43. 子供がこどもでいられる日常 Daily Life embraces the child.
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「アルちゃんなんか知りませんっ!」
「アイちゃん様〜よしよし〜。ねっ!機嫌直してよ〜!もうアノの夜のことからかったりしないからさ〜!」
珍しく怒っているアイを見て、教室は騒然となる。というか、アイは怒るという機能をほとんど喪失してしまっているので、これはただのじゃれ合いだった。と言っても、怒った素振りを見せても相手に見捨てられることがないと確信が持てることがないので、怒ったふりをするのも、極めて特異なことで、アルタークをそれほど信頼している証だった。
だからアルタークは、仲良くなって少しずつ、アイが自分に対して、仔猫がじゃれつくように、いじわるな言動をしたり、ふくれてみたり、怒ったような素振りを見せてくれるようになったのは、密かに嬉しかった。甘えられているような気がして尊かったのだ。
「頬を膨らましてるアイちゃんもかわいいよ〜!」
「ふんっ!知らないもん!アルちゃんのアドバイス通り、はるひくんと話してきます!それではッ!」
教室を足早に出ていくアイ。
「ア゙……ア゙イ゙ちゃ゙〜ん゙。……。……?」
怒って出ていったはずのアイが、無言でトコトコと俯きながら、アルタークの方へ戻って来る。
「……アイちゃん様……?」
そして、アルタークの服の裾をギュッと握り、俯いて目を合わせようとしないまま黙り込む。アルタークは幼子にするように、膝を突き両手を握って目線を合わせる。
「どうしたの……?」
「さっきのは……。ホンキで起こってるわけじゃなくて、アルちゃんにかまってほしくて……。だから、きらいに……ならないで……。」
アルタークは自分の心臓がキューン!となる音を聞いた。そして、ガバっと親友を抱きしめる。
「アイちゃん〜!分かってるよ!私がアイちゃんをキライになることなんて、未来永劫ないからっ!安心してっ!ねっ!」
「うん……。」
「春日様のとこいくんでしょ?ついていこうか?」
「ん……いい、ひとりでいってくる。」
「行ってらっしゃい。」
「ん……。」
控えめに手を振って今度こそアイは出ていった。
――アイちゃん……なんか幼くなってない?……いや、もしかしたら、今までオトナなふりをしていたのかな?……何かそうしないといけない事情が……あったんだろなぁ……。まぁ、じゃあ親友の私が、アイちゃんが子どもでいられる場所になるしかないよねっ!
アイちゃんが、無垢で純白で、何にも汚されないきれいなままでいられるように――!
◇◆◇
春日春日と陽炎陽炎は同じクラスに属している。これは偶然ではなく、春日家が不知火陽炎連合の傘下だからだ。
かげろうのクラスは連合の傘下の家の子どもが集められている。単純に将来肩を並べて戦うことが多くなるし、学生のころからお互いの戦闘のクセを理解していれば、統率も容易くなるだろうという理由だった。
実は密かに連合の上層部は、アニムス・アニムスであり、こころをもつもののアイとの関係をより密にするために、かげろうとアイを同じクラスにしようと画策していた。アイのそばにいたいかげろうもこれには同意したが、何故かエレクトラがそれを阻み、アイを別のクラスに入れた。かくして、アイはかげろうともはるひとも別のクラスになったのだ。
かげろうとはるひはクラスでもあまり話すことはなかった。もちろんお互いを幼なじみとして信用はしていたが、アイとの関係で軋轢があったからだ。そんな少し対立しているように見える様子も、“学園の二大王子様”という巫山戯た字を作るのに一役買ったのだろう。
二人とも教室では騒ぐタイプではなかった。かげろうに関しては周りに未来の部下がたくさんいるとあっては、羽目も外せない。はるひはそもそもクラスメイトに興味がなかった。2人の人生における興味のほぼ全ては、アイ・ミルヒシュトラーセに集中していたからだ。
アイのクラスがアイを中心に和気あいあいとしているならば、かげろうのクラスはかげろうを中心に規律だっていた。それは中心人物の人柄を反映させたものだった。
