13-①. 妻と母 the Child Hater and Lover
「うまれてきて、ごめんなさい。……わたくしの、負けです。」
アイ以外の全員が驚愕して黙り込む。ひまりは目を細めて、アイをみていた。アイのこころを――。
◇◆◇
アイの身体から蒸気のようなものが空に流れていく。心の底から敗北を認めて、身体の変異が始まったのだろう。ビッチングだ。アイの変化に呼応して、はるひの身体も変化していく。アイは獣神体から人間体へと、はるひは真なる獣神体へと。
アイは自分の人生の敗北を認めたが、それを認められない者がいた。
「テメェ!ふざけんじゃねえ!!まだ間に合うそいつを殺せ!そうしたらクソみてぇな性になるのを、まだ止められる!!」
エレクトラが自分の背中で怒りを爆発させて、その勢いでアイたちの元へ迫る。間にいたアイを蹴り飛ばし、掌のなかで爆発する怒りをはるひに向けてぶつけようとする。
ひまりは咄嗟に娘を抱きしめて庇い、自らの背中を盾にする。ぎゅっと目を閉じるが、いつまでたっても痛みはこない。目を開けると、しゅんじつが両腕に憤怒をまとい、襲撃者の攻撃を防いでいた。
「エレクトラ……お前どういうつもりだ……?俺の家族に手を出そうとするなんてよぉ……。」
エレクトラは構わずはるひに迫ろうとするが、しゅんじつが両腕の憤怒の炎を放出し、それから逃れるために後ろに飛しかなかった。両足で地面を削りながら後退し勢いを殺したエレクトラが、両の手を腰の横に広げ、勢いよく上に弾く。すると、彼女の両横の地面から爆発の波が起こり、はるひめがけて2本の爆発の連鎖が、地面を抉りながら前に突き進んでいく。途中でアイも爆発に巻き込まれて血を吐いたが、お構い無しに前だけを見て突撃する。
しゅんじつは両腕に纏っていた憤怒を右腕に集めて高く上げ、大地を怒りを込めた右腕で割れんばかりに叩きつける。すると地面から放射状に紅炎が沸き上がり、迫りくる爆撃とぶつかって、大きな爆発が起こる。
「ひまり!死ぬ気ではるひを守れ!!そのことだけ考えろ!それ以外は俺が全部何とかする!」
「アナタ……!分かった!」
ひまりが胸からちいさな火をだし、それが次第に全身に広がっていき自身と娘を守るように包み込む。すると、2人の姿が陽炎のように揺ら揺らと揺れて曖昧になる。身体が変異している最中で、満身創痍なこともありアイもはるひも上手く動けない。
「テメェ……どういうつもりだ。おれの邪魔をしやがってよぉ。儀式の最中に割ってはいるなんざぁ、ふざけてんのか?!テメェのガキが負けてただろうが!最初から最強のこころをもつものを作るためにおれとテメェで仕組んだことだろうが!!素直にガキに負けを認めさせて、人間体にならせやがれ!!」
エレクトラが手の中の怒りを爆発させながら吠える。オイディプスは全身が焼け焦げ横たわる息子をただ見ていた。
「確かに、はるひをアイ君に負けさせて、その見返りとして、うちの地位向上を約束させた。だが、自分の子供が大怪我を負わされて、ただ見ているだけの親がどこにいる!?そんなのは親じゃねぇ!!」
エレクトラの眼が紅く染まり、髪までもが真っ赤になり爆発を始めた。そして、爆発する掌を無理やり抑え込み身体の前で合わせる。
「そうかよ、そうか。この裏切り者がぁ……じゃあテメェの出来損ないの“ガキを産むだけしか能のねぇ性別”の嫁と娘共々爆死させてやるよ。……死ね。」
出来損ないの性別と言う言葉を聞いたしゅんじつの髪が燃え上がり、瞳までもが、炎を宿す。全ての怒りの煌炎を左腕に全て詰め込み、外に出ていた炎は全て吸い込まれ、腕が焦げたように真っ黒になり、煙炎を放つ。ビキビキとヒビ割れはじめた黒腕の割れ目から、先程までとは違い、蒼い焔が立ち昇る。
