49. 輝色の薔薇には言葉がある。 Yellow Rose is Beauty, Friendship, Devotion and ―― Jealousy.
「クソっ!……なぜだ……?“共感”したのに……!」
◇◆◇
「……共感したのに?フフッ……お笑いだわ。」
跪いてもなおこの私より高い所にいる不届き者に、一段また一段と階段を登り近づく。
「――アナタ如きが私の“高貴なる嫉妬”に共感できるとでも?」
「ア゙ァ゙!?嫉妬に高貴もクソもねぇだろうが!」
下等な動物が吠える。
「あらこわい、出自が知れる言葉遣いねぇ……。そもそも、私がなんの考えもなく自分の心の性質と感情の正体を、ペラペラ話すとでも?もっと足りない頭を使いなさいな。
敵が手の内を明かすなら、それは嘘か……知らせたほうが都合がいいからに決まっているでしょう?
……“平民生まれ”の脳味噌には難しかったかしら?」
「テメェ……!」
「種明かししてあげると……私の嫉妬は深すぎてね、そんじゃそこらの嫉妬なんかじゃ、“共感”なんかできないのよ……。」
まぁ、これも半分ブラフだけどね……。
獣の横で立ち止まり、命令する。
「さぁ、頭を垂れなさい……王女の御前であるぞ……頭が高い……!!」
そして私の嫉妬を獣の頭にぶちまけ――!?
――何も聞こえない!?それに痛みも!!
――!!何が起こった!?……ココは?背中がいたい……黒板に叩きつけられたのか?……爆発で吹き飛ばされのね……。あの動物め……跪いて身体の下に怒りの心を溜めていたのか――!
◇◆◇
「おやおや……ハァハァ……オウジョサマは下々の生き汚さを知らないと見える。そりゃあそうだよなぁ……生まれたときからこの国いちばんの金持ちなんだからなぁ……!腹なんかスカしたことないだろう?オウジョサマァ!!」
「はぁ……これだから……。アナタたちは二言目にはそれねぇ……。確かに私は恵まれているわ……だけど、その立場に甘んじて恩恵を享受しているだけのバカどもとはちがうわ。王族は恵まれた分果たしているの……“高貴なる義務”をね。
……まぁ、いいわ。教室からクラスメイトたちはみんな逃げ遂せたみたいだし……ここからは手加減しないわよ……!」
金持ちの言葉は、生まれながらもってるヤツらの説教は……なんでこんなにもウザいんだろうな……なぁ?アイくん……?
「ほざけ……。もう王女だとか関係ない。ぶっ潰してやる。私の心で――!」
――チッ……癪だけど相手が、相手だ……あの人たちの心を使うしかいか……。
右手の拳に怒りの焰を纏わせて、胸から出した炎で自分の姿を陽炎のように眩ませる。まだ私は、焰を纏えるのは拳だけだし、完全に姿は眩ませないが、どんな体勢を取っているか隠せるだけでも、接近戦じゃあ効果がある。
両手を広げて構えたファンタジアの、身体中から紫の液体が滴り落ちる。完全に待ちの構えだ。
「――来なさい。高貴なる私の身体に触れたら最後、下賤なその全身が左腕みたいに、使い物にならなくなるわよ。」
「かんけぇねぇよ……。毒が回る前に焼き殺してやる……!!」
勢いよく階段を蹴り飛ばして、重力も味方につけて、金持ちのクソ女に迫る。
「くらいなさいっ!!」
「くらええええ!!」
◇◆◇
「――やめてください!!!」
目の前にいるはずのない人間――アイくんが現れた――。殴りかかっている私の目の前に――クソ王女を庇うように手を広げて――!
――やばい!!止まれない!!
「きゃぁぁ!」
アイくんの顔を、アイくんを、殴ってしまった。ウソだウソだウソだ、私はそんなことしない……アイくんを殴ったりなんて……。殴ってしまった?なんでショックを受けている?もっともっと非道いコトだってしてきたのに……。なんでこんなに、アイくんに“殴られた”んじゃなくて、アイくんを“殴った”のに……殴られるよりも、侮辱されるよりも……いちばんクソみたいな気分になるんだ……?
そんなことより、アイくんは無事――
◇◆◇
いたい、いたいいたいいたい――!
獣神体の拳がこんなに痛いなんて。叫びたい。頬を抑えて蹲りたい。でも――
「はるひちゃん!ラアルさま!だいじょ――」
「アイ!大丈夫!?あぁ、きれいな頬がこんなに腫れちゃって……!……アナタ、私の目の前でアイに手を上げるとは……死ぬ覚悟はできているみたいね!!」
ラアルさまが抱きしめてくれる。でも――
「まってください!ラアルさま!わたくしが勝手に間に入り込んだんです!」
「アイ!?なんでこんな奴を庇うのよ?貴女に非道いことをしただけじゃあ飽き足らず……暴力まで振るったのよ!?」
本気でしんぱいしてくれるこんな私を――ほんとうにいいひとだなぁ……。
「ありがとうございます。ラアルさま。ですが、はるひちゃ……くんも殴るときに拳から心はほどいてくれていました。虚弱なわたくしなんぞは、そうじゃなかったら、今頃ただでは済まなかったでしょう。勢いもできるだけ殺してくれたみたいですし……。」
「――“はるひくんはわたくしに、“こわいこと”をしてこない時は、いえこわいことをしていても……はるひちゃんは、ほんとうは、天使のような人なんです……。”」
◇◆◇
天使――?この私をつらまえて、天使?こんなにみにくい私を、私のことを――?
