19. エルサレムのシュベスター A Report on the Banality of Evil
「――ほう?……詳しく聞かせてもらおうか?誰が……何だって?」
空気が凍った。今までわたくしを取り囲んでいた風紀委員さんたちがギギギと音を立て、後ろを振り返る。どうやらいつの間にか委員長の机の横の扉から入ってきていたらしい。へー、あんなところにも入り口があったんだー、とのんきに考えていると、委員のみなさんが必死で言い訳を始めた。
「いやー!だからこそ違反の抑止力になるっていうか!」
「ほんとそれ!それすぎるわ!」
「いつも助かってます!さすが委員長!!よっ!」
「逆にね!?いい意味で鬼なんだよなー!な!」
「そう逆に!!いい意味で鬼畜なんだよなー!」
「やっぱ委員長はすげぇや!」
「っぱ、ちがうなー!」
「それなー!それすぎるわ!!」
紅茶を啜りながらそれを眺める。
「ふん……まぁ、オマエらの説教は後回しだ。」
「「「そんな!」」」
ふとおねえさまがわたくしを視界に捉える。すると打って変わってふっとやさしく微笑む。……なんだかうれしくなる。
「アイ……!来ていたんだな。こんなところに。コイツらはお前の教育に悪いからな、あまり会わせたくなかったんだが……。」
「あの、一応うちら秩序を守る風紀委員なんすけど……。」
「教育にバリバリいいんすけど……。」
「むしろうち等が教科書まであるんすけど……。」
「しかし、登下校以外でもお前に会えるとは……。」
「アッこのヒト聞いてねぇわ。てか弟しか眼中にねぇわ。」
「ふふっ……どうした?そんなに私に会いたかったのか?毎朝一緒に登校してるというのに、仕方のない奴だ……おいで。」
「なんか笑ってんだけど、だれこれ?こわいんだけど。」
「うれしさ隠せてないんすけど、絶対会いたかったの委員長の方っすよね?」
おねえさまが手を広げてわたくしを待っている。けど……。
「あ、あのここでは他の人の眼もありますので……だっこは流石に恥ずかしいというか。」
おねえさまが顎に手を当てて考え込む。
「ふーむ。ならば私がコイツらを消し去れば問題ないか……?」
「えっ……ころすの?一応うち等仲間っすよね?おんなじ委員の。」
「三年近く一緒にやってきましたよね?」
「我ら友情永久不滅っすよね?」
「確かにここは雑音もひどい、移動するか。」
「雑音?うちらの声、雑音?」
「この人弟といちゃつきたいがために、仕事ほっぽりだしてどっか行こうとしてないっすか?」
「許せねぇよな!?」
「なめやがってよぉ……!」
おねえさまがわたくしの手をとってすっと立たせる。
「……というわけで、私はアイと重要な“姉と弟だけの”話し合いをしてくる。後は頼んだ。……異論はないな?」
「「「はいよろこんで!!!」」」
「……あと、アイは甘いものがすきだ。今度から、紅茶には角砂糖三つと紅茶と同じ量のミルクを入れること。そして、カップに紅茶を入れてからミルクを淹れろ、そうすることでアイの好きな紅茶の香りがひきたつ。そして珈琲の場合だが、アイは――」
◇◆◇
「「「はいっ!承知致しました!」」」
「……帰ってきたら、もろもろの件について説教をするので、忘れないように。」
「「「げっ!」」」
「おねえさま!みなさんやさしくしてくれましたし、どうかご容赦を。」
「……。はぁ、わかった。皆アイの慈悲に感謝するように。」
「ありがとう!お姫ちゃん!」
「ありがとう!天使ちゃん!」
「あいしてる!アイちゃん!」
「では、行ってくる。」
「「「いってらっしゃいませ!!!」」」
「「「………………。」」」
「……行ったか?」
「……あぁ、行った。」
「ふぅー、助かった。」
「いやー天使姫まじかわいかったなぁー。付き合いて〜。」
「それ、鬼の前で言うなよぶっ飛ばされんぞ。」
「いやー流石に……しないよな……?」
