66. ひとりの友を得るという偉業をなしえた者は歓喜の声を合わせよ! Meine Freundin!Mische seinen Jubel ein!
昔のはるひちゃんはおいしいおいしいと言って、わたくしの手料理を食べてくれた、でも今のはるひくんは……?
◇◆◇
「ま、フツーにおいしいんじゃない?」
頬杖をつきながら、つまらなそうに言った。でも、わたくしにはわかる気がする。もう心が離れてしまって久しいけれども。
――だって、だって……はるひちゃんはあの時も照れ隠しをしていたから。
「……ねぇ、はるひちゃん。」
「ん?てかその呼び方は――」
「それはわたくしに『毎日オミソシルを作ってください』って言っちゃうぐらいですか?」
「なっ……アンタ……!んな前のコトどーして覚えてんだか……。まぁ、でもそうだね。おいしいよ……おいしい。」
ずっとはるひくんは変わってしまったって思っていたけど、もしかしたらあの頃から変わってしまったのはわたくしの方で、この子はずっとあの頃の――2人で笑いあっていたときのままなのかもしれないと、そう、思った。
「『私のかわいい旦那ちゃんになって下さい』って言っちゃうくらいね……。」
スプーンに映った追憶を眺めるように下を向いて何か言っていたが、声がちいさくて聞き取れなかった。
「はるひく――」
「――アイ!何2人で話しているのかしら!私も混ぜなさい!」
「!……あ、ああ、ラアルさま。ふふっ、昔のことを話していたんですよ。」
「そういえば、貴女達は幼馴染だったわね……。ふーん、なんだかつまらないわ。」
「それと、かげろーもですよ?ねっ!かげろーっ!」
「ええ、そうですね……まぁ、強いていえば?アイ様とこの文学界いちばん最初に巡り合ったのは、この俺、陽炎陽炎ですがね?」
「「ハァ?」」
「アナタ!そんなことでマウントをとるのは獣神体としてどうかしらね?」
「そーだね、しょうもなくて、器のちっさい獣神体だと思われるのが関の山。」
「私はアイに『この国でいちばんうつくしい』って言われたことあるわ!アナタ達は?ないでしょうねぇ?その程度の美しさじゃあねぇ?」
「「あ゙ぁ゙?」」
「ファンタジア王女殿下、先刻俺に『獣神体として――』とか御高説を宣ってましたよね?」
「つーか、“この国でいちばんうつくしい”っつったら、アイちゃんでしょ。どー考えても。」
「そうです!
大前提として
“アイ様はこの世でいちばんうつくしい”、
そして小前提
“アイ様はこの国にいる”、
つまり結論
“この国でいちばんうつくしい”!
完璧な三段論法です!」
「それは私もそう思うわっ!でも何度そう伝えても
『わたくしになんかより、ラアルさまのほうがずっとずっとうつくしい』
って言って聞かないのよ……ちいさい頃によっぽどイヤなことでも言われたのかしら?」
「「……。」」
ちいさい頃の話がでて、かげろうとはるひは黙り込んでしまう。
「ん?……アナタ達は“アイの幼馴染”で、その反応……。まさかアナタ達が……!!」
「違いますよ!俺がアイ様を害するようなことをするはずがないでしょう!はるひは……。」
「……。」
「やっぱり……!!アナタを許さなくて正解だったわ……!ここであの時の続きをしても――」
「わー!わー!ラアルさま落ち着いてください。たしかにはるひくんとは色々ありましたけれど、お友達同士ですからね。傷つけたり傷つけられたりも、するでしょう……?
わたくしは、ほんとうのこころを隠して表面上ずっと仲良しな人たちより、こころをさらけ出して、ぶつかったり、時には本気で相手を嫌いになったりするほうが、もっと仲良しになれると思うんです。」
これは、ただのわたくしの願望だけど。現実は喧嘩別れしてそのままなんてほうが多いことぐらい知ってるんだ。でも、わたくしは。
「はい、またでたよ、アイちゃんの楽天家がさ。まぁ、この子の場合楽天家というよりは、そう無理やり自分をそうだと思い込んで――。いや、私が言えたことじゃないか……。」
アルちゃんがわたくしの袖を引く。
「ん?どうしたの?アルちゃん?」
「……アイちゃん様アイちゃん様。あっちに綺麗なお花畑があったから行ってみない?」
こしょこしょ話で伝えてくる。2人で行きたいのかなぁ?