「出来損ないの、ガキを産むだけしか能のない性別……。俺の嫁を……。俺の家族を、お前は侮辱した……!この焔で償わせてやる……。」
エレクトラがさらに爆発を掌の中に圧し殺し、しゅんじつの黒腕の肘が炎旱の大地のようにひび割れ、そこから勢いよく焔が吹き出す。
「爆裂の……」
「火焔のォ!!」
エレクトラが押し殺した怒りを手を開いて爆発させるのと同時に、肘のから吹き出す焔の勢いで飛んだしゅんじつが、その勢いを利用して黒腕をエレクトラに向かって振り降ろす。
「……怒り……。」
「怒りィ!!!」
爆裂と火焔が轟音をたてながら辺りを包みこんだ。
轟と煙が収まったあと、立っていたのは……エレクトラだった。しゅんじつは全身が焼け焦げ、仰向けに斃れていた。エルクトラも火傷を負い、肩で息をしながら何とか立っていた。
勝敗を分けたのは、“家族への愛情”だった。しゅんじつは後ろにいる家族を庇うために、爆発を避けもせず正面から突っ込んだ。しかし、エレクトラは近くに転がっているアイが巻き込まれることなんぞお構い無しに辺りを爆炎で包み込んだ。この、“家族への愛”がしゅんじつを倒れさせ、エレクトラに勝利をもたらしたのだった。
◇◆◇
「エレクトラ!!」
妻の惨状を目の当たりにしたオイディプスは急いで、駆け寄ろうとする。しかし――
「来んな!!オイディプス!そこにいろ!!ここは危ねぇからな……。今は自分の安全だけを考えてろ!!怪我ぁすんじゃねえぞ!!ゲホっ……。あ゙ぁ゙ー、手間かけさせやがって。」
エレクトラは倒れていたアイに近づき、肩を蹴り上げ、無理やり仰向けにする。アイは悲鳴を上げるが、それを無視して、アイの全身を睨めつける。
「まだぁ、完全に塵性別にはなってねぇみたいだなァ……。まだ間に合う……。心で姿を眩ました。あの糞母娘どもォ見つけ出して……。
……テメェが勝手に負けなんぞ認めるからこんな事になってんだぞ!!オラァ!!」
アイの髪を掴み上げ、顔面に全力の蹴りをぶち込む。
「――!!」
声にならない悲鳴をあげるアイ。打ち捨てられた息子を捨て置いて、はるひとひまりを探そうとする母。
「ぉああざまぁ、おがぁ……ざまぁ……!」
何とか這いずりながら身体を起こし、母が2人に危害を加えようとするのを止めようと縋り付くアイ。それを穢らわしいものを払うように、蹴り飛ばす。
「汚ねぇから触んじゃねぇよ、ボケがぁ……。テメェのせいで!テメェみてぇな塵が生まれてきたせいで!!おれがぁ!!どんだけ迷惑してると思ってる?!あぁ!?やっとぉ!!生まれてはじめておれこ役に立てるチャンスを!!テメェで潰そうとしてんだぞ!!分かってんのか?!テメェが役に立つっつうから!!使える息子になるっつうからよぉ!!おれは愛してやったよなぁ!?塵屑みてぇなテメェのこともよぉ!!その!!愛してやったその恩を!!仇でやがって!!分かってんのかぁ?!あぁ!?……。
――あぁ……ほんとうに……お前みたいなゴミ、産むんじゃなかったぜ……。」
暴言とともに暴力を息子に浴びせ続ける母。その姿は、はるひに怒りをぶつけていたアイに似ていた。アイが誰に影響を受けて、人の傷つけ方を学んだか、一目瞭然だった。
アイは、このまま自分が殴られていれば、蹴られていれば、はるひとひまりを逃がすことができると考えていた。だから母のことばも、母のこころも、ほんとうにいたかったけど、これでいいとおもっていた。じぶんにはお似合いの末路だと。そう、おもっていたのに。
◇◆◇
「――なんで、自分の子どもにそんなことができるの……?」
ここにいるはずのない者の声。とっくに逃げたはずの、ひまりの声。エレクトラの後ろに、ひまりが立っていた。




