第97話 シエルさん、すごい人だったようです
「えっ! これ、クロエちゃんが刺したのかい!?」
クロエのドレスの刺繍を見て、 シエルが素で驚いたように目を見開いた。
それからまじまじと、刺繍を見つめて言う。
「す、凄いさね……デザインの細かさといい、色の使い方といい……王都の高級店に並んでてもおかしくないレベルさね!」
シエルが興奮した様子で言う。
イアンも刺繍を見つめて「これは凄い……」と言葉を漏らしていた。
「あ、ありがとうございます。そんなに褒めて頂けて、夜鍋して施した甲斐がありました」
シエルに褒められて嬉しさ反面、戸惑いもあった。
一般的な目で見るとクロエが施した刺繍のクオリティは、シエルの言う通り王都の高級店にも並ぶレベルだ。
しかしクロエからすると、自分の刺繍なんて大したことないという認識があった。
今まで、刺繍を褒められた事は皆無に等しい。
それどころか「センスがない」「もっと可愛く出来るでしょう」と低評価の嵐を(主にリリーから)受けてきたためだ。
顎に手を添えて、じっと考え込むように黙り込んだシエル。
「あの……シエルさん?」
声をかけると、シエルはクロエの手をとって真剣な表情で口を開いた。
「クロエちゃん、折り入って頼みがあるんだけど聞いてくれるかい?」
「えっ、あ、はい。私で出来る事でしたら……」
「私のドレスにも、刺繍を刺してくれないかい?」
「あ、それは全然構いませんよ。明日の朝までに! とかだとちょっと厳しいかもしれませんが……」
「そんな馬鹿げた注文をするわけないさ! こんな精密な刺繍を一晩で仕上げてくれだなんて、頭のおかしな暴君がやることさね!」
「あ、あはは……そうですよね……」
深夜まで家の家事手伝いを終えたタイミングで「明日の朝までによろしく♪」と平気で無茶振りをしてきた暴君の顔が頭に浮かんで、思わず苦笑が漏れる。
ロイドの家での労働環境によって、流石のクロエも実家での生活はおかしかった事に気づいていた。
ふと、クロエは尋ねる。
「何か、大事な会とかに出席されるんですか?」
「今度、とある貴族のパーティに出席することになってね」
「き、貴族のパーティっ!?」
ギョッとクロエは目を見開く。
「シエルさん、もしかして貴族の方……?」
「ああ、違う違う。こんな薄汚れた貴族がどこにいるさね」
「ア、アハハ……ソウデスヨネ……」
シエルは冗談のつもりだっただろう。
クロエ自身、つい数ヶ月前は薄汚れどころかそこらに捨てされたボロ雑巾みたいな風貌の貴族だったため、これまた苦い笑いが溢れてしまった。
「うちはここら一帯の物品の仕入れ関係を取り仕切ってる商人さね。貴族の方々もうちのお得意様が多くいて、その関係でパーティに招待されたさね」
「な、なるほど……何はともあれ、シエルさんって凄い人だったんですね」
「いやー、全然さね。私自身は、代々続いている家業を継いだだけさ。ご先祖様に感謝って感じさね」
「それでも、このお店も切り盛りしながら商人のお仕事もしているのは、尊敬します!」
「ありがとうね、そう言ってくれると嬉しいよ」
お客さんで賑わうお店を見回して、懐かしむようにシエルは言う。
「この店は道楽みたいなものさ。私は商会の管理よりか現場でお客さんと触れ合っている方が性にあってるから、この店を開いたさね」
あっはっはと豪快に笑った後、クロエに向き直ってシエルは言う。
「脇道に逸れてしまったね。話を戻すと、パーティに着ていく服に何かしらワンポイント欲しいと思っていた所だったんさね。クロエちゃんも忙しいと思うけど、ぜひ刺繍を刺して欲しい。もちろん報酬は……」
「やります、やらせてください!」
シエルの言葉が終わる前に、クロエは言った。
刺繍を施して欲しい、という申し出があった時点で受けようとクロエは決めていた。
いつもシエルにはお世話になっている分、何か恩返しをしたいという気持ちがあった。
「ありがとう、クロエちゃん! それじゃあ、明日か明後日にでもお店に来ておくれ。その時にドレスを渡すさね」
「わかりました! どういうデザインが良いかとかは、その時にお聞きしますね」
「本当に助かるよ。とりあえず前払いとして、これとこれ、サービスしてあげる!」
「わわっ……こんなに、いつも本当にありがとうございます!」
袋いっぱいになった食材を見て、クロエは深々と頭を下げる。
予期せぬ形で夕食のメニューが増えてしまった事に喜ぶ一方で、久しぶりに刺繍を刺すのをどこか楽しみにしているクロエであった。




