56. 学園の“氷壁”女王 the “Ice Wall” Queen
それは林間学校に出発するすこし前の出来事だった。
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いつもアイを家まで送るのは、かげろう、シュベスター、しらぬいの誰かだった。
そもそも、アイを極力一人にしないのは、ミルヒシュトラーセ家にとっては重要な“戦術兵器”であり、ゆくゆくは“戦略兵器”にまで育つ可能性のあるアイを、公王派、若しくは国外の刺客から守るために、エレクトラが命じたことだった。
そこに愛情なんぞは一欠片もなかったが、3人には関係のないことだった。彼らはエレクトラとは対極に、ただ好きだから守るのだ。
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比較的学校での仕事の少なく同学年のかげろうが一番機会が多く、無理やり時間をブチ開けてでも一緒に帰ろうとする風紀委員のシュベスターが次点、そして生徒会長として多忙なスケジュール縫って隙あらばアイと過ごそうとするしらぬい、というふうになっている。
この日はシュベスターがアイと手をつないで帰っていた。そうして警備の整った家の中までアイを連れ帰ったあと、一人でまた学校の方へ歩を進める。
これは何もいつものように風紀委員長の仕事が残っているからではなかった。帰り道ずっと敵意を孕んだ視線を感じていたからだ。そうしてわざわざ人気の無い路地裏に入り込んだ。
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「……そろそろ姿を現したらどうだ?あまりにも分かりやすすぎて、笑いを堪えるのも限界になってきたぞ!」
声に応じるように、私の前方と背後に二人ずつ、そして周りの家屋の屋根にも数人の人間が現れる。
――阿呆共に教えてやるか……。
「よく聞け!!
この私は!
“このパンドラの地”を“守護する任務”を!
“ファンタジア王国王より与えられた”!
……当代のミルヒシュトラーセ辺境伯爵が娘!!
シュベスター・“エレクトラーヴナ”・フォン・ミルヒシュトラーセである!!!」
両腕に“敵意の氷壁”を纏わせて、氷の指先を突きつけながら問う。
「お前等……所属と目的は……?……答えろ!!」
阿呆の一人が答える。
「問われて答えると思うか……?思ったよりも頭が回らないらしいなぁ……?」
それにつられて他の阿呆共が嗤い声を上げる。
前方と後方で4人、屋根の上に3人か……。“心を配られている”気配はない。場に心を配れるほど、“心に余裕のない”ヤツらか……若しくは心を身体に纏うことに特化した近接タイプか……。しかし、これだけ頭数を揃えていて、全員が接近戦にに特化した奴らとは思えん……。
足の裏に氷壁を纏いながらそう考える。
……ならば――!
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「そうか……じゃあ、まぁ……お前等の身体に直接聞くとしようか……!!」
脚に纏った氷壁で滑りながら、勢いよく前方の阿呆に殴りかかる――!
一人は引いたが関係ない、私の予想外のスピードに反応できていないヤツを氷腕で思い切り殴りつける。
「ガハッ……!」
そして倒れたそいつの腹に、足の裏の尖った氷を思い切りメリ込ませる。
「――!!」
――まず1人。
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「……ふむ……見たところ7人で来たみたいだが……考えなかったのか?それとも阿呆だから考えもつかなかったのか?
……私がお前等の7倍は優に強いということに!!」
先刻後ろにひいた臆病者に、迫ろうとするフリをすると、やはり後ろの2人が援護に寄ってきていた。勢いよく後ろに滑りながら、遥か前方にいるはずの私に心を向けた2人の懐に入り込む。そしてクルクルと周りながら滑り遠心力を利用して、そいつらの背中と腹に氷腕をブチ込む。
体勢を崩したヤツらの後頭部と顎にトドメの二撃をお見舞いしてやる。『体勢を崩させて顔面を殴りつけろ』と言うのはお母様の教えだった。
……なるほど、確かに効果的だ。
――これでまた2人。
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「……どうした?全員で同時にかかってきたら、お前等のような阿呆共でも、私の足元ぐらいには及ぶかもしれないぞ?ただ突っ立って見ているだけか?」
おそらくこいつらはそれほど信頼関係も連携練度もない、ただの寄せ集めの雑兵といったところか。……でなければ、味方の懐に入り込んだ私に躊躇して、味方ごと攻撃しないわけがない。……おそらくそうすると味方にも悪感情が牙を剥くほどの信頼関係しかないのだろう……。
――それにしても……。
「お前等ほんとうに何者だ?私を狙うにはあまりにも弱すぎる……いよいよ目的が分からんな……。」
「――っほざけっ!!」
全身を心で守った敵が正面から殴りかかってくる。それと同時に上にいる3人が、心の矢を降らせてくる。
――コイツラには信頼関係があるのか?それとも味方もろとも?