「いや、あの溺愛っぷりをみればやりかねん。」
「3年一緒にいるけどあんなシュベたゃん初めて見たなー。今度からかってやろう。」
「おまっ、命知らずが……俺ものった!いやー新しいからかいのネタ手に入れたなー。」
「委員長をからかって無事でいられるのなんてしらぬい様ぐらいだろう。」
「……でも、あんだけわかりやすく溺愛してると、風紀委員に敵対してる勢力には狙われそうでこわいな。」
「確かに、今までつけ入る隙のなかった氷壁女王の弱点丸出しみたいなもんだしな。」
「しゃーねぇ、うちらが守ったりますかぁ!」
「まぁ、シュベたゃんには世話になってるしなぁ。」
「よしっまずは委員長が帰ってきたら、天使姫のことでどこまでからかっていいかチキンレースしようぜぃ!」
「「「のった!」」」
◇◆◇
おねえさまに手を引かれ、校庭を見渡せる三階の窓の前まで連れてこられた。なんとなくまばらに下校する人が歩く茜色の校庭を眺めようと窓に手をかける。するとその両手の上におねえさまの手が重ねられ、おねえさまと窓に挟まれるような格好になる。この前はるひくんに壁に追い詰められた時と似たような状態だが、あの時とは逆に安らぎしか感じなかった。
「……。」
「……で、どうしたんだ?アイ?私に会いたかっただけということもないだろう?私としてはそれでも一向にかまわんが。」
話しずらそうにしていたからだろう、おねえさまはお道化て空気を軽くしてくれる。
「……もちろん、学校で滅多に会えないおねえさまに会いたかったというのもあります……。」
後ろでおねえさまの身体がこわばったのを感じた。ぎゅっと抱きしめられ頭頂部の匂いをかがれる。おねえさまはちいさい頃からこうしてわたくしの頭の匂いをかぐのが好きなのだ。流石に、深呼吸までされると、ちょっと恥ずかしいが。
「すぅー……………………はぁ……。お前は獣神体になってからも変わらずいい匂いだ。普通獣神体同士はお互いのテリトリーを犯す他の獣神体の匂いは不快に感じるものだが……なんでだろうな?むしろ、落ち着くというか。」
「きょうだいだからですかね?」
それはあいがほんとうは人間体だからですよ。胸がちくりと痛む。
「そうか……それで話とは……?」
おねえさまが嗅ぎながら続ける。
「えっと、人間体排斥委員会のことです。」
腕にさらに力が籠められる。
「……彼奴らか……。……頭の痛い問題だ。確かにお母様の統治を盤石なものにするためには差別が必要、とはいっても、奴らは度が過ぎてる。行き過ぎた私刑は止めなければ、とは思っているし、実際取り締まってもいるんだが……。
やはりああいう思想で団結した連中には外から何を言っても聞きゃあしない。それに言いすぎると自分たち対世界という馬鹿げた対立構造を作ってより頑なになるかもしれんしな。
生徒会長であるしらぬいとも度々話し合うんだが、そのたびに、イジメの現場を押さえれば対症療法的にその場を治めはするが、直接的に奴らを刺激はしない方がいいという結論になる、つまり……静観だな。」
やっぱりおねえさまもエレクトラ様に育てられ、この国で育った人間だから差別自体は仕方がないと思ってるんだ。度が過ぎると面倒だというだけで。
「それに、あまり直接的に対立すれば、差別を推進しているエレクトラ様に叛意を翻したと思われかねないから、ですね。」
「あぁ、私がお母様と対立することはありえないと家族だからお互いは分かっていても、周りの馬鹿どもは違う。ミルヒシュトラーセ家の醜聞として嬉々として騒ぎ立てるだろう。
だから、アイ、お前はやさしい子だから人間体に同情してしまう向きもあるだろう。でも、お母様のために、私たちは何もしない方がいいんだ。分かってくれるな?」
ぎゅっと抱きしめられる、あたたかい体温が伝わってくる、差別をする人間にだってあたたかく赤い血が流れているのだった。
だから、わたくしは――




