58. 2人のドミナ Zwei Damen
「――だったらなんだ?テメェの塵みてぇな憤怒ごとブチ抜いて殺してやるよ!!」
全身に怒りの雷を纏ったまま、全速で突進するアイ。あまりにも速すぎて、男は避けられずにガードするのが精一杯だった。
「……ぐぁっ……アァ……俺の左腕が……!」
「あーあー、真っ黒に焦げちまってるなぁ!そりゃあもう一生使い物にならねぇなぁ!?クククっかわいそうになぁ……これから鏡を見るたびに、メシを食おうとするたびに、ことあるごとに思い出すんだぜぇ……
『あぁ、俺にはもう一生左手がないんだぁ……!』
ってなぁ……それを見るたびに思い出せ……この世には絶対に手を出しちゃあならねぇ相手ってのがいるってなぁ……。」
「……もう勝った気でいるんですか?俺はまだ死んでいませんよ?」
「……おっと悪ぃ悪ぃ……オマエにこれからなんて無かったなぁ。今ここで死ぬんだからなぁ!!」
また突進攻撃をしようとするアイ。
「――だめだ!!アイ!!やめろ!!」
突然現れた複数の光に、アイは反応できずにそのまま突き進んでしまう。その光の塊たちはアイに触れた瞬間、その輝きを増して教会のなかの全てを照らし出す。光がおさまると、アイが斃れていた。
「……ハァ。いやぁ、流石の俺も死んだかと思いましたよ。貴方はこの国の兵器、アイ・ミルヒシュトラーセ様ですね?アニムス・アニムスで稀代のこころをもつものでもある……。
それがなぜ俺なんぞに負けたか……分かりますか?まず心の使い方をまだ学んでおられる途中のようですね?見たところ。
最初に俺が貴方の姉君に向けた感情は、こころをもつものの力で……つまり心の量で無理やり相殺したのでしょう。貴女があのスピードで俺に共感できるとも思えませんし、そもそも初撃から共感できる人間なんぞ殆どいません。
そして、貴方は姉君を癒し、守るために心を裂きすぎた。自分の心の殆どを姉を癒す愛情と守るための壁に使っていては、勝てる相手にも勝てませんよ。
その証拠に貴女はこの場に全く心を配っていなかった。いや、姉君に心を裂きすぎて、配れなかったのでしょう。もしそうしていれば、俺が配っていた心に気づかず突っ込んでくることもなかったでしょう。
――そして、そして何より貴女、恐れていますね?戦いを。人を傷つけることを。人に暴力を振るうことを。だからそうやって誰かになりきって仮面を被って戦う。
貴女のお姉さんにはその覚悟がありますが、貴方は違う。貴方には血腥い戦いよりも、清純なお花畑の方がお似合いだ。
其れではダメですよ……愉しまないと……!!強者との“戦い”を――!!血湧き肉躍る“闘い”を――!!
……姉君を思いやる心は立派ですが、それで自分を疎かにしたんじゃあ元も子もない。」
「ハァハァ……わたくしには……その生き方しかできません。……わたくしは“自分自身を守って生きる”のではなく、“友の……家族のために死ぬ”と決めたのです……!」
「それはそれは……高尚な考えですが。自分で自分を守らないのなら……こんなクソみたいな世界で……じゃあ誰が貴女を護ってくれるというのです――!!」
男がトドメの光を打ち込むが、其れはアイに届く前に殴り消された……姉の拳によって――!
