54. 生来の家族と将来の家族、どっちが俺の真実だ?誰かこの俺に教えてくれよ。 Which is my truth? My natural family or my future family.
弟妹たちが戯れ合うのを、ゲアーターは見ていた。自分をこの世でいちばんしあわせな兄だと感じながら――。
◇◆◇
「アイ!こっちへこい!」
おねえさまとエゴおねえさまに手を引かれていたわたくしを呼び寄せる。
「はいっ!わ〜!」
勢い込んでおにいさまの身体に飛び込む。おにいさまは何時でもあいのことを絶対に受け止めてくれるから何の不安もなく飛び込める。そうして仰向けに寝そべったお兄様に持ち上げられる。――!!ドラゴンごっこだ!!
「ほら、びゅーん。」
「びゅーん!」
「オイ!ゲアーター!危ないだろう!アイを降ろせ!」
「エゴペーは……分かんねぇが。シュベスターお前はアイについて1つ重大な勘違いをしている。」
「な……なにぃ……!!」
おふたりともノリノリだなー。びゅーん。
「アイは意外と男っぽい遊びも好きだ。もちろん女がやるようなのも好きだがな。お前らはアイを大事にしすぎて目が眩んでる。こいつは意外とノリがいいぞ?男兄弟にしか分からんノリなのかも知らんが。
……まぁ、こいつからすれば、男っぽい振る舞い女っぽい服装、なんて区別自体が馬鹿らしいんだろうな。じっさいアホみてぇーだしな。第1性偏重主義者じゃああるまいし、自分の好きなカッコして好きなことして生きるのがいいに決まってらぁ。」
「なん……だと……。」
膝から崩れ落ちるおねえさま。
「びゅーん!……あの、お話のつづきは……?」
「あっ、いっけね。」
◇◆◇
「それで……そうだな。お母様に俺の恋人は俺の地位と性別だけが目当てだって言われて……。恋人を守ろうとして、そりゃあひどいことをお母様にいった。……お母様は泣いていたよ……。ずっとずっと俺の前ではニコニコやさしく笑って……泣き顔なんて初めて見た。『おかーさまを泣かせる奴は、ボクがやっつけてあげるから!』な〜んて言ってたのによ……。まさか生まれて初めて見るお母様の涙が自分のせいだなんて、考えもつかなかった。
そうして屋敷を飛び出して、アイツが住んでた寮の部屋を力任せにノックした。そしてドアが少し開いたらもう我慢できなかった。周りの寮生に見られるのなんてお構い無しに、アイツを抱きしめた。そうして……言ったんだ。
『お母様はボクとキミとの関係をよく思っていない!別れろって言われたんだ……だから、地位も名誉もお金も捨てて、2人でどこか遠いところに逃げよう!ほら!マグダラの山桜の森の中にでも逃げちゃえば、きっと追ってこれないよ!ボクがキミを背負っていくよ。だから、全部捨てて逃げよう!今すぐに!だって、ボクはキミが居ればそれでしあわせだし……キミだってそうでしょ……?』
そしたら……なんて言われたと思う?お笑いだぜぇ……?
