11-②. こゝろ - お母様とお父様、ママとパパ、とわたくし Mother and Father & Mommy and Daddy & I
聖別の儀の日が来た。何が起こり、結果がどうなったとしても、決別し、冒険へという運命は決まっている。
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――アイくん!なんか私のお父さんとお母さん儀式の直前に私に会いに来るらしくてさー。もう子供じゃないし、恥ずかしいからやめてっていても聞いてくんないの!わが子の晴れ舞台だからって!ありえなくない!本当に恥ずかしいからやめてほしいんだよね〜!
この言葉を聞いたアイは執務室に走った。扉を開けると、父と母が何かを語り合っていたが、アイをみると即座にその話をやめた。エレクトラは夫との話を遮られて苛立ったようだったが、アイの前の母はいつでも怒っているので、アイには分からなかった。何をしに来たと問われ、アイは指をもじもじとさせながら、話し始めた。
◇◆◇
「エレクトラさま、オイディプスさま。……はるひちゃんの家族は 聖別の儀の直前に、はるひに会いに来て下さるそうです。もし……もし、宜しければ、もし、可能であれば……本当に、もし宜しければなのですが…………お二人に来て、頂く、というようなことは……あの。」
徐にオイディプスが立ち上がり、ゆっくりとアイ近づく。突然視界が揺れる。膝をついてはじめて、頭を殴られたのだと気がついた。暴力振るわれたときに声を立てたり、大袈裟な反応をしないよう身体に染み付いてる、それをすると余計に苛立たせるだけだと経験的に知っているからだ。
「……アイ、何を甘ったれたことを言っている。お前は男だろう?そりゃあエゴペーやシュベスターが不安だからついて来てくれと言ったなら俺だってついていくさ、かわいい娘だからな。誰かあの子たちを守ってくれる男が現れるまで、父親である俺が守ってやらねばならんからだ。
でもお前は息子だ。男子たるもの大きな決断をするときも、人生の節目に立ったときでも、1人で全部背負わないといけない。俺だってそうしてきたし、俺の親父だってそうだ。みんなそうやって生きてきたんだ。それなのに、なんだお前は?お前に妻や子ができたときにも、自分でそいつらを守ろうとせずに、親に、誰かにみっともなく縋り付くのか?助けてくれと。」
――独りで全部背負わないといけない。誰かを守るときも、大きな決断をするときも、独りで――
この言葉はアイのこれからの人生を決定づけた。これからの人生、アイは独りで大切なものを守ろうとし、重大な決断をする時も、独りで――この教えがアイの地獄への道を誂えることになる。
文字通り、この言葉が、アイを死に追いやるのだった。
「……申し訳、ありません。オイディプス様。」
父と息子の話を静観してい母が、口を挟む。
「アイ、おれたちが行くことはない、大人にはやることがあって忙しいんだ。2度と甘ったれたことを言うな。そして、昨日の話したように、おれにとって使える息子になるということを、努々忘れるなよ。」
「はい、必ず。……お忙しいところ余計な御時間を取らせてしまいました。大変申し訳ありません。エレクトラ様、オイディプス様。失礼致します。」
◇◆◇
アイとはるひの2人は 聖別の儀が始まるまでここで待てと言われた、木陰のベンチで涼んでいた。
「緊張してる?アイくん。」
気遣わしげにはるひに問われても、アイは上手く言葉を返せない。
「は……はいぃ。とても。不安で、――」
――こわい。
遂に産まれて初めて両親の役に立つことができるのだ。逆にいうと、失敗したら今度こそ一巻の終わりだ。両親に遂に見放されて生きていていい言い訳もなくなってしまう。緊張しないわけがない。自らの生死を分けるのだから。ほんとうはおかあさまに手を握ってほしかった。おとうさまに大丈夫だと背中に触れてほしかった。
◇◆◇
「「はるひ!」」
勢い込んだ闖入者がその思考を破る。春日春日と春日ひまりがどっと木陰に入り込んでくる。しゅんじつがはるひをかばっと抱き上げ、ひまりがやさしく手を握る。
はるひが両親に木陰から陽だまりの方へ引っ張っていかれるのを、アイは影にいながら見ていた。見ていたくなかったが、その太陽の眩しさに目が離せなかった。唯一できたことといえば、眩しそうに目を細めることだけだった。
「大丈夫か?緊張してないか?」
「ほらほら、お父さんとお母さんがついてるからね、もう安心だからね。」
――両親がやさしく、心の底からお前が大切なんだという声音で、言葉をかけている。まだちいさな蕾のために、雲がポケットから水をふらせ、太陽が手から光を分けてあげているように。きっとその水と光は、春日が生まれてから、いや産まれる前からきっと尽きることはないのだろう。
あぁ、眩しいな。目が眩んでしまう。なのに目を離せないのは、わたくしがそれを何よりも求めているからなのでしょう。あぁ、見ていると胸がじくじくする。こんなにもうつくしいものを壊してしまいたいと思うのは、きっとわたくしが醜いからだ。
「もー!来ないでって言ったでしょ!恥ずかしいから来ないでって!それに抱っこもやめて!もうそんなに子供じゃないんだって!」
「や、やめて……はるひに拒絶された……。」
「あらあら、はるひったら照れちゃって〜うれしいくせに〜つんつんつん!」
父はショックを受けて顔面蒼白に、母はかまわずかまい続ける。
「もー!ほっぺたツンツンしないで!アイくんも見てるのに恥ずかしいって〜!」
綺麗な絵画を眺めていたら、ふいに絵の中の人々がこちらを向いたので、アイは驚いた。
「「アイ君!」」
こちらに2人が気がついたが、アイは木陰からでてその陽だまりを汚すようなことはしたくなかった。動けないでいると、2人が歩み寄ってきてくれる。ほんとうに、やさしい人たちだ。
「アイ君、久しぶり、この前会ったときは恥ずかしいところを見せてしまったね。約束通り妻と娘には、内緒にしてくれているかい?」
しゅんじつが照れたように、アイにしか聞こえない声で言う。
「ふふっ、はい。大人でも泣きたいときくらいありますものね、わたくしでよければ何時でも胸をお貸ししますよ。」
「やめてくれっ!恥ずかしい。俺は人前で泣いたことなどなかったんだがなぁ。君の母性と包容力にやられたと言っておこう。」
「うふふっ、ではそのように。」
口元に手を添えて愉快そうに笑うアイ。
「なになに〜?なにアイちゃんとこしょこしょ話してるのよ。はっ!アナタ!さては浮気ね?!はるひ!お父さん貴女のボーイフレンドと浮気してるわよ!」
「おとーさん?!……ってかまだボーイフレンドじゃないし!」
ひまりがわざとらしくからかう。
「おいおい、滅多なことを言うな!はるひが悲しむようなことを俺がするわけがないだろう。それにミルヒシュトラーセ家の子供に手を出したとなると、俺の首が飛ぶ。物理的に。あと春日家も吹き飛ぶ。物理的に。」
しゅんじつが半分冗談。だが半分は真剣な顔で言う。
「うーん、でもねぇ〜。2人きりで話した日のことを2人してヒミツにしてるみたいだしぃ〜?それにアナタ!サクラって女の人のこと私ずっと知らなかったんだけど〜?」
「うっ……まぁいいじゃないか今その話は。大事なのは今日!今日がはるひとアイ君にとって大事な日だってことだ!」
春日家のさらなる権力獲得のためにも、と心のなかで付け加える。
「誤魔化すのがさらに怪しいわね〜。まぁ、でもそうね。2人の性別が決まる大切な日だものね。アイちゃん、ここだけの話私人間体なのよ〜。」




