26. 心に太陽を持て Hab' Sonne im Herzen
「ふぅー、ありがとうございます。しらぬいさん。ご助力頂いて。」
生徒会室で2人きりになり、さっきとは打って変わって柔和な笑みを溢すアイ。この笑顔をみられるのが私だけなんて、親衛隊の奴らもかわいそうだな、としらぬいは得も言えぬ優越感を感じていた。
「いやいや、しらぬいさんの作戦に付き合って貰ったんだしね。もちろん最後まで面倒をみるよ。いやーにしても、アイちゃんいい演技だったよ。実はこわい人なのかな〜?」
しらぬいはアイを膝の上で横抱きにしている。まるでそれが成功報酬だとでも言うように。
「違いますよ〜。まぁアルちゃんを傷つけられて、少し怒っていたのはほんとうですが……お、エレクトラ様の真似をしたんです。」
「ほへ?エレクトラ様の?」
「はい。誰かと戦うときや誰かを恐怖させたいときは、エレクトラ様の真似をするんです。そうすることで躊躇なく相手を攻撃できますし、わたくしの中の怒りや恐怖の象徴はエレクトラ様ですから……そうすると心で戦う時も上手くいくんです。」
痛ましい笑顔でアイは告白した。
「……。なるほどねえ〜。確かに、あの躊躇のなさは戦闘においては強い……か。……まぁ、しらぬいさんはやさしくてかわいいアイちゃんのままでいてほしいけどね〜。」
「……。ですが。これで本当に上手くいくのでしょうか?むしろ、彼等を増長させる結果にはなりませんか?」
アイがしらぬいの胸に頭を擦り寄せながら、問う。
「……だいじょーぶ!しらぬいさんの考えだよ?不知火陽炎連合の次期当主にして、天才美少女しらぬいさんの考えにスキはないのだ!……アイちゃんのことはスキだけど!」
すり寄ってきたアイの頭を愛おしそうに撫でながら応える。
「ふふっ……そうですね。」
学校に通うようになってからツーサイドアップにしているアイの髪をほどき、自分と同じハーフアップにしようとする。おそろいの髪にしたらシュベスター妬くだろうな〜と思いながら。
「まずね。あの子たちが暴発したのは、グループに自浄作用がないからなんだよ。アイちゃんは真っ向からあの子たちとやり合う気だったんだろうけど、それじゃあ相手をより頑なにさせちゃうだけだよ。それに、性差別主義者と表立ってやり合うと、エレクトラ様に叛意を翻したと取られてもおかしくない。だから、内側から崩すの。」
「それでわたくしがクランの長となり、しらぬいさんが、親衛隊の長となる……。」
「うん、そう。あの子たちの前でアイちゃんは不知火陽炎連合の次期当主であり、生徒会長でもあるしらぬいさんを顎で使えるほどの人間だって見せたからね〜。もうアイちゃんには逆らえないでしょ?」
「なるほど、あれにはそういう意図が……。」
「うん。それで人間体排斥委員会を獣神体至上主義委員会と改名して、教義を人間体を迫害することから、獣神体を優遇することに変える。そうして、穏便に人間体を守るんだよ。
そして非公式のファンクラブは公式な親衛隊として、アイちゃんに近しいものを排除する向きではなくて、アイちゃんを守る方にシフトさせる……まぁ組織の精神性なんて、すぐには変わんないから、そこはクランのボスであるアイちゃんと、アイちゃん親衛隊の隊長のしらぬいさんが、内側から徐々に変えていけばね?いけるんじゃあないかなぁ〜と。」
アイを自分と同じハーフアップにして、しらぬいはご満悦だ。
「なるほど……流石です!しらぬいさん!わたくしなんぞの頭では絶対に思いつかない妙案です!」
「そうだろうそうだろう〜褒めてたもれ〜。」
「すごいです、すごいですっ!しらぬいさんはすごいですっ!」
アイはこころから純粋にしらぬいを賛美する。しらぬいはさっきの妙案なんぞとは比べものにならないほどの思いつきをする。
「ねぇ~ア・イ・ちゃん!せっかく髪型を姉妹コーデしてるんだしさ〜。お姉ちゃん!って呼んでよ〜。」
「えっ……あ、あの……おねえ……ちゃん……?」
はにかみを添えた微笑。
「ぎゃ〜!ぎゃわいい〜!かわいい〜!ぎゅ〜!お姉ちゃんだぞ〜!」
「わっ、でもなんだか、かげろうとおねえさま方に悪いですね。」
「いいのいいの!“お姉様”と“お姉ちゃん”は違う生き物なんだから!しらぬいさんはかげろうのお姉様だし、シュベスターとエゴペー様はアイちゃんのお姉様……だ・け・ど!アイちゃんのお姉ちゃんは!しらぬいさんは1人なのだ〜!」
――愛しさ任せにぎゅうぎゅうと抱きしめる。この子をほんとうに自分のものにしたいという気持ちはおくびにも出さずに、飄々とお道化る。本当は姉妹なんかじゃなくて……私だけのモノに……。
「ふふっ、確かに完ぺきな理論……ですね!おねえちゃん!」
――ああ、この子の笑った顔を見られただけで、なんで、こんなにも。生徒会長になれた時よりも、連合の次期当主になれた時よりも、他の誰かに褒められた時よりも、しあわせなきもち。すべてが報われたきもちになるんだろう。あぁ、やっばり、すきだなこの子のこと、きっとしらぬいさんは、わたしは、本気で――
「ねえねえ、おねえちゃん。あいは、たいせつなひとのためなら、りふじんとたたかうっていったでしょ?」
――幼くなってかわいい、家族の前だとこんな感じなのかな。
「うん?アイちゃんはそういっていたね〜。」
「おねえちゃんも、あいのだいじなひと……だよ?」
首をコテンとしらぬいの顔につけながらつぶやく。
――本当はよわい私のような仮面や欺瞞に満ちていない、太陽のような笑顔。私はこの太陽を指して、人生の不条理をさえ否定してみせる。
「……ありがとう。」
2人で暫く微睡んでいたが、永遠にこのままでもいられないと悟ったしらぬいが、アイの髪を弄びながら名残惜しそうに呟く。
「……でも、シュベスターに知れたらきっと嫉妬されちゃうね、あの子……学校に通うようになってツーサイドアップにしたアイちゃんが自分のおさげ髪とお揃いだってそれはもう煩かったんだから。」
「ふふっ……おねえさまはかっこよくて、かわいいですから……。」
「おいしらぬい!……今日のアイのかわいかったところをシェアしにきてやったぞ、き、け――」
書類を手にノックもせずにドアを開けたシュベスターは、目の前の光景に固まる。そこにはしらぬいに抱き抱えられ、しらぬいと同じ髪型をして、しらぬいとお互いの息のかかるほど顔を寄せ合ったアイがいた。
「あー、やっべぇ。」
「おねえさま!」
思わず地声がでるしらぬいとうれしそうなアイ。
「!?!?!?!?!?」
「あちゃ~、シュベスター落ち着いて。……いや?ふーむ。……うぇーい、シュベスターみってる〜?」
「?……おねえちゃん?」
「お、おね……?あ……アイ?今そいつのことを“おねえちゃん”?と???」
「アイちゃんはしらぬいさんの弟になったんだぜぇ〜い、うぇ〜い!」
「……殺す。」
「わ〜!おねえさま落ち着いてください!おねえちゃんもふざけないでえっ!」




