48. 藍には王女がいる! Indigo has the Royal Lady !!!
「えー……ですので……えー心者同士の闘いになった場合はー……えーっと……相手の心が“どういう感情”を、“どういう物質”として顕現させられたものかを見極めるのが、えー、大事でして。」
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はるひは一番うしろの一番高い机に頬杖をついて、退屈そうに、心の講義を受けていた。対照的にかげろうが、人さし指を挙げて、積極的に質問をする。
「教官。“どういう感情”を“どういう物質”として、とは、相手の感情が“好感情”か“悪感情”かという話でしょうか?」
髪がボサボサで物憂げそうなナウチチェルカという教官が答える。
◇◆◇
「いえ、違います。まず敵に向けるのは十中八九悪感情の心なので、そこを意識する必要はありません。
寛容なのはまず、“どういう物質か”。つまり敵の使う心が“水のような”ものなのか、“火のようなものなのか”それとも“鉱物のようなものなのか”。……そして、水のようなといっても、それが“雨”なのか“川”なのか、もしくは“涙”、何かによっても、求められる対応が変わってきます。」
◇◆◇
「ふむ……なるほど、して“どういう感情”か、というのは?」
「はい、こちらは単純にそれが“怒り”“かなしみ”“嫌悪”、“殺意”など、どの感情かを見極めることです。これは“燃えるようなかなしみ”もあれば、“雨のような怒り”もあります。したがって見極めるのは、はなはなだ困難に思われるでしょう。
ですが、相手の心を知ることが勝利への一番の道です。なぜなら――もちろん怒りに対してかなしみなどの対照的な感情をぶつけることも、使える手ですが――戦闘の基本は“共感”だからです。」
「共感?……というと相手を憐れめ、ということですか?」
「いえ、まったく違います。それは最近使われている方の意味ですね。本来の地獄由来の言葉である、“共感”とは相手と同じ感情を抱くことです。憐れみや労りなんぞとは関係がありません。
これを心者同士の戦闘に置き換えると、相手が“憎しみ”をぶつけてくるなら、こちらも“憎しみ”で対抗するといったふうなやり方です。性質の同じ感情は、基本的には相殺し合うので、相手には“共感”した感情を自身の身に纏うことで、その相手に効果的な鎧を手に入れたも同然ということです。
基本的に敵はいちばん得意な感情で攻撃してきますからね。まぁ、いちばんその人の人生に染みついた感情といってもいいですが……。
しかし、敵に“共感”された場合対抗策がないかというと、そういうわけでもなく――……。
……あぁ、もう時間ですか。今日の講義はココまでにしましょう……まぁ、別にボクの講義はつまらないことで有名なので……寝ててもいいですが……“共感”というキーワードだけは忘れないでください。これは文字通り貴方がたの生死を分ける概念なので……。
すみませんね、他の教室はもっと早く講義が終わってるみたいですね……いつも無駄話をして……長引いてしまいます……まぁ、諸君らが時が経って思い出すのは講義の内容ではなく、ボクの無駄話かも知れませんのでね……ええ……御愛嬌ということで……では、さようなら……。」
◇◆◇
教官がけだるげに小さく手を振ったあと、のそのそと教室を出ていく。それにつられるように、多くの生徒がザワザワと話しながら外に出ていく。
そうして、その喧騒も落ち着いて、束の間の静寂が訪れる――かと思われた。
◇◆◇
「春日春日!!」
爆音と共にはるひの教室の前のドアが弾け飛ぶ。襲撃者のルビーの眼が赫く燃えている。その眼がゆっくりと動き、ザワザワと騒ぐ教室の、一番高い後ろの席で頬杖をついていた獲物を捉える。
――そして、ゆっくりとしかし確実に誓いを宣誓するように――言った。
「――貴女を殺す。」
◇◆◇
「……なに?アンタ……あぁ……ファンタジア王女殿下ではありませんか。わたくしのように元平民の卑しい者に何のようで?」
