15-①. パンドラの箱の底の残りもの No Longer Human.
“アイ・エレクトラーヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ”
が死んで、
“アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ”
となってから、
色々なことがあった。
◇◆◇
まずアイとはるひは無事に回復し、アイは身体に人間体の特徴が、はるひは獣神体の特徴が現れ始めた。アイの戦闘能力の大部分ははるひに吸収され、はるひは腕力や体格、身長までもが大幅に成長した。
そして、ほとんどの能力を奪われたアイに残されたものは、子を孕む能力だけだった。はるひが成長したように、アイの男性体はより筋肉がつかないようになり、女性体は乳房などの発達が確認された。どちらも人間体となった影響が大きかった。
そして、エレクトラ、オイディプス、しゅんじつが結託し、アイの性別が獣神体、それもアニムス・アニムスになったと対外的には発表した。こころをもつものでありながら、最高の性別と言われるアニムス・アニムスということで、よりアイを偶像として信奉する向きも増えた。
◇◆◇
かくして、アイのほんとうの性別は、きょうだいであるシュベスターたちにも秘匿されることとなった。以前アイの性別が不知火陽炎連合に筒抜けだったのは、シュベスターからしらぬいに情報が漏れていたのではないか、と疑われたからだ。
兄姉たちは、アイがアニムス・アニムスになったことを甚く喜んでくれたが、褒められるたびにアイの胸が罪悪感から張り裂けそうになるのだった。
アイがエレクトラの子でなくなったのを知った兄姉の反応こそは様々だったが、異口同音に『アイが自分たちの弟であることは何も変わらない』と言ってくれた。
アイは完全に両性具有者となり、第一の性を男性体にも女性体にも変化させられようになったが、オイディプスのアイに対する、息子に対する父親としての接し方は変わらなかった。これはしゅんじつも言っていたように、第一の性しかない地域で生まれた者特有の、“第一性偏重主義”がそうさせるのだった。彼らからすれば、むしろ第二の性にばかりこだわっている奴らのほうがおかしいとのことだ。
◇◆◇
アイとはるひの関係は大きく変わった。以前はアイをかわいくて、きれいな自らの懸想する人だと思っていたはるひは、アイを見る目が変わった。どのように変わったのかは本人にしか分からない。いや、変わったというより以前は薄氷の下に隠れていた感情が表出しただけかもしれない。
はるひをよき友と思っていたアイは、以前は自分のほうが高かった上背も追い越されて、多くの能力を吸収され、どうやっても力では敵わない存在となったはるひにも、怯えることはなかった。無理やりお互いに対する悪感情を吐き出さされたあとでも、以前のような関係でいられると勘違いしていた。はるひの自分を見る目に、憎悪とも執着ともつかない妖しい光が宿っていることにも気がつかなかった。
◇◆◇
そんなことを考えいたので、アイは春日家に聖別の儀の際の全ての非礼を詫びに出向くことにした。
でもその前に、自分と関わりのある人たちに会いたいと思った。それが性別が変わり生まれ変わったせいなのか、淋しさからなのか、エレクトラ様との繋がりを失った今、自分が確かに誰かと繋がっていることを確かめたかったのか、或いはその全てが理由なのか、アイには分からなかった。
◇◆◇
「お兄さま……。」
「どうしたぁ?アイ、辛気臭ェツラぁしてよ。……腹でもいてぇのか?」
「いえ……。」
「どうしたんだよ?」
「いえ、なんとなくお兄さまとお話をしたくなって……。」
「おうおう!かわいいこというじゃあねぇか。かわいい、……弟?いや今は妹だな、明らかに。」
「ふふっ、確かにいまのあいは女性の体ですけど、いつでも男性体にも戻れますし、おにいさまの好きなほうでいいですよ?」
「うん?うーん。どっちでもいいな!安心しろ!俺は“親父みてぇーに”相手が弟か妹で態度を変えたりはしねぇからよ。そーゆーのお前、いちばん苦手だろ?」
「おにいさま……!おにいさまは、なんでもあいのことをお見通しなのですね。」オニイサマ!
「でもやっぱアイは弟かな!じゃねぇと俺とお前のたった2人しかいない男兄弟の絆が揺らいじまうだろぉ?」
「ふふっ、そうかも……しれませんね?おにいさま!」
「おおー、おとうとよ〜!……なんだこれ。じゃあ兄弟らしく……男の兄弟って何すんだ?」
「たたかいごっことか?ですかね?」
「ふーむ、じゃあお前が魔物でー」
「あ!あいも!人間がいいのですが!」
「ん?そうか?じゃあ人間と人間が争ってる……。」
「「……。」」
「……なんか、むなしいですね。」
「じゃあ本でも読むかぁ?」
「おにいさまが!書物を!?なんと!」
「テメェー、お兄様をおちょくっていいと思ってんのかぁ?そういうのはシュベスターの役割だろぉ?」
「……おにいさまが!書物をっ!!なんと!!!」ナントッ!
