65. 王女も百姓娘も腹は減る。Eat from the Same Pot
そのあとさんざんチェルせんせーに弄ばれた……。くすぐりながら恥ずかしいことを言われたり、言わされたり。でも、せんせいとの距離が近くなったみたいでうれしかった。
――わたくしにお茶目なおかーさんが居れば、こんな感じなのかなぁ?……ちょっとイジワルだけど……。
◇◆◇
慌てて戻ると、最後の煮込む段階はアルちゃんが完璧にやってくれていた。
「さすがアルちゃん!わたくしの自慢のおともだちっ!」
「ふふーん、もっとほめたまえ!」
「アイ……私は?私も頑張ったわよね?私も自慢?」
「もちろんですっ!お料理が苦手なのによく頑張りましたっ!よしよし〜!ラアルさまもわたくしの自慢のおともだちですよ〜!えらいえらい。」
「ふふーん!そうよねそうよね!なんたって高貴なる私さまだもんね!」
「はい!……じゃあ、食べる前にできる分の洗い物と後片付けをしながら、かげろうとはるひ君を待ちましょうか。」
「料理って作ったら終わりじゃないのねぇ……頑張って作ってまだ洗い物があるなんて……大変だわ。平民は毎日毎日こんな事をしてるなんて……なんだか尊敬するわ……。」
「!……分かってくれますか!ファンタジア王女殿下!そうなんですよ!平民の苦労が分かるようになってくれてうれしいですよ私は!」
「わっ!急にどうしたのよ早口で……。でもそうね、尊敬するわ。……“ファンタジア王女殿下”なんて長くて言いづらいでしょう?“ラアル様”でいいわよ……。」
「……!……そこは『“ラアル”でいいわよ』じゃないんですか?」
「調子に乗るなっ。私を“ラアル”と呼んでいいのはお母様とアイだけよ!……アイは呼んでくれないけど。」
「あはは……すみません、恐れ多くて。」
「じゃあラアル様!改めてよろしくお願いします。私のこともよければ“アルターク”と。」
「そこは“アルちゃん”、じゃないの?」
「私を“アルちゃん”と呼んでいいのはアイちゃん様だけですっ!」
◇◆◇
以外とこういう地道な交流で、平民と貴族の軋轢はなくなるのかも。まぁ2人は平民と王族、だけど。それにしても、2人に仲良くなってもらいたくて、同じ班に誘ってよかったなぁ……。
願わくば……“アルちゃんとラアルさま”は、“わたくしとはるひちゃん”の様にはならずに……。
どうか、どうか、しあわせな友達のままで――
◇◆◇
力仕事をしていたかげろうとはるひくんが帰ってくる。
「あ゙ぁ゙~、まじ疲れ゙たよ゙アイちゃん。」
わたくしの頭に顎を乗せて後ろから体重をかけてくるはるひくん。自分の手が震え息が荒くなるのを感じる。
――こわい、こわい、けど皆に仲良くしてほしいから、この恐怖はバレないようにしないと。大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。ここには他の人もいるから、アンナコトはしてこないはず、でもこわいこわいこわいこわい――!!
