9-③. 罪と罰と、ちいさな聖母の無垢なる祈り。Crime and Punishment with Prayer of the Very Little Virgin
ひと通り騒いだあと、しゅんじつが家長らしくまとめる。
「ふぅ……ときにアイくんよ、よく来てくれたな。俺も君には聖別の儀の前に一度は会っておきたかったんだ。だが、エレクトラは会わせてはくれないし、君はいつも来客があると別宅に隠れているからな。今回はちょうどよかった。」
アイは驚いていた。自分なんぞに会いたがる人がいるという奇妙もそうだが、なによりも母を呼び捨てにするしゅんじつに対してだ。貴族のなかで母を呼び捨てにするなんて、それこそ、父ぐらいしかいないのに。
「お母様と、親しいのですね?」
「ん?ああ、そうだな。親しいというより、腐れ縁といったほうが正しいが。春日春日と、エレクトラ、オイディプス、あと……サクラ、それとファントムもか、この5人はまぁ昔からの仲でな。まぁ、君とはるひ、陽炎陽炎のような仲だと思ってくれたらいい。……まぁ、君たちほど仲が良かったわけではないが。」
――まぁ、この子たち3人も本質的な意味でお互いの仲間か、といわれると怪しいがな。そもそも、政治に絡み、立場ある家に生まれた時点で、真実の友など望むべくもないことだ……はるひには悪いことをしたが……。
「へぇ~、知らなかったわ。アナタそんな話してくれたことないじゃない。」
「誰にでも知られたくない過去はあるだろう……それにアイ君にはその権利があると思ったから、教えただけだ。」
「お母さまとお父さま……さくら?さまと……ファントム先生も?」
「おや、サクラのことは知らないのに、ファントムのことは知っているのか……ふむ。」
――何者かの作為を感じるな。すこし、対話をすることで、こころを視てみるか。
「アイ君、少し俺とサシで腹を割って話をしないか?」
「おはなし……ですか?」
「ああ、人と心を通わせるには、心で闘うのが手っ取り早いという野蛮なやつもいるが、俺はそんなやつらとは違う。俺は膝を突き合わせて、胸襟を開いて、同じ飯を食って話す。これこそが心を通わせるものだと思っている。」
「それは……素敵な考えですね。」
たおやかな白い指を包む袖口を口元に添えてはにかむアイ。春日は、その薄氷の生色にまだ宵のない時代に恋恋た、解語の徒桜の匂いを垣間見るのだった。
「……君は――。」
◇◆◇
2人は暫くたいせつなことや、どうでもいいことを徒然に話した。
――この子の生き方は、他人の策謀に裏打ちされている。哀れだな……この子は自分で何事をも選んではいない。自分で選んだつもりが、悉く他人に選ばされているだけだ。つまり、自分の人生を生きていないのだ。人生とは、自分で何事かを選び抜くことなのだから。
まぁ、俺もこの子供を搾取する大人の1人なのだが。サクラの面影の射すこの子を利用するのは忍びないが、何物をも持たない人間が夢を持つにはそうするしかないのだ。悪びれはしない、許してくれとも思わない。金持ちから奪うことが、悪いことなのか?持たざる者が、持つ者から奪うことが。いいや、ありえない。罪にはなりえない。
◇◆◇
「君は、罪悪とは何だと思う?そもそも罪悪とはこの世に存在すると思うか?」
「罪悪……ですか。わたくしの短い生で得た言葉で語るには、少々荷が重いので、友の言葉をわたくしなりに解釈したものでお答えしてもよろしいでしょうか?」
「そこに君の思想が介在しているのなら。」
「ありがとうございます。」
「しかし友というと、陽炎陽炎か?それとも、まさかはるひが?」
「いいえ、確かにかげろうとはるひさんが、わたくしをお二人の友達にしてくれるまで、わたくしには友の1人もおりませんでした。生まれてこのかた孤独な一日一日に引きずられるように生きていました。勿論兄姉はやさしくしてくれましたが、それは友とは違います。
彼らはわたしくしがわたくしだから愛してくれるのではありません。わたくしが彼らの弟だからです。きっと他人として生まれていたら、彼らの視界にも入らずに一生を終えましょう。
そのように川に流る2枚の葉がたまたま重なったような縁なのです。その人がその人だから愛している、というのがほんとうの愛だとわたくしは思っています。だから、むしろ師や友との間にこそ見出すものなのかもしれません。」
「しかし、君も兄姉たちを愛しているのだろう?」
「もちろんです!そのことが卑しいわたくしの唯一の誇りであります。わたくしは兄姉のためなら何物も惜しくはないのです。ですが、わたくしは彼らに何事をも与えられてはいません。ですから、友や師に抱く愛とは違うのです。……わたくしの場合は友にも何も与えられてはおりませんが。
話がそれましたね。孤独だったわたくしは、書物の中に友を見出したのです。ええ、地獄の書物の中にです。文学書であっても、学術書であってもそこには必ずそれを記した者の思想が宿ります。そして書物を読むことは対話です。双方向的な対話では決してありませんが。そうしてわたくしは文学や哲学書、宗教書を読み漁り、一方的にその著者を友としてきたのです。わたくしの思想を形作ったのは主にその友たちとの“対話”です。」
「なるほど、それが君の言う友か……了解した。して、そうやって定義づけられた君の答えとは――?」