「てめぇー!まてぇー!くすぐりの刑だぁぁああぁああ!!」
「きゃあー!」
「「アハハっ!」」
◇◆◇
「アイちゃんアイちゃん」チョイチョイ
「エゴおねえさま。どうされましたか?」
「捕まえたっ!」ガバッ
「わあっ」
「すりすり〜!」スリスリ!
「どっどうされたのですか?」
「いや~、最近アイちゃん忙しくてなかなか会ってくれなかったし、お姉ちゃん寂しかったよぉ〜よよよ〜!」ヨヨヨー!
「すっすみません。さいきんなんだか、いろいろあって。」
「そうだよね~。プシュケーになったと思ったらセラフィタ!お次はアニムス・アニムス!カタカナ多すぎでしょ!早口言葉かしらぁ~?」
「……おねえさまは、あいの……あいが……せいべつだとか、いろいろ変わったこと、どう思っておられますか……?」
「ん〜?あんまり気にしてないかなぁ〜アイちゃんはアイちゃんだしね〜。」
「おねえさま……!」
「あっでも妹が増えたのはうれしいかも!着せ替えとかできるし!シュベちゃんはさしてくれなかったしね〜?」
「な、なるほど?でも、前からしてましたよね?おねえさまのちいさい頃の服を着たり。」
「まぁ、前からアイちゃん可愛かったしね〜。それに、アイちゃんどこか女の子に憧れがあるみたいだったし。」
「おねえさま……!」
「せっかく両性になったんだし!スカート履き散らかしちゃいましょ!」
「……はいっ!」
◇◆◇
「あ……アイ、その、あー、なんだ。元気か?」
「おねえさま。はい、あいは元気です。」
「そうか、……そうか。」
「……?どうかされたのですか?」
「ん?ああ、きょ、今日はいい天気だな?」
「はい……そうです、ね?」
「こんなにも天気がいいと、何したくなるよな?」
「?……は、い?」
「天気がいいと!!」ガァ!
「!!」ビクッ!
「何が!したくなる!?」
「???」
「何がっ!シタクナル?オマエハ?」
「なんでカタコトなんですか?……ええっと、わたくしは読書がしたくなりますね?」
「違う。」
「ちがう!?……ええっとお散歩もいいですよね……?」
「違う。そうじゃない。まず誰とだ?」
「そうじゃない??だれと???ええと、おにい――」
「違う。」
「???……エゴおね――」
「違う。」
「えっと、おねえさま、と?」
「そうだ。」ウンウン
「いっしょ……に?」
「ああ、そうだな。」ウンウン
「あいがしたいこと?」
「そうだ!」ソウダッ!
「おはな――」
「――しではなくて?」
「ええっと、おひる――」
「――ね、もいいがっ!捨てがたいがっ!ヒントはお!だ。」グッ!
「お、お、お、お?……おお?お〜?」
「きが……?」
「え?……お着替え?ですか?あいがしたいことが?」
「そうだ!」ソウダッ!
「なる、ほどぉ?」??
「エゴペーにそれはそれは自慢されたんだ。この服を着たアイちゃんはかわいかった、あのフリフリを着たアイちゃんはかわいかった。」
「なる……ほど?それで、おねえさまも、したいと……?」
「おまえが!したいだろう?なぁ?ん?」ン?
「そう、ですね。したかったかも、したい……したい、です……?」
「そうだろうそうだろう!こんなこともあろうかとお前に着せる服を見繕ってきたんだ!こいっ!」コイィ!
「なんだか……しあわせそうですね?おねえさま?」
「うっ、まぁ、そうだな。す、すまん。今日の私はちょっと……き、気持ち悪かった……よな?」ホオポリポリ
「?、いいえ!おねえさまはいつでもかっこいいですよ!」パァァ
「うぐっ……そ、そうか、かっこいいか。フフッ、そうかそうか。」フフフ
「はいっ!」ハイッ!
「それは、ゲアーターよりもか?」
「えっ……ええと、どっちもかっこいい、ですよ?」
「比べたら!よりかっこいいのは!ど……どっちだ?」
「え、う、ううん。ええと。」アワアワ
「おい、弟をいじめんなよ。シュベスター。」ビシッ
「げ、ゲアーター……きさま。私はアイをいじめてなどおらん!そんなやつがいたら私がぶっ飛ばしてやるっ!」カッ
「でも確かに、アイちゃんを困らせてはいたわよね〜。ね、アイちゃん、ねー。」ネー
「えっとえっと」エットエット!
