59. 鉄の女《ジリエーザ・ドミナ》 Железо・D o m i n a
「みたとこ他の人達もしらぬいさんたちに、恨みをもった人たちってぇとこかな〜?」
「……しらぬいっ!!」
「っおっけ〜!」
シュベスターがローブの男に向かって地面を蹴り出すと同時に、しらぬいが地面を殴りつける。すると、アイとシュベスター、そしてローブの男がいる直線上以外の全ての場所に炎が巻き起こる。
「「「ぎゃあああ!!」」」
「ガァァァア゙――!!これ゙が……炎の女……!!」
「アハハっ!ほらほら〜!速く外に出ないと丸焦げになって死んじゃうよ〜!?」
皆が我先にと外に逃げ出していく。
「……じゃあ、外の100人?130人?はしらぬいさんにお任せで〜。アイちゃんとその男は頼んだよ〜。」
「ああっ!」
しらぬいが教会の外に出ていき、シュベスターは男と拳を撃ち合ったまま答える。シュベスターと男の腹の間にまた光が発生し、飛び退くシュベスター。
「……やはり手練れだな。それに――」
「――感情を隠すのがうまい?でしょう?俺はまぁ……産まれたときから両親の顔色を伺ってビクビクと暮らすような生活をしていたんですよ。いつ拳が飛んでくるか分かんないんでねぇ?
それで、心者になったら“心を隠すのが上手い”ってんで、今の組織でも重宝していただいて……人生何が役に立つか、わかんないもんですねぇ?
……あんなクソみてぇな両親に感謝する日が来るとはねぇ……?」
「御託はいい、もうたくさんだ。気をつけろよ……私は先刻の100倍強いぞ……!」
「いいますねぇ?俺なんぞには勝てると?先刻の貴女と今の貴女……何がちがうというんです?怪我が治りきっていない分、弱っていると思いますが?こんなことなら寧ろ、万全な状態の炎の女と戦り合いたかった……。」
「ハァ……ほんとうにモノを知らん阿呆だな。いいだろう……今わの際だ……教えてやろう。
私が勝つ理由理由は1つ……先程私は弟の愛情に包まれた。
……オマエが死ぬ理由も1つ……オマエは私の弟を傷つけた……!
――そして、私は先程より100倍強い……なぜなら、弟を護る時の姉は……世界でいちばん強いからだっ!!」
シュベスターの身体を包んでいた氷壁が、弟を傷つけられたという憤怒に熱されて打ち鍛えられ、その色を変え鈍色に輝く。
その姿はまるで――
「……“鉄の女”……!」
男がそう呟いた同時に、眼前にシュベスターの拳が迫っていた――!!
◇◆◇
ニコニコと嗤いながらしらぬいが、自身を取り囲んで殺気立っている心者達に告げる。
「キミらほ〜んと莫迦だよねぇ?よりにもよってシュベスターとアイちゃんを狙うなんてさぁ?足りない頭でもう少し考えればよかったのにね?あの2人に手を出したら――」
しらぬいが自身の顔に手を翳して掌が通り過ぎると、彼女のいつもの笑顔から能面のような激怒を孕んだ無表情になる。
「「「――!?」」」
「――ブチ切れる奴らがどれだけいるかってねぇ……?」
あまりの豹変ぶりと、強すぎる獣神体の圧に気圧されて、皆固まってしまう。しらぬいが反対側からまた手を翳すといつものニコニコ笑顔に戻った。
「な〜んちゃって!怖かった?怖かった〜?でもしらぬいさんめずらしく怒ってるんだよね〜。
……まぁ、“好きな子”と“大親友”を傷つけられて、ブチ切れないほうがどうかしてるよね〜?ね〜!」
「……黙れ!この人数相手に何ができる!!」
「そうだ!!この数の心に押しつぶされたら、オマエも終わりだ!不知火不知火!!」
しらぬいは呆れたように、周りを見渡しながら言った。
「ハァ〜。ほんとうに、かわいそうな人たちだねぇ?まぁ、マンソンジュ軍士官学校生も居るみたいだし?……超絶美少女生徒会長のしらぬいさんが教えて進ぜようっ!