そんな2人が徒然に過ごしていると、教室のドアが控えめにノックされ、開いた。もちろん2人ともそちらを見やりもしない。しかし、いつもは静かなクラスが珍しくざわざわと騒ぎ始めたので、一言言おうとかげろうはそっちを見た。そして弾かれたように立ち上がる。クラスでの彼しか知らないクラスメイトたちは吃驚する。
彼がそんな行動に出たのは、アイが扉の前でかげろうのクラスメイトに囲まれながら、目を白黒させていたからだ。
「“天使姫”!かわいい!」
「“学園の天使お姫様”だ!きれ〜!」
「“天使姫”……どうしてこのクラスに?」
「あぁ、麗しい……是非僕と親交を結んでは下さらないか……!まずはその証として、そのたおやかな御手に口づけを――」
「おい!貴様っ!アイ様に何をしようとしている!控えろ!離れろ!オマエラっ!」
かげろうがクラスメイトを散らしながら、大股でアイに駆け寄る。かげろうに気がついたアイは、困惑した顔から、花が咲いたように咲う。
「あっ……かげろうっ!」
かげろうは、アイが自分を見つけただけで喜び安心するのだという事実に、打ち震えていた。
「アイ様……!どうされたのですか?このような所に。」
このような所って……とクラスメイト達が内心不満を漏らす。
「もしや俺に会いに?それならば言ってくだされば、いつでも迎えに馳せ参じますのに――」
キザなクラスメイトに握られていた、アイの手をハンカチで拭きながら言う。
「――ううん、今日ははるひくんに用があってきたの。」
かげろうの動きが止まる。それに気づかずにアイは続ける。
「でもかげろうに会えてうれしいな。次期当主候補の第一位になってから、忙しそうだったし、授業ちがうとなかなか会えないもんね。」
「……そう、ですね。」
「それで、はるひくんいるかな?2人きりで話したいことがあって――」
アイの言葉を神のように愛しているかげろうが、それでも口を挟む。アイの両手を握りながら。
「アイ様……なぜ自分からはるひとお会いになろうとするのです?それも2人きりだなんて、危険です。最近の2人の関係はあまり良くなかったはず……何故態々アイツなんです?命令なら俺が、悩み事でも俺に伝えてください。俺はあの日アイ様を守ると、そう誓っ――」
人を小馬鹿にしたような声が割って入る。
「かげろうさぁ……私を危険人物みたいに扱わないでよ。」
気がつくと手をつないだ2人の横に、はるひが立っていた。その視線は2人のつないだ手に向けられており、またいじめられると、アイは慌てて手を離そうとした……したが、かげろうが決して逃さないとばかりに離さない。獣神体の力は、ノーマルの子供より虚弱なアイには少し痛かったが、口には出さなかった。
「はるひ……!」
かげろうがはるひを睨むが、無視して続ける。
「それにアイちゃんはさぁ……私をご所望なんだよ?それも“2人きりで”さぁ。“関係ない部外者”はどっかいったいった。」
おおよそ未来の上司に対する態度ではない。かげろうが獣神体の圧を放って威嚇し、はるひもそれに応えるように圧を解放する。人間体のそれもさらに弱いアニマ・アニマのアイには到底耐えきれない。
「ひぅ……!」
「アイ様!おいはるひ!オマエも圧を抑えろ!!」
かげろうがアイを支え、はるひに怒鳴る。しかし、はるひは一向に抑えようとはしない。
「なんで?“アイちゃんも獣神体なんだから”さぁ。これぐらいどうってことないでしょ?」
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべる。
「わたくしは、だいじょうぶです。ありがとう、かげろう。……はるひ、くん。少し――」
「二人っきりで話でしょ?いいよ〜。いこいこ、ここじゃあお邪魔虫も多いしねぇ?」
アイの肩を抱いて外にでるはるひ。
「かげろうっ!またねっ!」
「アイ様……。」
2人が去った教室で、誰にも聞こえない声で、でも確かに、かげろうは言った。
「……アイ様は獣神体だ。それは間違いない。でもじゃあなんであれぐらいの圧で――?」
その疑問は確かに、かげろうのこころに響いていた。
◇◆◇
空き教室から怒号が聞こえる。それは番が危機に陥っときに発する、獣神体の咆哮であった。
「オマエ、今、なんつった?もう一度言ってみろ……!!」
それはアイに向けられたはるひの、憤怒の爆発であった。