「エゴペーぇえええ……!キサマぁあ……元はと言えばきさまがぁぁぁあ。」
「ひっ、おねえ……さま?」ヒッ
「あ、アイ違うぞ、お前に怒っているんじゃない!断じて違う!」
「必死過ぎてキモいぞ。」
「まあまあ、それがシュベちゃんのかわいいところじゃない?」
「うーん、そういう考えたもあるか、今後の参考にさせてもらおう。ありがとう、エゴペー。」フムフム
「どういたしまして〜ゲアーター。」イェイ!ハイタッチ!
「というか貴様らっ!いつから見ていたんだ!覗き見とは趣味が悪いぞ!」
「いや、最初から堂々と2人で見ていたぞ、エゴペーにいたっては堂々と写真まで撮る胆力だ。見習わねば。」
「あらあら、照れるわね〜。でもそうよ?シュベちゃんがアイちゃんのことしか見てないから気がつかないのよ?お姉ちゃんと!」ビシィッ!
「お兄ちゃんは!」ビシィッ!
「「かなしい……。」」ピエン……
「黙れ!またからかいおって!」ガァァ!
「まあまあ、おねえさま」クイクイッ
「どうした?アイ袖を引っ張って?」フフフッ
「扱いちがくね?」
「まあ、下の子はかわいいものよ〜、特にシュベちゃんは下にアイちゃんしかいないから〜。愛情の全部がアイちゃんにいくのね〜」シミジミ
「えっ……その理論でいくと俺は?」エッ
「……ドンマイっ!せいぜい私たち下の子をかわいがることね〜。」ドンマイッ!
「あ!アイは!おにいさまがだいすきです!」
「アイ〜!」グリグリ
「それに!アイは一番下なので!全部の愛情が上にいきます!」マスッ!
「ナゾ理論ねぇ~。でも、ありがとう。アイちゃん。」
「アイ、上にいくということはつまり、アイ、上の中でもすぐ真上の者のほうがよりアイの愛情に近い、という、な?アイ、理論がな?立てられるな。うん。」QED!
「これまたナゾ理論ね〜。うん?じゃあゲアーターはもしかして、私のことをいちばんに……!」ハッ!
「やれやれ……バレちゃあしょうがねぇ。愛してるぜぇ、エゴペー」キラキラー
「えっ」ドキリ
「勝手にちちくりあってろ。アイ、行くぞ。だ、だっこしてやろう。うん。つまづくと危ないからな。」ヒョイ
「わわっ、ありがとう、ございます。」ワーイ!
「で、何する?」
「よし、こうしよう、お前らは帰る。私とアイは遊ぶ。挟み撃ちの形になるな。」キリッ
「シュベちゃんは賢いでちゅね〜。でもせっかく4人全員が集まれたんだし、みんなで何がしましょうよぉ。こんな機会めったにないんだし。」
「で、何する?」
「よし、こうしよう、お前らは帰る。私とアイは遊ぶ。二手に分かれて迎え撃つんだ。」キリリッ
「あれ?デジャヴ?」
「アイ、お前何がしたい?お兄様に言ってみな!」
「えっでも……みなさんのしたいことで」
「アイちゃん!遠慮しないの!下の子は上の子を問答無用で屈服させる――ワガママ――って最強の心があるの――」
「おまっ、エゴペー!それはミルヒシュトラーセ家の最高機密だぞっ!最後の秘密兵器なのに!」
「ええ、でも埃をかぶった兵器に何の意味があると言うの?たとえお父様と戦うことになっても、私はこの兵器の存在を秘匿させたりしない。」キッ
「……お前にそこまで言われちゃあ、兄の立つ瀬がねぇな。分かったよお母様は俺が食い止める。やるかっ!」オッシャア
「……ええ、プランМね。プランMilchstraße 《ミルヒィシュトゥラーセェィ》」イイハツオンー
「いや、ここはむしろ、プランAだ。プランミルヒシュトラーセ……。」AMANOGAWA!
「おにいさま、エゴおねえさま……?」ハラハラ
「下の子の最強のワガママ、なるほどプランMだな。よし!プランМを行使する。私も妹だ、その権利がある。ではこうしよう!お前らは帰る。私とアイは遊ぶ。プランМだっ!」キリリリィ
「えっこわ……急に何いってんだシュベスター……?」ドンビキッ
「えっ……ぷ、プランМって何?……わたしこわいわ。」プククッ
「???」エッ?エッ?
「貴様らァアァァアァア!!そこにぃ……なおれ!!!」
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