心は……心はね、数じゃあないんだよ。……大勢のかなしみよりも、一人の絶望の方がずっと深いこともあるのさ〜。」
――そう、アイちゃんの人生のように。
「それに……
『オマエも終わりだ、不知火不知火』?
……その名前はね〜。キミタチみたいなヤツらはね〜。ビクビク怯えて命乞いをするときか……“死ぬ瞬間”にしか口にしちゃあダメなんだぜぇ〜!!
じゃあ時間稼ぎも済んだし、皆さんさようなら〜!」
キャピッっとポーズを決めると、たちどころに炎が燃え上がり、しらぬいを囲んでいた者たちを焼き尽くしていく。ある者は足から、ある者は腕から発火していく。悲鳴と怒号が木霊するなか、しらぬいだけが嗤っていた。
音が止み、静寂が訪れる。死に体の女が息も絶え絶えに問う。
「ぜ……炎の女……なぜだ……あんな規模の……炎なんて、心を配ってないと……不可能だ……。」
「――こんな外で、開けただだっ広い空間に心なんて配りきれるわけないのにぃ〜。でしょ?こころをもつものじゃあるまいしねぇ?
じゃあなんでしらぬいさんはそんなことが出来たのでしょうか!……まぁ、ここで死にゆく塵屑には教えないけどね〜!」
そう口にすると全身焼け焦げて倒れている女に向けて心を構える。
「ふっ!不知火不知火!たすけっ――」
「そうそうっ!よくできましたっ!私の名前を呼んでいいのは死ぬ瞬間だけっ!
……じゃあね!……バイバ〜イ。」
◇◆◇
爆発した尖塔の穴から、光が差し込む教会の中。ローブ姿の男は斃れ、シュベスターが立っていた。
「……アイ……無事か?」
「おねえさまこそっ!血がっ!今治します!」
お互いに抱き合いながら、愛情を交換し合う。2人の身体と心が少しづつ、だが確実に癒えていく……。
「――流石……鉄の女……です……ね。」
「!……まだ喋れたのか。」
「ここは……引かせていただきます。噂に違わぬ……強さ、敬服いたしました……。また……ゲホゲホっ!……すぐに相まみえることになるでしょう……では……。」
男の姿が陽炎のように揺ら揺らと揺らめいて消える。もうシュベスターにも追う気力は残されていなかった。……ただ、身を挺して、自分の命を救ってくれた弟を抱きしめていたかった。
「……アイ、ありがとうな。オマエが来てくれなかったら、私は死んでいただろう。」
「……そんなっ!あいのほうこそ、ありがとうございます。護って頂いて……。すみません、あい、なんにもできなくてっ……!」
「オイオイ、そんな事を言うな。私を殺そうとしたアイツの攻撃を防いでくれたし……それに、愛情で私を戦闘に復帰できるまでにしてくれただろう。なんにもできなかったなんてことはないよ。……ほらおいで……もっと近くに。」
アイはぎゅううっとさらに強く姉に抱きつく。今さらさっき迄の闘いの恐怖が襲ってきたらしい。
「……こわかったです……!」
「あぁ、安心しろ……私はここにいる。私がいる限り、お前は絶対に安全だ……。」
「でも、おねえさまが死んじゃうんじゃないかって……!」
「自分のことより私のことか……呆れたやつだ……ふふっ……。そちらも安心しろ。……お前が生きていてくれる限り、私は無敵だ。」
「でもっ!」
「オイオイ……お姉様の言うことが信じられないのか?私がお前に嘘をついたことがあるか?」
アイは白い嘘のことを思い出し、これもやさしい嘘だったらどうしようと思ったが……ボロボロなおねえさまの笑顔を見ていると……嘘じゃないと信じさせてくれるような気がした。
「いえ……ありません。おねえさまはいつも、あいを守ってくださいます。」
「だろ?なら安心だ。お互いが生きている限り、私たちは死なないんだからな……。」
「はい……。……!しらぬいさんはっ!大丈夫でしょうか!?」
アイが慌てて外に向けて走り出す。シュベスターは一瞬引き留めようとしたが、“大親友”を信頼しているので、弟を任せて、その場に大の字で寝転がった。
「あ゙ぁ゙〜……疲れたなぁ……。」




