31. 永訣の夕 I loved you.
「……え?……何か言っ――」
「なんで!!なんでなんで!そんなことが平気で言えるの!?」
「オルレ……?どうしたのよ急に……。」
「急に!?そっちからしたら急でしょうねぇ!でも私はずっと思ってた!ずっと!!」
――ああ、こんなこと言っちゃいけないのに、唯一やさしくしてくれる人になんでこんな。やさしくしてくれる?
私はずっとしてもらってたの?
ずっと友達だと思ってたのに――
「ずっと!!友達だと!親友だと思ってたのに!施しで私と一緒にいたの!?私がかわいそうだから!?」
「オルレ、今の貴女はほんとうの貴女じゃないわ!元の貴女に戻って!」
「ほんとうの私を勝手に決めないでよ!!これも私なの!これが私なの!!いつもいつも馬鹿にされるから、根暗で人とうまく話せなくて俯いて妬んでばかりいる!羨んでばかりいる!いっつも馬鹿なクラスメイト共の死を願ってる!恵まれたヤツらが私のとこまで落ちてきてくれるのを絶えず願ってる!それが私なの!!」
「オルレ!貴女はそんな人じゃない!」
「そんな人じゃない?なんで決めつけるのよ!見下すだけじゃなくて自分の思い通りの人間じゃないと許せないの?!私は、私はぁ……。貴女の思い通りの私じゃなかったら見捨てるの?!馬鹿にするの?!みんなみたいに!!」
「私が知ってる貴女はもっと――」
「もっと何よ!!声がちいさい?根暗でいつも人気者の貴女の陰に隠れてるやつ!?貴女はいつもそう!自分が世界でいちばん正しいんだって顔をして!殻の中に守ってきた悩みまでま暴き出して!それで?それで、解決してあげた?貴女がやってるのは無理やり人の触れられたくない悩みを聞き出して、『そんなことどうでもいいじゃない!』ってお決まりの台詞で笑い飛ばしてるだけ!
そんなので人が救えると思う!?貴女は聖女なんかじゃない!!さぞ気分がいいでしょうねぇ!?自分が有り余るほど持ってるものを、ちょっと配るだけでみんなからチヤホヤされて!!」
「貴女……!よくもそんなことを……!!」
「何?怒ったの?恵まれた尊い人間様が?私みたいな孤児の暗記しか能のないクソ不細工に?いつもの『与えてあげなくては〜』はどうしたのよ?ちょっと馬鹿にされたぐらいで、揺らぐような信念なのよ!!貴女は自らを犠牲にして民草を救う聖女じゃない!!自分が損をしない範囲でだけ人にやさしくして自己顕示欲を満たすカンチガイ女よ!!」
ラアルが目の前の人間に手をあげなかったのは、偏に彼女が王族としての自覚と獣神体としての節度を持っていたからだ。そうでなければ、罵詈雑言を並び立てる目の前の女を殴り倒していただろう。
「オルレ……今ならまだ、許してあげるわ……。だから、発言を撤回し謝りなさい……!」
「この期に及んで許してあげる?常に上から目線じゃないと死んじゃう病気なの?ずっと自分の人生をついて回っていつでもそれに苦しめられ続けてきた悩みを!コンプレックスを!貴女はいつも笑い飛ばしたわよね!?
自分にとっては“深刻な悩み”を!“どうでもいいもの”みたいに扱われたらどんな気になるかわからない!?わからないわよねぇ!生まれたときから何でも持ってて悩みなんか1つもなかったラアル王女殿下様にはさぁ!!」
「言わせておけば……!私にだって悩みくらいあるわよ!!でも恵まれた立場にいるから!それを人に見せないようにしているだけ!貴女みたいにいつもいつもウジウジ何かに悩んでいられないの!私は!!王女なんだから!国を背負う責務があるの!この重圧も知らないくせに!!」
「そりゃあ知らないわよ!貴女なんにも言ってくれないじゃない!!弱みを隠しておいて、わかって欲しいなんて傲慢すぎるわ!!」
「……!私の弱みは国の弱みになるの!公王派の弱みに!!辺境伯派の連中にそれが知れたらどうなると思う!?いつでもペラペラ自分を卑下して、人に馬鹿にされる前に自分で自分を下げて、ちっぽけなプライドを守ろうとする貴女とは違うの!!私が自分を馬鹿にしたら、公王の権威を馬鹿にしたことになるの!!孤児で親もいない貴女には分からないでしょうね!!