「……うん、行ってみたい……!」
「「……わ〜い……!」」
そのあとも人間体達は仲良くお花畑で花冠を作ったりして、和気あいあいと遊んだが、獣神体達はピリピリとマウントを取り合っていた。
◇◆◇
「アイちゃん様!花冠作り合いっこしませんか?」
「……いいですね!それ!やりましょ〜!」
◇◆◇
「つーか私アイちゃんに求婚して、オッケーもらったことあるから。アンタらとはレベルが違うの。」
「まだ性別も決まってない時の話だろ!」
「そうよそうよ!」
「ふーん、でも
『私の“かわいい旦那ちゃん”になって下さい』
っつったら、そりゃァ〜いい笑顔で?
『ふつつか者ですが、こちらこそよろしくおねがいします!』
って言ってくれたけどね?私には。」
「ハァ!?アイに言うなら『私の“かわいいお嫁さん”になって下さい』でしょうが!」
「そうだそうだ!」
「あの頃は男の子だったんだよ!いや、今も半分男の子だけど!……てかかげろう、アンタは初めて会ったときまだアイちゃん男の子だったんだからわかるでしょ……!!」
◇◆◇
「わー!アイちゃん様!ほんとうのお姫さまみたい!」
「アルちゃんも!かわいいですっ!」
「えぇ~、ホントにぃ〜?」
「はいっ!ちょーぜつかわいいですっ!」
「もー!ほめすぎ〜!とりゃ〜!」
「わー!服に葉っぱついちゃいますよ〜!」
「「あははっ!」」
◇◆◇
「ハァ〜馬鹿なアンタらに、“誰がいちばんあの子に懐かれてるか”、教えてあげないといけないのかなぁ……!」
「おい!馬鹿とはなんだ!俺はお前の上司だぞ!」
「ていうか私この国の王女なんだけど!?」
◇◆◇
行軍演習などが終わり、夜になった。
「アルちゃんと一緒に寝られるなんて、うれしいですっ!」
「こっちこそだよ〜!よよよよよ〜!」
仲良しなお友達とお泊り……!
……はるひちゃんのお家に泊まって以来だな……。
「アイちゃーん!」
「はーい!」
「アイちゃん様!」
「はいちゃん様!」
「アイ……。」
「!?……アル?」
「わ〜!」
「わわっ!」
アルちゃんに押し倒される。はるひちゃんにそうされた時のような恐怖はない。ただ、心地よかった。
それから2人でくすぐり合って笑い合ったり、ふざけ合って笑い合ったり、なんだかフワフワしてアルちゃんと溶けて1つになるみたいだった。はるひちゃんに無理矢理1つされたときみたいに。
だけどあのこわさはない。ただ、心地よかった。アルちゃんのブラウンの瞳もそう言ってくれていた。2人でただこのまどろみの中でたゆたっていたかった。2人で、このたゆたうような泥濘のなかで。
このやわらかな“日常”の中で――
◇◆◇
2人でしばらくそうしていると、ドアを叩く音がする。運命だ。わたくしはこの音を知っている。運命がこの『おれをみろ』とわたくしをせかす音だ。
ドアを叩く音がしている――。
「誰だろう?もう消灯時間も過ぎてるのに……アイちゃんなんだかこわいね。知らんぷりしよっか……?」
そうだね、と言って抱き合ったまま眠りたかった。だけど、わたくしは
「アルちゃんはここにいて、わたくしがでるよ。」
運命から逃げるわけにはいかはい。それがどんなに残酷なものでも、どんなにおそろしくても、あんしんな“日常”から暗闇の荒野に一步踏み出さなければならない。
だって其れは、どんなにしあわせな場所に逃げてもわたくしが生きている限り、影のように何処迄も追いかけてくるのだから――
◇◆◇
「はい……いま、あけます……。」
裸足のまま一步また一步とドアの方へ歩を進める。
足取りも覚束ない。
思えば、わたくしの生とはこの歩みと同じだった。
先で待っているのが、敵か味方かもわからない。
いつも不安げで、頼りなく、おそれていて、でも、運命のほうへ歩くしかないのだ。
だって、其れが、其れこそが、わたくしの歩きかたに他ならないのだから――。
そして、ドアを、左手に確かな力を込めて。
運命を、開けた――。