「ふふっ……お疲れ様です。かげろうも、はるひくんも。」
「ウチら薪割り班はさ〜料理してる間なんにもできないじゃん?私もかげろうも料理できないし、だからってあのナウチチェルカとかゆう奴に力仕事押し付けられまくり……まじ疲れたわー。あれ絶対あの先生が楽したいだけでしょ。」
「かげろうも?とってもおつかれ?」
「いえ、俺は鍛えていますので!」
「うわっうっざ……これコイツアイちゃんの前だから格好つけてるだけだよ?騙されちゃダメだよ?アイちゃん。アンタすぐそーゆーのに騙されるんだから。」
「うるさいぞ、はるひ。」
「ふふっ、でもカッコつけなくてもかげろーは元からカッコいいよ?」
「……!アイ様……!ありがとう、ございます。」
「うーわ、うっざ。ねぇアイちゃん?私は?カッコいい?」
「う、うん……。」
「かげろうよりも?誰よりも?」
「う、うーんと……。」
「おい!アイ様を困らせるな!態度で分かるだろう!アイ様はお優しいからハッキリとは言わないが、お前よりも俺の方がカッコいいと思っておられる。」
「チッ……あ゙ー、うっざ。」
舌打ちと低い声に身体の震えが強くなり、頭が真っ白になってきた。それはいつもはるひくんがわたくしをいじめるときの合図だからだ。
「そーやって勝手に気持ちを決めつけてると嫌われちゃうよ?アンタ自分の騎士道に酔って、
『相手も自分と同じ熱量で思ってくれてるはずだ!』
とか思って困らせるタイプだわ。そーゆーの何ていうか知ってる?カンチガイ騎士道っていうの。」
「黙れ。俺はアイ様の気持ちを決めつけてなどいないし、それにお前こそ――」
あの日の放課後の教室でこびりついてから、一切わたくしを逃がしてはくれない恐怖を隠して、努めて明るい声と表情をつくる。
――教会の前で視たしらぬいさんの真似をして。
「わ〜!そこまでっ!もー!2人ともケンカばっかりしてると、おなかを空かせて帰ってくる2人のことを思って作った、こころのこもったカレー食べさせてあげないよ?」
「「うっ!」」
「それとも、2人はわたくしたちが作ったお料理……食べてくれないの?」
「「ぐっ!」」
「はるひ……。」
「うん……ここは一旦停戦だね。」
うーん!なかよしっ!よかったよかった!
◇◆◇
「おいしいっ!おいしいわっ!今まで食べたどんなカレーよりも!」
ラアルさまが口を押さえて感激する。かわいいなぁ。
「おーげさだなぁ……まぁ!確かにこの私!アルタークとアイちゃん様の腕にかかればね!」
「ふふっ……きっとラアルさまがご自分で作ったからですよ。そんなにおいしいのは。自分でお料理すると、おいしさもすごいんですっ!」
ラアルさまの手を握って伝える。
「私が……作ったから……。でもでも私が作ったって言っていいのかしら!?私足を引っ張ってばかりだったわ!?」
「……いつもは『私こそが世界でいちばん正しい』みたいな顔してるくせに、なんでこの人は変なトコで自信がないんですか……?」
「……だって大体の場合私は世界でいちばん正しいし……。」
でもたしかに……ラアルさまもわたくしと同じで、昔おともだちと何かあったのだろうか。
「まぁまぁ、アルちゃん。……足を引っ張ってばかりなんて、とんでもないですよ?わたくしはラアルさまが手伝ってくれたおかげでとっても助かりましたよ?」
「アイ……。」
「それに、ラアルさまと一緒だったから、いつもよりもずっとずっと、楽しかったです!」
「アイ……!そうよねそうよね!高貴なる“私とアイ”が作ったんだものね!」
「ハァ〜!?このカレーは“アルちゃんアイちゃんの初めての共同作業”なんすケドぉ!?」
じゃれ合い始めた2人は置いておいて、黙々と食べているかげろうとはるひくんに声を掛ける。
「……?2人とも?……おいしく、なかった……?」
あまりにも静かだから不安になる……何か間違えたかな?2人の好みに合わなかったかな?
「いえ!とても美味しいです!アイ様が俺のために作ってくれたものですから!美味すぎて黙り込んでしまいました!」
「そう?だったらよかったー。ふふーん。かげろうへの愛情の心を込めてみましたー。」
「アイ様……!アイ様の心で傷など全て癒えるでしょう……!」
「あはは、心は込めてないよ?こころは込めたけど。……でも確かにお料理に心を入れてみるっていうのは面白いかも?」
もしかして、小さいころの料理は使用人さんたちに、憎しみの心でも入れられてたから、体調が悪くなったのかなぁ……。
昔はみんなに嫌われてたもんなぁ……いや、今でもそうか。こころをもつものになったからよくしてくれるようにはなったけど、ほんとうのこころは……。
「フン……。そーゆーのはそこのオウジョサマの得意技でしょ。だってその子の心は――」
「はるひくんっ!他人の心を晒すことはダメだよっ!……はるひくんはどう?……おいしかった?」
昔のはるひちゃんはおいしいおいしいと言って、わたくしの手料理を食べてくれた、でも今のはるひくんは……?




