12-①. こころ Kokoro
聖別の儀が始まった。森のなかにちいさな闘技場のようなものを作り、そこで性別を確定させたい2人を闘わせるのだった。
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勝ったものが獣神体になり全てを手に入れ、負けたものは人間体となり全てを――。
これはビッチングと呼ばれる現象で、獣神体が相手に心の底から負けたとき、肉体が人間体に変異することを利用したものだ。動物界でもオス同士の決闘で負けたものがメスになるというのはよくある話だ。
この聖別の儀はアイを稀代のアニムス・アニムスにする為に、両家合意のもと仕組まれたものである。
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それぞれの家族が離れた所から見守るなか、アイ・エレクトラーヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセと春日春日が向かい合う。
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「いやーこんな伝統衣装みたいなのまで着せられてさ〜恥ずかしいったらありゃしないよね?みんな見てるしさ。ねっ、アイくん。」
「ふふっ、そうですね、はるひちゃん。」
「緊張してる?」
「いえ、パパとママに勇気をもらいましたし、はるひちゃんとならひどい結果にはならないってわかりますから。」
「……そうだねぇ……。アイくんはいつも……うれしいこといってくれるね!」
はるひの眼が友情以外の何かを宿していることに、アイは気が付かなかった。はるひではなく、両親のいる方へ体をむけていたからだ。……両親のことだけを、見ていたからだ。
「はじめようか……。アイくん。」
「はい!よろしくお願いいたします!」
暫くお互いが相手に直接的な暴力を振るのに躊躇して、遠くから表面的な感情を顕現させぶつけあっていた。お互いの発現させた心を褒め合いながら、あたかも真なる友であるように。だがそれはあくまで、真なる友であるかのように、でしかなかった。
それを見ていたエレクトラとしゅんじつが立ち上がる。
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「アイ!!うすっぺらい感情なんぞで相手の表面を撫でたぐれぇじゃあ、聖別の儀はできねぇ!自分の心を全部相手にさらけ出して、本当の感情で相手を深くぶっさすんだ!!」
「……はるひ、アイくん……すまない……。こんなことをする俺を……どうか、許さないでくれ……。
相手に自分の心をさらけ出すというのは本当に恐ろしくて容易くはできないだろう!だからエレクトラ様と俺が手助けをしよう!!」
エレクトラとしゅんじつが両手を重ねて前に突き出し、自分の子供になにかムスカリの花のような紫の感情を飛ばす。それがアイとはるひの頭に突き刺さり、2人は膝をついて座り込み、だらんと首を垂れる。
「は、はるひ!アイちゃん!大丈夫!?アナタ……何を――」
ひまりが取り乱して夫に真意を問おうとするが、エレクトラとオイディプスは落ち着き払っていた。
「ひまり……これは2人に必要なことなんだ……。」
ひまりは夫のちいさな声が悲痛な叫びを内包していることに気が付いた。エレクトラが叫ぶ。
「人間の本性が!ほんとうのこころが表れるのは!!へらへらと笑ってしあわせな“ライ麦畑”の中にいるときじゃあない!
孤月のように暗い絶望!海淵のように深い悲しみ!瞋怒雨のように激しい怒り!春怨のように焦がれる嫉妬!
なんにもとりつくろわないくそみてぇ感情こそが!ほんとうのこころだ!今お前たちの薄っぺらい仮面みてぇな好感情をはがした!さぁ、本心を、ほんとうのこころをぶつけ合うんだ!!」
二人はうずくまったままピクリとも動かない。だが、彼らの心は漣のように揺らぎ、次第に荒波のようにのたうち回っていた。
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――あぁ……苛々する。すべてにむかっ腹が立つ。髪を揺らす風も、肌を撫でる空気も、目の前にいるアイ・ミルヒシュトラーセも、この世の全てが私を苛々させるために生まれてきたみたいだ。この怒りを、憎しみを、この、やるせなさを、目の前の恵まれた金持ち貴族の息子にぶちまけてやる。
ふざけやがって。どいつもこいつも、むかつく、業腹だ。腹が立って仕様がない。息をするのも億劫だ。この世の全部が私をいらだたせる。お父さんやお母さんでさえも――。
「あぁああああぁあ、ふざけやがって、お前に食らわせてやる、私のくそみてぇな感情を!!恵まれたボンボンには一生分からないだろう!!私たちが!!私が日々どんなにくそみてぇな気持ちですごしてるかなんてさぁ!!」