『……。……ゲアーター。落ち着いて。全てを捨てたキミと逃げるわけには行かない。俺は家を復興させないといけないんだ。家族みんなの期待が……“生活”がかかってるんだ。
ほんとうにごめんなさい……。最初キミに近づいたのは、キミがこの国でいちばん権力のある家の跡取りで、獣神体だったからなんだ。……それだけなんだ。キミを利用して俺は“家族の幸せ”を叶えたかったんだ。だって……恋人より……友達より……家族のほうがいちばん大事だろう?この世でいちばん大切だろう?……だから、ごめんなさい。
でも分かってほしい。“何ももたない人間”が、神様に何も与えられなかった人間が……貧乏人が幸せになろうとしたら、いい人間では居られないんだよ。……“貧しき人々”だって……俺たちだっていい人間でいたいんだよ。ほんとうは。
でも……金がないんだ。この世の問題のすべてはそれなんだよ。俺たちがやさしい人間であろうとしたら、あっという間に身ぐるみ全部はがされちまう。金がない人間は、高潔ではいられないんだ。“ほんとうのさいわい”なんて、ほんとうの愛なんて金持ちの道楽なんだよ……。
でも、でもこれだけは信じてほしい。俺は確かに最初はキミの金と性別を当てにして近づいた。……だけど、2人で過ごすうちに、こころがキミを好きになったんだ。あの冬の日に、2人でベンチに腰かけて手をつないでいた時のこと覚えてる?……あのとき俺はちっとも寒くなかった。だってとなりにキミがいたんだもの。あのときに、ずっとウソをつかせていたこころが。……こころがキミを愛してしまったんだ。それで、キミの左手のぬくもり以外なんにも要らないと思ったんだ。それはほんとのことなんだ。……それだけが俺の真実なんだよぉ……。
……でも、実家に帰ってボロボロのあばら屋で、両親に笑顔で抱きしめられたとき。すきま風がひどいから弟たち妹たちと抱き合って寝た夜に。……『家族をしあわせにすることがいちばんだ』って、そう思っちゃったんだ。
……マンソンジュ軍士官学校に入るために、俺が夜でも勉強できるようにって、ロウソクなんて高級品をプレゼントしてくれて、みんな食うものにも着るものにも困ってるのに。……そのロウソクの薄明かりのせいで、いつもは真っ暗でみえない、弟妹たちの寝顔が見えちゃったんだ。そしたらもうだめだった。
こいつらのために、家族のために、俺はどんなに醜い人間になってもいい、でもお父さんお母さん、弟妹たちにはしあわせになってほしいって!……そう思っちゃったんだよぉ……!
だって俺は長子だから!いちばん最初に生まれたんだから……!家族を、あとから生まれてきたあいつらを……守らないとだめだろう……!?キミだって長男だから、わかるだろう……?
……だから、ごめん。キミとは一緒に行けないし、キミが地位もお金も捨てるのなら……もうこれ以上……っ……一緒にはいられない……!ごめん、ゲアーター……俺がこの世でいちばん愛した人……さようなら。』
そう言って、アイツは扉を閉じた。まるでそれが2人の世界を分かつものだとでも言うように……。扉の向こうでアイツが泣いてたのかも、笑ってたのかもわからない。俺たちの道が違ったからだ。……一言一句覚えてるなんて、未練がましくて、気持ちわりぃだろ?獣神体のクセにな……。」
お兄様の言葉は誰かを責めていた。でもそれは決してその方ではなく、自分自身なのだった。
「ちがいます!気持ち悪くなんてありせん!『獣神体のクセに』?……おにいさまはわたくしが、おとうさまに息子だからという理由で殴られてふさぎ込むたびに、
『息子だ娘だなんか気にするのは莫迦らしい』
と笑い飛ばして下さいました!
『俺はお前の性別で扱いを変えたりしねぇから』
と、勇気づけて下さいました!
わたくしは!……わたくしも、おにいさまが獣神体だからといって態度を変えたりなんかしません……!だっておにいさまは……!わたくしのっ!ただひとりのおにいさまなのですからぁ!!」
わけも分からず喚き立てる。でもわたくしのこころをぶち撒けて、すこしでもいつも“アイといてくれる”おにいさまに何かを返したかった。それが何かは分からないまま、ただやさしさのお返しがしたかったのだ。いつもわたくしたちにやさしいおにいさまだから、たまにはご自分にもやさしくして欲しかったのだ。
「……ありがとうな、アイ。すこし……救われるよ。エゴペーも、シュベスターもありがとうな。お前らのこと愛してるぜぇ……あはは、なんてな。……でもこれは、冗談じゃないぜ。」
「ああ、分かってる。」
「そんなの生まれたときから知ってるわよ〜。」
「……だから、アイ、考えてほしい。もちろん俺はお前には幸せになってほしい。……幸せで、いてほしい。
だから……友が、恋人が、俺たちをミルヒシュトラーセ家だと、獣神体だと“差別”するなら……こっちも相手を差別するしかないんだ。
じゃないと……お互いにとって不幸なことになる。友達と、恋人と……なにより家族と、一番したくない喧嘩をすることになる。」
おにいさまの声は諦観に彩られていた。……いや、灰色の思い出のような色かもしれない。きっと思い出だからって彩ってはいないのだろう。幼い頃にかげろうやはるひちゃんと過ごした日々に、すぐに色つけて美化しようとするわたくしとは違う。
……大人の、灰色の眼差しだった。




