もないんで。そこは厳しくてもスパッと言ってくれる人にお願いしたいなと思うんですよ」


 回復したことを見せつけるはずの場でトラブルが起きては、トラウマどころの騒ぎではない。ハイリスクハイリターンな計画なのだと改めて痛感し、密かに頭を抱えたくなってしまった。

 とはいえ、既に諸々と動き出してしまっている。そして協力すると決めたのは彼自身だ。後はもう最良の結果になるよう努力する以外にない。


 幸いなことに駆の提案はすんなりと受け入れられた。これも楓が担当の者以外の病院職員たちとも良好な関係を築いていたからこそだろう。


 さて、楓が参加することになる曲だが、二つともなかなかに因縁深いものだった。メンバーには秘密で乱入することになる方は彼女が怪我をした曲だし、もう片方は初めてセンターに立つはずだった曲なのだ。


「……リベンジのつもりなんでしょうけど、さすがにこの二曲はヤバくないですか?」

「まあね。今でもみんなと一緒に居られないくなった時のことを夢に見て飛び起きることがあるくらいだし……。だけどその分、やりきることができればあの時のことを完全に克服したことになるよね」


 確かに楓自身が、そしてメンバーたちが前に進むためにこれ以上ない後押しとなってくれるだろう。ちなみに、折り悪く見学兼監視の職員がいなくなってしまったので休憩中である。


「それを言われると弱いなあ……。分かりました。おれも腹を決めます」


 と宣言した直後に、駆に緊急の仕事が舞い込む。


「おれも腹を決めます。キリッ!」

「……楓さん、性格悪くなったって言われないですか?」

「そんなことないよ。うちは今も昔も癒し系だから」

「今はまだしも過去を改ざんするのは止めてください」


 現役時代の彼女だが、チャキチャキの元気娘として二期生のけん引役となることが多かった。つまり癒し系とは程遠いキャラクターだったのだ。


「駆君こそ返し方がエグくなってない?方向だけじゃなくて投げるスピードにも気を付けないとキャッチボールにはならないよ」


 正論ではあるがこうしていきなりズバッと斬り込んでくる辺り、やはり今も癒し系とは縁遠そうである。


「冗談はともかく、せっかく売れ始めた時なのに無理なお願いをしちゃってごめんね」

「何言ってるんですか。有象無象の仕事よりも楓さんのお手伝いをする方がよっぽど大事ですよ」

「……その台詞、歩さんは色々と手遅れだから今更だけど、他の子に言っちゃダメだよ」

「え?」


 忠告の言葉を投げられるもピンとこなかったのか、駆は頭に疑問符を浮かべながらリハビリ室から出て行くことになる。

 一方の楓はその後姿を見送ると、崩れるようにその場に座り込んでしまった。


「くっそー。久しぶりだったから破壊力がとんでもないわあ……。咲良ちゃんごめん。うちももうヤバいかも……」


 脳裏に浮かんできた咲良が悲鳴を上げている、気がした。



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