「――私が護る。」
シュベスターが倒れ込んだアイの前に立っていた。
「……おねえ……さま。」
「――これまでも、これからも、一生涯をかけてな。
アイ、ありがとう……私を守ってくれて。ありがとう……私に心を裂いてくれて。……おかげでもう大丈夫だ。お前がほぼ全ての心を私を癒し守る事に使ってくれたおかげで、傷も完全に治った。」
アイにもそれが強がりだと分かった。いくら愛するものとはいえ、こんなに短時間で先程のような重傷を治せるほど、アイは修練を積んでいない。
「おねえさま……。」
しかし振り返ってニカッと笑う姉の笑顔を見るだけで、アイはあんしんな気持ちになるのだった。
「……そう、ですね。……ご武運を……!」
「オマエが勝利を願ってくれるのならば、私は誰にも負けない。雨だって晴らしてみせよう。」
「……はいっ!」
◇◆◇
そこにゾロゾロと教会の中に入ってくる者たちがあった。身なりからして、平民の、それも貧民に類する者たちだろう。中にはマンソンジュ軍士官学校で見た顔すらいる。明らかに貴族であるシュベスターとアイに敵意を向けている。すでに敵意の心を向けているものさえいた。30人はくだらない。
「……!!……おねえさま……。」
「……そんなに心配そうな顔をするな。」
シュベスターの手がやさしくアイの頭を撫でる。すると、愛情の氷に包まれる。そして、それ以外に、もうひとつ。それは、アイを包む愛情の火だった。
シュベスターが叫ぶ。
「しらぬい!!」
「は~いっ!」
尖塔の上の方、鐘があるあたりから声がして、そこから揺ら揺ら揺らめいた、炎が下に降りてくる。地面に着地するとそれは、人の形を現した。
「――炎の女!?」
ローブの男が叫ぶ。
「……しらぬいさん!?」
「は~い!アイちゃん!しらぬいさん参上っ!だよ〜!」
アイを間に挟んで背中合わせになったシュベスターとしらぬいが話す。
「……敵の位置と数は?」
「この教会をぐるりと取り囲んでる。少なくとも心者が100人はいるねぇ〜。」
「……ひゃ!100人!?」
「だいじょうぶだよ〜!アイちゃん、安心してね。」
「しらぬい、私は弟を傷つけたコイツをぶっ飛ばさねば気が収まらん。……此処の30人と外の100人は任せても――」
お互い一度も顔を合わせないままそんなことを話す。
「――おっけ〜!任されたっ!しらぬいちゃんにまっかせっなさ〜い!」
言い切る前に答え、なんてことのないようにしらぬいが請け負う。
「おねえさま!?……しらぬいさん!?……あまりにも数が多すぎます!ここはわたくしがこころをもつものの力で食い止めるので、2人はお逃げください!!」
「「……。」」
2人が何かを噛みしめるように黙り込む。
「アイちゃんはほんとうにやさしいね。自分だって怪我してるのにさ。でも――」
「――ああ、大丈夫だ。アイはそこにいてくれ。その――」
「――しらぬいさんと、シュベスターの愛情の中にね。約束するよ。そこを――」
「――汚そうとする奴は全員殺す。」
「そーゆーことっ!だから、そこで見ててね。今から“おねーちゃんたち”が暴れるから、怖かったら目を閉じててもいいけどね!」
「オイ、私はまだお前がアイの“おねえちゃん”だとは認めていないぞ。」
「え〜?今それ言う?空気が読めないな〜。」
二人の姉の会話に割って入る者たちがいた。
「何をベラベラと喋っている?ニセモノの生徒会長と風紀委員長め……!」
「オマエラは此処で終わりだ……!」
しらぬいはその者達に見覚えがあった。
「あら〜。キミタチは、マンソンジュ軍士官学校の元副生徒会長と元副風紀委員長じゃないか〜。こんなところでなにやってるの?グレたとは聞いてたけど、グレにグレちゃってこんな事までするようになっちゃたの〜?」
一人が激昂して叫ぶ。
「黙れ!!」
「オマエラさえいなけりゃ、僕達が委員長になっていたんだ!そして、約束された将来も!!」
「そうだ!!もともとマンソンジュ軍士官学校は、副会長が次の会長になるのが慣わしなのに……!不知火陽炎連合とミルヒシュトラーセ家の跡取りのオマエラが入ってきたせいで!俺達がどれほど迷惑してるか知っているのか!?」
2人がそれぞれ心を込めた拳でしらぬいとシュベスターに殴りかかる。
「阿呆が……。」
「莫迦だねぇ〜?」
「「ぎゃああああ!!!」」
シュベスターが相手の拳を殴り潰し、バキボキと音を立てて、相手の拳が砕ける。それと同時にしらぬいが指先で相手の拳に触れた瞬間に、その者の全身が燃え上がる。
「……はぁ……マンソンジュ軍士官学校のレベルも落ちたものだな。」
「しかたがないよ。シュベスター。私たちが教育してあげなきゃ〜。」
「“強い者が正義”という学校で、親の七光りだけで、私とこいつがトップに立ったとでも思うのか?」
「しらぬいさんたちが、学校を“運営する”組織と生徒を“取り締まる”組織というちょ〜重要な組織でトップになれたのはね〜。単純に〜。」
「私たちが――」
「しらぬいさんたちが――」
「――“強い”からだ。」
「――“強ぇ”からだよ〜。」




