21. 人として軸がぶれている SAD - Social Anxiety Disorder
「はるひくんって好きな子がいるんですか?どんな子ですか?」
しらぬいさんはどこか呆れたような顔をした。
「うーん?誰だろうね?まぁしらぬいさんは敵に塩を送るような真似はしないのさ〜。とくに意地悪でしか愛情表現できないようなお子ちゃまにはね〜。」
「???」
「でも気持ちも分かるんだよね〜。アイちゃんをみているとね〜。」
「みていると?」
「ドロドロに甘やかしたい気持ちと、かわいすぎていじめたい気持ちが交互に沸き上がってくるんだよ〜」
ギラリと光る眼。
「きゃっ!」
「……なーんて冗談冗談、アイちゃん反応がかわいいから、からかいたくなっちゃうんだ〜。かわいすぎてイジメたくてなる気持ちってキュートアグレッションって言うらしいよ、地獄の言葉で。しらぬいさんの豆知識〜。」
「は、はぁ?」
「こんな話をしたのは理由があって、アイちゃんかわいいから、意地悪されたら、もしかしたらキュートアグレッションかも?って思ってあげてね〜。まぁだからといって意地悪していい理由にはなんないんだけどさ。」
「……おかあさまが、そうだったらよかったんですけどね……。」
「あちゃ~、そっちいっちゃったか〜」
「そっち??」
「まあまあ、そんなことより、今はアイちゃんを無事に送り届けるという任務中だからね!真剣にいかないと!」
「おねえさまに言われたからって、別にいいんですよ?もちろんしらぬいさんと一緒にいられるのはうれしいですけど、おねえさまも心配性なんですから……!わたくしも獣神体なのに……。」
しらぬいさんの眼が全てを見透かしたように透き通っていた。
「そうだね、アイちゃんは獣神体だもんね。でも、姉っていうのは何時までたっても弟が心配なものなのさ〜。しらぬいさんだってかげろうのことが大事だしね〜。まあ、かげろうはもうアイちゃんみたいに抱っこできないぐらい大きくなっちゃったけどね〜。」
「そう、ですね……かげろうも、はるひくんも……とっても大きくなりました。」
……わたくしだけを残して。
「でも、でもね、ほんとうにかげろうが大切って気持ちはいつまでたっても、あの子がどんなに大きくなっても、変わることがないんだぁ……。多分私が死ぬまで変わらないんじゃあないかなぁ……。」
茜の射した顔を、少し赤らめて言う。
「それは……素敵ですね。おねえさまもそう思って下さっているでしょうか?……なんて、思ってくれているに決まってますよね。なんたって、おねえさまですから。」
「おお〜?アイちゃん珍しく自信満々だね〜。」
わたくしにも何故かは分からないらけど、おねえさまがアイを愛して下さっているのは、確信できた。
「なぜでしょうか?わたくしお友達相手でも、ほんとうに相手がわたくしをよく思って下さっているか、いつも不安なのに……。おねえさまがそう思ってくれているとは、自信を持って言えるんです。誰にも恥じず、大きな声で言えるんです。」
しらぬいさんが、跪いてわたくしと目線を合わせて両手を握り込み、ゆっくりと、しっかりとこころに染み込むように、伝えてくれる。
「それはね……きっとシュベスターが何度何度も、アイちゃんのことが好きだよ〜!って気持ちを伝えてくれてるからだと思う。言葉だけじゃなくて、行動で、仕草で、態度でね。それはほんとうにトクベツなことだから、シュベスターのこと、大事にしてあげてね。
……いつでもなんとなく不安な人と、いつでもなんとなく安心な人っているんだよ。それはその人達が生まれつきそうなんじゃあなくてね?愛されてきたかどうかなの。愛されてるって自信を持てるかどうかなの。
だから、家族に愛されてる人はほんとうに幸せ者なんだよ?だって一番自分に近しい人が愛してくれてるんだからね。そういう人は社交的にもなれるし、人に話しかけるのにいちいち不安になったりしないですむの。いつも人にどう見られてるかビクビクしないですむ。
