46. ああ!月よ!お前もこの感情を奪うのか。 Son is a Bitch
「何してんだ!テメェ!!」
知らない女の人に、怒りの言葉を浴びせたおかあさまは、あいを守るために近寄って抱擁を――
「おかあさま!おかあ――」
――世界が揺れた。なにが起こったか分からなかった。炎天下の陽炎の立ち昇る地面の味がした。手に小石が食い込んで痛かった。夏の匂いがした。いつものようにおかあさまに、顔をなぐられたのだ。なんで?ねぇなんで?おかあさま?なんであいを?
「テメェ!なにしてやがる!!失礼のないようにっつっただろうがっ!!」
そのまま胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。とっても苦しかったけど。もっといたいかった。さきっきの言葉はあいをたすけるために言ったんじゃなくて、あいをどなっていたんだ。あいが、あいが、逃げないように。
「ちょっと顔は殴らないでよ!疵がつくでしょ!」
あいを庇ったのはおかあさまじゃなくて、さっきの女の人だった。
「せっかくこんなにソックリに着飾ってるのに!……ね〜?サクラちゃん?ね〜!」
顔をのぞき込んで笑いかけられるが、ほしいのはおかあさまの笑ったかおだった。そんなのみたことないけど。
「アイ……テメェ……二度と逃げ出したり抵抗したりすんじゃあねぇぞ……!アァ!?わかってんのかボケが。……ほらよ、持っていけ。」
おかあさまの手で、女の人にひきわたされる。おかあさまはまもってくれなかった。おかあさまがきめたことだったんだ。おかあさまが。おかあさま……。
屠殺場にひきずられる家畜のように、小屋まで連れ戻される。たすけておかあさまたすけて、おかあさまおかあさまおかあさまー!こころのなかでおかあさまを呼んでいるとあんしんなきもちになれるとおもった。そうはならなかったけど。でもだいすきなおかあさまのことをかんがえて、オバケがどこかに行くのをまっていようとおもった。
またベッドの上でよくわからないこわいことをされると思ってふるえていると、女の人はあいを小屋の隅に座らせた。そして、隅にあったワンピース姿の人形をベッドまで持っていった。
《あぁ……!サクラ……あいしてる……。》
あたまがわれそうだ。それから女の人は、人形にキスをしたり舐めたりしながら、その人形が着ていたワンピースを脱がしていく。はきけがする。くるしい。そして、人形になにかひどいことをしていたみたいだった。
あいはそれをずっと小屋のすみで、ふるえながらうずくまってみていた。つらい。つらくない。だいじょうぶ。しばらくして裸になった人形をベッドに置いたまま、女の人がおかあさまをよんで、お礼を言って何かを渡していた。それをずっとへやのすみからみていた。
そうしてはきけがするオバケがかえったあとあたまがいたいまたおかあさまといっしょにだいじょうぶいえまでくるしいかえった。
それからはいきができないなんどもそんなことがあった。だけど小屋のすみでいたくないオバケがどこかに行くのを待っていたらくるしくないおわるから、こわかったけどだいじょうぶおわるから、おかあさまのやくにたちたくてひっしでがまんした。だいすきのおかあさまによろこんでほしかったから。
女の人のオバケがあいをみるあのめがこわかった。あのあかくひかった、めが。
あれ?はるひ……なんでここに、おかあさまは、どこ?おかあさまおかあさま。はるひが……。――あのめだ!あいをみるあのオバケとおんなじめで、はるひが、みてる。
「キャアアアアー!!」
オバケから逃げようとひっしで、もがくいろんなところをぶつけていたかったけど、ひっしであばれた。なにかからおちてせなかをうったけど、どうでもよかった。そのままあとずさって、オバケからにげようとする。
「アイくん!?……急にどうしたのさ?さっきまでされるがままだったじゃん……。」
たすけておかあさまおかあさまおかあさまたすけておかあさまおかあさまおかあさま――!
「アイくん、落ち着いて、こっちを見て……ほら。さっきまで気持ちよさそうにしてたじゃん?どうしたのさ?」
あれ、なんで、ふくがぁ、なんでぇ?ふくっ、ふくがあいのからだ……。――!!
「キャアアアアっ!!やめてたすけてごめんなさいいい子になるからちゃんとおとこらしくなるからきたないからだもかくすからみにくいかおもかくすからごめんなさいごめんなさいゆるしてゆるしていい子になるからいい子になんでもするからおかあさまのいうこときくから気持ち悪いみためだってしってるからおかあさまおかあさまたすけていい子になるから――」
◇◆◇
教室のすみで蹲り謝り続けるアイを見て我に返ったはるひは、頭から冷たい血が流れるように、途方もない罪悪感に襲われた。後ずさって教室から、罪悪感から逃げ出そうとしたが、アイを逃さないように自身の手で鍵をかけた扉がそれを許してはくれない。
――何をしてるんだ私は、私はただアイくんを取られたくなくて。アイくんを私のものにしたくて、ほかの獣神体といるのが許せなくて、私をあいしてほしくて、アイくんアイくん……ア、イ……くん……?
ハッとして慌ててアイくんに駆け寄る。教室の窓から西日が差しているが、アイくんその小さな身体をさらに縮こまらせてへたり込んでいるから、窓枠のしたの闇のなかにいる。
「アイくん!しっかりして!だいじょうぶ!?」
私がこんなにしたのに、無理やりしたのに、だいじょうぶ……だなんて、いやそんなことは後回しだ。
「アイくんこっちを見て!私の目を!」
もう二度と傷つけないから!一生かけて守るから!二度とこんなことしないから!!だから、もう一度、私の目を、私のことを見てよぉ……!!アイくん!!
「め……?……!あっ……あぁああ……その目、あの目だ……!」
「アイくん!?気がついた!私はここにいるよ!ごめんなさい!もう酷いことしないから!貴方の獣神体として、貴方の番として、一生貴女を守るから!!だから、だから私を、わたしだけを――!」
アイくんは唯一神に縋るように、彼の唯一に、彼の獣神体に、自分だけの番に縋るように、助けを求めた……。
「たすけてぇ……かげろうぅ……。」
――かげろう。かげ、ろう……。かげろうかげろう……かげろう……!!いつもそうだ。ちいさいころからずっと!アイくんはかげろうのことばっかり!!わたしなんてみてくれない!!!私がどれだけ頑張っても!なんで?なんでなの?あんなヤツのどこがいいんだよ。私の方が強いのに。アイツはただの獣神体で、私はアニムス・アニムスなのに!!私の方が絶対アイくんを護れるのに!!私の方が絶対!!……アイくんのことが……貴方のことがすきなのに……。カッコよくなるために、貴方を護れるように、頑張ったのに……ほんとうに頑張ったのに!!
――あぁ……そうか、そういうことだったんだ。莫迦なアイくんは自分の番がだれか分からないんだ。自分のほんとうのこころが分からないんだ。自分が本当は誰が好きなのか。誰に護って欲しいのか、誰に愛してほしいのか……!莫迦な人間体だからわからなくなっちゃったんだ。無理やり襲ったぐらいじゃ、この莫迦なオスはわからないんだ。じゃあ、しかたがないよね?アイくんのせいなんだから。ぜんぶこの子が――
「ぜんぶアイくんがわるいんだから……!!」
あぁ、罪悪感が溶けていく、気持ちがいい。私のオスが、私の人間体が何か叫んでるけどどうでもいい。さっきので私のこころが通じなかったんなら……もっと、もっと彼の全てを奪ってやればいいんだ。
《あぁ……!アイくん……あいしてる……。》