両腕の氷を攻撃用のゴツゴツとしたものから、回避用に、足の裏の氷のようにツルツルとしたものに変化させる。
「全身を覆えるほどの“心の余裕”があるとは、少しはできる奴がいるみたいだな……」
――だがっ!
クルクルと円を描き滑り、矢をかわしながら、正面から突進してくる敵を、両腕の滑らかな氷でいなして避ける。場所が入れ替わる格好になった。
……それにしても、彼奴等やはり味方もろともか……しかし、相手を愛している時のように、触れた瞬間に霧消するのではなくて、纏った心で弾いていた。
なるほど、ということはつまり――
◇◆◇
「こいっ!その程度か!?」
挑発に乗ってもう一度こい。
「舐めやがって……!!がぁあぁあ!!」
――きたっ!!
先程のように矢はいなすが、突進は正面からクロスした両腕で受ける――!ぐっ……!!そして、相手の勢いを利用して足裏の氷で、後ろに滑って距離を取る。
……流石に少しダメージを受けたが……これでハッキリした……やはりそういうわけか。
――ならば……これで終わりだっ!!
今度は自分から距離を詰め、その勢いを左腕に乗せて思い切り振り切る――!相手の顔面を守っていた心が砕け散る!拳を振り抜いた慣性を利用し、滑って一回転し、足払いをして転がす。そして背中から倒れながら、顔面に全体重を乗せた氷の肘をお見舞いする――!
――あと3人。
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もうタネはわかった。矢が降ってくるが、“共感”して、それを防ぎながら壁を滑って肉薄し、予想通り接近戦はお粗末だったソイツらをぶっ飛ばした。
「……何故だ!?なぜ我々の矢が!?」
倒れ込んで息も絶え絶えな阿呆が1人叫ぶ。
「……ん?あぁ……モノを知らん阿呆なお前等に教育してやろう。“共感”を使ったんだ。」
「そんなことは分かってる!!なぜ我々に“共感”できたっ!?なんで我々の心が“嫉妬の矢”だと分かったんだ!?」
……阿呆のためにタネ明かしをしてやるか……。
◇◆◇
「……お前等が、下で伸びている全身を心で守っていた阿呆に、バカスカ矢を振らせていただろう。そのとき気がついたんだ。お前等とあの阿呆に深い信頼関係もないのに、お前等はアイツを巻き込むこともお構い無しで矢を放ち、アイツもそれを気にもとめずに、無効化していた。
だから、『あぁ、コイツと上ににいるヤツらは“共感”し合っているんだろう。矢と同じ感情で身を守って“共感”しているから、無効化できるのだろう。』と思ったんだ。
――だからわざとアイツの突進を真正面から一度受けて、アイツの“心と真正面から向き合った”。そして纏っているのが“嫉妬の鎧”だと分かった。
……ということは、アイツに“共感”しているお前等の矢も“嫉妬の矢”ということになり、あとは嫉妬を纏って私もお前等に“共感”して、攻撃を無効化したまでだ。
以上。この私にそのような力量で挑んでくるような阿呆には、難しかったか……?」
「キサマ――!!」
何かを言おうとしていたが顔面に拳をメリ込ませて、黙らせる。
◇◆◇
「ふぅ……それで、お前等の所属と目的は?……いいか……?
……この私に3度も同じ質問をさせたらどうなるか……もうわかるな?」
「ひっ!」
拳を突きつけながら、胸ぐらをつかんで高く持ち上げる。
「答えろ……!」
「わ、我々は――」
――!!?
◇◆◇
目の前で、ソイツの顔面が消し飛び、慌てて後ろに滑る。
「――あらあら、ペラペラと敵に情報をしゃべるような部下は死んで下さらんとねぇ……?」
女が立っていた。
「にしても貴女、お強いのねぇ。
……流石……ミルヒシュトラーセの“鉄の女”の名は、伊達やない……ゆうことですねぇ?」




