11-③. こゝろ - お母様とお父様、ママとパパ、とわたくし Mother and Father & Mommy and Daddy & I
「誤魔化すのがさらに怪しいわね〜。
まぁ、でもそうね。2人の性別が決まる大切な日だものね。
――アイちゃん、ここだけの話私人間体なのよ〜。」
「えっ、そう、だったのですね……!わたくしなんぞにそのような大事な話をしてもよろしいのですか?!」
「そうだ!ひまり、お前第2の性の話は禁句だぞ!それに、軽々しく弱みになるようなことを家族以外に言うな!どこで誰がつけ込んでくるか分からないんだぞ!だからわざわざ 聖別の儀も不知火陽炎連合の奴らには見せないで、結果だけを伝える形式を執ったというのに!」
しゅんじつは性別が権力闘争のなかで明確な弱点となることを今でも知っているのだった。不知火陽炎連合の話がでて、アイは少し前にかげろうと話したことを思い出した。
◇◆◇
「アイ様、おれはまだアイ様の 聖別の儀の相手がはるひだということに、納得はいっていません。
ですが、儀式の結果、アイ様の性別がどのようなものになっても、アイ様がどう変わられても、1番の弟子はおれだということを覚えていて下さい。どんなことがあってもおれだけは、アイ様の味方です。」
「ふふっ、ありがとうかげろう!でも弟子じゃなくて……1番の親友!でしょ?」
「あ、アイ様――」
――かげろうはああ言ってくれたけど、本当に、そんなことがあるんだろうか。世界で誰よりも味方で、愛してくれる存在の母にすら嫌われるあいが、かげろうにやさしくしてもらう資格なんてあるのだろうか?
◇◆◇
「アイちゃんにだから伝えたのよ。他ならぬはるひの相手だから。アイちゃん……知っているとは思うけど、人間体は獣神体と違って弱い性別よ。
色んな弱さがあって、身体的にも弱いし、社会的にも弱いわ。獣神体や誰かに守ってもらわなくちゃすぐに弱っちゃうし、死んじゃうこともあるの。どの性別が相手でも子どもを授かることができるから、“子どもを産む機械”なんていわれて、差別されることも多いわ。だから多くの人は隠すし、みだりに人に伝えたりしない、そうやって自分の身を守っているの。
独りで生きていくのがほんとに、ほんとうに難しい性別よ。……私は運がよくて、しゅんじつが一緒に居てくれたけど……。」
ちらりと愛おしそうに自分の夫を見やる。そしてアイの両の手をしっかりと両手で握って、膝をつき目線を合わせて諭すように続ける。
「なんでこんな話を今するか不思議よね……?アイちゃんには知っていてほしいの。ただの人間体でさえこんなに大変なんだから、誰も頼れないアニマ・アニマの苦労なんて計り知れないわ。それこそ人を頼って生きてきた、ただの人間体の私なんかには。
だから、今回の 聖別の儀で、はるひがアニマ・アニマになる事になったって、最初に旦那に聞かされたときは、すごく心配だった。アイちゃんにはごめんなさいだけど……反対もしたわ。私と同じような苦労を味わってほしくなかったの。自分の子どもには特にね?
……でも、しゅんじつが色んなことをして、春日家を大きくしようとしてくれるのは、何も名誉欲や権力欲からじゃないって分かってるの。私はこの人の妻だからね。分かるのよ。私やはるひのことを考えてのことだっていうのは。だから、最後には賛成したの。
それでもやっぱり不安だったわ。だって、自然に生きていれば、獣神体に、それもアニムス・アニムスにだってなれるかもしれないのに……。
でもアイちゃんが私に、私としゅんじつに会いに来てくれてすごく安心したの。……あぁ、この子だったらきっと、アニムス・アニムスになったって、人間体を差別するような人間にはならないってね。アイちゃんがとっても可愛くて、優しい子だって分かったから。
だから、まず……ありがとう、私たちにアイに来てくれて。高位の貴族がわざわざ下々の貴族のお家にまで来てくれるなんて、普通はありえないのよ……?」
「いえ、そんなわたくしは……ただお友達のお父さんとお母さんに会いに行っただけで……。」
ひまりがやさしく微笑む。
アイの人生に染みついた翳りさえ照らし出すような、そんなひだまりだった。
――眩しさとあつさで人を苦しめる太陽ではなく、明るさとあたたかさで癒す、ひだまりだった。
「……ううん。それがすごいのよ。身分なんて気にせずに、ただのお友達になってくれるなんて、そんな人、なかなかいないんだから。
だからね、アイちゃんもし、聖別の儀で決定的に、アイちゃんの中の何かが、決定的に変わったとしても、その、アイちゃんの……“こころ”だけは変わらないでいてね。」
アイの胸に右手でやさしく触れる。大人が自分に触れるときは、殴るときか、汚らわしいものに触るように、左手で触るものだったから、アイには何が起きたか最初分からなかった。
分からなかったが、分かった。ひまりのことばがこころからの真実であるということが。
「……は、はい。はい……!」
「そして、はるひがアニマ・アニマになってら、はるひを、私たちの娘を、守ってあげて欲しいの。儀式の前からアイちゃんの身体は獣神体になっていってるし、はるひの身体も獣神体になっていっているわ。だから元々、アイちゃんは獣神体になるように生まれてきて、はるひも獣神体になる運命だったの。