――なんだ?コイツとは特に諍いを起こした記憶はないぞ、それにコイツの信奉者共とも。
取り敢えず丁寧な態度をとるが、相手が獣神体でこちらに圧を放っている以上、臨戦態勢をとるしかない。
机の下に隠した右手に怒りの心を溜めておく。……流石に立場ある人間がいきなり殴りかかってはこないと思いたいが、あの様子を見ると……すぐ反応できるように脚にも心溜めておくか。
「貴女を殺すわ。」
言葉が通じないのか?これだから金持ちどもは、好きになれない……なろうと思ったこともないが。
「要件を聞かれて返答がそれだけとは……貧乏人の言葉は聞く気がないと見えますねぇ……?……いくら貴女様でも、理由もなく貴族を殺せるほどの横暴は許されないはずですが?」
どうする?流石に此方から仕掛けるとあとで言い逃れできない、あんなんでもオウジョサマだからなぁ……。理想は挑発して一発入れさせて、その後に……。そうなると顔を守っておきたいが……そこまで心を分散させるとコイツの攻撃に耐えられるかあやしい……脚か手は諦めるか……。
チッ……クソめんどくせぇ……。そもそもなんでキレてんだよ……私がココで関わりがあるのなんて、アイくんぐらいだ――
「――貴女はアイを辱めた……私の……友を。確かに“王女”は“貴族”を殺せないけど、私は友を侮辱した人間を殺せるわ……今、証明してあげる……!」
アイ……アイアイアイ……!そういうことか……。あの人間体また他の獣神体に色目使ったのか……ムカつくなぁ……。あんだけ調教してやったのに、まだ……。……取り敢えず煽って余裕をなくさせるか。
「おやおや、ファンタジア王女殿下――」
「――あの娘に……何をした……?答えによっては、大怪我だけですませてあげるわよ……。」
チッ……既に限界までブチギレてる。……いや、あの子はコイツに何をされたかまでは言ってない……。そりゃあそうだよなぁ……“あんなコト”人に言って回れる訳が無い……ククッ。
「――おやおや、何があったかも知らないで、いきなり断罪するかどうかを決めてかかるとは……王族の公平さの欠片もないですねぇ……?
そもそも……あの子が貴女に教えなかったってことは、教えたくなかったんですよ。……私と“2人だけの”ヒミツにしておきたかったんでしょう。あの子も可愛いところがある……ククッ。」
◇◆◇
「――黙りなさい。何をヘラヘラ嗤っている?……“王女の命令”だ。答えなさい……!」
ニヤニヤと人を馬鹿にした態度。いや、そんなことはどうでもいい……コイツはあの娘を……!お母さまのようにやさしいあの子を……!!私を包み込んでくれるあの娘を!
指を揃えて右手を前に突き出し、私の心をあの不届き者に向ける。ああ、我慢ができない……。
「――あの娘に……何をした!!!」
叫んだと同時に指の先から心を高い位置にいるアイツに飛ばす。私の心はスピードはないが、喰らえば終わりだ。
◇◆◇
紫色の液体のような心が飛んでくる。かわそうと思えばできたが、コイツをぶっ飛ばす免罪符がほしい。一発は食らってやる。
――!?
「がぁあぁあ!?」
ガードした左腕が、熱い、とんでもなく熱い――!!なんだ!?炎の心か!?お父さんみたいな?いや、でもこの痛みは――!?
「あらあら、当たっちゃったわねぇ?そうねぇ……辺境伯派の皆さんにも教えて差し上げましょうか……。
――私が一番得意な心は“毒のような嫉妬”よ。」
毒だと!?そうか、この痛みは皮膚を食い破るような痛みは――毒か。いやそんなことより――
「ハァハァ……いいんですかぁ?自分の心を他人にさらけ出すなんて?――対策してって言ってるようなものですよ……!!」
急いで燃えるような嫉妬の感情を顕現させ、左腕に纏う……が、痛みは引かない、むしろ内側を虫に食い破られているような痛みが広がっていく……!あまりの激痛に思わず跪いてしまう。
「クソっ!……なぜだ……?“共感”したのに……!」
何故だ!なぜコイツの“嫉妬”は――!




