14-②. 堕胎告知 The Abortion Annunciation
「――やらせて下さい。わたくしに。」
ひまりに抱き抱えられていたアイが口を開く。
◇◆◇
「アイちゃん!もう大丈夫なの?」
「はい、ありがとうございます。ひまりさん。貴女のそのお優しいこころには、何度も救われてしまいますね。
それに両性具有者の男性体に蓄積された痛みや傷は、女性体に引き継がれないみたいです。女性体になった時に、男性体だった時に受けた傷は消えていました。
……お父さま、どうかわたくしに、その役目を……。」
アイはまだ醜く生にしがみついているのだった。いや、醜く親の愛情を欲しているのだった。
先ほどまで心から死ぬ気になれたのに。やっと自殺する覚悟ができたのに。親から愛させるかもしれないという、甘い蜜を垂らされただけで、すぐまたそれにしがみつくのだった。“蜘蛛の糸”が切れてもうおしまいだとおもっていたのに。お父さまはまた、糸を垂らしてくれた。
「アイ、テメェ自分がさっき何したか分かってるよなぁ……?テメェが負けを認めなきゃあ、テメェがまたおれの期待を裏切らなきゃあ、こんな面倒なことにはならなかったのによぉ……!」
ひまりに抱きかかえられたアイの顔面に、怒りを込めた蹴りを入れようとするエレクトラ。しかし、それはしゅんじつによって防がれる。
「そんなにアイ君を責めないであげてくれ、この子はさっき俺たちの娘を殺すことだってできたのに、しなかった。そうすれば、自分がどうなってしまうか分かったうえで……。
こんなに自分を犠牲にしてまで、人のことを思える人間がいるか?まずはそれを褒めてあげたらどうだ、エレクトラ。」
「黙れ。部外者が口を出すんじゃあねぇよ。
アイ、いいか。今度こそおれの役に立てよ。今回の儀式は、産まれてから迷惑しかかけねぇテメェにやったチャンスだったんだ。お前はおれとオイディプスのお前への愛情を裏切った。親の期待を裏切ったんだ。使える息子になるって、役に立つっつったのによぉ。だから、それがお前を生かしてる唯一の理由だったんだ。
今度ヘマしやがったら――」
「――自殺します。親の期待にも応えられず、生きているだけで迷惑を撒き散らすわたくしのような、穀潰しは。死んだほうが世のためです。だから、今度こそは、絶対に、お母さまとお父さまの期待を裏切らないと、この命に誓います。もし、破ったら――」
「――死ね。ああ、それでいい。2度とヘマすんじゃねぇぞ。」
幼い子におつかいを頼むように、死ねと要求する母。
「はい!」
おかあさんが頼ってくれたのがうれしくてのしかたがない子どものように、応えるアイ。
◇◆◇
「そして、分かってるだろうな?もうお前はおれの息子じゃねぇ。おれの愛情に背いたんだからな。」
「……は……い。」
「お前はたった今から、アイ・“サクラサクラ―ノヴナ”・フォン・ミルヒシュトラーセだ。勘当されてミルヒシュトラーセの名を奪われないだけ感謝しろ。」
「……はぃ……。ありがとう……ございます。」
「アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセよ、おれは最初からお前はみたいな、塵、産んじゃあいねぇ。もうおれはテメェの母親でもねぇし、テメェはおれの子でもねぇ。
やっとテメェの気色のワリィ家族ごっこともオサラバだ。気分いいぜぇ。
だが、お前はまだミルヒシュトラーセだ。おれの役にたたなきゃならねぇのは変わらねぇ。分かってるよなぁ……?」
「はい……。」
エレクトラが心の剣を創り出し、低く垂らす。
「ここに、頸をあてがえ。正式に告知してやる。
――《堕胎告知》だ……。」
◇◆◇
――おかあさまのこどもじゃなくなる?いやだ、こわい、こわい。だれかたすけて。たすけて、おとうさま、おかあさま――
「何をしてる?!さっさと動け人間野郎が!こんな簡単なこともできねぇのか!?」
アイは屠殺場に引き摺られる豚のように、母に髪を掴んで引き摺られる。抵抗してはだめだと知っていのに、アイの身体は拒んでいた。おかあさまが、おかあさまでなくなるのを。
「いっいや……!……たすけて。」
その絶望色の声を聞いたのは、アイの父と母だけだった。そして、アイが助けを求めたのも、世界でその2人だけだった。だが、その人物こそが、アイを殺すものなのに。なんで自分が助けをもとめているかもわからない、ただたすけてほしかった。
「跪け。」
アイの足に蹴りを入れて、無理やり跪かせる。
「お前に《堕胎告知》を与えてやろう――」
さっきどうなってもいいからと儀式で負けを認めたのに、今になってこわかった。どうしょうもなく。俯いたら髪が降りて周りが見えなくなったたので、髪と地面だけの世界に逃避した。
でも、現実は逃がしてはくれない。
「お前から“エレクトラーヴナ”を剥奪し――」
頸に冷たい刃を感じる。叫んで逃げ出したかった、頭を掻きむしって許してくれと叫びたかった。
――こわいこわいこわいこわいこわいたすけてたすけてたすけてだれかたすけてゆるしてたすけて――
「…………たすけてよぉ……」
助けてくれる“家族”などこの世のどこにもいない。
「――ここに、お前はもう、おれの息子じゃなくなった。
じゃあな、愛する価値のない元、息子よ――。
お前は今から、
“アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ”だ。」
――こうして、《堕胎告知》が下された。