だからって、自分のせいではるひが大変な思いをする性別になっただなんて思わないでね?……でも、もし、はるひに対して、何かを感じているのなら、単なる儀式の相手としてじゃなく、お互いを助け合う、獣神体と人間体としての、番としての情を感じているのなら。はるひが人間体になったあと、獣神体として守ってあげて欲しいの。
これは“儀式の相手の親としての要求”じゃなくて、“友達のお母さんとしての、ただのお願い”。だから、断ったっていいの――」
「分かりました。わたくしが一生をかけてはるひさんをお守りします。お守りすると誓います。」
人の話を遮ることはアイにとってとても恐ろしいことだったが、言わずにはいられなかった。ひまりを安心させずにはいられなかった。
「――もとよりそのつもりでした。わたくしなんぞを獣神体にするために、はるひさんを人間体にしてしまうのですから、それが獣神体の責任というものです。」
ひまりとしゅんじつは驚き、はるひの瞳は何かを映していた。
「「ありがとう、アイ君……うちの子どもを、どうか宜しくお願いします。」」
夫婦が1人の大人と話すようにアイに伝える。
「はい!……必ず……!」
◇◆◇
「アイ君、ところでエレクトラとオイディプスは来ないのか?」
「……はい。わたくしが来ないようお願いしたのです。2人とも多忙な方ですから。それに、儀式本番には出席して下さりますし。」
強がりなのか、嘘なのか、なんでそんなことを言ったのかアイ自身にも分からなかった。
「そうか……。あいつらとは長い付き合いだ。おおかたオイディプスのやつがまた、『男子たるものは〜』とかいい出したんだろう?すまんなアイ君。アイツにも悪気があるわけじゃないんだ。
しかし、俺やオイディプスの様に性別が男と女しかない場所で生まれ育ったものは、男だから、とか女だからとかを気にしてしまうのだよ。
もちろん両性具有者がいたり、第2の性がある地域の人からしたらそんな性別が男か女かを気にしてるなんて馬鹿みたいだと思うだろう。でも、やはり生まれた環境というのは絶大なんだ。だから、アイツのことを悪く思わないでやってほしい。」
「悪く思うだなんて!お父さまはいつもわたくしに対して、厳しくもやさしく、色々なことをお教え下さいます。この世で誰よりも尊敬する人です!」
「ほう……子どもにここまで言ってもらえるなんて、アイツも父親冥利に尽きるだろう。アイツはいい父親なんだな?」
「……、はい!」
――また嘘をついた。どこが嘘でどこがほんとうかあいにも分からない、けど。大事な人たちに嘘をついて生きていく自分は、やはり純白の陽だまりにいる資格はないのだと思った。
「そう言えば、はるひとアイちゃんが番になったら、私たちとアイちゃんも家族になるのね!」
「え……。」
アイは今いる家族に愛してもらうことばかりで、家族が増えるなんて考えもしなかった。
「おおー、確かにそうだなぁ、アイくん、ほら俺のことをお義父さんって読んでみてくれないか?パパでもいいぞ!もう俺の息子みたいなもんなんだし!」
「アナタやっぱり……。」
ひまりが夫を白い目で見る。
「いやいやいや!はるひはちいさい頃からお父さん呼びだったし。」
「おとーさん……。アイくんの前で……恥ずかしい。」
「えっ、あの……ぱ……パパ……?」
「おう!」
アイはハッとする。これは物語で読んだことがある、と思った。
「知ってます!聞いたことがあります!なかよしな親子はパパって呼んだり、ママって呼んだり!あとあと、手をつないで歩いたりするんですよね!聞いたことあります!」
「聞いたことがあるって……アイ君もエレクトラやオイディプスと手をつないだことぐらいあるだろう?」
「……!……あ、あります、あります……よ?」
「私は?ママでもお義母さんでもいいのよ?」
アイはもしかしたら、親というのはこうゆうものなのかもしれないと思った。本で仲睦まじい親子の物語は読んだことはあったが、自分が当事者になるなんて考えもつかなかった。
仲良しな家族がでてくる本を何度も何度も繰り返し呼んで、淋しい夜は父と母とそうなることを空想して、自分を慰めたものだった。強い絆で結ばれた親子が、お互いを思いやりながら、困難に立ち向かうのが好きだった。まだ、敵ややっつけるべき相手は家族の外にしかいないと思っていた頃だ。
まさか家族の中にそんなものがいることがあるなんて、それがまさか自分だったなんて考えもしなかった頃だった。
「…まま。」
「きゃ〜!かわいい〜!」
ひまり抱っこされる。お義父さん、お義母さんと呼ばなかったのは、はるひと番にはなっても結婚するかなんてまだわからないことだったから。番と人生のパートナーは別という考えの人も多いらしいし。
何よりも、お父さまとお母さまに悪い気がしたのだ。次に2人と相見えるときに、きっと敷居が高くなって、申し訳が立たないと思った。ほんとうの両親が愛してくれないからといって、別の人にそれを求めるのは、両親にもしゅんじつさん、ひまりさんにも不義理を働いているような心持ちになるのだった。




