第16話 修羅場
~~~ 桐生家厨房 ~~~~~
犯人は生口なのか?と彼に視線が集まる。
生口「待たれよ。ワシを犯人とするか?」
風雷「違うと?」
奈衣「そういえば、生口様は少し前に
厨房へ顔を見せにおられました。」
生口「奈衣!
涼からワシに犯人を押し付けるか。」
周囲は生口の手に注目するも、
生口は両腕を互いの袖へ通し、
腕組みしているので、指の色を確認できない。
生口「無礼であるぞ。
ワシが犯人のはずなかろう。」
風雷「ならば皆の前で手のひらを見せよ。」
尚隆「生口。潔白ならば出せるはず。」
生口はゆっくりと腕をほどき、両手を広げ
堂々と見せた。
すると、その場の全員が右手の親指と人差し指に
視線が集中する。
そう、紫色に変色していたのだ。
利玄「生口殿、まさか!」
利玄は生口殿が領主を殺そうとする
ななど考えられず困惑する。
生口「早まるな、皆の衆。
確かにワシの指はご覧の通り紫色だ。
これは涼の袖から薬紙を取ったから
付着したもの。
そう、今付いたものだ。」
風雷「そうかい。
なら私の指はなぜ変色してない。
同じ紙を触った指は変色しとらんぞ。
粉を付けた小指は変色してるがな。」
全員が風雷の方へと視線が移る。
風雷も生口と同じように周囲に見えるよう
両手を見せる。
風雷「生口殿の説明が正しいのであれば、
私の指も変色しているはずでは?
そして」
風雷は薬紙を手に取り、手ぬぐいで紙の
両面を拭き取る。
風雷「このように紙は変色しない。
ということは、紙の表面に粉は
付着してないことを意味する。
さあ、これをどう説明する?」
全員の視線が生口へと戻る。
生口の目は泳いでいる。
何か言いたげだが言葉が出てこない様子。
尚隆「生口。貴様なのだな。」
生口「ハハハ。観念した。正直に話そう。
確かに毒を盛ったのはワシだ。
だが、こ奴に頼まれたのじゃ。」
と言って生口は、板前1に指を指す。
板前1「ちょっと待ってくれ!」
板前1に全員の視線が集中したその瞬間、
生口はその場から逃げ出す。
尚隆「生口、止まれよ!」
利玄「尚隆殿。任せよ。」
利玄が生口の後を追う。
尚隆「時谷、急いで役所に行ってくれぬか。」
時谷「かしこまりました。」
尚隆「事の有り様を説明し、
生口を至急御尋ね者に加えるよう
申ししてくれ。」
時谷「仰せつかわりました。」
時谷「気が動転して、何も言葉が発せ
られなかったが、領主殿と沙樹様が
命を落とさず、良かったであります。
そして美津がこの世を去ったのは
桐生家にとって大きな痛手である。
失礼する。」
番頭の時谷は一礼して、この場から去る。
尚隆は、涼のところにへ行き、
膝をついて同じ目線になったことろで
頭を下げる。
尚隆「涼、大変酷い目に遭わせた。
この通りだ。」
涼 「旦那様、頭をお上げください。
誤解が解けたのであれば、
それで十分で御座います。」
尚隆「いや、何か望みはないか?
ワシに償いをさせてくれ。」
涼は尚隆に、両手を付き頭を下げる。
涼 「であれば、引き続き旦那様に
お仕えさせて下さい。
どうか、お願いします。」
尚隆「それでは何も変わらんぞ。」
涼 「涼は今のままを続けられる
のであれば、それで十分で御座います。
身寄りのない、わたくしを
この屋敷に置いてくださっている。
涼は幸せ者です。
旦那様にご恩を返したいのです。」
尚隆は目頭が熱くなる。
何と心の透き通った人なのだと。
いや涼だけではない。
ここに仕える皆に言えることだと
再認識する。
尚隆「この様な酷い仕打ちを受けて、
まだ仕えてくれるというのか?」
涼 「はい。」
尚隆「沙樹の判断は正しかった。」
沙樹「父上。」
尚隆「ワシは愚か者だ。
ここの者を疑った自分を恥じたい。」
尚隆は立ち上がり、周囲を見渡す。
ここに居るのは、板前2名、女中3名。
そして、沙樹と風雷。
一重は店に移動し、風雷が戻って来るのを
待っている。
尚隆は両手を膝に置き、もう一度頭を下げる。
尚隆「この通りだ。
この度は申し訳ないことをした。」
板前1「旦那様。頭をお上げてください。
大変な思いをしたのは旦那様
の方です。」
板前2「そうです。
旦那様が毒を口にしなくてよかった。」
尚隆「皆は家族だ。
美津はうちの墓地へ埋葬する。」
奈衣「ありがたきお言葉。
美津さんも大変喜ばれることと。」
尚隆「生口は、必ずひっとらえる。
事の顛末を語ってもらわんと
気が治まらん。」
風雷「特に使われた毒はそう簡単に
手に入るものではない。
入手経路を調べた方がいい。
生口殿の単独とは思えん。」
尚隆「一理ある。
風雷殿にもお礼をしたい。
この場におらんかったら
今頃とんでもない過ちを犯す
ところであった。」
風雷「気にするな。美津殿には悪いが
尚隆殿と沙樹殿が助かったのは
あの猫のおかげだ。
私ではない。
あの猫が魚を咥えなければ
亡くなられてたのは殿方だ。」
全員が猫に視線がいく。
猫はいつのまにか、おとなしくなっていた。
尚隆「生きておるのか?」
風雷「弱っておるやも知れん。」
尚隆「礼を払う。
あの猫を助けてくれぬか?」
沙樹「わたくしからもお願いします。」
風雷(しまった!)
風雷は心の中で大きく叫ぶ。
あの猫は危険だから、あとで処分しようと
考えていた。
自分の発言で生かさなけれならない
方向となってしまった。
風雷「助けられるか分からんが善処する。」
尚隆「頼む。」
奈衣「旦那様。お食事は如何しましょう?」
風雷「ここの食べ物は危険だ。全て捨てよ。
そして、厨房の至る所が危険だ。
解毒剤を渡す。
水で溶かし、机や食器も含め、
ここら辺を済み済み拭くことだ。
あと店内のどこかに、
猫が咥えていた魚があるはず。
必ず見つけて処分せよ。」
風雷「理解した。食事は後回しだ。
風雷殿の言付けに従おう。
皆、協力を頼む。」
尚隆「沙樹は、美津に化粧してやってくれ。」
沙樹「かしこまりました。父上。」
仏用の白い着物を着せ、顔におしろい
するよう頼んだのである。
風雷「では、私は猫を連れて自宅へ帰る。
何かあったら呼ぶがよい。」
尚隆「かたじけない。
連れ殿にお礼したいと伝えてくれ。」
沙樹「カズ爺は後で、わたくしから
お礼しておきます。」
尚隆「うむ、よろしく頼む。」
尚隆「美津はワシが部屋へ運ぶ。」
風雷「手伝うぞ。」
尚隆「いや、ワシ1人にやらせてくれ。」
風雷「そうか。」
尚隆「では、解散。」
その場の一人一人が美津に手を合わせ、
各人の持ち場へと移動した。
最後となった尚隆は、美津を見つめ
歯を食いしばり、拳を強く握るのであった。