…………あ、違うの、今のは、ついカッとなって、だから――」
「――本心でしょ?人間追い詰められた時に本性が出るの。いつも『私は恵まれてます〜』って態度の貴女の本性よ……それが。自分が安全な時には人にいい顔をして、追い詰められたら私に親が居ないことを馬鹿にできるような人間なの……!それが、ほんとうの貴女なの!
貧民だから、貧乏だから卑しいんじゃないの……!性格が悪くなきゃあ生きていけないの!!私たちは他人のことなんか気にしてたら身ぐるみはがされるの!人にやさしくしてる暇があったら今日のご飯のことを考えないといけないの!あんたたちはいつも余裕ぶって、貧乏人を馬鹿にしてくるけど!追い詰められたらこの通りよ!あんたらは醜い人間の本性を取り繕ってるだけ!!」
「でも、いい人間であろうと努力してる!!人にやさしくなろうと頑張ってる!!私たちだって!!」
「だからなによ!?ただ馬鹿みたいに口を開けて座ってりゃあ勝手に口のなかに運ばれてくる食事に、毎日出てくるご飯に心の底から感謝したことはある!?あの流行のアクセサリーが買えなかった?流行りのサロンに出入りできなかった?あんたら金持ち様は悩みまで贅沢なのよ!悩みのレベルが違うの!!
何年も同じ服を着回してるやつに、自分に似合う服が見つからないとこぼして、ご飯にありつけるだけで幸せな私の前で、これ嫌いだから捨てるわって言って!!あんたらの悩みなんかゴミみたいなものよ!髪型が決まらない?化粧が今日は上手くできなかった?うるさいのよ!いいじゃない顔が綺麗なんだから!生まれたときから美人なんだから!!」
「……!私だって努力してるわよ!あんたちはいつもそう!美人が努力してないと思うの!?私たちだってオシャレだってお化粧だって頑張ってるのに!!いつも『いいわよね、貴女は美人だから』って?!妬み僻まれる気持ちなんてわからないくせに!どんなに頑張っても才能のせいにされる私の気持ちなんか……!!そんなんだからいつまでたっても美しくなれないのよ!!」
「元々の顔がいいから自分を磨く努力だって楽しめるんでしょうが!!私が貴女みたいにいつでも鏡を見ていたら自殺したくなるわよ!!
貴女さっき言ったわよねぇ?!貴女が私にお化粧したとき1回で飽きたって!!飽きたんじゃないわよ!!『ブスのくせに色気づいてる』って嗤われたから!馬鹿にされたから!あんたに気を遣って飽きたって言ったのよ!?人に気ぃなんて使ったことないあんたには通じなかったわよね!ごめんなさいねぇ!!
私たちだって本当は綺麗になりたいわよ!お化粧だってしたいし、可愛い服だって着てみたい!!でも不細工が可愛い服なんか着てたら嗤われるのよ!!私達は自分を磨く努力を厭ってるんじゃないの!私達不細工だって自分の顔が好きだったわよ!!人に馬鹿にされて気がつくまではね!!オマエは不細工だって!!声を大にしてみんながゆってくるから!視線で態度で扱いで伝えてくるから!!嫌いになるしかなかったのよ!!
せめて自分ぐらいは自分の顔が好きでいようと思ったら、今度は“勘違いブス”!?ふざけんじゃないわよぉ……。私達だって……わた、し……だって……。鏡を見るたびに死にたくなる私の気持ちなんか……あんたに分かるわけが……あんたに……、あんたにぃ……。」
ラアルは何も言わなかった。いくら罵倒されたとはいえ、泣いている元親友を痛めつける言葉は吐きたくなかった。そして、自分のすべてを否定してきた目の前の女を慰める言葉も、絶対に言いたくなかった。
「私はアンタらみたいな、
自然に巡ってくると思っている季節が嫌い!
自ら登ってきたと思っている太陽が嫌い!!
恵まれてるくせに自分の努力のおかげだって嗤うヤツらが憎い!!!」
――それは永遠の訣別の夕暮れだった。
――2人で独りの“永訣の夕”だった。