そういえば、あの湖で、はじめてアイくんを見たときに、なんて思ったんだっけ?その泣き顔がとってもきれいで。
――天使、みたいだったんだ――。
◇◆◇
「――!?」
突然はるひくんとラアルさまに、縄のような心が巻き付く、目にも留まらぬ速さだった。獣神体が2人、全く反応できない疾さと精度、術者の遥かに高い技術が伺える。これは――
「……おやおや、ボクが講義を行った教室で騒いでいる生徒がいるからと、戻ってきてみたら……。ファンタジア王女殿下と春日春日ですか……よくわからない取り合わせですねぇ……?」
気怠げに、しかし誰にも気取られることなく、3人の近くに突然現れた――疾い――!
「ナウチチェルカ先生!」
「おやおや、アイたん……危ないから離れておいでよ……。今この“危険な獣神体達”を――」
まずい――!
◇◆◇
「チェル先生!これは、その、わたくしたち……えっと……あの……そうっ!心の実践をしていたところで……お騒がせしてすみません!わたくしたち、もう帰るので……。」
――見え透いた言い訳だ。だめかなぁ?
チェル先生は、いつものけだるげな半分閉じたような眼で、わたくしを見やる。そうして、頭をポリポリと掻きながら、言ってくれた。
「うーん、明らかに本気の戦り合いですが……うーん……でも王女殿下いるしなぁ……ハァ……これ報告したらボクの責任になるか?ああ、面倒くさい……億劫だ……辺境伯派の学校で、王族の……しかも公王の娘が起こした問題に介入するとなると……めんどくさ。」
そして両手をぱちんと合わせて(とても徐ろな動作だったのでほとんど音は聞こえなかったが、というかそもそも先生の白衣は爪の先までを覆っているので、布と布がパフンとぶつかる音だった。)、場を治めようとする。
「あー、そうだね……まぁ、えー若気の至りというね?的なことでね?キミタチは放課後にー、この教室で心を使ってキャッキャウフフとやっていた……みないな、まぁ、感じで……いこう。うん。長机がひとつぶっ壊れているのと……黒板にヒビがブチ入ってることに目を瞑れば……まぁ、うん……いけなくはないか?……いやむりか?……土下座案件か?学長に?いや元々プライドもクソもねぇーからいいんだけど〜……メンドイんだよなぁ……。どうする?キミタチ?」
こっちに丸投げ!?
「えぇ〜っとチェル先生?あの?」
「アイたんアイたん……そんなかわゆい目で人をみるものではないよ……。照れるじゃあないか……ポッ。」
はるひくんはなんだか茫然自失だし……だいじょうぶかなぁ……?ずっと押し黙っていたラアルさまが口を開く。
「……ナウチチェルカ先生……私が学校に寄付して、損壊したモノはより良いものにして差し上げます。……なので、今日この教室では何も起きなかった……ということで宜しいでしょうか?」
「ラアルさま!?」
「おっ……いいねーい。その案さいよ〜う。じゃあボクにも責任はないということで、かいさ〜ん、バイバイね〜。……ハァ〜……これから林間学校の引率の準備か……クソめんどくせぇ……林間学校の会場消し飛ばねぇかなぁ……。」
「チェル先生!?」
権力と金にモノを言わせて、無理やりおさめられた……。
――はるひくんずっと黙ってるけど……だいじょうぶかな……?
◇◆◇
「あっ……!それとアイたんや……早く頬を治しなさい……真っ赤に腫れ上がっているじゃあないかね……ボクは人を愛することが得意な“愛するもの”じゃないから……まぁ自分で治しなさい……確かアイたんは愛するもの”だったでしょ?」
ドキリとする……たしかにそうだか……わたくしの愛自分を焼き尽くすのだ。“自己憎悪”のせいで。どうしよう、と思っていると……。
「――アイ!頬をみせなさないな。私は愛するもの”じゃないけど、貴女への愛は無限よ!すぐ治してあげるわ!」
「ありがとうございます!ラアルさま!」
あぁ……ラアルさまの愛はあたたかいなぁ……。
「それにしても、アイ、貴女よく私の心の拘束を破れたわね?貴女が危ない目に遭わないように教室の椅子に縛り付けたのに……。」
「……ああ、あれなら少ししたら消えちゃいましたよ?ラアルさま、多分心を長く保っておくのは苦手ですよね?……前に訓練でその課題が出て大変だったって話してくれましたし――」
「――うぐっ、まぁ、たしかに――」
◇◆◇
はるひは黙ってその光景を見ていた――。
――自分がその手で傷つけたアイを、王女がやさしく癒すのを……。