だって誰に何を思われても根っこの部分、家族には絶対に愛されているっていう自信があるから。家に帰ればやさしい家族がいるって知ってるから。地獄心理学で言うところの“安全基地”があるってことなの。
生徒会長をやるまでは、何でいつも何かに怯えて、クラスメイトとお話できない人がいるんだろう?って思ってたんだ。でも生徒会長になって、業務の上でいろんな生徒を見るようになって気がついたんだ。
いつも不安な人はその人が悪いんじゃあなくて、ただ愛されていない人、若しくは愛されていることに気がついてない人、愛されている自信がない人、教室で話すのが苦手になったり、逆に不良になっちゃったりする生徒はみんなそうだったの。
だから、そういう人達をみても、なぜ彼らがそうならざるを得なかったか想像して、優しくしてあげてね……。……まぁ、アイちゃんは最初からどんな子にもやさしいんだけどね。」
「わたくしは……わたくしがこの世で一番劣っているから、わたくしより上におられるみなさんに、自分の身の程を弁えて接しているだけです。どんな人でもわたくしの知らないことを知っているという点で、等しくわたくしより価値があるのですから。」
――誰かに愛されているという点でも……。
「んん〜。まぁ今は議論の場じゃないから、一旦アイちゃんの自己評価は保留にするとして……。だからね、先刻アイちゃんとシュベスターが話していた人間体排斥委員会の人たちもそうだと思うの。」
「つまり、愛されている自信がなくて、自分の軸がグラグラ揺れて不安だから、他の人攻撃することで安心がしたいんですね……。他人を虐げているうちは自分が上に立った気分でいられるから……。」
――はるひちゃんを傷つけたときのわたくしのように。
「そうなの、それに特にああいう人間体だからこう、獣神体だからこうっていう性差別主義者達は、自分の性別以外に拠り所がない人達なんだよ。
これは自分の所属する組織や国を使って人より上に立とうとする人達とおんなじ。例えばうちの3年生で『私はあの伝統あるマンソンジュ軍士官学校に通っているんだぞ!』って自慢する人がいたらどう思う?問題ですっ!」
「え?えーと、それ以外に誇れるものが無い……?」
「そう、何か使ってえばるっていうのはね、自分の限界はここですよって相手に言ってるのと同じなの。
この例だと、この人はもう3年生だから、入学してからの3年間、入学試験を突破した以上の功績がないって言ってるようなものなの。だから貴族社会ではそんな発言はしない。卒業してからもずっと学園の卒業生だって威張る人も一緒、だって卒業してから1つも卒業したこと以外に誇れることがないって言っちゃうようなものだから。
でも、そういう人をみても馬鹿にするんじゃあなくて、優しくしてあげて欲しいの。だって、かわいそうなんだもの。」
「かわいそう……。」
もとより誰かを馬鹿にするような気なんてさらさらなかったけど、えばっている人や何かを自慢したがる人は、かわいそう、なんだろうか?もう少し自分でも考えてみようと思った。
「なんでわざわざこんな話をしたと思う?……アイちゃんはもしかしたら、人間体排斥委員会と事を構える気なのかと思ってさ。……シュベスターには止められてたけど、まったく!弟ってのはぁお姉ちゃんの言うことなんか聞きゃあしないんだから……。」
「いえ、わたくしは、お姉さまの御心を無碍にはしたくありません。……ですから、おねえさまや、しらぬいさん、わたくしのお友達に累がおよばない限り……荒事は控えようと思います。」
おねえさまみたいに微笑んでみる。……うまくできたかな?
「……!そんなとこまでシュベスターに似ちゃって……、まぁ、いっか。」
話し込んですっかり辺りは暗く、寒くなっていたが、つないだ手だけが、ぽかぽかと、あたたかかった。




